ONE PIECE《エピソードオブ・アンカー》
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episode2
今日もまた、魚人街へ訪れては絡まれる。
最近は、アーロンに声をかけられたのが功を奏したのか、運が悪かったのか、以前にも増して厄介な者どもによく絡まれることが多くなった。今日の相手は、3人組の魚人。しかも、海賊である。
「アーロンの部下...ってところかな」
「分かってんなら話は早ぇ。船長が何のつもりでお前に声をかけたのかは知らねぇが、俺たちは許すわけにはいかねェんだよ」
「だから、断ったじゃないか」
「それでもだ! このままじゃ、俺たち海賊団のメンツは丸潰れなんだよ!」
自分たちのボスが直々に勧誘し、それを「ヤダ」「嫌い」の二言で何のお咎め無し。巷で噂のたかだか16の少女相手に、ビビったのだと思われることを恐れた。少なくともこの3人組はそうなのだろう。
アンカーは「はぁ...」と溜め息を漏らし、背中に掲げていた巨大な武器に手を掛ける。
普段は持ち歩くことの無いが、アーロンとの一件以降今まで以上に手だれを相手にすることが多くなったがために、生身だけでは限界を感じたので持って来ていたのだ。まさか、早速使うハメになるとは思ってもみなかったが...。
武器の形状は、2メートル程のパイプの両端に大きく湾曲した刃物が取り付けられている。微かにジャラジャラと音がする。
「これ、重いし疲れるからあまり使いたくないんだよね...」
「じゃあ、突っ立っとけや! 嬲り殺してやるよぉ!!」
「ヤダ」
振り下ろされた刃を防ぎ押し返す。その小さな体と細い腕のどこにそんな力があるのか...。
「舐めんなァ!!」
軽くあしらわれたことに腹が立ったのか、怒りに任せた攻撃を繰り返す。安定しない軌道に、怒りによる攻撃力の増加。それら全てを防ぎ続けるのは流石に厳しくなってきた。
更に残りの2人も参加。3方向からの攻撃を防げるだけの筋力は、アンカーにはまだ無い。
「おらおらあッ! どうしたァ。嬲り殺されたくねェんだろ!? それとも、別の意味で嬲り殺してやろうか!!」
「下品...」
「ヒャッハハハァ!!」
「...っ!」
じりじりと詰め寄られ、遂に刃先が目の前に迫る。アンカーと3人組の顔が近い。顔を伏せ、歯を食いしばるアンカーの姿にニヤニヤと口元が緩む。すると「...面倒臭いな」と声がした。
声がしたと気付いた瞬間、3人組は後方に吹き飛ばされていた。
何があったのかと辺りをキョロキョロと見回すが、3人の目に映ったのは、呼吸の乱れを感じさせず目を鋭く光らせるアンカーの姿だけだった。
アンカーは武器を持ち替える。横に倒し、ぐっと力を入れると1本だったパイプが2つに割れ、その間には長い鎖が垂れ下がっていた。
「はぁ...。ちょっと軽くなった」
パイプの中に納められていた鎖が解放されたことにより、武器の重さに変化が生じる。
アンカーは鎖を持ち、頭上で円を描くように振り回す。小さな円から、しだいに大きな円を描いていく。狙いをよく定めて手を離すと、吹き飛んだ3人組を巻き付けながら1箇所に集めた。
鎖の先にある刃が、壁に突き刺さる。もし、その刃が湾曲していなかったら命はなかっただろう。
「...当たらなかったな。ま、もう片方はまだ残ってるし、これでトドメーー」
「俺の部下が世話んなったみてえだな」
「ーーあれ、出てきたの? 見てるだけじゃつまんなかった?」
先程までの形相は無く、姿を現したアーロンをキョトンとした表情で見る。小首を傾げる仕草には幼さを感じさせるものがあった。
「いつから気付いてた」
「んー...最初は、この3人組に囲まれた時かな。でも、似てる奴がいるなと思ったくらいで、確信が持てたのはこれを振り回してる時」
「...お前、俺の船に乗れ」
「ヤダ」
アンカーは壁に突き刺さった刃を引き抜き鎖をしならせ、縛り上げていた3人組を解放する。慣れた手付きで、垂れ下がった鎖を振り子のように揺らしながらパイプの中にしまい込んだ。
「帰る......って、こら! 掴むな!」
背中を向け、帰路に着いたアンカーは武器ごと捕まる。足をバタつかせて抵抗するが、やはり意味は無い。胸元にある指を叩いたり噛み付いたりしてみるものの、ダメージを受けている様子は無かった。アンカーの「離せっ!」という声が上がるが、アーロンは決して手を緩めはしなかった。
「ん? お前、この間よりでかくなってねえか?」
「そりゃ、成長期だからね...って違う! 離せっ!!」
「海賊は嫌いか」
「嫌いだ! アンタも海賊だろ。しかも船長だ。だからアンタも嫌いだ!!」
「理由は?」
アンカーは気の抜けた返事をする。抵抗する力が少し弱まった。アーロンが訪ねているのは“何故仲間にならないのか”ではなく、“何故海賊が嫌いなのか”である。
アンカーはその質問を生まれて初めて耳にした。
今までは、彼女の姿を見ただけで忌み嫌われ、話しかけて来る者もいなかった。いたとしても、それは彼女を傷付けたい者だけであってまともに話をする間柄ではない。
だからこそ、場違いではあると分かっていても、その質問が嬉しかった。
「おい。何とか言え...って、何で泣いてんだ」
「え? あ、なんでもない。......離してよ。ワタシも、話してあげるからさ」
アーロンは言われた通りにアンカーを下ろす。アンカーは逃げもせず、その場にあぐらをかいて座ると袖で涙を拭った。「まあ、座りなよ」と促されるままアーロンもその場に座る。
「場所は変えねえのか」
「うん。今まで誰にも話さなかっただけで、話したくなかったわけじゃないから...。聞きたい奴は聞いて、聞いたうえでワタシをどうしたいかは勝手にすればいい。もちろん、襲うつもりなら抵抗するけど」
アンカーは「何から話そうかな...」などと呟きながらひと呼吸おいて語り始めた。彼女の出生の秘密と、10年と少しの経験談を...。
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