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歪んだ愛

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第1章
  ―1―

被害者は東条まどか二十六歳、都内証券会社に勤めるOLだと判った。
証券会社…、一般企業のOLよりは高給取りで羽振りは良いかも知れないが、入社三年目のOLにしては度が過ぎるなと、所謂ハイブランドと呼ばれる名前が並ぶ資料を見る和臣は思った。身の丈を弁えず“カードローン”と云う底無し沼に落ちて行く人間が後を立たない事を知り、又見て来た和臣は、書類を丁寧に纏める加納に目配せをした。
「そっちは如何動く。」
同じ捜査一課の本郷(ほんごう)龍太郎(りゅうたろう)と、コンビを組む井上(いのうえ)拓也(たくや)に其れとなく動きを聞いた。
「俺達は会社に出向きます。」
「なら俺達は自宅に行く。」
「判りました。」
清潔感と理性を漂わす吊り上がった本郷の目が井上を捉える。此方は切れ長の一重で、濁った黒目を隈の上でギラギラと動かす。初めて井上を見た和臣は「御前、性犯罪者みたいだな」と云った程、怪しい雰囲気を全身に纏っている。聞いた本郷は端正な顔を歪ませ必死に笑いを堪え、云われた本人は「あんた、心理学かなんか専攻してたのか?何で俺が性犯罪者だって判った」と自虐的に、然し腹の底から笑った。
此の二人は幼少時代からずっと一緒の…馴染み関係だった。本郷の方が二歳年上で、幼稚園から大学迄何もかも違うのだが、最終的には井上が何時も本郷を追い掛ける形に収まると云う。
本郷がテニスを始めれば違うサークルでテニスを始め、本郷が受験体制に入れば自分も何故か一緒に勉強し、警官になると云えば結局井上も同じになった。
そして今日も本郷と一緒に行動する。
「御前、ゲイなのか?」
「は?」
車の鍵を掴んだ井上は、和臣の意味不明な質問に低い声を一層低くさせ、太い眉を寄せた。
「御宅がゲイなんじゃねぇの。」
「は?」
今度は和臣が、裏返った声で目を丸くさせた。
「何でだよ!」
「兄弟同然に育った男の背中追い掛けてるだけでゲイ認定するとか、ソッチの考えだから認定すんだろうが。」
だったら、姉の真似をずっとする妹も世間ではゲイなんだな、と五センチ程高い位置にある本郷の肩をべたべた触り乍ら井上は云う。
「お兄たん、行こうぜ、ホモにホモとか云われた。」
「触るな…、気持悪い…」
「俺は女好きだ!」
「俺だって、何より女が好きだよ。女が居ない世の中なら死んだ方がマシだ。何で俺が刑事になったか、美女からの賞賛を貰いてぇからだろうが。」
嗚呼、世の中から又美女が減った、と東条まどかの写真をちらつかせ井上は部屋を出た、其れに続く本郷。
「三十代前半の男二人が、結婚もしないでずっと連んでるとか気持悪いわ。」
和臣の吐き捨てた言葉に加納は笑い、貴方も独身じゃありませんか、と遠回しに気持悪いと云った。
「煩い!俺はしないんだよ!」
「出来ないんだろう。」
ホワイトボードに貼られる写真を眺める課長は云い、ギィギィと椅子を鳴らす。
一見すると大学を卒業したばかりの新米刑事に見えるが、和臣は此れでも三十二歳だ。色白の女顔で、大きな猫目と高い鼻筋、薄いアヒル唇から青年の様な声を出す。身長も一六八センチと低く、一七五センチある加納、井上と並ぶと顔半分は低い。一八〇センチを超える本郷と並ぶと、兄弟か、と課長が笑い転げる。其の課長も又、本郷以上に長身を持つ男なので、課長と和臣が並ぶと親子に見える。
冷酷に口角を吊り上げた加納は、ブリッジを触り、細長いレンズの奥から人情を感じさせない目を向けた。
和臣は、加納の此の目が嫌いだった。
目、というよりは、加納が嫌いで仕方がない。ゾッとする程端麗な顔をし、狐面を付けている風に見える。アダ名も“能面”で、本人は其れを嫌って居るが明確で判り易い為訂正はしない。新米の癖にアダ名を付けて貰えるなんて感謝されど恨まれる覚えは無い、と付けた和臣は云う。
唯の蔑称、詰まりはパワーハラスメント。
本郷と井上、見た目も性格も全く正反対なのだが、考えが同じなので其れこそ一心同体の様に動く。
抑に此の加納、経歴と肩書きが釣り合わず気味が悪い。本来なら警視庁の人間であるのに、何を思ったのかこんな小さな署で刑事なんぞする。結果主義の性格も組織官僚臭く、和臣を含む叩き上げ刑事とは違う。交番勤務等した事無いのだ。
其れがいきなり今年の六月、中途半端な時期に警視庁から来た…詰まり飛ばされて来た。
何をしたか。
組織の秩序を一番とする場所で、禁忌とされる上司への楯突きを行い、警視総監を殴り付けたのだ。飛ばされた理由を聞いた和臣達は唖然とし、殴った理由に又唖然とした。

――顔が気に食わなかったのですよ。

そんな事で一々人を殴って居ては、一体一日に何人を署に来る迄に殴って来なければならないのか、取り敢えず毎朝会う同じマンションのあの隣人、毎日不愉快にさせられるから殴らなければいけない。

――そんな理由で、キャリア捨てたのか…?

一番驚いて居たのは、キャリアに全く関心持ちそうにない井上だった。本郷は納得する様に頷く。

――あの総監、俺も嫌いだ。殴って呉れて有難う。彼奴が総監の限り、俺は試験を受けない。うっかり受かって本庁に行ったら最悪だからな。
――そうでしょう?ワタクシも嫌いです。

総監の悪口で二人はすっかり意気投合し、だったらコンビを変わって貰えないだろうかと和臣は思った。が、此の井上を相手にするのも嫌で、結局加納にした。
「御前、車の趣味悪いな。乗りたくない。」
東条まどかの自宅に向かう為駐車場に出た和臣は、加納の愛車にうんざりした。
甲冑昆虫の様に艶めくブラックボディ、逸そゴキブリに乗った方がマシだとさえ思った。
「S550、最悪…」
「あっはっは。」
乗車拒否をする和臣に、駐車場の奥から笑い声が響いた。車に乗り込もうとする本郷達が、乗るのを待って迄和臣を笑って居た。
「笑うな!」
「だっせぇベンツ、連れとか思われたくねぇ。」
本郷もそう思っているのか、声は出さないが口元を一杯に歪ませる。
そんな二人の前にあるのはBMWのロードスター、二人乗りである。因みに今は、屋根が開いて居る。
「大体御前!刑事の癖になんでそんな非効率な車乗ってるんだよ!二人しか乗れないだろうが!」
「俺が何乗ろうが誰に乗ろうが、御宅には関係ぇねぇだろうが。俺のZ3馬鹿にすんなよ。クソ早ぇんだぞ。」
「覆面にするって聞かないんですよ、何とか云って下さい。」
「ロードスターで、二人しか乗れない車が覆面になる訳無いだろうが!車内聴取出来ない車なんぞ言語道断だ!」
「ぜってぇ格好良いと思うんだけど。フェアレディのパトカーがあんだから、Z3の覆面があっても良いだろうが。」
「Zパトカーは高速追跡車両だろうが!」
「御宅が前の車にケチ付けたから車検を気に変えたんだぜ、未だ文句云うか。」
井上が此の車の前に乗って居たのは、BMWのX6と云う、此れ又警察車両に向かない車だった。

――こんな馬鹿でかい車がパトランプ付けて住宅街走れると思うのか!?電柱壊す気か!?
――やって見なきゃ判んねぇだろうがよ。

実際やってみたが、和臣の考え通り小回りが利かず、ほれ見ろ、と散々云われた井上は丁度車検時期だったので買い換えたのだが、又和臣を失望させた。

――此れだから慶応男は嫌いだ…

まさかロードスターを買って来るとは思わなかった。BMWなのは文句を云わない、せめてセダンタイプにして欲しかった。逸そ次の車検でパトカーでも買わせ様か。お望みの、フェアレディZを。
「本郷の車で行けば良いだろうが!」
「嫌ですよ、俺が運転しなきゃ駄目じゃないですか。今朝洗車したのに。」
そう、本郷は、320iとまさに和臣が井上に求めた車に乗って居るのだ。此れは勿論覆面に改造してある。
「早く行こう、拓也。あの人話長いから嫌いだ。」
「ベンツでデートして来いよ、木島さん。」
「誰が…」
こんな趣味を疑われる車に乗るか、と云いたかったが、自分の車に加納は乗せたくなかった。
「ワタクシは何方でも良いです。ベンツでも、シボレーでも。」
視線の先。日中の太陽光を此れでもかと受ける和臣の車。白や黒、シルバーで埋まる駐車場で赤はかなり目立つ。此れが覆面に変わるのだから、追い掛けられる方も必死だろう。
「俺のバンブルビーには乗せん。」
「赤ではありませんか、あのカマロ。…大体、バンブルビーは黄色と黒ですよ、ですから“ビー”なのですよ。赤のオートボットはディーノで、車種はフェラーリです。」
鼻で笑った加納は助手席のドアーに手を掛けた。乗り込もうとした和臣は上体を止め、屈した腰を又態々伸ばした。
「御前、オタクなのか?」
「え…?いいえ…?」
素早くブリッジを撫で、俯き加減に顔を逸らした加納に和臣は眉を上げ、肩を揺らした。
「能面の癖に超合金ロボが好きとか傑作だ。」
「ですからね?違います。能面でもオタクでも…」
「此れ、サウンドウェーブって名前か?」
「違います。」
なんだ結局二人共オタクじゃないか、と立番は和臣の車に視線を向けた。
側面が所々汚れている。
一時間程前、此処に来た年長の園児が、和臣の車を見付けるなり「バンブービー!バンブービー!トランスフォーム!」と小さな足で蹴飛ばして居た。其の三十分後に交通規則の罰金を払いに来た男が、偶々目に止まった赤い車に怒りをぶつけていた。昨日も、誰かに八つ当たりされていた。
目立つって、大変だなぁ。
ベンツのエンジン音に立番は顔を上げた。
アレがトランスフォームしたら如何なるんだろう。やっぱ加納刑事だし、ディセプティコン側なのかな。やだー、怖い。
本郷の青い車、此れに赤いパトランプが付くと「オプティマス!」と少しワクワクする。此の時立番は、「行ってらっしゃいませ、司令官殿!」と全身全霊で敬礼し見送る。そして和臣の車、此れにパトランプが付くと、本当に変形しそうな勢いでエンジンが唸る。何時もは大人しいのだが、其れもバンブルビーに似るな、と思う。赤だが。赤だが、此れは“ビー”で良いのだ。赤い蜂なのだ。
「可愛いなぁ、ビー。」
ちょんちょんと指先で突くと、ライトが太陽光に反射し、立番は肩を竦めにんまり笑った。
立番はこうして毎日、駐車場に並ぶ車を見て妄想する。そうでもしないと暇なのだ。 
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