歪んだ愛
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第1章
―2―
住宅街は昼間でも静かなものだ。東条まどかの自宅は、現場から十分程離れた距離にあった。今日も現場では鑑識が動いて居る。
名前も判ったのだから何もそんなに探さなくとも、と和臣達は思う。如何せ凶器等見付かる筈が無い。
其れでも何か出て来る事を期待し、東条まどかの自宅を見上げた。
高級住宅街に相応しい外観、けれどどの家も似たり寄ったりな造りだ。
「世谷署の木島と申します。東条まどかさんに就いて伺いたいのですが、御時間ありますでしょうか。」
インターフォンに向かい話す和臣の声は穏やかで、駐車場で怒鳴り散らして居た同一人物とは思えない。
無機質な断線音が響き、暫くすると窶れた女が姿を現した。
東条まどかの母親は、何度見ても良いとは思えない被害者親族の顔をして居た。泣き腫らし、隈に覆われた目元は赤黒く変色する。なのに目だけは嫌にギラギラと光る。荒れた肌にボサボサの髪、干上がった唇から「どうぞ」とだけ貰い、和臣達は後に続いた。
自力で立つのが困難なのか、スリッパを差し出した母親は其の侭床を見、挙動不振に眼球を動かした。立ち方が判らず、一体如何やったら自分が立てるのか必死に思い出そうと母親はした。
「支えてやれ。」
人間が立つには心が必要なのだなと、和臣は毎回思う。
加納に支えられ立ち上がった母親は、指先を壁に這わせ乍ら応接室に迄案内した。
ゆっくりソファに座らせ、対面に座った二人は警察手帳と名刺を渡した。其れを見た母親ははっと顔を上げ「御茶…」と又立ち上がろうとした。
「大丈夫、御構いなく。」
「何でまどかだったのかしら…」
母親の呟きに和臣は息を吐き、静かに開いたドアーに加納は視線を向けた。
「え…!?」
紅茶の乗るトレーを持ち、応接室のドアーを開いたのは紛れも無く東条まどか本人で、釣られ見た和臣も息を詰まらせた。
「東条ゆりかです、まどかの、姉です。」
「…一卵性…?」
「はい。」
寂しげに笑みを浮かべたゆりかは二人の前にカップを置き、母親の横に座った。
「同席しても宜しいですか?」
どの道此の母親から話を聞く事が困難なのは判る、和臣は素直に頷き、手帳を取り出すと、挟んだ東条まどかの写真と目の前のゆりかを比べた。
写真のまどかはゆりかそっくりだが、似てない、と和臣ははっきり思った。
東条まどかには悪いが、此方はもっと毒々しさを持って居た。着ている物も派手であれば、雨に流れ大半は落ちていたが、元の化粧が濃い。
というのも、屍体に対していう言葉では無いが、仮面を付けて居る風に見えた。顔面は真っ白なのに、眉や目元ははっきりとし、和臣の考え通り眉と目元にはアートメイクが施され、睫毛にはエクステンションが付けられていた。赤いリップメイクも余り取れていなかった。検死をした監察医も、八十年代みたいなメイク、と紫のアイシャドウと断定した。其れを聞いた井上が、マレフィセントかよ、と呟いたのを覚えている。
だから仮面に見えた。
一方で此のゆりかはブラウンのアイラインとベージュのアイシャドウ、リップは仄かなピンクのグロスだけだった。服もふんわりとした柔らかい色合いで、雰囲気と重なり、如何にもなお嬢様。
和臣の苦手とするタイプだった。
一卵性双生児という事は、全く同じ作りの顔だろう、ゆりかに同じ格好をさせても嗚呼はならない。性格が完全に正反対なのだろう。
「オレンジバレー…」
ゆりかを観察していた和臣は、優雅にティータイムを楽しむ加納に視線を向けた。
「そうです。わあ、凄いなぁ、刑事さんって、紅茶も当てられるんですね。」
胸の前で手を合わせるゆりかは人懐っこい笑顔を向けた。
「いえ、ワタクシは唯単に紅茶党なだけです。」
興味無さそうに加納はソーサーにカップを置き、其の侭テーブルに置いた。
「俺、珈琲党だけど、豆なんて判らんぞ。」
「キリマンジャロとフレンチの違い位判りますでしょう。」
「当たり前だろう。」
「同じですよ。」
「お変わりいっぱいありますから、じゃんじゃん飲んで下さいね!」
「飲み放題か。」
「そうです、飲み放題です!然もただ。」
「良い店だな。」
「でしょう、刑事さん!」
「御言葉は有難いのですが、ワタクシ、此の手のタイプは苦手なのですよ。」
「あ、そうなんですか…」
しょんぼりと俯いたゆりかは、窶れる母親の手を握り閉めた。微かに、母親の口角が緩んで居る。
「東条まどかは、そんな性格だったのか…?」
和臣の言葉にゆりかに顔は陰り、小さく頷いた。
母親が笑った理由は、此の会話では無く、此の会話で取ったゆりかの態度。
ゆりかの取った明るい態度に母親は東条まどかを思い出しはにかんだ、と云う事だ。
「まどかは…」
此れがゆりか本来の性格なのだろう、静かに話した。
「私とは正反対でした。活発で、前向きで、人に愛されて居ました。就職も、私は何社か落ちた後直ぐに諦めてしまったんですけれど、まどかは受かる迄活動してました。」
「ゆりかさん、でしたか。何処かに御勤めですか?」
職場を聞いた加納にゆりかは首を振り、無職である事を告げた。
此れ以上何も聞けなくなった和臣は手帳を仕舞い、加納を見た。
「まどかさんの御部屋、見せて頂く事は出来ますか?」
ゆりかは母親の顔を覗き、母親からの許可が出たのでゆりかは案内した。
二階に案内され、此処で一度ゆりかは面白い行動をした。
何故か自分の部屋を開け様としたのだ。
「此処が、まどかの部屋です。」
「ゆりかさんの部屋も見せて貰えるか?」
「え?はい。」
東条まどかの部屋とゆりかの部屋は隣合わせで、両方のドアーを開け二つの部屋を廊下から見ると、鏡に映した様に左右逆転に配置されていた。
「何だか酔いそうですね…」
「何でこんな配置なんだ?」
「判らないんです、其れが。」
「判らない?」
「全く違う場所で買って、違う時期に配置したのに、逆の配置なだけなんです。」
二つの部屋を隔てる壁側にベッドを置き、窓際に机とドレッサー、クローゼは両部屋ともベッドの向かい側にある。
「あ、そういう事か。」
クローゼが隔てる壁側の向かい側にある事で、一番場所を取るベッドが同じ場所に置かれた、其れを考え机とドレッサーを置いたら見事同じ配置になる。
「考える事は同じなんだな。」
「そうですね、でも、何時もまどかが後に買うんですよ。」
ゆりかが買った家具を見た東条まどかが全く同じ家具を買い、対極に配置する。
「若しかしてまどかさんは、何時も貴方の真似をされて居たのではありませんか?」
加納の言葉にゆりかは首を捻ってみせたが、云われて見ればそうかも知れない、と云った。
「そうなのかな、如何なんでしょう。良く判りません。」
「此の写真、御前か?」
東条まどかの部屋に入った和臣は、机の上に飾られるコルクボードを指した。其処には形付け切り取られた写真が何枚も貼ってある。笑顔で映って居るものから少し面白い顔をしたもの迄、小さいのも合わせるとざっと二十枚位だろう。其の中で一際目立つのが、瓜二つの顔をするゆりか達の間に一人の男が挟まれ三人で撮られた写真だった。
「其れは全部まどかですよ。」
「真ん中の男は誰だ?」
「夏樹ですね、まどかの恋人です。」
「夏樹…、苗字は?」
「あ、夏樹が苗字で、名前は冬馬です。」
和臣の手帳に名前を書き、其れを見た和臣は、夏なのか冬なのかはっきりして欲しいな、と笑う。
二人を他所にドレッサーを開けた加納は、おやまあ、と甲高く口癖を出した。
「生首でもあったか?」
「ぐちゃぐちゃですよ。」
「見えない所にこそ、性格が現れるな。」
引き出しの中は化粧品が乱雑に収納されていた。其の勘でクローゼを開けると、矢張りぐちゃぐちゃに服が掛けてあった。下のスペースには凡ゆるブランド物の袋や箱が詰んである。
「見るんじゃなかった…」
そっと閉じた和臣は、悍ましい記憶を払う様に首を振り、私のも見せましょうか?とゆりかはクスクス笑った。
「綺麗なんだろ。」
「はい。」
笑顔でクローゼを開けたゆりかは続けてドレッサーの引き出しも開け、性格が正反対なのを痛感した。
ドレッサーの引き出しは小物入れで区切られ、リップメイク用品、アイメイク用品、マスカラ、毛抜きにビューラーときちんと向き迄整頓される。東条まどかの引き出しは、此れ等が乱雑に入っている。クローゼットも乱雑な東条まどかに対し、スカート、ブラウス、ワンピースと長さで収納され、パンツ類はケース、と整頓される。
「美しいな。御前、乙女座だろう。」
「はい、良く判りましたね。」
「俺も乙女座なんだ。乙女座は完璧主義者なんだ。」
「木島さん、東条まどかも乙女座ですよ。」
「血液型も一緒です。」
「もっと云うなら、DNAも同じです。指紋は異なるようですが。」
「え?そうなんですか?」
やだぁ、だったらまどかに悪事擦り付けれないじゃん、とゆりかは指先を見た。
「と、聞いた事があります。」
「性格だけが違うのか。うん、なら俺は綺麗好きを選ぶ。」
首を鳴らし和臣は答え、ゆりかは「引取り手が無いので是非…」と和臣の袖を引いた。
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