ウルキオラの転生物語 inゼロの使い魔
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第4部 誓約の水精霊
第1章 聖女
トリステインの城下町、ブルドンネ街では派手に戦勝記念のパレードが行われていた。
聖獣ユニコーンにひかれた王女アンリエッタの馬車を筆頭に、高名な貴族たちの馬車があとに続く。
その周りを魔法衛士隊が警護を務めている。
狭い街路にはいっぱいの観衆が詰めかけている。
通り沿いの建物の窓や、屋上や、屋根から人々はパレードを見つめ、口々に歓声を投げかけた。
「アンリエッタ王女万歳!」
「トリステイン万歳!」
観衆たちの熱狂も、もっともである。
なにせ、王女アンリエッタが率いたトリステイン軍は先日、不可侵条約を無視して侵攻してきたアルビオン軍をタルブの草原で討ち破ったばかり。
実際は8割方のアルビオン軍を斃したのは、他ならぬルイズとウルキオラであったが、そんなことを知る者は数少ない。
数で勝る敵軍を破った王女アンリエッタは、『聖女』と崇められ、いまやその人気は絶頂であった。
この戦勝記念のパレードが終わり次第、アンリエッタには戴冠式が待っている。
母である太后マリアンヌから、王冠を受け渡される運びであった。
これには枢機卿マザリーニを筆頭に、ほとんどの宮廷貴族や大臣たちが賛同していた。
隣国ゲルマニアは渋い顔をしたが、皇帝とアンリエッタの婚約解消を受け入れた。
一国にてアルビオンの侵攻軍を打ち破ったトリステインに、強硬な態度が示せるはずもない。
ましてや同盟の解消など論外である。
アルビオンの脅威に怯えるゲルマニアにとって、トリステインはいまやなくてはならぬ強国である。
つまり、アンリエッタは己の手で自由を掴んだのだった。
枢機卿マザリーニはアンリエッタの隣で、にこやかな笑顔を浮かべていた。
ここ十年は見せたことのない。屈託のない笑みである。
馬車の窓を開け放ち、街路を埋め尽くす観衆の声援に、手を振ってこたえている。
彼は自分の左右の肩にのった二つの重石が、軽くなったことを素直に喜んでいた。
内政と外交、二つの重石である。
その二つをアンリエッタに任せ、自分は相談役として退こうと考えていた。
傍らに腰かけた新たなる自分の君主が沈んだ表情をしていることにマザリーニは気づいた。
口ひげをいじった後、マザリーニはアンリエッタに問うた。
「ご気分がすぐれぬようですな。まったくこのマザリーニ、殿下の晴れ晴れとしたお顔をこの馬車の中で拝見したことがございませんわい」
「なにゆえ、私が即位せねばならぬのですか?母様がいるではありませぬか」
「あのお方は、我々が『女王陛下』とお呼びしてもお返事をくださいませぬ。私は、『王』ではありませぬ、と」
アンリエッタは母が即位を拒む理由に検討がついていた。
亡き先代国王を偲んでのことだろう。
だが、それでも、即位にはためらいがあるのである。
アンリエッタは溜息をついた。
それから……、左薬指に嵌めた風のルビーを見つめた。
ウルキオラがアルビオンから持ち帰った、ウェールズの形見の品である。
ウェールズがもし生きていたら、今の私をどう思うのだろう。
権力の高みに上り詰めることを義務づけられてしまった私を……。
そんな風に考え始めると、偉大なる勝利も戴冠の華やかさも、アンリエッタの心を明るくはしてくれないのだった。
アンリエッタはぼんやりと手元の羊皮紙を見つめた。
先日、アンリエッタの元に届いた報告書である。
それを記したのは、捕虜たちの尋問にあたった一衛士である。
ウルキオラのゼロ戦に撃墜された竜騎士と、ウルキオラの虚閃によって撃墜された『レキシントン』を除く十二隻の艦隊乗組員の話が書いてあった。
敏捷に飛び回り強力な魔法攻撃を用いて、竜騎士を次々と撃墜し、膨大な魔力を帯びた緑色の閃光で戦艦を落したとアルビオンの竜騎士は語ったらしい。
そして、それをやってのけたのは、アンリエッタと旧友の間柄であるラ・ヴァリエール嬢の使い魔の男であったということ。
あの、レキシントン号を吹き飛ばした光の玉も、その男が放ったものではないかと示唆していた。
しかし、ことがことだけに、衛士は直接の接触をしてよいものかどうか迷ったらしい。
報告書にはアンリエッタの裁可を待つかたちで締められていた。
自分に勝利をもたらした、あの緑色の閃光。
そして、太陽が現れたかのような、眩い光。
この二つを思い出すと、胸が熱くなる。
「あなたなのですか?ウルキオラさん」
アンリエッタは小さく呟いた。
さて一方、こちらは魔法学院。
あまり人が来ないヴェストリの広場で、陽光香る椅子に腰かけ、ウルキオラは手に持った包みを開いた。
「これは、マフラー、か?」
向かいに座ったシエスタが、ぽっと頬を染めた。
「あのね?ほら、あの飛行機でしたっけ?あれに乗るとき、寒そうでしょ?」
時間は午後の三時過ぎ。
シエスタはてくてくとウルキオラの元に来て、プレゼントですっと言ってこれを渡したのだ。
そのプレゼントはマフラーであった。
「別に、寒いと感じたことはない」
ウルキオラは言った。
シエスタは少し落ち込んでいるようだ。
普通ならば寒いはずなのだが、何分、ウルキオラは人間ではない。
ゼロ戦の風防を開けているだけでは、寒いとは感じないのである。
ウルキオラは、白地に、黒い毛糸で大きい文字が書かれているのに気付いた。
アルファベットに似た、ハルケギニアの文字である。
イーヴァルディーの能力のおかげで、ウルキオラはなんなくこれを読み上げることができた。
「なぜ、俺の名と、お前の名が入っている?」
そう尋ねると、シエスタははにかんだ笑みを見せた。
「えへ……、ごめんなさい。書いちゃいました。迷惑だったかしら?」
「別に」
ウルキオラは短く答えた。
「だが、もらっていいのか?編むのに苦労しただろう」
ウルキオラがそう呟くと、シエスタは頬を染めた。
「いいんです。あなたのために編んだんだもの」
シエスタはもじもじしながら言った。
「そうか」
ウルキオラはそんなシエスタを見もせずに紅茶のカップに手を伸ばした。
そして、カップを置き、徐にマフラーを掴んだ。
疑惑が生まれる。
「随分と長いな」
「えへへ、それはね、こうするの」
シエスタは椅子をウルキオラの横に移動させた。
マフラーをウルキオラの手から取ると、自分の首に巻きつけた。
そして、ウルキオラの首にも巻く。
なるほど、これは二人用か、と気づいた。
「えへへ、どうです?」
そういって、ぐっと自分の目を覗き込んでくるシエスタの目は、まるで無邪気な犬のようであった。
ウルキオラは、二人用とはまったくこの上なく不便だなと思った。
そんなウルキオラの考えなど知る由もなく、シエスタはさらに攻撃を仕掛けてきた。
なんと目を瞑って唇を突き出してきたのである。
ウルキオラは、シエスタの行動が理解できなかった。
シエスタはウルキオラが唇を近づけてこないので、自分で距離を詰めるつもりになったらしい。
ウルキオラの頭をぐっと掴むと、大胆にも引き寄せた。
シエスタは、大胆になると、とことん大胆になる少女なのだ。
ウルキオラは抵抗する素振りを見せない。
この行動の意味を理解したかったからである。
そんな風に考えていると、探査回路が上空からの飛来物を知らせてくれた。
ウルキオラはシエスタを抱きかかえ、響転で椅子から移動した。
急に抱きかかえられたシエスタは、ウルキオラの腕の中でぽかんとしている。
少しして、ウルキオラが座っていた椅子の上に大きな石が降ってきた。
ウルキオラは抱きかかえたシエスタの顔を見た。
「怪我は?」
「だ、大丈夫です」
シエスタは顔を真っ赤にしながら答えた。
ウルキオラはシエスタを下した。
シエスタとウルキオラが座っていた椅子の左側、十五メイルほど先の木の陰で、荒い息をつく少女がいた。
ルイズである。
ルイズは地団太を踏んだ。
その隣には、インテリジェンスソードのデルフがいた。
ウルキオラは邪魔だと言ってデルフをルイズの部屋に残していたのだ。
それを、ルイズが持て来た次第である。
ルイズは木の陰に隠れて、ずっとウルキオラとシエスタのやりとりを見張っていたのだ。
「なによう!ウルキオラの奴!」
ルイズは木の幹を拳で叩きながら、う~~~!と唸った。
木から離れた椅子では、ウルキオラが石を退かしていた。
ウルキオラに抱きかかえられたシエスタは、満更でもない表情である。
さきほどウルキオラが座っていた椅子に直撃した石は、ルイズが木の陰からぶん投げたのである。
自分の使い魔のくせに、他の女の子とキスするのが許せなかったのである。
デルフリンガーが、とぼけた声で言った。
「なあ、ルイズ」
「あによ」
「惚れてんのか?相棒に」
デルフの言葉にルイズは顔を赤らめた。
「ち、違うわ!これは、その、あれよ!」
「そうか、あれか~」
デルフはからかう様に言った。
「ちょっと、あんた!剣のくせに……」
ルイズがデルフを叱ろうとするものの、ある人物の乱入により、それは遮られた。
「なにをしている?ルイズ」
「あっひゃ!」
聞き覚えのある声が後ろから聞こえたので、ルイズは飛び上がった。
ウルキオラである。
響転で移動してきたのだ。
シエスタは急に目の前からウルキオラが消えたので、ウルキオラさ~ん、と喚いている。
さて、ウルキオラのもつ探査回路はなにもモノだけを探知できるわけではない。
周りにいる生命体も探知できる。
そんなウルキオラが、木の陰に隠れたルイズに気が付かないはずがないのである。
「きゅ、急に声かけないでよ!び、びっくりするじゃない!」
ルイズは一呼吸置いた。
「ここで何をしている?」
「さ、散歩、散歩よ!」
ルイズは目を逸らしながら言った。
嘘であることは明白であったが、ウルキオラは咎める気にはならなかった。
「そそ、散歩だよ、相棒。使い魔を見張る…ごはっ!」
デルフの言葉はルイズの華麗なる蹴りで遮られた。
ルイズは息を荒げてデルフを蹴りまくる。
「いた!ちょ、ま!ごめん、ごめんって!」
デルフは何とかルイズに蹴るのをやめて貰おうと必死である。
ウルキオラは溜息をついた。
ようやく虚無に覚醒したかと思えばこの有様である。
溜息をつくのも必然と言えた。
「そのへんにしておけ」
ウルキオラの言葉でようやく蹴るのをやめたルイズだったが、未だに怒りが収まらないのか、ウルキオラをむむむ、といった表情で睨んでいる。
ウルキオラはルイズの蹴りから解放されたデルフを手に持ち、ルイズの方を向く。
ウルキオラに怒りの視線を向けているルイズであったが、ウルキオラは全く見向きもせずにルイズの横を通り過ぎた。
ルイズがウルキオラを呼び止めようとしたが、それよりも先にウルキオラが口を開いた。
「そういえば、ついさっき俺の座っていた椅子に大きな石が降ってきてな」
ルイズはウルキオラの言葉にびくっと体を強張らせた。
「そ、そう…それは災難だったわね」
ルイズは詰まりながらもなんとか相槌を打った。
「ああ、本当に災難だ。危うく石を投げつけた輩に攻撃を仕掛けてしまうところだった」
ルイズは顔から血の気が引いてしまった。
「だが、この辺りにはお前とシエスタ以外居ないようだ。シエスタは俺の隣にいたから石を投げるのは無理だろうな」
ウルキオラはルイズの方を振り向いた。
「精々、気を付けるんだな」
「な、なにがよ」
ウルキオラは響転でルイズの前に移動し、ぽんとルイズの頭の上に手を置いた。
「お前の上にも石が落ちてくるかもな」
そういって、ウルキオラはルイズの頭をわしゃわしゃと撫でた。
ウルキオラがルイズの部屋に戻ったのは、夜の八時過ぎである。
既に辺りは真っ暗で、眩い光を放つ双月が空に上っている。
ルイズは布団に包まって、微動だにしない。
ちょっとやりすぎたか?と思いながらも、剣を腰から外し、シエスタから貰ったマフラーを机の上に置いた。
いつもの椅子に腰かける。
ウルキオラが本を開くと同時に、ルイズの布団がもぞもぞと動く。
「なんだ、起きていたのか、ルイズ」
ルイズはウルキオラの言葉に返答せず、布団から手をだし、こっちにくるような素振りを見せる。
ウルキオラは本を閉じ、ベッドに向かう。
ルイズは、ん、といって布団の中に入るように迫る。
ウルキオラは言われるがままに、ルイズの入る布団に体を入れた。
ルイズはウルキオラの腕に抱き着いた。
「離れろ」
ウルキオラの要求を無視するかのようにルイズはもっと強く抱き着いた。
ウルキオラは深く溜息をついた。
ルイズはウルキオラの肩を枕代わりにした。
「ね、ねえ、ウルキオラ」
「なんだ?」
「あのマフラー…」
ウルキオラは机を見る。
「シエスタがくれた」
「そ、そう…」
沈黙が流れる。
「ごめん」
「唐突にどうした?」
ウルキオラは本当に何を急にと思っていた。
「なんでもない!」
「そうか」
ルイズは布団から飛び上がると、ウルキオラの頭の横に手をついた。
「も、元はといえば、あ、あんたが悪いんだもん!わ、私が謝る必要なんてないんだもん!」
ルイズはウルキオラの顔を覗き込んだ。
真っ白な肌。
吸い込まれてしまいそうな、いけない、そんな肌。
ウルキオラのことを見ていたら、顔が熱くなってしまった。
「わかったから、早く寝ろ」
ウルキオラはそっぽを向いてしまった。
ルイズは、ほんとかしら?と小さく呟いて、ウルキオラと同じ方向に体を傾けて目を閉じた。
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