一言も漏らさずに
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第二章
第二章
「じゃあ満州は何だ」
「ベルリンは何だ」
事実がそれを何よりも雄弁に物語っていた。ソ連は平和勢力ではなかった。彼等が戦ったそのナチスと同じ全体主義国家であり侵略国家だったのである。
「それを見ていないというのか」
「平和勢力なぞとほざく連中は」
「それが勝者だ」
今度の言葉は悲しみに満ちたものであった。
「勝者が絶対の正義になる。それがこれからの時代なのだろうな」
「無念だ」
「ではあの艦も」
「敗者、そして邪悪な者達のものだ」
結果としてそう断定されるというのであった。
「だからこそだ」
「焼かれるのか」
「無惨に」
彼等の悲嘆は果てしなく大きいものだった。
「それにしても。自分達の艦も共に使うのは」
「アメリカ人はわからん」
「全くだ」
このことにも首を傾げる彼等だった。だがその艦はアメリカ軍に撤収されそのうえで南方に送られていった。そこに着いた時には既にアメリカ軍の艦が集まっていた。
「あれがか」
「あ、あれが長門だ」
アメリカ軍の将兵達はその長門を見て言い合った。
「でかいな」
「思った以上にな」
次にその大きさについて話が出た。
「それもかなりな」
「我が軍の戦艦並だな」
長門の大きさは確かにかなりのものだった。それと共に非常に優美で美しい姿もしていた。威厳さえもあるその姿はアメリカ軍の艦に囲まれながらもそれでも何ら劣ったところはなかった。
「それが今から沈むんだな」
「原爆でな」
「新しい兵器でな」
アメリカ軍にとっては原爆はそれだけのものだった。アメリカの絶対の強さを支えその象徴となるものだった。まさにアメリカの新しい誇りとなろうとしていたのだ。
その原爆により日本の戦艦を沈める、このことに心地よいものを感じている者さえいた。その中で今長門は処刑される為に最後の配置に着いたのだった。
「戦場で死にたかっただろうに」
「他の戦艦達みたいにな」
居合わせた日本軍の関係者達はその長門を見てここでも悲嘆の言葉を出した。
「せめて我々の手で介錯したかった」
「あんなもので死ぬとはな」
原爆というものに忌々しいものしか感じない彼等は涙さえ流していた。これから処刑されようとしている長門を見て。そして遂にその原爆が投下された。
凄まじい光と衝撃が起こり瞬く間に何隻かのアメリカ軍の艦が沈んだ。
「凄いな」
「ああ、アメリカの力だ」
アメリカ軍の者達はその原爆の力を見て賞賛の声をあげていた。
「この力でこれからの世界は」
「我々のものになるんだ」
「長門・・・・・・」
「これでもう・・・・・・」
だが日本軍の者達は違っていた。原爆の刃を受けた長門を見て涙を流すのだった。
これで終わりだ、誰もが思った。しかしであった。長門はまだ沈んではいなかった。
「生きている!?」
「ああ、生きている」
原爆の刃を受けてもまだ生きていた。そこに浮かんでいた。この時の実験では長門は沈まなかった。健在だったのだ。
「長門はまだ生きている」
「死んでいないんだ」
彼等はこのことにささやかな喜びを感じた。しかし彼等とは正反対にアメリカ軍の者達はこのことに苛立ちを感じていた。
「どういうことだ」
「沈んでいないのか」
声には腹立たしささえあった。
「原爆を受けてもまだ」
「沈んでいないのか」
「航行できるそうだ」
こうした報告もあがった。検査の後で。
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