美しき異形達
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第三十五話 月光の下でその七
「両方出来ないと駄目なのよ」
「そして俺が技を浴びせたと思った瞬間か」
「素早く動いてね」
「残像だけ残してか」
「そうしつつあんたの背中に回り込んでだったのよ」
先程の技を繰り出したというのだ。
「百舌鳥落としっていう技だけれど」
「あの技は効いた」
「そうでしょ、甲賀流忍術の奥義の一つよ」
「それを使って俺を倒したのだな」
「そういうことよ、上手くいったわね」
「確かにな。俺は負けた」
鮫の怪人もだった、己の敗北を認めた。
「完全にな」
「鮫の最大の武器はその口だけれどね」
獲物を食い殺すこれだ、大型の鮫ならば人も丸飲みに出来る。
その一撃こそが鮫の武器だ、しかしなのだ。
「それが来ることはわかっていたから」
「背中を狙ったがな」
「普通ならまずかったわ」
怪人のその一撃で、というのだ。
「私も負けていたわ」
「そうだな、切り札はどういう時に出すか」
「正面を狙っていたら充分防げていたわ」
菊の実力ならばだ。
「素早く動いて背中を狙ったのは考えたものね」
「その通りだな、しかし」
「負けたっていうのね」
「俺もそう来るとは思わなかった」
「私にも切り札があったのよ」
そしてその切り札が、なのだ。
「さっきの百舌鳥落としよ」
「貴様も切り札を持っていてか」
「使ったのよ、上手くいったわ」
「確かにな。貴様はいい忍者だ」
「じゃああんたは」
「これから死ぬ」
こう言った瞬間にだ、その手足の端からだった。
灰になろうとしている、怪人は己の死を見据えながら菊に言うのだ。
「最後にこう言っておく」
「褒めてくれるのね」
「負け惜しみは嫌いなんだよ」
「負けは負けって認めるのね」
「そういうことだよ、じゃあな」
それならと言ってだ、そして。
鮫の怪人も消えた、灰も消え去り。
残ったのは菊だけだった、菊は己の武器も収めそのうえで言った。
「終わったわね」
「うん」
共に戦っていた向日葵が応える。
「今回の戦いはね」
「ええ、あくまで今回はだけれどね」
「正直今回はね」
「今回は?」
「思いきったことをやったわ」
「聞こえてたわ」
目は戦いに集中していた、それで耳で感じ取っていたというのだ。
「ちゃんとね」
「あっ、そうだったの」
「光の矢を放ったのね」
「そう、指からね」
「そういえば向日葵ちゃんこれまでは」
「弓矢ばかり使ってたでしょ」
弓道をしていることに相応しくだ。
「そうしてたでしょ」
「あれ私も知ってるわ」
菊は微笑んで向日葵に答えた。
「名人伝よね」
「中島敦のね」
「向日葵ちゃん弓道の極意を身に着けたの?」
「ううん、そこまではね」
向日葵は菊の今の問いには気恥かしそうな笑顔で応えた。
ページ上へ戻る