IF物語 ベルセルク編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)
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第二十一話 クーデター
帝国暦 488年 10月 20日 ヴァレンシュタイン艦隊旗艦 スクルド フォルカー・ローラント
「レンテンベルク要塞を放棄するとはな、どうなってるんだ?」
「俺にも分からないよ、ラムザウアー。ホント、どうなってるんだろう」
俺とラムザウアーは???な状況だった。もっとも俺達だけじゃない、旗艦スクルドのオペレータ達は殆どが???だ。ホントどうなってるんだろう。ここ最近の出来事はわけの分からない事ばかりだ。
ヴァレンシュタイン艦隊はレンテンベルク要塞に向っている。この艦隊だけじゃない、クレメンツ、ファーレンハイト艦隊も一緒だ。放棄されたレンテンベルク要塞を接収するのが目的らしいが、……ホント、どうなってるんだって言いたくなる。政府軍は何を考えているんだ?
「罠って事は無いかな、前回みたいに俺達を引き寄せておいてバクって食べちゃうとか」
「大丈夫だ、ビスク・ドールは落ち着いている。やばけりゃもっとピリピリしているさ。レーダーよりも頼りになるからな、ウチの司令官は」
俺もラムザウアーも指揮官席を見た。ビスク・ドールは指揮官席にゆったりと座っている。いつも通りの姿だ。
前回の出撃は危なかった。包囲されてるだなんて最初は司令官の考え過ぎなんじゃないかと思ったが本当に敵が居たから吃驚した。オーディンでクーデターが起きたから逃げられたがそうじゃなきゃどうなっていたか。冗談抜きでヴァルハラ行だっただろう。ビスク・ドールがらしくなくピリピリしていた筈だ、本当に危なかった。
ガイエスブルク要塞に戻ったらブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯両家族、メルカッツ総司令官が“良かった、良かった”って提督の事を迎えてた。あの出撃はメルカッツ総司令官の命令だったけど大元はブラウンシュバイク公からの依頼だったようだ。貴族達が怯えてどうにもならなかったらしい。貴族って役に立たない奴が多いよ。
「レンテンベルク要塞を捨てたのってオーディンのクーデターが原因なんだろうな、ラムザウアー」
「多分そうだろう、他には考えられねえ」
「酷かったみたいだな、あのクーデター」
「ああ、クーデターを起こした連中はあっちこっちで殺しまくったらしいぜ」
ラムザウアーが顔を顰めた。
「それは俺も聞いている。この艦に人質として乗せられた人間は陛下を除いて皆殺しだ」
「ローラント、もう一人フェザーンに逃げた若い男も生きてるさ」
「そういえばそんなのが居たな」
あの男は運が良かったな。或いは見切りが早かったのか。貴族じゃないからしがらみが無かったんだろう。
もったいないよなあ、グリューネワルト伯爵夫人もそうだけどあのマリーンドルフ家の嬢ちゃんも結構な美人だった。皆死んでしまったんだなあ、殺すくらいなら俺にくれって言いたいよ。まああの陰険ジジイのリヒテンラーデ公は死んでも構わないけど。あいつが余計な事をしなけりゃ俺達は反逆者にならずに済んだんだ、あのクソジジイ。
「しかしなあ、ゲルラッハ子爵がクーデターの首謀者って最初に聞いた時は何の冗談だって思ったわ」
「同感、子爵はリヒテンラーデ公の一の子分だ。それがリヒテンラーデ公とその一門を皆殺しとか、いやあ権力争いって凄いわ。俺は平民で良かったよ」
「同感だよ」
お互いしみじみとした口調になっていた。
俺達だけじゃない、皆が言っている。貴族って稼業も楽じゃないって。考えてみればカストロプ公爵家もクロプシュトック侯爵家も滅亡した。ブラウンシュバイク公爵家、リッテンハイム侯爵家は反逆者だ。この内乱で敗ければ滅亡だろう。自分だけじゃない、家族、親族まで巻き込む事も有る。そう考えると結構厳しい世界だ。
「あれ、本当かな。如何思う、ローラント」
「あれってあれか? 多分本当なんだろう。あの映像ってここで録った奴だろう?」
「そうだろうなあ」
クーデターを起こしたゲルラッハ子爵が或る映像を流した。
先帝陛下暗殺、犯人はグリューネワルト伯爵夫人。まあ裏にローエングラム侯が居るのは自明の理だな。そしてリヒテンラーデ公は隠蔽に加担。二人で帝国の実権を握ろうとしたって事だ。その後はローエングラム侯とリヒテンラーデ公で最後の決戦だ。ホント貴族なんて碌なもんじゃない。そうか、ローエングラム侯も厳しいな。姉が弑逆者、この内乱で敗ければただじゃすまない。勝ち続けるしかないんだ。
ゲルラッハ子爵はリヒテンラーデ公に付いていけないと思ったのかもしれない。このままじゃ自分も弑逆の協力者になってしまうと思ったのか。それとも政府軍は旗色が悪いからこの辺でリヒテンラーデ公達と手を切らないと家が没落すると思ったのか。映像を公表したのは自分達の正当性を訴えたかったんだろうな、裏切ったんじゃないって。気持ちは分かるが少々姑息だよ。それだけ生きるのに必死って事かな。
「ローラント、ゲルラッハ子爵が貴族連合軍に接触して来たって本当かな」
「本当だと思うよ。多分ローエングラム侯を反逆者、弑逆者にするつもりだったんだと思う。こっちには陛下が居るから勅令として宣言して貰おうと思ったんじゃないか」
「政府軍がいきなり反乱軍か、吃驚だな」
ラムザウアーが呆れた様な声を出した。まあ俺だって呆れている。この内乱、誰が正義で誰が悪なのか、コロコロ変わるからさっぱり分からない。大体なんで俺達反乱軍が皇帝を擁しているんだ?
「何を話している? 仕事に集中しろ」
ぎょっとして顔を上げるとフェルナー少将だった。拙いな、少し話に熱中し過ぎたか。
「済みません。その、敵がレンテンベルク要塞を放棄したって事が信じられなくて。……クーデターの事も有りますし」
「気持ちは分かるが仕事に専念しろ、いいな」
「はい」
俺とラムザウアーが答えるとフェルナー少将は頷いて司令官の傍に戻って行った。やばいやばい、仕事だ仕事。ウチの司令官は厳しいからな、怒らせないようにしないと。ラムザウアーを見ると奴も同じ気持ちなんだろう、肩を竦めて仕事に戻った。
帝国暦 488年 10月 20日 ヴァレンシュタイン艦隊旗艦 スクルド アントン・フェルナー
「やはり皆戸惑っているようだ」
「クーデターか、それとも敵が居ない事か」
「両方だな」
「そうか」
そっけない返事だった。だがこの状況に一番失望しているのはエーリッヒだろう。心の内ではオーディンを罵っているに違いない。
オーディンで起きたクーデターははっきり言って手際が悪かった。自由惑星同盟の救国軍事会議に比べると悲惨といって良い程に酷い。実行者の力量が結果に出るのだとしたらオーディンの実行者達は明らかに二流、いや三流だったとしか評価は出来ない。
首謀者はゲルラッハ子爵、シュトライト少将が毒を埋め込んだ一人だ。彼は例の録画を見てリヒテンラーデ公、ローエングラム侯に協力する事に不安を感じたらしい。貴族連合軍が善戦している事にも不安が有った。そしてキフォイザー星域の敗戦が彼にリヒテンラーデ公、ローエングラム侯の切り捨て、貴族連合軍への寝返りを考えさせる事になった……。
「エーリッヒ、ゲルラッハ子爵はクーデターが成功すると思ったのかな?」
エーリッヒが小首を傾げた。
「どうかな、難しいと思ったんじゃないかな。だがこの機会を逃がせばもう次は無いと思ったかもしれない。このままではリヒテンラーデ公、ローエングラム侯にズルズルと引き摺られると……」
「それくらいならいっそ、そういう事ですか」
リューネブルク中将の言葉にエーリッヒが頷いた。
「我々がオーディンを攻略した事で艦隊の持つ攻撃力は圧倒的だと思ったのかもしれません。ナイトハルトがオーディンに着く前に事を起こすしかない。グリューネワルト伯爵夫人を人質にとればローエングラム侯を抑えられる、そう思ったのでしょう」
なるほど、と思った。あの攻略戦が影響したか。そしてナイトハルトの存在が引き金を引いた。
クーデターを考えてもゲルラッハ子爵には兵力が無かった。そしてオーディンにはローエングラム侯がモルト中将に預けた守備兵が有った。我々のオーディン攻略戦で大きな損害を受けたとはいえゲルラッハ子爵にはどうにも出来なかった。だがゲルラッハ子爵に武力を持つ協力者が現れた。
憲兵隊。そして憲兵隊を率いる憲兵総監オッペンハイマー大将。伯爵の地位を持ちリッテンハイム侯の縁に連なる貴族でもある。野心家では有るが有能とは言えない、誠実さも無い。目先の欲で動く一番始末に困るタイプの男だ。憲兵総監の地位にあった事を幸いに貴族連合に加わらなかったのはローエングラム侯と戦えば貴族連合が敗けると判断したからだ。貴族連合軍内部でも非難する人間が多かった。
オッペンハイマー大将もその事は分かっていただろう。ごく普通に寝返ったのでは功が弱い、受け入れられないと思ったに違いない。そしてゲルラッハ子爵に近付いた。オーディンでクーデターを起こしローエングラム侯を宿無しの存在にする。その上で貴族連合軍に接触し自分達の功績を認めさせる。そう考えたようだ。
「しかし何とも手際の悪いクーデターだな」
「あの状況では誰だってクーデターは間近と判断するでしょう。当然ですがそれなりの対応を取る。簡単には成功しませんよ。ま、実行者側の手際が悪いのは認めますがね」
オフレッサーとリューネブルク中将の会話にエーリッヒが頷いた。俺も同感だ、あれは酷かった。
ゲルラッハ子爵、オッペンハイマー大将の起こしたクーデターが失敗した理由、それはリヒテンラーデ公、モルト中将、グリューネワルト伯爵夫人がクーデターを予測していた事、そして覚悟を決めていた事だ。彼ら三人はもう後が無い事を十二分に理解していた。
リヒテンラーデ公は一族を集めて戦った。一族の人間達もリヒテンラーデ公の勢威が有って今が有る、公を失えば自分達も没落すると理解している。モルト中将の援護を受け最後まで、全滅するまで戦ったそうだ。生存者無し、リヒテンラーデ公一族は文字通り鏖殺された。
モルト中将もグリューネワルト伯爵夫人を二度も奪われては生きてはいけない。必死で防戦したようだが兵達が従わなかった。多勢に無勢、そう思ったか。或いはローエングラム侯を見限ったか。結局モルト中将は自決、グリューネワルト伯爵夫人は服毒自殺した。そしてマリーンドルフ伯爵家……。
「マリーンドルフ伯爵親子も助からなかったな」
「仕方ないだろう、アントン。味方でさえも自家の発展のために潰そうとしたんだ。マリーンドルフ伯爵家はあの一件で貴族社会では孤立した。力も無ければ味方もいない、そんな家が生き延びる事など不可能だ。カストロプでさえ滅びた、マリーンドルフはカストロプより小さい」
マリーンドルフ伯爵親子はローエングラム侯に味方する貴族達に殺された。フロイライン・マリーンドルフが引き入れた味方達。彼女が自分達を利用しようとした事、ローエングラム侯が自分達の存続を望んでいない事、それらを知った彼らはクーデターに同調、反ローエングラムを表明しマリーンドルフ伯爵親子を殺した。
フロイライン・マリーンドルフは暴行された上での殺害だったらしい、無惨を極めたようだ。他にもヴェストパーレ男爵夫人、シャフハウゼン子爵夫妻が殺されている。ローエングラム侯に近いと見られたようだ。オーディンでここまで貴族の血が流れるなど初めての事だ。
武力制圧は成功したがグリューネワルト伯爵夫人が死んだ事でクーデターとしては失敗した。進退窮まったゲルラッハ子爵はローエングラム侯を勅令により反逆者とするべくガイエスブルク要塞に接触してきたがブラウンシュバイク公もリッテンハイム侯もグリューネワルト伯爵夫人を押さえられなかったゲルラッハ子爵に利用価値を認めなかった。
ナイトハルトがオーディンに着いたのはクーデター後だったがグリューネワルト伯爵夫人が居ない以上クーデター勢力の鎮圧に躊躇う事は無かった。クーデター勢力は瞬時に制圧、ゲルラッハ、オッペンハイマーは捕えられた。ローエングラム侯ももう直ぐオーディンに着くだろう。侯が彼らをどう扱うか……。
「エーリッヒ、ギュンターは無事だと思うか」
「この内乱には関わるなと言った。それを守っていれば無事の筈だ。それにオーディンを制圧したのはナイトハルトだ、大丈夫だろう」
「そうだな。……ローエングラム侯は捕えた連中を如何扱うかな?」
「皆殺しだろう」
「……」
「ローエングラム侯の権力基盤は弱い。それを揺さ振ろうとする連中を許す事は無いと思う。感情的にも伯爵夫人を殺した連中は許せないだろう。兵士の罪を問う事は無いと思うが指揮官、貴族は容赦無く殺すだろうね」
平静な口調だった。口調と内容がまるで一致していない。その事に寒々しい思いがした。
「内乱というのは収め方が難しい。単純に敵だから殺してしまえという事が出来ないんだ。元々は帝国人なのだから出来るだけしこりの残らない形で終わらせる事が必要だが今のローエングラム侯にはその辺りの配慮は出来ないだろう。元々得意でもないしね。……御蔭でこちらは手を汚さずに済む」
エーリッヒが低く笑い声を上げた。オフレッサー、リューネブルク中将の顔が強張っている。俺も同様だろうな、頬の筋肉が引き攣るような感じがする。
「……それにしてもレンテンベルク要塞を放棄するとは思わなかった。奪還戦でトマホークを振るえるかと思っていたのだがな」
「小官も同じ思いです」
オフレッサーが話題を変えた。リューネブルク中将が相槌を打ったのはクーデターの話をこれ以上続けるのは避けたいと思ったからかもしれない。
「私も予想外でした。まさかレンテンベルク要塞を放棄するとは思いませんでした。出来れば要塞攻略戦で数個艦隊を叩く、そしてオーディンで最終決戦にしたかったんですけどね、上手く行かない」
「レンテンベルク要塞放棄は上策かな?」
俺が問い掛けるとエーリッヒは“如何かな”と言った。
「各個撃破を避けた、戦力をオーディンに集中させた、そういう意味では正しいだろう。オーディンという根拠地を安定させるという意味でも間違いとは言えない。しかしこれで辺境は貴族連合に加わるだろうな。ローエングラム侯は孤立し追い込まれた事になるがその辺りを理解した上での要塞放棄なのか……、少々疑問だ」
「軍事は練達だが政治には疎い、ですか」
リューネブルク中将の言葉にエーリッヒが“ええ”と肯定した。
「戦略というのは敵を倒す方法論だと思います。そして政略は味方を増やす方法論。だから戦略より政略が優先される、味方を増やしてから敵を斃す。そういう観点から見れば政略的にはレンテンベルク要塞放棄は明らかに下策でした。辺境星域を放棄したに等しい。ナイトハルトに全てを任せて自分はレンテンベルク要塞に留まるべきだった」
「……」
「リヒテンラーデ公ならその辺りは分かった筈です。政略をリヒテンラーデ公、戦略をローエングラム侯、あの二人がもっと緊密に協力していればここまで追い込まれる事は無かった。もっとも信頼関係なんて無かっただろうから不可能だったでしょうけど」
エーリッヒの言葉にリューネブルク中将、オフレッサーの二人が頷いている。
「これから如何なる?」
「レンテンベルク要塞を根拠地としてフェザーン、オーディン間の通商路を遮断し兵糧攻めで締め上げます。まあこれは貴族達に頼みましょう。こちらはローエングラム侯を弱めた後で決戦を挑む事になります」
「……」
オペレータがレンテンベルク要塞を確認したと報告してきた。スクリーンに要塞が拡大投影されると艦橋がざわめいた。約半年ぶりに貴族連合軍はレンテンベルク要塞を奪還した事になる。次は帝都奪還だ、その時オーディンは今回のクーデター以上に血塗られる事になるだろう……。
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