101番目の百物語 畏集いし百鬼夜行
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第三話
◆2010‐05‐10T17:30:00 “Yatugiri High School Firing Range”
「で?本当に『都市伝説トーク』だけだったのだな?」
放課後、部活の時間。
射撃部という比較的珍しい部活に所属している俺とアレクは、射座や銃があまりないことから必然的に発生する暇な時間にこうしてよく一緒に喋っている。
デジタルピストルにビームライフル、後者はまだ買う事が出来るがターゲットまでそろえようと思うと難しいため、どうしても暇な時間が発生するのだ。
そして、どうしても発生する以上こうして喋っていても何か言われることは少ない。今日にいたっては俺は最初に撃ったためもう自由時間みたいなものだ。
「どうなのだ?キサマ、オレ達のティアたんとは何もないんだろうな?」
オレ達の、という辺りに男子達の団結感を感じつつ。
まあ俺もティアに気に入られるまではこいつらと同じ側だったんだし、羨ましかったりする気持ちは大きいんだろう。嫉ましい、とまではいっていないことを願う。特に、この部活に入ったこともあって一年のころから一緒に行動することの多かったこいつからしたら、なおさら。
アレクは、見た目は銀髪に灰色がかった瞳の背の高いイケメンである。そういった特徴から、目つきの悪さや口調の尊大さなんかもただそのイケメンさを高める要素にしかなっていない。初対面の人間はすぐにそういう人間なんだと認識するわけだ。ただし、少し付き合いがあればすぐに根はそうでもないんだと分かる。ついでに残念なところがあるという事も。
そう言うわけで、こいつは初対面の人間にはクールなイケメンとして、付き合いのある人間には残念目なイケメンとして認識されている。
慣れてしまえば付き合いやすいやつなので、去年から良くつるんでいる。
「朝も昼も、そしてこの射場に向かう間にも言った通りだ。ってか、俺とティアに対して何か期待でもしてんのか?」
「期待などしていない。いや、強いて言うのなら何もないことを期待しているが?」
「あー………何もないというと正しいような間違っているような・・・」
「………………なに?」
「間が長い間が長い。お前の見た目だと無駄に怖いからやめろ。………何度か二人きりで出かけた中でも、屋内プールに行ったのだが・・・」
「そんなことを………いや、それだけではないのか?」
「屋内プールに行った帰りに、お互いのタイ焼きを食べさせあった仲だ」
「キサマ!」
アレクは声を潜めて声を荒げるという超がつくほどの高等テクニックを披露してくれた。器用なもんだな。まあ、射手の集中を妨げない意味ではベストなやり方だけど。
「ティアたんと、か、間接キスをしただけではなく、お互いに食べさせあうだと!?フン、カミナ………もうキサマとの仲もこれまでだろうな」
そう言って顔を別の方向に向けるアレクを見ながら、実際にはそこが限度の中なんだけどなぁ、とぼやく。
そして、この見た目であんな呼び方をしたりこの行動をしたりするこいつは俺の中ではヒットだ。
「そうか。これまで一年ちょっと、短い付き合いだったな。それと、カミナって言うな」
このあだ名は一体どこまで広まってしまったんだと思いつつ、射座正面にある時計を見る。まだ部活が終わる時間ではないが、撃ってしまえば帰るのは自由な部活だ。そろそろ帰りどきなのかもしれない。
「……いや、待てカミナ」
「何だ、他人」
「貴様とキスをしたなら、ティアたんと間接キスになるのか?」
反射的に殴りかかってしまった俺は悪くないだろう。片手で受け止められたが。
「ふざけたことを言うな……そうだな、もし万が一にも、俺がティアとキスできるというとても素晴らしいことが起こったのなら、そうなるのかもしれないな」
「ふむ、そうか・・・ならキサマとのキスは後回しだ」
「フンッ!」
今度は腹に一撃入れた。こいつは一瞬気を抜いた時に手をグーパーと一度閉じて開く癖があるので、そこを狙えばうまいこと行くのだ。
「キ、キサマ………」
「気持ち悪いこうとを言うな。ったく、お前はどうしてそうなんだか……」
ほら見ろ、女子の皆さんが色めき立っちゃったじゃないか。最近そういう女子が増えてきた傾向にある気がする。
それにしても、ティアとキス、ねえ……ふと、毎朝顔を寄せているために少し近い距離から見ている彼女の顔が浮かんだ。
その病的なイメージとは違ってピンクで張りのある唇。そしてあの愛らしいタレ目が恥ずかしそうに閉じられたものなら………
………悪くない、むしろ素晴らしすぎる想像だ。こう、彼女を全力で守っていきたいという感情が湧きおこり、同時に胸がドキドキしてきて、早く早くと体中が俺をせかしてくる。が、その唇同士が触れ合う直前に、その邪念を記憶の奥底にしまい込んだ。
……実際には振り払うのがいいんだろうけど、そうするには惜し過ぎるほどに出来がよかったんだ。
「まあ、俺には心に決めた人がいるし」
「……まだ諦めていなかったのか。これからも無駄な努力を重ねるつもりなのか?」
「いや、お前には言われたくないぞ?」
……アレクの言葉を否定するのは難しいのだが、俺に心に決めた……とまでは言わなくても。それでも、かなり本気な片思いの相手がいるのだ。
「だが、どう考えても無理だろう、カミナでは。オレのようにあらゆるものを兼ね備えている者でもなければ、な。まず間違いなくキサマに『あーちゃん』は荷が重い」
「カミナ言うな。そんでもって、釣り合うかどうかが重要ではないだろ」
「いや、そういう問題だろう。ただでさえキサマは八霧高校美女美少女ランキング第三位のティアたんがキサマと毎朝のお話タイムを設けていること自体、センター試験の英語、大問二の文法問題を全問テキトーに選んで全部外す方が簡単なほどの奇跡だというのに、ランキング一位のあーちゃんなど………」
「フンッ」
「甘いッ」
今度は受け止められたので拳を戻しつつ、ふと気になったことを問う。
「ちなみに、その確率はどれくらいなんだ?」
「約五パーセントだ」
「オオゥ………」
希望を持っていいのか悪いのか、何とも微妙な数値だな。ってか、何でこいつはそんな確立を知っているのだろうか?
……まあ、言われなくても分かっているつもりではある。俺は学力も普通なら家柄が何か特殊なわけでもない。強いて言えば剣大会優勝の記録や剣記録保持者だったりするわけなんだが、そもそも射撃はスタートが県大会なので何とも言えない。去年はブロック予選で敗退してしまったので、今年は国体に行けるよう頑張るつもりだ。
そんなレベルのこれまで彼女がいたこともないようなやつが、あの先輩に対して想いを寄せるなんて分相応もいいところだというのは、重々承知している。
でも、恋愛ってのはそういうものではないはずだ。相手に迷惑をかけないレベルで自分の気持ちに正直になる、ってもんだろう?
そして、ふと言ってやろうという気になったのでアレクに助言をしてやることにする。
「そうだ、アレクよ」
「なんだ?」
射座が空いたためかビームライフル(銃)とジャケット、スタンドを準備していたアレクがこちらに顔を向ける。それに対してい既に制服に着替え終わっている俺は二乙を整理しながら話を続ける。
「お前、都市伝説のお化けに襲われたらどうする?」
「は?そんなもの、いるわけがないだろう」
「そう言うなら別にかまわんが、都市伝説トークができればティアと仲良くなれるかもしれないぞ?」
「……知り合いに聞いて、色々と回ってみるか」
自分の発言を覚えているのかも怪しい様子だったが、まあ気にしてはいけないのだろう。
「そうかそうか。襲われたって話をすればきっとティアは喜んでくれるぞ」
「ふむ……まあ、なかなか出来ない経験をしつつティアたんと仲良くなれるのなら、いいこと尽くしだな」
口調は超冷静そうなのに、表情は緩みきっている。それでもちゃんと準備を進められている辺りはすごいけど。
「さて、そろそろ先輩が上がる時間みたいだから俺も上がる」
「ム……まあ、頑張るんだな。オレは色々と知り合いを当たって都市伝説の話を探ることにする」
言葉だけはアホらしいのだが、頬をチークピースに乗せた瞬間にそんなものは消えうせていた。あの見た目もあって、銃を構える姿はとても絵になる。
そのままアレクが最初から十点を出したのを見て、俺は射場を去った。
ページ上へ戻る