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IF物語 ベルセルク編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第十七話 キフォイザー星域の会戦



帝国暦 488年  9月 23日  キフォイザー星域  ルッツ艦隊旗艦 スキールニル  コルネリアス・ルッツ



キルヒアイス総司令官に連絡を取ると直ぐに総司令官がスクリーンに映った。表情が硬い、どうやら総司令官も気付いたのかもしれない。
「閣下、敵陣が」
『ええ、どうやら騙された様です』
「時間差を利用した一撃離脱戦法は難しいと思いますが」
『小官もルッツ提督と同意見です』
『そうですね、難しいでしょう』
声が苦い、若いだけに屈辱に感じているのかもしれない。

「では我らが敵陣を崩してから総司令官が横腹を突く。それで宜しいでしょうか?」
『そうしましょう。それ以外には有効な手は無さそうです』
『斜線陣は横陣に変更したいと思います。小官の艦隊を前に出します、宜しいでしょうか』
ワーレン提督が問うとキルヒアイス提督が頷いた。

「閣下、戦いはこれからです。指揮をお願いします」
『分かりました。お二人には面倒をおかけしますが宜しくお願いします』
「はっ」
『はっ』
通信が切れた。ようやく最後に笑みが出たが大丈夫だろうか。引き摺らなければ良いのだが。

ワーレン提督の艦隊が横に並ぶ、十分程してオペレータが声を上げた。
「賊軍との距離、百三十光秒」
敵艦隊の編成を見て斜線陣を利用しての一撃離脱戦法は急遽取りやめた。今では俺の艦隊とワーレン提督の艦隊は横陣で並んでリッテンハイム侯の艦隊に相対している。キルヒアイス総司令官の八百隻は後方で待機状態だ。

隙を見て迂回して敵陣に突撃する事になっているが果たしてそんな機会が来るかどうか……、状況は厳しい、予断を許さない。もう直ぐだ、もう直ぐ射程距離内に敵が入ってくる……。一番嫌な時間だ、戦闘になれば踏ん切りが着く。しかしこの時間だけは色んな感情が起こって迷う。艦橋の空気も重い、張り詰めた様な息苦しさが有る。

本来なら三個艦隊、四万隻で迎え撃つ筈だった。中央にキルヒアイス総司令官、左右を俺とワーレン提督が固めた筈だ。だが一撃離脱戦法を採った時点でキルヒアイス総司令官の艦隊は八百隻を除いて俺とワーレン提督に分け与えられた。急造の艦隊だ、連携において不安が有る。微妙な艦隊運動、激しい戦闘になった場合果たしてどうなるか……。

敵は無能を装ってこちらを油断させた、それに引っ掛かった。してやられたという思いが強い。最初から敵が手強いと認識していたらどうだったか? もっと手堅く行った筈だ。開戦前に再度敵の情報を収集し直しただろう。余りにも敵を甘く見過ぎた。……いかんな、埒も無い事ばかり考えている。だからこの時間は……。

「敵、イエローゾーン突破しました!」
漸く来たか!
「ファイエル!」
命令と共に多数の光線が敵艦隊に向かって行った。そしてそれ以上の光線がこちらに向かってくる。五万隻の艦隊の攻撃、悩んでいる暇は無い、戦え!



帝国暦 488年  9月 23日  レンテンベルク要塞 ナイトハルト・ミュラー



「ミュラー提督」
出撃から戻り部屋で休息を取ろうとしたところをビッテンフェルト提督に呼び止められた。
「何でしょうか?」
「少し俺の部屋に寄って行かんか、コーヒーでもどうだ」
「分かりました、頂きます」

正直部屋で休みたかったが誘われては仕方が無い。部屋に入るとビッテンフェルト提督がコーヒーを出してくれた。疲れた体にコーヒーが染み渡る。思ったよりも美味い、良い豆を使っているのだろう。
「別働隊の話、聞いたか?」
「戦いが始まったとは聞いていますが」
ビッテンフェルト提督が“そうか”と言ってコーヒーを一口飲んだ。

「思う様に行っていないらしい。負けているわけではないがな」
「そうですか」
「上手く行かんな」
ポツンとした口調だった。ビッテンフェルト提督にしては珍しい事だ。表情も沈んでいる。

「先日の話、如何思った?」
「……あの話ですか、何と言って良いか……」
「……俺はどうにもならん、と思った。どうにもならんと……」
「どうにもならん、ですか」
「ああ」
ビッテンフェルト提督はコーヒーカップを見ている。たしかにどうにもならない。

「あの話を聞いた時、俺は最初総参謀長を責めた。だが皆を救うためだったと言われてはな……。それに焦土作戦は一度は皆で受け入れたものだ、今更非難するのは卑怯だろう。例の件についても勝手な事をするとは思ったが俺に代案が有るわけじゃない」
「……」

「あの男のした事を認めたわけじゃないが何も言えなかった。第一死んでしまった人間は帰ってこない、それに秘密はもう相手に知られてしまった。どうにもならんな」
ビッテンフェルト提督が首を横に振っている。

「皆も同じ気持ちじゃないのか。最後は総参謀長に任せて終わりだ。これからどうするかなんて誰も言わなかった。話しても無駄だと思ったんじゃないかな、どうにもならんと」
「……」
そうかもしれない。あの時有ったのは脱力感だった。俺だけではなく皆も同じだったか……。

「総参謀長がローエングラム侯に話す、それさえ決まれば……、そんなところだな」
「そうかもしれませんね。小官も酷く脱力感が有ったのを覚えています」
「せめてローエングラム侯に話しておけばとも思ったが……」
あそこでエーリッヒ達を問答無用で攻撃出来たかもしれない。伯爵夫人を失うが秘密は守れた。エーリッヒも斃す事が出来た。補給物資も戻ってきただろう、戦局は一気に変わったかもしれない。

皇帝を失う事を責める人間もいたかもしれない。しかし政府首班であるリヒテンラーデ公はおらず政府は機能していなかった。ローエングラム侯が最高司令官として処理する事は可能な筈だ。脅しには屈しない、反逆者との間に交渉は無い、そう言い切れたのだ。

「総参謀長はローエングラム侯に話しをされたのですか?」
「そうらしいな、ケスラー提督が総参謀長に確認したらしい。話はしたそうだ」
「今更では有りますが事前に話をしておけば……」
「話せなかったんだろうな、あの男には。ローエングラム侯に受け入れて貰えないと思ったか、或いは侯を苦しめたくない、そう思ったのか。……優しいのかな?」
ビッテンフェルト提督が首を傾げた。あの総参謀長が?

「……優しい、ですか」
「ああ、ローエングラム侯には自分で話すと言っただろう。初めは自分がやった事だから責任を取るのかと思ったが……」
「そうではないと?」
俺が問うとビッテンフェルト提督が頷いた。

「ローエングラム侯が混乱するところを俺達に見せたくなかったのではないか、なんとなくだがそう思った。夫人の件でローエングラム侯が混乱するのは最小限に留めたいとも言っていたしな」
「そういえばそうですね」
あの総参謀長が? そんな気遣いを? ちょっと可笑しかった。いや、ビッテンフェルト提督がそんな風に考えるのも可笑しい。

「まあ俺がそう思っただけだ。本当は俺達の離反を防ぐため、そう考えたのかもしれん」
「……離反ですか」
「指揮官が精神的に弱くては安心して付いていけんだろう」
「まあ、そうかもしれません」
ちょっと拙い方向に話しが進んでいる。

「辺境で勝てれば良いんだが……」
「そうですね」
「負ければオーディンで騒乱が起きる可能性も有る」
「ええ」
ビッテンフェルト提督が俺を見た。厳しい眼だ、身の引き締まる思いがした。

「ローエングラム侯だけじゃない、俺も卿も厳しい選択を強いられるかもしれんぞ」
寝返り、降伏を考えているのだろうか。
「戦いたくても戦えない状況になる可能性も有る。そうなれば意地も通せん」
そうか、部下の離反、それは俺にも言える事か……。
「覚悟だけはしておいた方が良いだろうな」
「そのようですね」



帝国暦 488年  9月 23日  キフォイザー星域  リッテンハイム艦隊旗艦 ゲンドゥル  ウィルヘルム・フォン・リッテンハイム三世



「敵、後退します!」
「うむ、全艦に命令。攻撃の手を緩めるな!」
「はい!」
参謀長のザッカートの命令にオペレータが嬉しそうに頷いた。ふむ、優勢な所為だろう、艦橋の空気は悪くない。戦術コンピュータには後退する敵と前進する味方の様子が映っている。

「ザッカート、味方が優勢だな」
「はい、敵は艦隊を自在に操れぬようです。どうも編成を誤ったようですな」
「上手く騙せたという事か?」
「そのようです」
「旗艦の名前が良かったという事はないか?」
「そうかもしれません。ゲンドゥル、魔力を持つ者という意味ですから」
思わず笑い声が出た。ザッカートも声を合わせて笑う。

ゲンドゥルはノルン級をベースに造られたため改ノルン級と言われている。違いは殆ど無い、側面砲塔や大気圏航行用の大気取り入れ口が隠見式になっただけだ。だがその分だけ防御力は上がっている。ブラウンシュバイク公が口惜しがっていたな。ゲンドゥルは私が旗艦として使っているが二番艦ランドグリーズ、三番艦ヒルドはグライフス、ヴァルテンベルクが旗艦として使っている。

「それにしても門閥貴族というのは評価が低いな」
「宜しいでは有りませんか、その御蔭で敵を騙せました」
「まあそうだが、余り嬉しくは無いぞ、ザッカート」
「ヴァレンシュタイン提督の提案に一番乗り気だったのは侯爵閣下です」
「そうだったか」
今度は苦笑が漏れた。全く、とんでもない男だ。わざと烏合の衆に見せかけて敵を油断させろとは。まともな軍なら有り得ないが門閥貴族の軍なら有り得ると平然と言いおった。

「どうかな、我らだけで勝てるかな?」
ザッカートが笑みを浮かべながら首を横に振った。
「なかなか、そこまで甘くは有りません。押す事は出来ますが打ち破るとなると」
「難しいか」
「はい」
やれやれだ、兵力はこちらが多いのだがな。門閥貴族の評価が低いのも無理は無いか。

「ではあの男が来るのを待つしかないな。今頃はこちらへ急いでいるだろう」
「はい、我々は益々攻撃を強めて敵を防御で手一杯にする必要が有ります」
「そうだな、グライフス、ヴァルテンベルクにも攻撃の手を緩めるなと伝えてくれ」
「はっ」



帝国暦 488年  9月 23日  キフォイザー星域  ワーレン艦隊旗艦 サラマンドル  アウグスト・ザムエル・ワーレン



「敵、攻勢を強めて来ます!」
「総司令部より入電、無理をせず後退せよとの事です!」
「ルッツ艦隊より入電! 我後退す、貴艦隊も後退されたし!」
「了解と伝えろ。参謀長、艦隊を後退させろ」
「はっ」

リッテンハイム侯の艦隊が押してくる。密集隊形だが中央にリッテンハイム侯、右翼にグライフス大将、左翼がヴァルテンベルク大将の様だ。状況は良くない、開戦以来八時間が過ぎたが敵に押される一方だ。艦橋はそれへの対応に追われる声が飛び交っている。

艦隊数で劣勢で兵力でも劣勢なのだから仕方が無い事では有る。痛いな、兵力差も痛いが艦隊数が少ないのはそれ以上に痛い。こちらも三個艦隊有ればもう少し楽に戦えたのだが……。愚痴っても仕方が無い、隙を見て敵を崩す、それに乗じて敵を撃破する。

しかし何処で敵を崩すか、このままでは敵艦隊に為す術も無く押し潰されるだろう……。一度何処かで思い切り艦隊を後退させ敵を引き摺り込む。その場合は俺とルッツ提督二人で退くのではなくどちらか一方のみ退く。敵の艦隊も隊形を崩すだろうし多少は側面が伸びる筈だ、そこをキルヒアイス総司令官に突いてもらう、同時に後退しなかった方は全面攻撃で敵を混乱させる。そういう形で逆撃をかけるしか無いと思うのだが……。

「総司令部より通信が入っています!」
オペレータの声が上がった。また厄介事か、スクリーンに映すように命じるとキルヒアイス総司令官、ルッツ提督が映った。
『厄介な事になりました』
キルヒアイス総司令官の表情が硬い、良くない兆候だ。
『後方から艦艇群が接近しているようです。一万隻を超える大軍だとか』

艦艇群? 一万隻? 艦橋がざわめいた。
「間違いないのですか?」
キルヒアイス総司令官が頷いた。
『してやられました。おそらくは貴族連合でしょう。このままでは前後から挟撃される事になります。その前に前方の敵を叩いて撤退します』
撤退? 出来るのか? ルッツ提督も厳しい表情をしている。

『先ず主砲斉射を三連、全面攻勢に出て敵を怯ませた後、一気に後退します。敵が追って来なければそのまま撤退、追ってくるようであれば私が迂回して側面を突きます。お二人はそれに合わせて反転攻撃、敵を崩しましょう。そしてタイミングを見計らって撤退……』
『……』
「……」
如何する? 良いのか? 上手く行けば良いが上手く行かなければ……。

『時間が有りません、指示に従って下さい』
已むを得ない、時間が無いのは事実だ。ルッツ提督に視線を向けると彼が頷いた。俺も頷き返す。
『分かりました』
「総司令官閣下の指示に従います」

『では全艦に主砲斉射の準備を』
『はっ』
「はっ」
正念場だ、危険ではある、だがここを乗り切れば……。まだ勝負は分からない筈だ。





 
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