駄目親父としっかり娘の珍道中
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第69話 刀は使う者次第で千変万化
前書き
消息不明の桂。謎の妖刀紅桜。仮面の剣士。そして、紅夜叉。
色々な謎が掛けたパズルのピースのように当たりにちりばめられてしまい収集が大変になってるけど、案外それを集めるのも一つの娯楽だったりするよね?
新八
「これ、あらすじですよね?」
空に日が昇り、江戸に新たな朝が訪れる。街行く人々からすれば変わりない平凡な一日の始まりであろう。誰もが、つつがなく過ごせるだろうと思っていた。
だが、そんな中坂田銀時だけは違っていた。
万事屋内にて、銀時は緊迫した思いで座っていた。何時になく強張った表情で其処に銀時は座っていた。
まるでシリアスシーンに入った銀さんみたいな感じで。
そんな銀時の真向いには見慣れない女性が一人座っていた。栗色の長い髪の女性だった。
女性の頬はほのかに赤らんでいた。銀時の目線をじっと見つめて、何かを言おうとしていたようだ。
それとは対照的に、銀時の表情は緊迫しており、尚且つ暗かった。
「んで、俺に言いたい事って何だよ。なのは?」
どうやら、目の前に座っている女性はなのはだったようだ。前回の後から恐らく約10年近く時が経ってしまったのだろう。
気が付けば、銀時もすっかりいい感じのおっさんになっており、目の前に座っているなのはも今では綺麗な女性になっていた。
「うん……実は、私好きな人が出来たんだ」
「…………え?」
なのはの言った答えは銀時の思考を全て抹消し、更地に変えてしまう程の衝撃であった。
娘親ならば分かる事だろう。手塩に掛けて育てた大事な一人娘が嫁に行く。ふつうならもろ手を挙げて喜んであげたい所だろうが、相手が相手だ。
碌でもない輩に大事な娘をやる訳にはいかない。
「で、ででで……相手は誰なんだ!? まさか……」
「実は……今来て貰ってるんだ」
ほのかに頬を赤らめながらなのはは入り口の方を見た。間違いない。こいつら其処まで出来てるんだ。銀時はそう直感した。
相手は、相手は一体誰なんだ? 其処が銀時には心配だった。今の所銀時がなのはを嫁に出しても良いと思っている男は一人しかいない。
そう、以前海鳴市に飛ばされた際に共に戦った執務管のクロノだ。あの若さでそれだけの役職についていると言う事は将来的に安泰なのは間違いない。
加えて顔立ちもまあまあ良い方だし面倒見も良さそうにも見える。あの男になら任せても良いと思っていた。寧ろ婿養子に欲しい位だと思えていた。
入り口の扉が静かに開き、足音が少しずつこちらに向かってきているのが分かる。
期待と不安が半々の状態の中、銀時はこちらに来るであろう彼氏を舞った。
横開きの戸が音を立てて開き、その奥から例の彼氏が姿を現した。
「よぅ、久しぶりだな。銀時」
「て……てめぇは……高杉!」
奥から現れたのは、まさかまさかの高杉であった。全く予想外の輩の登場に銀時は目を大きく見開き更に顔色が青く染まりだした。
「な……何でてめぇが家に来てんだゴラァ!」
「聞いてねぇのか? 呼ばれて来たんだよ。俺ぁな」
「よ……呼ばれてって………ま、まさか……」
カクカクと首が恐る恐るなのはの方へと向く。それに反応するかの様に、なのはも銀時の方を見る。
「おい……まさか、お前の好きな人って……まさか―――」
「うん、高杉晋介さん……私が好きな人だよ」
満面の笑みでそう答えるなのは。それを見た途端、銀時は目の前が真っ暗になり、天に向かい激しい絶叫をあげるのであった。
***
「止めろ! そいつは、そいつだけは駄目だあああああ!」
悲鳴と共に脱兎の如く起き上がると、其処は何時もの万事屋の銀時が寝ている場所だった。しかもご丁寧に怪我の手当までしてあり布団まで敷いてある有様だった。
「随分用意が良いな。新八も大分気が回るようになったじゃねぇか」
一人で納得しだす銀時。ともあれ、目が覚めたのだから何時までも布団の中、と言う訳にはいかない。とっとと起きた方が良さそうだ。
思い立ったが吉日とばかりに立ち上がろうとした刹那、銀時の目先に鋭い刃物が突き付けられた。良く見れば、それは薙刀のそれであった。そして、それを持っていたのは新八の姉の妙であった。
「あら銀さん。そんな怪我で何処行こうとしてるんですか? そんな怪我で出歩いたら今度こそ……殺しますよ」
「あ、あれ~、おかしいなぁ。さっき幻聴が聞こえた気がしたんだけどなぁ。さっき言わなかった? 『殺しますよ』って―――」
「気のせいですよ。でも……少しでも動いたらその時は……仕留めますよ」
「ほら、また聞こえた! 絶対聞こえたって! 今度は確実に聞こえたんだけど、ねぇ? 俺の耳どうなっちゃったのぉ!?」
何気ないやり取りの中、妙は終始ニコニコしているのだが反対に銀時は徐々に顔面が青くなっていった。相手は怪物志村妙、対してこちらは満身創痍の上に丸腰。
まるで勝負にならなかった。と、言うより常日頃から彼女とは勝負にすらならないのだが。
「本当にもう……怪我した銀さんを見た時は驚きましたよ。全身血まみれだったんですから」
「あぁ……それじゃこの手当してくれたのって……お前か?」
「そうですよ。怪我の具合はどうですか?」
「……包帯が偉くきついんですけど、雌ゴリラに手当されりゃそうなる―――」
言い終わる前に銀時の顔面に妙の鉄拳が叩き込まれたのは言うまでもない。銀時の顔面は梅干しの如くめり込みとても痛々しい顔が其処にはあった。
「て、てめぇ……患者にはもう少し優しく接しろや! このままじゃ俺の怪我が更に悪化すんじゃねぇか!」
「それだけ軽口が叩けるんでしたら大丈夫です。後、人の事ゴリラ呼ばわりするのは失礼ですよ」
「おめぇだって散々あのストーカーの事ゴリラ呼ばわりしてたじゃねぇか」
「それはそれ、これはこれです」
「けっ!」
不貞腐れながら銀時は再び床に入った。確かにお妙の言う通り今の怪我では碌に動き回る事すら出来ない。此処は養生するしかないようだ。
ふと、ある事に気づいた。
新八の姿が見えないのだ。
いや、新八だけじゃない。風邪で動けない筈の神楽も、定春と一緒に散歩に行ったなのはの姿もない。完全に静まり返っている。まるで、今此処に自分たちしか居ないかのように。
「なぁ、新八達はどうした?」
「新ちゃんだったら……ちょ、ちょっと出かけてるのよ。その間留守を頼まれたのよ……そ、そうなのよ」
妙の反応に銀時は気づいた。新八はきっと今回の件に関わろうとしているんだ。そして、其処に神楽がいないとなると神楽もそれに加わったと考えるのが妥当だと思われる。
だが、それじゃなのはは一体どこへ行ったのか?
ただの犬の散歩だけなら一日居なくなる事なんてまず有り得ない。考えられる事と言えば、なのはもまた何らかの形で今回の事件に関わってしまったのかも知れない。
「……」
「無理はいけませんからね。そんな体で出て行こうなんて許しませんよ」
「誰も出て行こうなんて言ってねぇだろ。ちょっとジャンプ買って来ようとしただけだよ」
「それなら大丈夫よ。さっき買ってましたから」
「……ちっ!」
用意周到なお妙に対し、銀時は小さく、本当に小さく舌打ちをする次第であった。
***
「何と! それでは紅桜は辻斬りの手に渡ってしまったと!」
刀匠の家にて、依頼主である村田鉄矢の怒号が響き渡った。その怒号を真横で鉄子は無表情のまま聞き流しており、新八は少し喧しそうな顔をしている。そして、そんな新八の横ではまだ顔の赤い神楽がぐらぐらと揺れ動きながら座っていた。
「すみません、結局紅桜は取り戻す事が出来なかったんです」
「それで! その坂田さんに致命傷を負わせた仮面の剣士とは一体何者なのですか? それにこの刀! 見れば見る程紅桜に良く似ている!」
鉄矢が眺めていたのは新八が持ってきた一本の刀であった。昨晩、似蔵と銀時との間に割って入り、一時は銀時を救ったかに見えた仮面の剣士が突如身を翻して銀時に突き刺した一本の刀だったのだ。
「僕も良く分からないんですが、刀匠である貴方達にならそれが何なのか分かると思って……それで持ってきたんです」
「もしやこれは……いや、そんな筈はない! あれは既にこの世にない刀の筈だ! だが……」
「何か知ってるんですか? その刀は一体何なんですか?」
「………新八殿、と言ったかな? 少し昔話をさせて貰おう!」
鉄矢は語った。それは、紅桜を作ったであろう刀匠、村田仁鉄よりも前の話だ。言うなれば、鉄矢や鉄子の祖父にあたる人物の話である。二人が生まれた頃には既に他界していたのだが、二人の祖父もそれは名の知れた刀匠だったそうだ。
そして、その刀匠が生涯を掛けて打ったとされる至高の刀があったと言うのだ。
「その名も『白夜』そして『桜月』と言い、それこそこの世に二つとない正に名刀中の名刀と言われた刀だったのです!」
「白夜……桜月……でも、それとその刀と一体どんな関係が?」
「この刀……多少刃こぼれこそしているが紛れもなく白夜その物! この真白い刀身こそ白夜の証! しかし、何故その白夜をそんな素性も知れぬ剣士が……」
鉄矢は苦い顔をしながら白夜を眺めていた。何やら重苦しい空気が流れている。
「あのぉ、その白夜と桜月の所在ってのは……分からないんですか?」
「分からないと言うより……この二本の刀は本来存在し得ない刀なのですよ!」
「え? 存在し得ないって……だって、現に目の前にあるじゃないですか?」
「言葉が足りなかったようだな。実は、この白夜と桜月は……かの攘夷戦争終結の際に白夜叉、つまり貴殿等の主が破壊してしまったのだ! 故に、この刀は本来この世に存在し得ない刀なのですよ!」
「銀さんが……壊した……」
さっぱり意味が分からなかった。過去に銀さんが壊した刀だとして、何故それが今此処にあるのか?
そして、何故仮面の剣士はそれを銀時に託すような真似をしたのか?
更に、新八の脳裏にはあの仮面の剣士の顔が脳裏に深く焼き付いていた。あの仮面の剣士の顔を見た途端、新八はわが目を疑う思いに駆られてしまったのだ。
「でもさぁ、銀ちゃんが壊したって事は、その刀は銀ちゃんが使ってたって事アルかぁ?」
「いや、これを使っていたのはその白夜叉では御座らん! 『紅夜叉』と呼ばれる攘夷志士で御座る!」
「紅夜叉? 一体誰なんですか? その紅夜叉ってのは」
「うむ……私も噂程度でしか聞いた事がないのだが、紅夜叉とはかつて坂田銀時等攘夷志士と共に攘夷戦争に参加し、白夜と桜月を振るい数万の天人を蹴散らしたと言われる歴史上類を見ない剣豪だと言われたそうです! その強さは、恐らく白夜叉を凌ぐ程かと―――」
「銀さんを……超える程の!!!」
思わず新八は固唾を呑みこんだ。かつて白夜叉と呼ばれ敵味方からも恐れられたあの坂田銀時を超える存在が居ただなんて。にわかに想像する事すら出来ない。一体どんな人物だったのだろうか。
「きっとアレネ。銀ちゃんを超えるって言う程だからよっぽどの大男アルよ! 山よりもでかいビックフットみたいな奴アルね」
「う~ん、もしかしたらそうなのかも? 銀さんを超えるって言うんだから多分人間じゃないんだろうね」
二人して変な妄想を練り上げているご様子。本人が居たらさぞかし失礼極まりない事であろう。まぁ、その本人が皆目見当もつかないのだから仕方がないのだが。
「新八君……と言ったか?」
「あ、はい……なんでしょうか?」
「この白夜……私に暫くの間、預けてくれないか?」
「え?」
突然、鉄子が口を開いた。どうやら新八が持ってきた白夜に興味を持ったのだろう。別に新八に断る理由などないので快く承諾した。鉄子はそれを確認すると、白夜を持ってそそくさとその場を後にしてしまった。
「おい鉄子ぉ! どうしたんだ?」
「すまない兄者。少し気分が悪いから外させて貰う」
「おい! 一体どうしたと言うんだ? 気分でも悪いのか?」
「いや、思いっきり気分が悪いって言ったじゃないですか!?」
どうやらこの兄貴は相当人の話を聞かない性質らしい。この兄貴と会話するのは心底面倒臭そうだなぁ、新八はそう思えた。
「いやぁ、どうも申し訳ない! 全く家の妹と来たらてんで空気を読まない大馬鹿者でしてなぁ!」
「おめぇの方が百倍空気読めてねぇだろ? 馬鹿アニキ」
「神楽ちゃん抑えて……あの、鉄矢さん、仮に銀さんが白夜と桜月を破壊したとして、それじゃ桜月は何処にあるんですか?」
「うむ……それが皆目見当も付かぬ次第なのです! 私としてもあの白夜がこうして面前に現れただけでも驚きなのですから! しかし、先代がこう申し上げておりました! 白夜と桜月にはそれぞれ意志と呼べる物があると―――」
「意志? 刀に……ですか?」
正直信じられなかった。無機物でもある刀に意志がある。そんな話をされて普通信じられる筈がない。
だが、現に新八は勿論、神楽や此処には居ない銀時も似たような代物を目にした事がある。
異界の技術で作られた『デバイス』がそれに該当したのだ。
「新八ぃ、もしかしてその白夜と桜月って例のスパイスなんじゃね?」
「神楽ちゃん、スパイスじゃなくてデバイスね。でも、仮にそうだとしてもおかしいと思わない?」
「何でアルか?」
「だって、僕たちは勿論だけど、江戸の人達には魔力なんて持ってないんだ。そんな人達が魔力を用いるデバイスなんて使える筈ないよ」
新八の言う通りだった。異界の技術であるデバイスは持ち主の魔力を注入する事で機能する代物だ。だが、江戸の人間にその魔力はない。仮にあったとしても江戸と言う世界では魔力は反発されてしまい全く使い物にならない。
その点を考えるとこの白夜と桜月がデバイスだと言うのはまず有り得ないと予想が出来た。
では、一体何故意志があるのか?
「そもそも、白夜と桜月は二本で一対の刀と言われておりまして、この二本を有する者天下を制するとまで言われた事があるのです!」
「そんな凄い代物だったんですか?」
「ですが、これを物にしようと勇み出た者達が次々とその刀に食い殺されてしまったのです!」
「物騒な話アルなぁ。頭からガブリンチョされたアルか? マミられたアルかぁ?」
「白夜と桜月は使用者の魂を食らうと言われております! 故に、この二本を有する為には強靭な肉体と同時に魂を持っていなければならないのです! でなければ、忽ちこの二本の刀の餌食になってしまうのです!」
「刀に食い殺される……考えただけでも恐ろしい。下手したら、紅桜なんかよりもよっぽど性質が悪い奴なのかも知れない」
「その通りです! だから、貴殿等の主はその二本を破壊したと思われるのです!」
銀時が白夜を桜月を破壊したのはこれ以上その刀による犠牲者を出さない為に行ったものと思われる。
恐らく、銀時ならばその二本を使いこなせるだろうと新八は思っていたのだが、そんな物騒な代物を腰に提げてては危なくて町を歩けない。第一、それは銀時のポリシーに反する事になる。
銀時は刀を捨てた人間だ。その人間がまた刀を持つ事は恐らくそうそうない。新八にはそう思えた。
「鉄矢さん、もう一つお伺いしたい事があるんです」
「なんでしょうか?!」
「もう一つは、あの紅桜の事です。辻斬りが使っていたあの紅桜は、先に貴方が話していた白夜と桜月の様な意思を持っているようにも見えました。まるで、生き者の様に―――」
思い出すだけでも新八の背筋が震えた。昨晩での戦い、岡田似蔵が用いた紅桜はまるで生き者のように似蔵の体を浸蝕し、成長を遂げていた。
最終的には刀とは形容しがたいおぞましい姿へと変貌を遂げ、銀時を窮地に追いやったのだ。
「分かっている事だけで良いんです。教えてくれませんか?」
「残念だが紅桜の事も私にはさっぱり分からんのです! あれは先代から曰く付きと言われ蔵の中に封じ込めていた物ですから!」
「もしかして、その紅桜こそが……桜月なんじゃ?」
「いや、それはないでしょうな! 確かに桜月には意志があると言いましたが、ですが桜月は使用者を浸蝕すると言う事は聞いた事がありません! 恐らく先代が桜月を目指して作った結果あの様な代物になったのだと思われます!」
つまりは紅桜は桜月の兄弟、もしくは子と言う位置に属するのであろう。使用者の魂を食らい持ち主を食い殺す桜月と、持ち主の体に浸蝕し、成長し続ける紅桜。
どちらも謎が多すぎる代物ではあったが、ただ一つ言える事とすれば、そんな物騒な代物をこれ以上のさばらせておく訳にはいかない……と、言う事であった。
***
「ふぅ……全く、貴方の身勝手さにも困ったものですよ」
雨が降りしきる外の光景を眺めながら、武市は呟いていた。顔には出ていないが、その言動から少々ご立腹なのは伺える……かどうかは結構個人差があるのでこの際追及しない事にする。
そんな武市の叱りを受けているのは昨晩銀時を襲撃し、あわや討ち取ろうまで追い詰めた際に突然乱入してきた仮面の剣士により腕を切り落とされそのまま逃げ帰ってきた似蔵その人であった。
「勝手に紅桜を持ち出した挙句、そんな深手まで負って……真選組に紅桜の事が露見したらどうするつもりだったんですか? 腹を斬る程度じゃ済みませんよ」
「随分と酷い言われようだねぇ~。こうしてちゃんと刀を回収したんだ。大目に見てくれても良いんじゃないかい? それに、仮に真選組に嗅ぎ付けられたとしても、そん時ぁそいつらも纏めて斬っちまえば良い話だろうが」
「やれやれ、貴方は何も分かってない。今の真選組には異界からやってきたと呼ばれる腕利きが居候しています。奴らとは今は事を交えたくないのです。分かりますか?」
「異界の者? あぁ、例の魔法とかを使い輩の事かい? まさか、かの鬼兵隊がそんな嘘くさい輩を恐れてるってのかいぃ?」
「まさか、私が心配しているのは貴方のその身勝手さのせいで其処に居るであろうおにゃの子が傷物にされるのを危惧しているのです。ほら、私って見た目通りのフェミニストですからねぇ」
「………」
突然話の筋がずれた事に岡田はツッコミを入れる事はしなかった。別にとやかく言うつもりもなかっただろうし、第一ツッコミは柄じゃなかった。
「武市先輩、あんたはどう見てもロリコンでしょうが、それはそうと似蔵。あんたの勝手のせいでこっちは偉い迷惑してるんすよ!」
「おいおい、酷いねぇ寄って集って怪我人を苛めるってのかい? 叔父さん泣いちゃいそうだよぉ、シクシク―――」
「はん! 人斬り似蔵とまで言われたあんたが泣くってんならそれも見たみたいっすねぇ」
人を見下すような目でまた子は言った。彼女にとって高杉の計画の障害になるような輩は敵同然なのだ。例えそれが身内だったとしても―――
「最近のあんたの身勝手さは目に余るっすよ。こないだは桂で、今度は坂田? 何処まで晋介様を刺激する様な輩ばかり狙うんすか?」
「たまたま狙ったのがそいつらだっただけの事さぁね。別に他意はないよ」
「例えあんたの行動に他意があろうとなかろうと、こっちは良い迷惑なんすよ! も少し自重して貰いたいっすね」
「ま、また子さんが言うのも一理あります。が、やってしまった事を今さらとやかく言った所で聞く耳はないのでしょう。それよりもですよ―――」
先ほどまで窓を見ていた武市が岡田の方を向いてきた。焦点のあってないような目線が岡田を睨みつけてくる。
「貴方、晋介様の大事な客人に手を出したそうですねぇ?」
「客人? あぁ、それって昨晩船の周りをうろうろしていたチビの事かい? 悪いねぇ、誤って斬っちまったよ。まぁ、ちゃんと形見の品は頂戴してたからさ、これで勘弁してくれ―――」
岡田が懐から栗色の髪の束を放り投げたのとほぼ同時にまた子の銃口が、そして武市の刀がそれぞれ岡田に向けられる。
「いけませんねぇ、彼女は我々にとっても大事な客人。その客人を手に掛けるなど今この場で切り殺されても文句は言えませんよぉ?」
「人斬り似蔵の名も地に落ちたっすね。まさかあんな年端もいかないガキを手に掛けるなんざぁ、人のする事じゃないっすね」
「悪かったって言ってるじゃないかぁ? この通り勘弁してくれないかねぇ。叔父さん今にも震えてしょんべんちびりそうなんだけどねぇ」
「散々人を殺してきた人殺しが何言うっすか?」
相変わらず何処か人を食ったような言動をする似蔵にまた子は苛立ちを覚えていた。だが、此処で血気に走って銃弾を放つ訳にはいかない。無用な争いをこの中に持ち込む訳にはいかないからだ。
「とにかく、この髪は私が晋介様にお届けしておきます。岡田すわん。後で晋介様直々に沙汰があるでしょうが、くれぐれも身勝手な行為は自重してくださいね。でないと……我々は貴方を斬らねばなりません」
「俺を斬る? あんた等がぁ? そいつぁ何の冗談だい? 笑えてくるよ」
「あんた……偉く余裕ぶってるようっすけど、まさか自分が強くなったと思ってるんじゃないっすか?」
銃口を向けたまま、また子は鼻で笑った。この男は勘違いをしている。それも大きな勘違いをだ。
先の桂に引き続き銀時を手玉にとれたのは自分の実力によるものだと思い込んでいるようだが、それは飛んだお門違いだからだ。
「あんたが桂や坂田を倒せたのはあんたの実力じゃない。あんたが使ってるその紅桜のお陰っすよ」
「紅桜ねぇ、確かにこいつぁ良い代物だ。俺も過去にこんな上等な得物を振るった覚えはないねぇ」
「それはどうも。作ったこっちとしてもそう言う感想が聞けただけでも嬉しい限りですよ。何故なら、その紅桜こそ、過去に攘夷戦争を戦った史上最強の侍、今は亡き『紅夜叉』が用いていた桜月をベースにして作られたのですからねぇ」
「言うなれば、あんたが勝てたのはその紅夜叉って奴の後ろ盾があればこそっすよ。ま、相手が紅夜叉じゃ桂や坂田なんて目じゃないのは分かるっすけどねぇ」
「紅夜叉ねぇ……確かに、あいつぁ強いねぇ、いや、強すぎるねぇ。この紅桜を使ってた俺をまるで赤子の手を捻るかの様に簡単に腕を切り落としちまうんだからねぇ」
「は? 何言ってるんすか? 紅夜叉はとっくに死んでるんすよ! 幻覚でも見たんじゃないんすか?」
岡田の言動は信ぴょう性がなかった。過去に死んだ筈の紅夜叉が生きていて、そして紅桜を使ってた岡田と一戦交えたと言うのだから。
「嘘じゃないさぁね。この斬られた腕ってのはその紅夜叉にやられたもんさ。生憎、仮面をつけてたんで素顔を拝む事は出来なかったが、ありゃぁ相当修羅場を潜ってるねぇ。体中から死臭が漂ってたよ」
「話になんないっす。身勝手な行動をとって、挙句の果てには妄想っすか。付き合いきれないっすよ」
銃口を降ろし、また子はその場を去ろうとする。
「また子すわん、どちらへ?」
「例の客人の所っすよ。下手にあちこち嗅ぎ回ってないか確認しないといけないっすからねぇ」
「そうですか、まぁ岡田すわんの事はこの位にしておきましょう。ですが、くれぐれも先言った事をお忘れなきように。その紅桜は我々の計画に絶対に必要な代物なんですからねぇ」
そう言い残し、武市もまたその場を離れて行った。今、この場に居るのは岡田ただ一人だ。
その岡田はただじっと、自身の手に持たれていた紅桜を見ていた。
紅桜から感じ取れる鼓動。その鼓動が岡田には自分を否定しているようにも感じ取れた。
(そんなに俺が嫌いかい? 紅桜、いいや……桜月。そんなに俺じゃなくて紅夜叉に持たれたいかい? そりゃそうだ、何せあの紅夜叉は―――)
何かを確信めいたかの様に岡田は一人クスクスと笑い出していた。その笑い方はとても不気味で何処か狂気じみていた。
そして、その笑いに呼応するかの様に、紅桜の鼓動が部屋の中に響き渡っていた。
つづく
後書き
村田鉄矢の口から明かされる二本の剣。
「白夜」と「桜月」。
そして、それを使っていたとされる紅夜叉。
だが、紅夜叉は既にこの世にいなかった。
一体、紅夜叉とは何者なのか?
そして、なぜ銀時は白夜と桜月を破壊したのか?
次回もお楽しみに。
神楽
「やっとシリアス展開らしくなってきたアル!」
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