戦国異伝
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第百九十四話 長篠城の奮戦その七
そのうえでだった、兵が柵を築いてからだった。彼等に次に命じたことは。
「よし、飯を食え」
「おお、飯ですか」
「それを」
「明日は戦じゃ、普段以上にたらふく食え」
信長は普段から兵達には腹一杯食わせているが今日は特にというのだ。
「そしてよく寝るのじゃ」
「そうして明日の戦にですな」
「勝てと」
「勝てば酒を出す」
酒を飲まない信長だが兵達に出すことは忘れない。
「それではな」
「はい、では」
「その様に」
兵達は酒についても喜んで主に応えた、そうしてだった。
実際にだ、兵達に大飯を食わせた。無論彼も同じく大飯を食った。そして夕暮れ間近に来た武田の軍勢もだ。
信玄がだ、こう言った。
「警戒してじゃ」
「はい、そしてですね」
「そのうえで」
「うむ、飯を食うぞ」
そうせよというのだ。
「大飯をじゃ、そしてな」
「朝ですな」
「朝に、ですな」
「戦じゃ」
それをはじめるというのだ。
「今日はたらふく食ってよく寝るのじゃ」
「そして明日」
「明日いよいよですな」
「織田家との決着をつけるぞ」
こう言ってだ、早速だった。
兵達に大飯、それも美味いものをたらふく食わせた。そうしてそのうえでだった。信玄も自ら大飯を食ってだった。
二十四将と幸村にだ、こう言った。
「この度は影武者は使わぬ」
「左様ですか」
その影武者の一人を務めてきている信繁が応えた。
「ではありのまま」
「わし自らじゃ」
その甲を被って、というのだ。
「戦の場に出る」
「そうされますか」
「そしてですな」
嫡子の義信も言って来た。
「我等一丸となり」
「そうじゃ、そうして攻めてじゃ」
「織田に勝つのですな」
「負けぬ、しかしいざという時はじゃ」
信玄は愚かではない、むしろ相当に聡明な男だ。その聡明さ故に彼はその負けた時のこともここで言うのだ。
「殿軍はわしが務める」
「御館様がですか」
「御自ら」
「うむ、後詰になる」
そうするというのだ。
「そしてじゃ」
「我等をですか」
「逃がして頂くというのですか」
「わしが後詰を率いればな」
それで、というのだ。
「誰も死なぬ、だからな」
「ううむ、そこまでですか」
「そこまでお考えですか」
「そしてじゃ」
そうして、というのだ。
「生き残るのじゃ、その際軍を率いるのはな」
「その者は」
「どの者でしょうか」
「御主しかおらぬ」
義信をだ、信玄は軍配で指し示して告げた。
「やはりな」
「それがしが、ですか」
「御主は後で武田の主になる」
信玄の後を継いでだ。
「それ故に育ててきた、そしてじゃ」
「それがしに軍を甲斐まで退かせる才があるからですか」
「それだけのものは授けた、だからな」
「畏まりました、それでは」
義信も信玄のその言葉に頷いて答えた。
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