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歪んだ愛

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第1章
  ―4―

東条まどかの分析を、警視庁の科学捜査班に回したと朝一に聞いた和臣達はうんざりした。
確かに行き詰まって居たのは確かだが、此れで捜査権が本庁に移動した。面倒な初期捜査を子に押し付け、イイトコは親が奪う。
「かーぁ、又かよ。」
東条まどかの自宅に行こうと決めて居た井上は、いきなり奪われた楽しみに紫煙を吐き捨てた。
「まあ良いじゃないか、仕事しないで給料貰えるんだから。」
課長は一人暢気に笑い、何時もこう、親が出て来ると此れ幸いと捜査権を渡す。
親に媚び売っている訳では無い、唯単に仕事をしたくないのだ。和臣達と違い現場を回る訳でも無く、一日を、此の精神科のカウンセリングルームの様な場所で一人過ごす課長は、全てを諦めて居る。
「ドドリア、御前に会いたかった…」
色目使われたら嫌味で返してやろうと思って居ただけに、和臣は落胆する。
「其処で、だ。」
東条まどかの資料を和臣に渡した課長は、其の侭ドアーを指す。
「木島、御指名だ。本庁に此れを届けに行って呉れ。」
「…御冗談、でしょう…?」
課長からの指示に反論見せたのは他でもない加納。和臣が動くとなったら加納も動かなければならない。
刑事の基本が二人一組のコンビ体制で、相方が動くとなると自分も動く。指示されたのは和臣で、依って加納も動く形になる。
和臣が行くなら何処にでも行くが、本庁だけは絶対に行きたくなかった。総監を殴った男として加納は相当嫌われて居る、当然ではあるが。群れの決まりを守らず追放受けた加納、又あの視線を貰うのかと唇を噛み締めた。
「渡すだけ、俺だけで良い。」
青白い肌を一層青くさす加納の肩を叩き、和臣は苦々しく笑った。
「其れがなぁ。」
課長は、肩から流れる三つ編みに結われた髪を撫で、眼鏡の奥にある野心秘めた目を光らせた。
「法医の先生が、話を聞きたいって。」
此の状態で和臣だけが動けばコンビ体制を破棄したと見做される。何がなんでも加納を本庁に出向かせ様とする親の浅はかな意識が窺えた。
「…本郷。」
「はい。」
「御前が来い。」
此処に入った時、本郷とコンビを組んで居たのは和臣だった。横暴な和臣に誠実な本郷、水と油の関係で、コンビを組んで半年後、本郷の胃に穴が空いた。
指名された本郷は俊敏に机の引き出しから胃薬を取り出し、規定以上の錠剤を手の平に乗せ、無言で口に放り込んだ。すかさず井上がミネラルウォーターのペットボトルを差し出し、一気に半分を飲み干した。
「大丈夫です…、行きましょう。」
ぎりっと、胃が痛んだのは気の所為だ、そう本郷は頷き、胃薬とペットボトルをしっかり握った。
「…井上、俺と動いてみないか…?」
「御冗談。俺は龍太と女以外では動かねぇよ。」
飄々と云って退ける井上。何かあったら直ぐ俺に連絡しろよ、と迄井上は云い、今にも胃痛で吐血しそうな本郷の腕を摩った。
「木島さん…」
「大丈夫、な。」
不安を能面一杯に浮かせる加納に和臣は笑ってみせた。官僚気質で決して人に心を許さない加納だが、こう見ると、何処にでも居る二十五歳の青年。
和臣の笑顔に加納は下唇を噛み締め、行きます、そう云った。
「無理するな、本郷の胃なんて、蜂の巣になれば良いんだから。」
「拓也、痛い…」
「大丈夫だぜ龍太、後で呪い掲示板に木島さんの名前書いとくから、又。」
「いえ、大丈夫です…、参りましょう。」
大きく鼻から息を吸い、抜き出した加納は真っ直ぐ和臣の目を見、資料を掴んだ。
「行って参ります。」
肩迄伸びる髪が靡き、其れを見た和臣は背中に続いた。
加納の決意を閉じ込める様に扉は閉まった。
「痛い、胃が痛いんだ、拓也…」
和臣達の居なくなったフロアーに本郷の声が響き、長ソファに身を委ねるとしくしくと泣き出した。
「又潰瘍が肥大した…、穴が、穴が又開く…」
「課長さぁ、木島のパワハラ如何にかしてくんねぇ?」
「無理だな。」
あっさり云い、椅子から離れた課長は向かいのソファに座り、胃痛に悶える本郷と其れを労わる井上に笑みを向けた。
「木島のパワハラとモラハラは俺が教えたんだ。」
和臣最初のコンビ相手は何を隠そう此の課長で、今更如何にもならないと笑顔を見せる。
「失礼。」
柔らかい物腰、ガチャリとドアーが開き、顔を向けると捜査三課の刑事が立っていた。
「よう。」
「そうやって貴方は、又サボってらっしゃる。」
クスクスと笑う刑事は課長に近付き、さらりと三つ編みを撫でた。
「其の笑顔、又木島を苛めましたね?」
彼は課長の横に座り、然し向かいのソファで悶絶する本郷を見て、違う、と眉を上げた。
「…嗚呼、三課の課長さんか。」
此の刑事、元は此の捜査一課だったが、盗難への知識を買われ三課に移動した課長の元相方だ。
交番勤務を経て入署した彼を約二十年間課長は面倒見る。移動したのは十年と前だが、彼の課長に対する忠誠心と憧憬は褪せない。署長迄も、此の二人のコンビネーションには一目置いて居た。
「何しに来た?ん?」
「貴方に会いに来たんですよ。」
「朝会っただろ…?ん?」
顎を撫でられた彼はゆっくりと課長に顔を向け、其の侭ノーズキッスをした。
元相方。
いいや、ingでパートナーだろう。課長のこんなゆったりとした笑みは中々お目に掛かれるもので無い。
「…はいはい、見てませんよ。」
本郷の目元と自分の目元を隠す井上は顔を逸らし、熱いぜ、と自分の事の様に破顔し、肉厚な唇を動かした。 
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