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ボスとジョルノの幻想訪問記

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十六夜咲夜一揆 その③

 ボスとジョルノの幻想訪問記 第23話

 十六夜咲夜一揆③


「・・・・・・あれ?」

 小悪魔は声を上げた。気が付いたら目の前から標的が消えていたからだ。

「・・・・・・?」

 それに何となく不思議な気分だった。自分の心がどこかへと昇っていくような、安らぎの感覚だ。

 あぁ、いいや。なんか、どうでも。今はこの感覚をずっと味わっていたい。本当に心地が良い。

 まるで体中の重りを外したようだ。体が軽い。

 どこまでも昇って行けそうな気がした。

*   *   *

 咲夜が時を動かし始めるのとレミリアの首を切断したのは『ほぼ』同時。ほとんどそこに何かが入り込むような時間はないはずであるが、その僅かな時間と攻撃の隙間に――――

「――――全世界ナイトメア」

 レミリアのスペルカードが差し込まれた。

 『核の悪夢(全世界ナイトメア)』は悪意が花のように突然開くかの如く、レミリアを中心に弾幕が放射されるスペルカードだ。彼女のお気に入りの(名前の)カードである。

 咲夜の動きは止まらない。完全に不意を突かれたのだ。時間を止めている方が不意を突かれるなんてことは普通ではあり得ない。予め『時間を止めるタイミング』を分かっていなければとても出来ない芸当だ。

(・・・・・・もちろん、そんなことは分かってるわよ咲夜。あなたの時を止めるときに見せるほんの僅かな『癖』を・・・・・・私が見逃すわけがない)

 レミリアはそう思いながら自分の首を切り裂かんとするナイフを見る。だが、それはレミリアの首と胴を切り離す前に――――首の半分ほどの肉を抉ったところで止められた。咲夜に大量の弾幕が飛来したのだ。

「・・・・・・ッ!!?」

 なお、この時咲夜は『ホワイトアルバム』を装備していなかった。その理由をレミリアは以下のように推測していた。

 咲夜のスタンド、『ホワイトアルバム』と元から持っている『時を止める程度の能力』は相性が悪い。なぜなら時を止めてしまえば半物体である『ホワイトアルバム』も停止してしまい、装備した状態だと動くことが出来ないから。

 咲夜は無意識のうちに時を止めている最中は『ホワイトアルバム』を解除していたが、実は両方の能力は同時に扱えないものだったのだ。

(対して私の『キラークイーン』と『運命を操る程度の能力』の相性は抜群ッ!! さっき咲夜が丁度爆弾化したナイフを拾ったのも、『癖』を見出しタイミングを完璧に合わせることが出来たのもこの二つの能力の同時操作によるものッ!!)

 と、大量の弾幕を被弾した咲夜が血を吹き出しながら宙を舞うのを見てレミリアは確信する。

 自分の方が圧倒的有利だということを。

 咲夜はそのまま弾幕の勢いに押されて壁に叩きつけられる。

「『キラークイィィーーーーーン』ッッ!!! 飼い主に噛みついたあの哀れな子犬に自分の愚かさを示しなさいッッ!!」

 攻撃をまともに食らって動けない咲夜にすかさずレミリアは『スタンド』で追撃を加える。咲夜は何とかガードしようとするも『ホワイトアルバム』が出せない。精神が大きく揺らいでおり、『スタンド』を出せるような状況ではなかった。

 ごきんッ!!

「・・・・・・かッ!? はっ、あっ!!」

 焦点の合わない瞳でレミリアを睨みつけていた咲夜の視界が再び大きく歪んだ。『キラークイーン』の拳は彼女の顎を砕いたのだ。

「ちょっと待って、うっ・・・・・・うー、うっ・・・・・・うっうー♪ ・・・・・・そう、そうよ。殺さない程度に。うっうー♪ 咲夜は生かしておかなくちゃあ意味がないわ」

 レミリアはにこやかに壁を背に『キラークイーン』による暴力を一方的に受け続ける咲夜を見て言った。喉を押さえながら発声練習をしている。

「これから、というか今現在行われているのは『教育』よ。従者で汚らしい飼い犬は飼い主のご機嫌を取るのが信条。確か一度、陰でそう言ってたわね」

 どむゥッ!! 咲夜の鳩尾に拳がめり込んだ。「うごぉえええッ!!」と吐捨物と血液の混じったような液体を口から吐き出す。そんな苦痛に歪む咲夜の表情を見てレミリアは続ける。

「Exactry(そのとおりでございますわ)!! あなたの言ってることは正しいわ。確かにあなたは今、私のご機嫌を取っているもの。私の暴力の犠牲者となることで、私に愉悦をもたらし、同時にストレスの掃け口として立派に役立ってるわ」

 良かったわね、従者としての『信条』が果たせて?

 その言葉を耳元で告げて、レミリアが咲夜の鼻を掴んだ。そして思いっきり『捻る』。

 べきんッ!!

「あッ、あ、あっ、ああああああッ!!!!!」

「うっうー・・・・・・♪ ねぇ、咲夜。どこまで話したかしら? 確か縁談の話だったわね。あなたが私の元から離れて結婚をするとかどうとか・・・・・・」

 鼻を折られる痛みに声を上げるしかない咲夜。レミリアの言葉は半分ほどしか頭に入らず、あとは別の感情が彼女の中に渦巻いていた。

「駄目に決まってるじゃあないの。常識的に考えて? 理性的に判断して? 咲夜は何? 咲夜は私の所有物。つまり『人』じゃあないのよ? 結婚することが出来るのは人間。物は結婚することが出来ない。だから咲夜は結婚することが出来ない。こんな簡単な三段論法が分からないとテストで0点になるわよ??」

 十六夜咲夜はレミリアの所有物。その契約は10年以上前に彼女の従者となるときに決まったことだ。

 だが、10年以上前だ。何より咲夜は『人間』だ。

 それを否定される義理はない。

 『人間でない』はずがない。

「・・・・・・よ」

「ん??」

 震える唇の奥から絞り出された言葉は彼女のこれまでの全てを象徴していた。


「・・・・・・私は『人間』よ・・・・・・『自由』を、許される・・・・・・『人間』」


「・・・・・・あぁ」

 まだ反省しようとしないという意志が垣間見える咲夜の言葉を聞いたレミリアの表情に暗い影が落とされる。

「まだ自分の価値が分かってないみたいね・・・・・・死ぬか?? それもいいだろうね・・・・・・」

 明らかに雰囲気が変わった。

「『命を運んでくる』と書いて『運命』。あなたの命を刈り取るのに私の二つ能力はまさにうってつけなのよ・・・・・・」

 今度のレミリアの『キラークイーン』の攻撃は本気だ。殺意が容易に溢れているのを感じ取れた。それは、それまで咲夜を苦しめた生半可な拳ではなく、その細い胴体を貫こうとする凶弾である。

 もはや、指一本動かせない咲夜が出来る行動は残されていない。だが行動は出来なくとも思い浮かべることは出来る。

 これまでの人生の走馬燈ではない。彼女の心の中に存在する小ぎれいで小さな箱。その中にもう一つ汚れた箱があり、それを開けると壊れた懐中時計がある。それを思い浮かべる。そしてほんの少しだけ回すことが出来るネジを回して手を離す。その動作を思い浮かべる。

 そのときの『癖』――――。無意識に行う二回連続の『まばたき』を殺意に湧いていたレミリアは見逃してしまった。

 つまり、咲夜の心の中の壊れた懐中時計が秒針を刻む間――――。

 時が止まるのだ。

*   *   *

 再び、ディアボロが表に出る。一回目の時止めの際は無念にも咲夜とレミリアが闘っている部屋まであと数メートル、というところまで来ていた。ちなみに時が動き出してから二回目の時が止まるまでの間、つまり約23秒間。その時間ドッピオは辺りをキョロキョロと見回し首を傾げて「・・・・・・そうか! この道は覚えてるぞッ!! ここか確か」と言いかけることしか出来なかった。状況判断に20秒近く費やしていたのだ。

(・・・・・・再び時が止まった。まさか一回目で仕留め切れていなかったのか?)

 時を止める――――。普通に考えたら勝てないわけがないのである。先ほど彼が小悪魔を瞬殺したように、相手が自分の死に気が付かないことだってあるのだ。

(・・・・・・・・・・・・いや、違う。あいつは時を止めている最中は他に干渉できない。俺の『キングクリムゾン』と同じだ)

 咲夜の時止めしかり、ディアボロの『キングクリムゾン』しかり。発動者にはそれ相応の誓約があるのだ。

 そうだと判断したディアボロは再び走り出す。今度はすぐに部屋に着いた。

 バンっ!! とドアを開けると、部屋の端で少女と女性の姿を見取った。

 時を止めているハズの咲夜が横たえていた。

「・・・・・・どうした。そいつの首を取るんじゃあないのか?」

 ディアボロは動けない咲夜に向かって皮肉を込めて言った。

「・・・・・・ッ!!」

 咲夜は血だまりから顔を起こしてディアボロを見る。助けを懇願しようというのか、と思ったが違う。咲夜の視線はディアボロを睨み殺すほどだった。ギッ、と歯を軋ませてガクガクと振るえる腕で立ち上がろうとするが、べしゃっと崩れ落ちる。

「まだそんな目が出来るじゃあないか・・・・・・・・・・・・。どうした、早く起きあがってそいつの首を取れ」

 ディアボロは動けるにも関わらず咲夜を助けることも、レミリアを攻撃することもなく立っているだけだった。そして無情な命令を続ける。

「・・・・・・ぎっ、ぐがぁぁぁぁぁッ!!!」

 再び咲夜は立ち上がる。――――今度はふらついてはいるが、しっかりと二本足で立っていた。だが、このままではすぐに倒れてしまうだろう。

(そんな立つのもやっとな状況でまだ闘う意志がある、というのか・・・・・・。弱い、が強いな・・・・・・)

 ディアボロは少しだけ思い直す。だが、状況はほとんど変わってない。咲夜のダメージから察するに時を止めていられる時間はあと僅かだろう。だが咲夜は止まっている時の中では他人に干渉できない。そもそもあの体で吸血鬼に致命傷を与えることは不可能だろう。

 と、ディアボロが予想したとおり咲夜はすぐに体のバランスを崩して倒れ始めた。しかし、倒れる方向は予期していなかった。

 咲夜は止まっているレミリアに向かって倒れ始めたのだ。

「・・・・・・『ホワイト・・・・・・アルバ・・・・・・ム』」

 そして彼女は僅かに声を発してスタンドを出した。『ホワイトアルバム』は咲夜を中心に氷のスーツを形作る。だが、時を止めているためスーツは作られた場所から動かない。

 つまり、咲夜はレミリアに倒れかかる形で固定された。

「・・・・・・5秒・・・・・・」

 最後に咲夜はそう呟いた。ディアボロは瞬時に『あと5秒で時が動き出す』と判断する。

「・・・・・・この俺に判断を委ねようと言うのか? 自分は殺される可能性は大になるだけだぞ・・・・・・」

「・・・・・・」

 咲夜が返事をすることはなかった。つまり、完全にディアボロに全てを任せたのだ。

 殺すのも自由。無視するのも自由。逃げるのも自由。助けるのも自由。

 そうするしか無いとはいえ、十六夜咲夜は確かにディアボロに全てを委ねていた。

(分かった・・・・・・いいだろう。貴様の狙いが分かった上で『あえて』乗ってやろう・・・・・・)

 ディアボロは『キングクリムゾン』を出す。残り1秒になった瞬間にディアボロは自分の未来を正確に『イメージ』する。

(・・・・・・俺は『戦士』ではない。だが、十六夜咲夜。貴様は『戦士』の目をしていた・・・・・・)

 今からジャスト10秒後、レミリアを『キングクリムゾン』の右拳で殴り飛ばす、そのイメージ。

「――――『キングクリムゾン』、俺の時間ごと消し飛ばせッ!!」

 ここから先は誰も記憶しない世界の10秒間である。咲夜の時止めを強制終了してディアボロは自身の行動ごと時を消し飛ばした。

 ディアボロさえも認知出来ない10秒。レミリアの『キラークイーン』の拳は咲夜に当たるが、『ホワイトアルバム』によってガードされる。咲夜自身は壁に再び叩きつけられるが、ダメージはほぼ0だろう。その間にディアボロは走り出し、二人との距離を詰める。消し飛ぶ時間の中でレミリアはディアボロに気が付く。この時点で4秒23。そして迎え討とうとして『キラークイーン』を彼の方に向けた。同時に咲夜の『ホワイトアルバム』が崩れる。恐らく咲夜の意識がスタンドを維持できないレベルまで弱まったのだろう。ディアボロは『キングクリムゾン』の右腕だけを出した。この時点で7秒08。そのままレミリアに殴りかかる。その前にレミリアの方が先にディアボロを殴っていた。だが、『墓碑銘(エピタフ)』で未来を予知していたディアボロはその咄嗟の攻撃を避けた。『キラークイーン』の拳は再び空を裂くだけだった。この時点で9秒11。そしてディアボロは一瞬溜を作る。時間の調整のためだ。この時点で9秒58。すぐにディアボロは拳を振り抜く。この時点で9秒89。

 そしてレミリアの顔面に『キングクリムゾン』の右拳が肉薄する。この時点で――――9秒99。

「時は再び刻み始める・・・・・・」

 10秒。

 鈍い音と共にレミリアの体は宙を舞った。

*   *   *

 10秒間の時飛ばし中、結果を残したのは最後のディアボロの行動だけだった。その瞬間にディアボロの体はドッピオに戻るが、彼は確信する。成功した。自分の行動を織り込んでの『時飛ばし』は今まで数回したことはあるが、時飛ばしが終了する瞬間に自分の行動をジャストで合わせることなんて初めてだった。

 この行動には理由がある。レミリアをぶん殴ったのは『ドッピオ』であるとレミリア、咲夜、そしてドッピオ自身に認識させるためだ。ドッピオはディアボロに気が付いていないため、これまでのディアボロの行動は全て自分の無意識の本能によるものだと勘違いしている。そこをディアボロは突いたのだ。

 この状況。どこからどう見てもドッピオは咲夜をレミリアから守ったようにしか見えない。するとドッピオはこれも『自分の本能』だと思い込むのである。ディアボロによって形成された思い込みの激しい人格であるドッピオはしっかりとディアボロの用意した狡猾な罠に引っかかる。

「・・・・・・ッ!! 『墓碑名(エピタフ)』かッ!! 今、レミリアが飛んでいったのは・・・・・・!! 俺が無意識のうちに『墓碑名(エピタフ)』で殴ったからかッ・・・・・・!?!」

 ディアボロの思惑通り、ドッピオは『勘違い』を始める。

(再び自分は無意識のうちに咲夜を助けていた。これは一体どういうことだ? 説明が付かないが・・・・・・まぎれもない事実ッ!)

 ドッピオは倒れている咲夜の方を見る。見るからに痛々しい凄惨な姿だった。おそらくもう立つことも出来ないだろう。

 ガァン! と今度は壁に叩きつけられたレミリア。彼女の方はいまいち状況が把握できていなかった。咲夜が時を止めたのは確かだが、自分は時を止める前とは若干違う場所で殴られていたし、何よりドッピオが何故止まっている時の中を動いていたのか。

「――――どういうことかしら?」

 レミリアはすぐに立ち上がる。体が吹き飛ぶほど強烈な拳を食らったわけだが、吸血鬼からすれば掠り傷だ。

「・・・・・・止まっている時の中を動いた? 私の位置が変わっていたのは・・・・・・(ドッピオ)が私に干渉したから・・・・・・?」

 何故、自分の位置をずらしたのかは分からないが、レミリアはドッピオが止まっている時の中を動ける、と判断する。

 レミリアはふふっ、と笑いドッピオと咲夜の方を見た。

「・・・・・・あなたたち、まるで『運命』ね。まさか、咲夜だけの時間を動くことが出来るなんて・・・・・・。だったらあなたたちが結ばれたいと思うのはその『運命』によるものなのかしら? そんな『運命』、私は絶対にねじ曲げてやるわ」

 ドッピオとしては「それは違う」と否定したかったが、これまでの自分の無意識の行動――――厳密に言えば全てディアボロの仕業なのだが――――は咲夜との運命によるものなのかもしれない、と思った。

 運命なんて曖昧なもの信じてはいないが、目の前にいる敵は『運命を操る程度の能力』を持っているのだ。

「・・・・・・よしんば運命だとして、そしてそれが認められない物としても、今まで自分に尽くしてきた従者に対する仕打ちが『コレ』とはあんまりじゃあないのか?」

 ドッピオはぴくりとも動かない咲夜に同情していた。

「あんまりじゃあないのか? ですって? ただの部外者が何を言い出すかと思えば・・・・・・私と咲夜の関係も知らないで」

 レミリアの表情が鬼のような形相に変わった。そしてドッピオに向かって殺意を向けた。今度こそ、殺す。咲夜も殺す。私に刃向かう人間風情が、みんな死ねば――――。

 と、その時。




「レミィ!!!!」

 大きな声を上げて、勢いよくドアを開いて部屋に入ってきたのは動かないはずの大図書館。パチュリー・ノーレッジだった。レミリアは予期しない友人の登場に眉をしかめる。

「――――どうしたの、パチェ・・・・・・。今あなたに構っている時間的な余裕はないわ・・・・・・。もちろん、精神的余裕も・・・・・・」

「いいから聞いてッ!!」

「・・・・・・」

 話の腰を折られたレミリアだったがパチュリーの余りの剣幕に言葉を飲み込んだ。それはドッピオにとっても同じことである。

「・・・・・・いい? 落ち着いて聞くのよ。咲夜の件も、そこの少年の件も今はほっといて」

 パチュリーは上がった息を整えながら静かに事実を述べた。


「――――何かがこの屋敷にいる」 


 そう言ったパチュリーの首から噴水のように血が吹き出るのは、それからすぐ後のことだった。

*   *   *

 小悪魔との契約が切れた。

「・・・・・・!!」

 直後にパチュリーの脳裏に不吉な予感が浮かび上がった。何ともいえない不快感がこの屋敷を包み込んでいる――――。そんな予感がしたのだ。

 彼女は図書館の机からすぐに立ち上がって、眼鏡をかけてレミリアの部屋に行こうとした。そして図書館の出口であるドアを開けるときに、彼女の不吉感は最高潮に達した。

 ドアの下の方に『落書き』があった。


 ――わタしたチはこコにいル、ウシロをフリむイてはいケなイ


「・・・・・・私たちはここにいる、後ろを振り向いてはいけない・・・・・・?」

 当然、そんなことを目にすれば誰もが彼女と同じ行動をとろうとするだろう。こともあろうにパチュリーは後ろを振り向こうとして――。

「SHANHAAAAII・・・・・・・・・・・・」

 耳元でもたれ掛かるような重い声が聞こえた。戦慄する。一瞬死を連想させるほどの声。攻撃をしよう、という発想は無かった。すぐに逃げなければ。だがみんなに知らせなければ。

 パチュリーは全力で走った。レミリアの部屋に向かう途中で血だまりを発見した。だがそこに死体は無い。小悪魔のかもしれない。だがそれを今確認する余裕はない。そもそもそんな発想もなかった。

「はぁッ、はぁッ!!」

 動悸が激しくなる。息が苦しい。普段から運動不足ではあるが、ここまで呼吸が乱れるのは初めてだ。ましてや図書館からレミリアの部屋というわずか数十秒の廊下で。

 やっと辿り着いた。だが不吉な予感は全く拭えない。何かが、何かが自分の後ろ、横、上、下。どこかにいるような気がしてならないのだ。

 ドアを開こうと手をドアノブに回した。感触が別人みたいな気がした。自分の意識は既にここに無いような気がしている。

 部屋に入った。レミリアと例の人間。それとやっぱり反抗して折檻を受けたのであろう咲夜の姿。私は出来るだけ短く、要点をまとめたつもりだった。永遠の時間に感じた。ゆっくりと、視界が揺らいでいく。

「・・・・・・??」

 こんなときに貧血か? いや、そんなことに構っている暇はない。紅魔館がヤバいのだ。早く、早くこの事をレミィに伝えなくては・・・・・・。

「・・・・・・」

 だが、声が出ない。息が吸えないのだ。何だ、一体、何が起こってる? 私から抜けるように無くなっていくこの感覚は何だ?

 何かがここにいる。

「SHANHAAAAII・・・・・・」

「パチェェェーーーーーーーーーーッッ!!!」

 レミリアの視力は人間のものとは比べ物にならないほど、優れている。だから、ドッピオがパチュリーの首もとから血液が大量に吹き出したのを見てただただ恐怖する光景の中から確かに原因を見たのだ。

 パチュリーの首、血が吹き出している辺り。そこに一瞬だけ凄まじい力が加えられ、彼女の首の血管が破裂したのを見た。

 さらに、首以外にもブシュッ!! ドビュッ!! と腕、わき腹、足と全身から次々に血管が破裂していく。

 何かがいる。そのパチュリーの言葉をレミリアは正確に読みとっていた。

「紅符『スカーレットシュゥゥーーーート』ッッ!!」

 パチュリーの周囲に目標を定め、レミリアは『キラークイーン』に自分を投げ飛ばさせながら、大玉の紅い弾幕を展開した。

 レミリアの放った紅弾はパチュリーの周囲に至るとバァン! と破裂音を上げた。それは対象に弾幕が当たったことを意味している。

 だが、そこには何もいない。

「・・・・・・ッ!! 『透明』の何かが・・・・・・ッ!?」

 レミリアはすぐにそう判断した。すぐさまパチュリーの側に降り立ち彼女の様子を確認する。

 パチュリーは既に人間であれば致死量の血液を流していた。いくら魔法使いといえど、これ以上血を流すのはマズイ。

 血を止めるために彼女は『スタンド』を出した。

「『キラークイーン』ッ!! パチュリー・ノーレッジを『爆弾』にしなさいッ!!」

 『キラークイーン』はレミリアの命令通りにパチュリーに振れて『爆弾化』する。ちなみに、着火型の爆弾にした物体はどんな力を加えられても『形状を維持する』という性質が加わる(接触型にはその性質はない)。

 その誓約によってパチュリーの体――――つまり血液の流れは普段通りの形状を維持するのだ。したがって、血管は破裂したままになってはいるが、血液はきちんと巡るようになる。

 ギリギリの応急処置だ。何せレミリアはもうスタンドの能力が使えなくなる。爆弾に出来る物体は一個までなのだ。

 レミリアはすぐに別の行動に移る。

「・・・・・・ドッピオ、とか言ったわね? 悪いけど、今あなたに構っている暇はないわ。見ての通り、『緊急事態』よ」

 ドッピオの反応からこの件に彼は無関係だとレミリアは分かっていた。当然、ドッピオ自身に覚えはない。そもそもパチュリーと彼は初対面である。

「・・・・・・どうやらそうみたいだな」

 ドッピオにレミリアの提案に異を唱える利点は無い。素直に休戦の提案を受け入れた。

「私は『何か』の纖滅に当たらなくてはならない。パチュリーはここに置いておくわ・・・・・・。それと咲夜もここに置いておく。でも絶対に手を出すなよ」

 そう言い残してレミリアは部屋を出た。

「・・・・・・つまり、見張っておけ。ってことか?」

 明らかにレミリアの瞳はそれを物語っていた。ドッピオは容易にそれが読みとれた。

 だが、拒否はしない。パチュリーのことはともかく、このまま咲夜を放っておくと本当に死んでしまう恐れがある。

 既にドッピオにとって咲夜は赤の他人ではなかった。

「・・・・・・勝手に死なれちゃあ後味が悪いぜ・・・・・・」

 ドッピオは部屋にあるものを適当に繕って、咲夜の応急処置を始めた。


 24話へ続く・・・・・・

*   *   *

 途中で思いついたシリーズ

レミリア「紅符『スカーレットシュゥゥゥゥーーーーーーー』ッッ!! 弾幕を見えない何かに向かってッ!! 超ッ!! エキサイティンッッ!!」 
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