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回天

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第二章


第二章

「仁科関夫中尉」
「はい」
 黒木が中尉の名を呼ぶと彼はそれに応えた。
「貴様と俺とで何としても回天を実用化させるぞ」
「無論です」
 仁科と呼ばれた中尉は黒木の言葉に応えた。真剣な顔で。
「そして日本を守りましょう」
「命をかけてな」
 二人は誓い合うのであった。この時日本は敗戦続きでいよいよ危なくなってきていた。肌でそれを感じているこの二人の焦りと憂いは相当なものだったのだ。
 黒木博司大尉と仁科関夫中尉。彼等はそれぞれ海軍兵学校を出た優秀な者達である。海軍の若手士官達の殆どもまた今の日本の劣勢を憂いていたのだ。その中には彼等の様に命を捨ててでも日本を救おうという者達がいた。彼等もそのうちの二人であったのだ。
 その彼等の訴えは続いた。二人だけでなく多くの者が何としても命を捨ててでも日本を守りたいと叫び続けたのだ。そしてその心は遂に海軍首脳にして苦渋の決断を下させたのだ。
「これは兵法の外道だ」
 中将である大西滝次郎は言った。
「それはわかるな」
「はい」
 参謀の一人が彼の言葉に頷いた。今彼等は大西の部屋において話をしていた。そこで誰も入れず話をしていたのである。
「それは無論です」
「しかし。やらなければならない」
 大西の言葉は苦渋に満ちたものだった。
「今の我が国は。そうでもしなければ」
「なりませんか」
「そうだ。我が国は生き残らなければならない」
 大西も軍人だ。祖国の為に戦っている。だからこそであった。何をしてでも日本を生き残らさせなくてはならなかったのだ。軍人として。
「だからこそだ」
「わかりました。それでは」
 参謀はその言葉に頷くのだった。
「あれについてもですね」
「認めるしかあるまい」
 大西はまた苦渋に満ちた言葉が出た。
「彼等は。最初からそのつもりだ」
「そうですね」
 参謀もそれはわかっていた。
「何もかもを捨ててそれに向かおうとしているのですから」
「だからだ。その心を無視することもできないのだ」
 その四角い顔に苦いものを満たして言葉を続ける。
「私は。万死に値する罪を背負うことになるが」
「閣下」
 参謀はその苦い顔になる彼にまた言うのだった。
「その様なお考えは」
「駄目だというのか?」
「そうです。御気を落とされずに」
「うむ」
 何とかといった感じで彼の言葉に頷いた。
「わかった。それではな」
「とにかく。何があっても日本を守り抜きましょう」
 参謀は大西を励ます為にこう述べた。
「その為に」
「わかった。私も鬼となる」
 苦い顔のままだったが言葉を出した。
「それでいいのだな」
「御願いします」
 大西も苦しかった。その憂いの中で苦悩していた。大西は終戦直後自害するがそれは苦悩からの解放だったのであろうか。この深い苦悩から。
 黒木と仁科の案は通った。彼等は晴れて開発と実用化を認められたのだ。
「やったな、仁科」
「はい、大尉殿」
 二人は笑顔だった。海を背景に今笑顔で頷き合っていた。
「これで我等の悲願が果たせる」
「我が国の為に戦うことを」
「命をかけてな」
 黒木はそれが果たせることにまずは満足していたのだ。
「では。用意はいいな」
「何時でも宜しいであります」
 仁科はこう黒木に答えた。
「今からでも」
「よし、よく言った」
 黒木はこの言葉を聞いてまた笑顔になる。会心の笑みといった感じであった。
「では。すぐに取り掛かるぞ」
「はい、回天」
 その兵器の名を今出した。
「是非共実用化させましょう、我が国の為に」
「日本の為に」
 海を見ながら誓い合う。その決意は今彼等が立っている岩よりも硬かった。その決意を胸にすぐにその回天の開発に取り掛かった。この回天は特別な兵器であった。
 人間が乗り込む魚雷なのだ。つまりは特攻兵器だ。乗り込み出撃する者の命は当然ながらない。だが彼等はそれを承知のうえで開発し実用化しようとしているのだ。全ては日本の為だった。そこには狂気も妄執も何もなかった。ただ日本の為に戦いたい、そして死にたい。ただその心があるだけであった。
 その心を胸に日々開発に取り組む。開発が整った後はテストであった。これまた日々乗り込み回天のテストにいそしむのであった。
「今日はどうだったか」
「駄目です」
 二人は回天から出て話をしていた。周りには彼等に賛同する者達が揃っていた。彼等もまた日本の為に命を捨てる気でいたのだ。
 
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