Muv-Luv Alternative 士魂の征く道
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第18話 血縁
「ほう、これはまた……見事だ。」
感嘆の息を吐く忠亮。目の前の卓上にはほんわりと湯気を上げる出来立ての昼食。
白米と豚の生姜焼き、それにお吸い物が並んでいた。
「篁様は料理のお心得があるようで、いつお嫁に行っても恥ずかしくない娘さんですよ。」
「いえ、まだまだ未熟です。……焼き加減も私ではこんなに絶妙には出来ませんし、大根の切り方も知らないことばかり―――御教示お願いしたいです。」
「あらあら、嬉しいですわ。」
山口の賛辞を受け恐縮する唯依、さすがに年の功には勝てなかったようである。
しかし、合成食糧とはいえ実に食欲をそそる香りだ――基地の雑な食事とは次元が違う。
やはり、手間暇かけた料理には勝てないということだろう。
「では、旦那さま篁様。どうぞごゆっくり。」
「―――そういうと、なんだか見合みたいに聞こえるぞ。」
召し上がれまでちゃんと言え。
「あらあら、うふふふ―――」
意味深な笑みを浮かべたまま奥へと消えていく山口だった。結局、訂正しないまま……
それは兎も角と、微妙にどうでもよかったので心の隅のゴミ箱に疑念を放り込むと昼食に箸をつける。
「美味いな……にしても、篁が料理の心得があるとは意外だな?」
「ありがとうございます…ですが、そんなに珍しいでしょうか?」
「大抵の武家の子女は料理なんぞしないだろ?」
ちょっと不安げに首を傾げた唯依に聞き返す。
武家であれば余程の下級でない限り、使用人が各家にいるため自分で料理なんぞしない。
また、使用人を雇うほどの財力の無い家は歴史の中で武家から元武家へと落ち、今ではただの一般人だ。
だいたいが、浪士と呼ばれた階級だが。
「母は、篁への嫁入りの際に父の好物だけは自分の手で作りたいと料理を教わったそうです、その影響で私も。」
「なる程な……中佐は良い女と子に恵まれたようだ。―――正直、羨ましいな。」
「ありがとうございます。父も草葉の陰で喜んでいると思いますよ。」
はにかむ唯依―――それは忠亮の心からの言葉。真摯な瞳が語っていた。
父母が大切にしてきたモノを同じく大切だと言ってくれる。……人によっては下らん、あるいは見栄が悪いと切って捨てるそれを大切だと言ってくれたのだ。
この人となら、人生を伴に歩める。
知らないことは多い、困難も多いだろう―――価値観が合わず対立することもあるだろう。
だけども、彼とは信愛しあった関係を築いていける筈だ。
「――どうした?」
「いえ、私もそういう事を尊いと言ってくれる旦那様が欲しいなっと思いまして。」
「そうか、頑張って探すのだな。男は少ないが、まぁ探せばいるんじゃないか?」
「む……他人事みたいに言わないでください。」
唇を尖らせて唯依が拗ねた声を出す、微妙に非難めいた視線とともに。
「と言ってもなぁ、俺がお前の婿に成る訳でもないしな。」
「―――こう言っては何ですが、忠亮さんは私の婚約者候補何ですよ?」
「そうなのか?」
意外といわんばかりに目を開いた彼に対しイラッと心の青筋を立てる唯依。
摂家入りしたばかりの忠亮には覚えることや、身に着ける事は山ほどあり、また他の武家との調整などで手間取るため、公表は控えろと真壁助六郎には言われている。
さらに本人の性格からも、摂家としての心得が身に着くまでに知れば強く反発することが予想されるため、まだ本人にも知らせるなとも。
故に知らないのは仕方がない―――が、自分の苦労も知らずこんな能天気に言われれば青筋の一つや二つは軽く立っても仕方がない。うん、というかそれくらいの権利はある。
「身分の違うものを武家に入れる際、高位の武家に養子入りさせその後婚姻で入れるというのは有り触れた話です。
それでいて、忠亮さんは血筋的にはその……微妙なものですから波風立てずに篁家の次代を紡ぐにはこの上ない適任ですよ。―――付け加え戦術機開発にも敏腕を振るっていらっしゃる。」
「確かに、候補としては申し分ないな。」
「篁以外にもそういった家は幾つかありますし、大尉も心構えくらいしておかないとお嫁さんにそっぽ向かれますよ。」
「随分と脅してくる―――分かったよ、お前を妻にする心構え程度はしておけ、そういう事だな?」
「い、いえ!あくまで可能性の話で……!」
ちょっと意地悪く言ってみただけの唯依に忠亮がそれを圧倒的に上回る意地の極悪な笑みを浮かべて言い返す―――内容が内容だけに唯依の顔が沸騰し蒸気を吹き出す様に一瞬で赤くなる。
「くくく……!冗談だ。」
「も、もう!知りません!!!」
つい、年ごろの娘その物である拗ねた態度でそっぽを向いてしまう―――けれどもそんな唯依を見つめる忠亮の瞳は深く優しい。
「そうあまり怒らないでくれ。」
その時だった。とても深い情愛を感じさせる言葉……その声色が、先ほどの中庭で言葉を交わした時とは向ける眼差しそのものが変質していることに気が付いた。
「忠亮さん……なにか変りました?」
「何がだ?俺は俺だ――変わらんよ、ずっとな。」
どこか遠くを見るような、もしくは何かを噛みしめるような口調で忠亮が言った。唯衣にはその意味するところは窺い知れない。
……だが、なぜか胸が締め付けられるような切なさを感じたのだった。
「……――」
食後、自室にて資料に目を通す忠亮。その部屋の襖が開き、唯依がお盆に湯気の上る熱いお茶を持ってくる。
「忠亮さん、お疲れ様です。ちょっとお茶にしませんか?」
「ん、ああ……ありがとう。」
資料を読み台に置くと眉間を軽くもみ、お盆から茶の入った湯呑を受け取る。
こういう時、右手があればもう少し便利なのだがな―――という思案が若干過るが、何物ねだりをしてもしょうがない。
「何を読んでいたのですか?」
「ああ、不知火の強化改修型……お前が運用試験をしていた乙壱型の改修型が富士教導隊に配備されるそうでな、その報告書を読んでいた。
お前の要求全部をかなえることは出来なかったがそれなりには良いものにはなったと思うぞ」
「ほんとうですか!?」
「嘘を言ってどうする―――機体名、不知火壱型甲だ。」
「壱型甲……!」
「主に装甲を新型複合素材に変更し重量を減らし、そのマージンを使って間接部フランジなどの設計変更により耐久性を強化、ナイフシースを大型化し追撃刀を装備可能にし、同時に展開サブアームの構造を変更することで固定兵装としても運用可能にしている。
特に超高張力合金の生成は日本が占有している技術だからな、他国ではリバースエンジニアリングも難しいだろうな。」
高張力合金、通称ハイテン鋼。それは炭素を初めとする10種類以上の元素配分を0.00001パーセント単位で管理し合成された合金であり、最低1000Mパスカル以上の引張強度を持つ金属の総称だ。
その為、肉薄化させても一定強度を保つことが可能であり、アルミよりも安価かつ大量生産が可能という特性を持ち補修やリサイクルも比較的しやすい。
元は日本で強度値が半分程度のハイテン鋼が1950年から多用され始めたことに始まり、1960年代に電車などの車体建造用に開発された次世代素材だったが、非常に生成性が高く、付け替えが頻繁に行われる戦術機の外装には持って来いであり、これとスーパーカーボンやリキッドメタル等といった複数種類の素材を複合させることで戦術機の設計を変更せずに、強度増・コスト削減を可能と出来る可能性がある。
現在開発中の新型戦車にも採用される予定である。
また、その生成炉の技術は門外不出であり生成済みの鉄塊のみを輸出している。これは生産拠点が東南アジアに移っても変わっていない。
その生成は素材をいくら調べても再現はかなわない、何故なら必要なのは仕組みではなく、「どう作るか」だからだ。
「――――む……!」
「どうしたのですか?」
資料を眺める忠亮の額に眉が寄った。
「……受領予定部隊の名簿に見知った名があった。」
そう云って、問いかけた唯依に資料の一部を渡す忠亮、唯依はその資料に目を走らせる。すると………見覚えのある名字を見つけた。
「富士教導隊……柾晄(まさき、こう)少尉…」
「―――俺の弟だ。」
教導隊は希望入隊制ではない、アグレッサー部隊であるため操縦技量が高いことは大前提だがそれに加え教導隊員が認めた衛士が一本釣りのような形で打診が行われる。
それは特殊な素養、戦術の組み立てや相手へのコーチング能力、理路整然と戦術と戦技を分析し相手に改善点を教える能力を必要とされるからだ。
つまり、集団と個人その両方で非常に高い技量を持つ衛士として認められたという事だ―――年齢を見れば唯依の一つ下。訓練兵時代からその片鱗を見せていたのだろう。
紛う事なき傑物だ
「あいつは……ジュニアサッカーを熱心にやっていてな、特に個人での練習はもとより、全体でどう動くべきかを熱心に考えてた―――教導向きの資質は元からあったんだ。」
「忠亮さん……」
忠亮の苦い声色から唯依は彼が弟が兵士となることを望んでいないという事を悟る。
「でもあいつは……将来、サッカーのコーチに成りたいって言っていた―――なのに…!」
食いしばる彼、そういえば彼が斑鳩家へと養子入りする際に彼の弟とその恋人を徴兵免除にするという取引があったのを思い出す。
そうだ―――彼は守りたかったのだ、末の弟の夢を。富士教導隊と帝都守備隊は12、14師団の様に佐渡賀に貼り付けで防衛を行っている訳では無い。
が、BETAの地下侵攻の危険がある以上、常にその命は危険に晒されている。そして、彼らが実戦を行う事があるとしたら、不意の奇襲か圧倒的な物量による大規模侵攻。
その際の戦場は住民の避難と指揮系統の混乱であの京都を彷彿とさせる地獄となることは間違いない。
また、避難民の輸送によりリソースを食われ補給もままならない筈だ。
前線に比べ損耗率は低いが、実戦となれば全滅はほぼ必至の部隊―――それが帝都守備隊と富士教導隊だ。
尤も、軍属となった時点で何処に居ようと常に死の危険はある―――悔しいのだ彼は、自らの血を分けた弟にその道を志願させるに至った現実と、それを招いた無力の一翼であった自分の不甲斐なさが。
「……やはり御兄弟なのでしょうね。きっと自分の守りたいモノを守るために自分が戦うべき道へと進んだんだと思います。」
「確かに、俺とあいつは根っこの部分が似ているとよく言われたなぁ……」
唯依の言葉に嬉しい様な悲しい様な微妙な表情をとる忠亮だった。
後書き
(・_・)ハイテン鋼は実際に自衛隊の10式戦車に使われてたりします。
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