Shangri-La...
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第一部 学園都市篇
第3章 禁書目録
29.Jury・Night:『Dragon Bless』
景色が歪む、魂が軋む。その姿、その気配。それは地底の洞穴で、地底の貯水施設で感じたものと同じ────恐怖と狂気、人を壊す圧力。それもその筈、魔導書とはああ言ったものを謳ったものだ。
それが、あの少女から。あの無垢そのものだった筈の、守りたいと願った者から。
苛立たしげに舌を打つ。火織を肩に担いで飛び出した夜空に、双発の合当理の爆音を響かせて。逆進翼の母衣の尖端に雲を引きながら騎航しつつ、ステイルの隣に着地した。
「そんな……あの娘が、魔術を使えるわけが」
《早速、齟齬が出たな……どうすんだ、アンタら?》
「どう……って?」
《好きなだけまごついてろよ、俺は行くぜ》
火織を下ろして、嚆矢はさっさと吹き飛んだ扉の方へ。即ち、異形の気配を身に纏うインデックスの居る小萌の部屋へと。
既にドアは吹き飛ばされている、それに魔術的な遮断を吹き飛ばすような威力の技だ。様子見などしている間に吹き飛ばされるのが関の山、ならばと即座に飛び出して機先を制する事を選択して。
『警告────第三章、第三節。対侵入者用の特定魔術、“聖ジョージの聖域”を起動します』
嵐が吹き荒れているかのような室内で、その目に映る異質。二日前の“屍毒の神”と似た瘴気を発する、インデックスと相対する────
「────っかは!?」
《────うおっ!》
……気が満々だった嚆矢に吹き飛ばされてきた当麻がぶつかり、受け止められた。
面具に保護されている嚆矢の顔面はほぼノーダメージだったが、そこに強かに後頭部を打ち付けた当麻は、その『右手』で頭を擦って。
《おい……今、どうなってる?》
「っつう……え、アンタは?」
《お前の命の恩人だよ、二回目のな!》
更に、押し寄せてくる凄まじいまでの衝撃の余波。魔術・物理問わずにあらゆる干渉を跳ね除ける衝撃波を放つ魔術“我に触れぬ”の巻き起こした、爆轟の余波が吹き付ける。
「訳が分かんねぇよ! けど、取り合えずインデックスの関係者だってのは分かった、アンタも“必要悪の教会”の魔術師か!」
《いいや────只の魔術使いだ……よォッ!》
余りやりたくなかったが当麻を抱きすくめるようにして、肩部装甲板より発する次元挿入によりそれを無力化────出来ずにマトモに受け、損傷させられながら。
《大したものよ……次元の障壁を、ものともせんとはの。耶蘇会の宣教師め》
(チッ──損傷状況は?)
《呵呵呵、この儂の大鎧を侮るでない。日ノ本一の日緋色金が最高純度たる“青生生魂”と、南蛮一の輝彩甲鉄の合金製じゃぞ? 至って軽微、問題なしじゃ!》
(お前はさっきの“魔女狩りの王”の時の……ええい、何はともあれ上等!)
それでも、その強靭な装甲は痕が出来たのみで揺るがない。その事実だけで十分だとして、割り切る事にして。
「魔術使い……アンタが、『こーじ』か?」
《確かにそうだがお前、年下が呼び捨てに────》
「だったら話は早い、頼む……手伝ってくれ! インデックスの記憶を消去する必要なんてない……アイツはきっと、魔術でそうさせられてるんだ。だから────!」
損傷の修復をショゴスに任せ、残り少ない生命力を削りながら。眼前の脅威にのみ、集中する。
そうしなければ、最早生き残れまい。否、それでも生き残れるかどうかは賭けだろう。
『更なる侵入者を認識────しかし、問題なし。どれ程の材質で、どれ程の厚さの装甲を備えようとも────』
《チッ────おい、上条! 邪魔だから退いてろ!》
「聞いてくれ! あの魔法陣の奥、あそこに居る奴を────!」
故に最後まで言葉を聞かず、邪魔になる当麻を脇に退かして両肩部装甲を前に向ける。独立しているその発振器を、前に佇む脅威へと。インデックスの眼前に展開された二つの魔法陣、空間の軋みによる煌めき。形を得た魔力の結晶、寒気がする程に高純度の。
嗚呼、確かに居る。あの魔法陣の向こうに、何か酷く残酷で悪辣なモノが。その重なった隙間、そこに位置する彼女の唇が開かれ────
『“竜王の殺息”の前には無意味──────』
《クッ──────?!》
放たれた極彩色の、光の波。打ち付けるように、貫くように。挿入された次元の障壁は、実に先程の二倍どころか四倍。
だと言うのに────あっという間に発振器が悲鳴を上げる。余りの圧力に装甲が軋み皸割れ、蹈鞴を踏んだ脚から吹き飛ばされそうになる。辛うじて逸らしている“竜王の殺息”の、その余波だけで全身の装甲材が表面から蒸散していく。
《ぬぅ……なんたる、おのれ!》
さしもの“悪心影”すら、余裕をかなぐり捨てている。もう、後十秒も持たずに加護は貫かれるだろう。
十字教の“聖ジョージ”の竜退治に謳われる竜の吐息。生粋の聖人の、伝承の名を冠する一撃だ。たかだか神鉄で鍛造たれた装甲程度に、耐え得る筈もない。
(ッ……クソッタレ……!)
そんな殺息から、逃れる事も出来ない。逃げれば、背後の町並みすらこれは焼き尽くす。どうしても、このままではそうなる。
錯覚であるのは分かるが、あの虚空に浮かぶ月にまで。或いは、届くやも知れぬと思わせられる程の魔力の奔流だ。
だと言うのに、勝算が立たない────否、道は一つ在る。今までそうして生きてきた。その為の装備ならば、この腰に佩いている一振りでも十分。
そう────インデックスを■せば、被害は彼女一人で済む────
「────だから、聞けよ!」
《────?!》
その光の奔流を、上条当麻が防ぐ。生身で、『右手一本』で。この神鉄の装甲を飴細工のように融かす聖ジョージの竜王の殺息、それすらも“幻想殺し”は打ち消している。
「っ……あの化け物をブッ飛ばせば、インデックスを助けられる! 記憶を消す必要なんて無いんだ、だから!」
《ッ…………!》
だが、如何に“幻想殺し”と言えども問答無用と言う訳ではないらしい。光の奔流が吹き付ける度、吹き飛ばされそうになりながら。それでも一歩も引かず、上条当麻は叫ぶ。
「手を、伸ばせよ……後少しで、インデックスを助けられるんだ!」
《…………》
「「…………!」」
それはきっと、片膝を突いて喘ぐ嚆矢だけではなく。呆気に取られたままの、ステイルと火織に向けても。あれだけの暴力に晒されて尚、諦めない。その後ろ姿に、諦める選択肢も視野に入れた己が酷く惨めに映り。
聖ジョージの竜王の殺息はそれすらも呑み込もうと迫り続けて────
「────“Salvare 000”!」
先ず、突出したのは火織。七天七刀からの“七閃”が畳を斬り、インデックスの足場を崩す。それにより、“竜王の殺息”は遥か上空に向けて射線が逸れた。
夜空を、どこまでも高く昇っていく一条の光。それは一種、幻想的なまでに美しく。破壊された屋根から覗く暗闇から、光る羽が降り落ちる。余りに場違いな、まるで天使の羽根から落ちたかのような羽が。
「それに触らないで下さい────“竜王の殺息”の余波ですが、それだけでも十分に危険です!」
言われるまでもない、あんな異質。異物。しかし、厄介な事にそれは多数。当麻も、それの為にインデックスに近付けない。故に火織は、七天七刀と鋼糸でそれを打ち払う。
『新たな敵兵を確認────戦闘思考を変更、戦場を再検索……現状、上条当麻の破壊を優先します』
《させねェよ────間怠っこしい、翔ぶぞ! 掴まれ、上条!》
「おう! ……って、『翔ぶ』ぅうわあっ!?」
「援護する。行け……能力者ども!」
掛け声と共に合当理を吹かし、嚆矢は当麻の『左手』を掴んで騎航する。降り落ちる光の羽を右肩部発振器からの次元の挿入で、寝そべったままの姿でインデックスが二つの魔法陣から放った魔力の弾丸をステイルの『魔女狩りの王』が受け止めている隙にすり抜ける。
本来、騎航した状態ならばこの距離では二秒と掛かるまい。しかし狭すぎて母衣を使えない以上は速力も機動も鈍り、その二秒が限りなく長い。限りなく、遠い。
『敵の正体を逆算────クトゥルフ神話、“這い寄る混沌”と認識。排除実行、死霊術書より当該項目を抜粋。飢える、飢える、魚座の口端────“命ある恒星”』
『────ぐwhるァァァawlァァァァuhnァァァ!』
加えて────彼女の二つの魔法陣、その堅固な結界に阻まれて。更に“我に触れぬ”の残滓に跳ね返される。
そして響いた人外の発声器官用の詠唱に導かれて、魔法陣から這い出た焔の塊が────六足に三つ首の、肉食獣じみた異形の姿となり。
(“命ある恒星”────?)
《あ、やべ》
その刃金に食らい付き、焼き尽くそうと迫る。正に命があるが如く、躱しても躱しても追い縋りながら。
すれ違い様の抜き打ち、顔面から尻までを深々と斬り抜けて。
《いかん、“命ある恒星の眷属”じゃ……あれは不味い、相性的に勝てん》
(早速かよ! “神魔覆滅”はどうした!)
《無茶を言うでない。あれは、『実体を得た、この世の外側の力』を問答無用で滅する力……『元からこの世のモノで再現した偽物』には効果はないわ》
(使えねェなァ、オイ────グッ?!)
要するに、一般的に『紛い物であると周知されているモノ』として呼び出された『似ているだけのモノ』には効果はない、と。
その言葉通り、“命ある焔”は既に再生を果たしている。その物質の第四形態たるプラズマの体の尾で、合当理に損傷を与えて騎航不能とした。
「っく……こーじ、だっけ?! 俺の“幻想殺し”なら、あの結界も打ち消せる! だから真っ直ぐインデックスの所に!」
《だから年下の、しかも男がァ……チッ、それもそォだな────任せたぜ、マグヌスッ!》
「って────またかよ?!」
インデックスまで後五歩の位置に着地し、その言葉に従い────当麻をインデックスの方に投げ飛ばして、ステイルに任せて。
《コイツは俺が殺る、さっさとあの眠り姫の目を醒ましてやれよ、王子様がた?》
「頼まれるまでもない。あの娘を救う為なら……何であれ、壊す!」
「イテテ……不幸だ────何て言ってる場合じゃないか!」
“魔女狩りの王”に守られて進む、上条当麻、あれならば届く、心配はない。問題なのは、むしろ此方か。真っ直ぐに背後を睨む。焔の獣は、そこに。
在りもしない表情が、嘲笑に歪んで見えて。燃え盛るように、嘲笑って────
『────ぐ w h る ァ ァ ァ a w l ァ ァ ァ ァ u h n ァ ァ ァ !』
《ッッ…………!?》
目にも留まらぬ速さで伸長した前肢一本、まるで紅炎の如く。その灼けた鈎爪の一撃に────最も厚い筈の胸部装甲が、易々と熔断、燃焼、焼却されて。
裏柳生新影流兵法の回避術理“肋一寸”にて、辛うじて命を拾う。
──そりゃ、解ってはいた事だがよ……やっぱり俺に“英雄”なんて、荷が勝ち過ぎてたか。
余りに無力。何たる脆弱、矮小。目の前の怪物に対して、成す術すらあるまい。“魔女狩りの王”のように明確な弱点も見当たらない、対抗策の一つすらも浮かぶ事はなく。
或いは、それが断罪か。本来ならば英雄どころか、唾棄されるべき悪鬼の己が────何を今更、その血塗れの両手で。今更何を、救うなどと思い上がるか。
《ふむ……では、諦めるか?》
(……………………)
損傷した胸元から零れ落ちた懐中時計、そこに内蔵された赤黒い宝石“輝く捩れ双角錐”を握り締めて。
“悪心影”の声に、応える事もせず。
『じゃあ、こうじは何をするの?』
『じゃあ、コウジは何をしたい?』
ならば、どうするか。一体、対馬嚆矢は何をするのか。一体、対馬嚆矢は何をしたいのか?
虚空に浮かぶ月の、地球からは見る事の能わぬ“月裏の虚海”よりの声が語り掛ける。何かを期待するように、情熱と冷静の狭間で。
──俺は……
問い掛けた声が、二つ。視界の端に、黒金と白銀の姿がちらつく。有り得ない事だ、複眼の一つ一つにまで、必ず視界の端に。
全天周を睥睨するショゴスの眼差しの全ての視界の端に映るなど。
『……てけり……り』
瞬間、損耗過多に装甲を維持できなくなったショゴスが解けて影に沈んでいく。破壊される前に、退避したのだろう。
後に残るのは、天魔色の髪に生まれつきの“蜂蜜酒色瞳”を持つ────打刀と脇差しを佩いた、浅く日焼けした少年のみ。
自嘲と共に胸ポケットに忍ばせた煙草を銜える。丁度、最後の一本。そして気の利いた事に、火ならば目の前で轟々と燃え盛っている。触れれば、一瞬で消し炭すら残らない勢いで。
そもそも、既に死に体。連戦と、鎧に魔術行使による魔力……即ち、生命力の多量な消耗。体温すら保てているかどうか。
「俺は、約束を果たす。『また会う』って、インデックスと約束したからな……その為には、あの娘を────助ける! 助けた上で、生き残る!」
それでも、そんな何の変哲もない日常会話の口約束を。ほとんどの人が忘れてしまうような御為ごかしを、矜持として。精一杯の威勢、精一杯の虚勢を込めて悪辣に嗤いながら。
聞こえたのではなく、感じた声は────
『……うん、だったらいいの。大丈夫よ、貴方なら届くから。わたしが、保証してあげるわ』
『……ふん、だったらいいよ。大丈夫さ、君には届かせない。ワタシが、保証してあげるよ』
意気を新たに、右手を前に。彼は気付くまい。その背後に立つ、『光芒』が二つ。『創始』と『終焉』の────煌めきと眩めきが二つ。黒金の光と白銀の闇が、薄紅色と薄蒼色の星雲が、二重螺旋を描くように輪舞して。
その正体を知るのは、極僅か。盲目の邪神狩りの聖人であるとか、喫茶店店主の方程式の魔人であるとか────或いは彼の背後で嘲笑する、燃え上がる三つの眼差しを向ける影であるとか。窓も出入り口も無いビルの中で、ビーカーに逆さまに浮かぶ黄金の糞虫であるとか。
『────ぐ w h る ァ ァ ァ a w l ァ ァ ァ ァ u h n ァ ァ ァ !』
振るわれた爪が六つ。前後左右天地の逃げ場を封じて、全周囲から目にも留まらぬ速さで。例え爪を躱せても、大気を焦がす灼熱が命を奪うだろう。
今度こそ確実に嚆矢の命を灰塵に帰すべく、迫る─────!
「────遅い」
『ぐぅxjるtiるう?!』
しかし、彼は死んでいない。裏柳生の回避術理“崩し八重垣”により無傷で、六本の魔爪が掻き破り焼き尽くした筈の空間で。天からの一撃、それで煙草に火を点して。
薄ら笑いを吹き消した“命ある焔”の、鞭じみた尾の一撃すらも寄せ付けない。
『────ぐ w h る ァ ァ ァ a w l ァ ァ ァ ァ u h n ァ ァ ァ !』
見えている。恐らくは彼の背後に立つ『光芒』の正体を見たのだろう、それでも無感情に三つの顎で食らい付こうと迫る炎の塊が。“這い寄る混沌”の住処であった森を焼き払った、旧支配者の眷属が。
知性の欠片でも持っていれば、抗う意味が無い事にも気づこうと言うのに。憐れなどとは思わないが、同情はした。
『無駄だよ────ワタシが、コウジには届かせない』
その紅炎の塊が、凍てついて動きを止める。凍て付き、腐れ落ちる六つの脚と尾、三つの頚を喪って。
収斂する終焉の具現に、最早再生すら許されず。それでも焔塊は、残った胴体から全周囲に熱を放つ。さながらコロナの如く、大気有る限り燃え続けるだろう。
『ぐぁぁぁjgnqぁぁぁumあ!』
「黙れ、喚くな────」
それは、宇宙の終焉。“ビッグ・クランチ”の闇。虚無への収斂の刹那には、虚空清浄にまで版図を狭める闇と凍気。ならば、届くもの等は有りはしない。この世に在るモノである限り、有り得ない。
かつて、ヒューペルボリア大陸を滅ぼした絶対零度。『素粒子も含めた全てが動きを止めた状態』である、摂氏-273℃。即ち、電子すら停止する物質の崩壊温度。量子力学上の、温度の最下限値。支配者すら駆逐した、その脅威。だが、それすらも“自存する源”の前には意味を成さず。今やそれは、かの『元帥』の力の一部。
それを成した白銀の右手が────嚆矢の右手と重なって。
「凍て朽ちろ─────!」
『“絶対零度”』
時すらも凍える程に白く眩めく銀燐が、世界を染めて─────後には焔塊の断末魔も、塵芥すらも残る事はなく。ただ、嚆矢の吐いた紫煙が漂うのみ。
そして何か、まるで硝子が叩き割られたような。澄んだ音が、辺りに響き渡った。
『警告────“首輪”……の、致命的──損傷を……修復不能──けい──告、警……こ───…………』
見れば、当麻の『右手』──“幻想殺し”に殴り砕かれて崩れ落ちる二つの魔法陣と、倒れゆくインデックス。そのインデックスを受け止めた、上条当麻。月の光に照らされた、まるで英雄が囚われの姫君を助け出したかのような情景。思わず背中が痒くなる光景だ。
あの強固な障壁を突き破っただけでも大したものだと言うのに、まさか本当に『向こう側のモノ』をぶっ飛ばすとは。
愉快痛快を通り過ぎて、最早恐怖すら感じる『右手』だった。
「終わった、か────」
それを眺め、辟易するように溜め息を。紫煙を虚空に散らした嚆矢、その瞳に────舞い堕ちる光の羽が、“竜王の殺息”の余波が。
ゆらり、ゆらりとその二人に向けて降り堕ちるのを、当麻とインデックスと共に見る。恐らく、それにはステイルも火織も気付いている。だが、嚆矢だけが気付いた。その羽に潜む、確かな悪意。インデックスの魔法陣の奥に居た、『何か』が────
「悪足掻きをッ────!!」
しかし、遠すぎるのだ。今からでは、誰も。当麻の“幻想殺し”すらも間に合わない、当たる。インデックスに……否、彼女を庇った上条当麻に。
では、諦めるか? 否、諦める等と言う選択肢は────とうに、諦めた。
「奪わせやしねェ、これ以上……」
だから────無駄と知りつつも、右手を前に。真っ直ぐに、迷い無く伸ばす────!
『無駄じゃない────わたしが、こうじには届かせるわ』
光の羽……否、そこに潜む悪意が戦意を感じたのか、激しい敵意を向けてくる。しかし、戦意程度に意味など無いと嘲笑う。その『何か』は、嚆矢が間に合わない事を知っているからこそ────悠然と舞い降りていて。
「何一つ────貴様如きに!」
それは宇宙の黎明、“大爆誕”の光。虚無からの爆発の刹那には、無量無辺にまで版図を拡げる光と熱気。ならば、届かないもの等はありはしない。この世に在るモノで有る限り、有り得ない。
かつて火星と木星の間に在った惑星をデブリベルトに変えた無限熱量。“ビッグバン”の1プランク時間後の熱量、即ち『プランク温度』。摂氏1,420,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000,000℃────『これ以上の温度は物理的に意味が無い』“絶対熱”。量子力学上の、温度の最上限値。支配者すら存在を許されない、その脅威。だが、それすらも“沸騰する核”の前には意味を成さず。それは初めから、かの『総帥』の力の一部。
それを成した黒金の右手が────嚆矢の右手と重なって。
「燃え尽きろ─────!」
『“無限熱量”』
時すらも燃える程に黒く煌めく金燐が、世界を染めて─────後には。
「……ッたく、世話ァ掛けさせやがる」
裏柳生の長足術“猿飛”にて肉薄、当麻の頭に当たる筈だった光の羽を握り締めて。拡散する創始の具現に、最早存在自由すら許されずに驚愕に満ちた断末魔を上げる『何か』ごと、焼き潰した嚆矢の姿が。
棚引く紫煙に包まれて、存在するのみで────
「アンタ、こーじ……あだっ?! な、何すんだ……痛ってぇ~!」
「こ、こーじ?! 何するの!」
「莫迦が────テメェが傷付いて、その娘が喜ぶかよ! 中途半端すんな、やるんなら最後まで、徹頭徹尾のハッピーエンドにしやがれ! 第一な、第一お前…………」
他人の為に己を省みずに投げ出すような莫迦に、割と真面目に力を籠めて。光の羽の代わりに当麻に拳骨を打ち噛ました、そんな自分が酷く気恥ずかしくなって。
当麻にインデックス、ステイルに火織。此方を見詰める四人の眼差しを誤魔化すように溜め息を吐いた後で、バリバリと『左手』で頭を掻き毟って。
「……『嚆矢さん』だ、年下野郎。女の子以外の年下に呼び捨てられる覚えはねェ……礼儀くらい弁えろッてンだ」
わざとらしくふてぶてしい態度で、チープな悪役のように。吸いきった煙草のフィルターを吐き捨てて、踏み躙ったのだった。
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