魔道戦記リリカルなのはANSUR~Last codE~
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Epico6優しくない世界~The Fate of Rusylion~
†††Sideルシリオン†††
登校初日を何事も無く・・・とは言い切れないが終えることが出来、俺やはやて達は今、スクールバスに乗って帰路に就いている途中。俺たちはバス前方付近の席を陣取り、運転席後方に空いている空間――車椅子乗車スペースに居るはやての周囲の席に俺たちは座っている。
(まさかまた亮介から敵視されるとは。しかも原因もまた同じ恋愛絡みで、相手さえも同じときた)
はやて達の会話に参加することなく、俺は窓から外の景色を眺めながらそう考えていた。どうやって亮介と仲直りにするか。かつての契約では、アイツは俺からシャルを奪おうとして、彼女にアプローチをかけ始めた。
それで気付けば亮介はシャルの性格や物腰に惹かれ始め、本気で彼女を好きになってしまったわけだ。果てには本格的に俺を恋のライバルに認定してくれやがった。まぁそのおかげでいつの間にか怨敵⇒好敵手⇒悪友みたいな間柄に。
(しかし今回はそんな手は使えないよな。・・・むぅ。シャルにならどれだけ手を出しても構わないが、はやてに手を出されたら割と本気でこっちもキレそうだ)
ここはやはり亮介の早とちりを修正するのが一番か。刀梅とくっ付けてしまえば万事解決だろう。とまぁ、別段深刻に悩むような問題じゃないと考えを下し、はやて達の会話に耳を傾けることにした。話題は、リインフォースⅡのロールアウトがいつなのか、というものだった。
「あと4日くらいかなぁ。ミミルさんに全部任せてれば先月の半ばくらいに起こせるはずやったんやけどな、わたしが出しゃばった所為で遅なってしもうた」
「出しゃばったってそんな・・・」
「それは仕方ないんじゃない? だってリインフォースⅡははやてのデバイスで、家族なんだし」
「うんうん。そこはやっぱり他人任せじゃなくて、家主のはやてが参加するべきだったよ」
「アリサちゃんとアリシアちゃんの言う通りだと思うよ、はやてちゃん」
「それにね、はやて。リインフォースが旅立つ前にちゃんと目覚めさせることが出来る。今はそれで良いと思う」
みんなのフォローに、「うん。おおきにな。そう言うてもらえたら楽になった」はやてはそう礼を言って微笑みを見せた。この世界でのはやて達の幸せぶりに、俺は改めて嬉しく思う。先の次元世界ではリインフォースはクリスマスの日に旅立ち、リインフォースⅡと出逢うことはなく、アリサとすずかも魔導師にならなかったため、ここまで魔法関係に深く関わりを持たなかったし。
(このままずっと何十年も仲良くやって行くんだろうなぁ。シャルもまた、守護神としてではなく現在を生きる人間として存在しているし)
「?? どうしたの? ルシル。わたしのこと、ずっと見つめて・・・はっ。とうとうわたしの魅力に気付いて――」
「違う。君たちは本当に仲が良いな、と思っただけだ。そこに男ひとりが紛れていて、少しばかり場違い、肩身が狭い、そんな思いを抱いただけだ」
本音半分・嘘半分。前半は紛れも無い事実。後半は嘘に近い。今さら自分以外が女性だというチームであってもなんら抵抗はない。何故なら「気にしないで良いじゃん。ルシルも外見が女の子だし」アリシアが言ったように俺の外見が女性に近しいもので、さらに何度か性別転換の契約を受けているという笑い話のおかげでもある。そう、全ては今さら。
「でさ、話を変えるけど。シャルやはやて、ルシルは午後どうすんの?」
アリサから午後の予定を聞かれた俺たち特別技能捜査課3人。なのは達はすでにそれぞれ配属される部署の候補生として勤務することになっているため、これから配属部署で仕事だ。
「わたしは一度家に帰ってから、リインフォースと一緒にミミルさんの研究室やな」
時間が許す限りはやてはミッドチルダはサンクト=オルフェンに居を構えるイリュリア技術者ミミルの研究室へ赴き、リインフォースⅡの完成を急いでいる。今日もそのようだ。俺としても、僅かな期間ながらでも構わない、アインスとリインを同じ時で過ごさせてやりたい思いがある。
「わたしは、リンディ提督たちやアリシアと一緒に買い物。日持ちする食材とか買い込むのに手が必要でさ~」
「アースラスタッフは1週間の休暇が始まったばかりだけど、そんなのすぐだからね。時間があるうちにサクッとやるのがハラオウン家流!」
はやて、シャル、それにアリシアと続き、「俺は、・・・俺も本局に用があるから、はやて達と一緒に向かうよ」俺も午後の予定を伝える。俺の研修先はいくつもある。何故なら評議会から受けた指示によって仕事をこなすのが、俺の局員としての役目だからだ。
特に力を入れるよう指示されているのは、内務調査部の調査官になれ、だ。査察・監察・監査、管理局内の不正を調査、正す部署である内務調査部だ。その役割ゆえ、後ろ暗い事をしている連中には良い顔をされない。ならするな、って話なんだが。
(普通、9歳の子供に研修させるような部署じゃないよな)
不正を見つける観察眼、把握力・分析力・総合力と言った情報処理・活用能力が必要となる調査部なのにな。ま、“英知の書庫アルヴィト”の知識を応用すれば問題はないが。それに、下手に戦場に出されるよりはマシだ。魔力消費を抑えることが出来、記憶喪失に悩む必要が無くなる。
「じゃあ一度別れて、スカラボで合流しましょ♪」
アリサからそんな提案が出た。スカラボ――スカリエッティラボの略称だ。第零技術部という堅苦しい名前より愛称っぽくしようというアリシアの提案から決められたものだ。ちなみに技術部長ジェイル・スカリエッティやシスターズの公認で、スカリエッティも使っている。
(先の次元世界とは全くと言っていいほどに別人なんだよな。警戒するのも馬鹿馬鹿しくなるほどの間抜けっぷり)
演技ではないと思う。俺の目が節穴じゃなければ、だけど。今のところは信用してやるさ。信頼はまだお預けで。そこまではまだ出来ない。そう、何かしらの不安が残っているんだ、スカリエッティへの信用を失わせる出来事が在ったような気が。”砕け得ぬ闇事件”の際に、何か・・・。だが、そんな記憶はない。気の所為なのかもしれないが、それで済ませるほど、軽い違和感じゃない。
「・・くん・・・ルシル君!」
「っ? はやて・・・?」
思い耽っていたことではやてに呼ばれているのに気付くのが遅れた。俺の視線を受けたはやてが「着いたよ、バス停。はよ降りやな」僅かな非難と焦りの含まれた声で返した。目線の先には乗降口で、外ではドライバーがスロープを用意している最中だった。
「すまない。それじゃあみんな。本局で」
なのは達に挨拶し、「うん。またね」彼女たちの挨拶を受けながらはやての車椅子を押してスロープを下る。そして走りだすバス――窓から手を振ってくれるなのは達に手を振り返して見送った。
バス停から自宅へと歩く。そんな中、「ルシル君。さっき、刀梅ちゃんや武塔君のこと考えてたん・・・?」はやてがそう訊いてきたため、「その事についてはまぁ、亮介と刀梅をくっ付ければ良いと結論付けた。方法は刀梅と相談だ」と返す。あの子も、仲直りを手伝う、と言っていたし。
「えらく直球やなぁ。けど難しない? 武塔君の片想いかもしれへんのに」
「(先と違ってそうだったら確かにアウトだが・・・)たぶん、刀梅も亮介を少なからずは意識しているとは思う」
「親しい間ってことは見とれば判るけど・・・。うーん・・・」
「ま、ゆっくりやって行こう。急いては事を仕損じる、だよ」
上手くいくまでの間、俺は亮介から敵視されるだろうが、そういうのには慣れ・・・ていることもあってか深刻には捉えていない。ホント、俺の精神はとことん壊れているな。そして俺とはやては自宅へと無事帰宅。2人して「ただいまー!」と挨拶して玄関扉を開ける。
「お帰りなさい、主はやて、ルシル!」
パタパタとスリッパを鳴らして玄関にまで出迎えに来てくれたリインフォース。彼女はすでに局の制服へと着替え終えていて、いつでも出られるように準備万端だった。あとは俺たちだな。
はやてが「わたしらも着替えよか、ルシル君」そう言って自室に向かい始めたから、「ああ」と頷き返して俺も自室へと向かい、局の制服に着替える。着替えを終えた後は、2階の物置に設置したトランスポーターへ。先に着いた俺はシステムを立ち上げる準備をしておく。
「お待たせや、ルシル君」
「こちらも準備を終えたところだから」
こうして俺とはやてとリインフォースは、本局でのチーム海鳴集合場所――スカラボへと直通転送。転送時に生まれる発光に僅かに目を閉じ、次に生まれる浮遊感に身を委ね、気が付けばそこはすでにスカラボのトランスポータールーム。
「はやて君、ルシリオン君、騎士リインフォース!」
転送された直後、俺たちの名前を呼びながらスカリエッティ、そして彼に付き従うようなに秘書であるウーノが側へ駆け寄って来た。その焦り様にはやてが「どないしました・・・?」困惑気味に返した。
「確か、君と騎士リインフォースは休みだったね?」
「えっ、あ、はい。そうですけど・・・」
「ならば、今からウスティオに向かうといい」
「「「???」」」
スカリエッティのその言葉の意味が解らずに小首を傾げていると≪PiPiPi≫と、はやて宛に通信が入ったことを報せるコールが鳴った。スカリエッティが「おそらく出れば判るだろう」深刻そうな声色で告げた。
「・・・はい。特別技能捜査課、八神はやてです」
『はやてちゃん!? シャマルです! 今どちらに居ますか!?』
今にも泣きそうな表情を浮かべたシャマルからの通信だった。その様子に、俺たちの知人の身に何かが起きたんだと一瞬にして悟った。シャマルの様子に絶句しているはやてに代わり、「何があった?」俺が訊ねてみた。
『シグナムとヴィータちゃんが所属してる部隊が撃墜されたって話が来たんです!』
それは信じられない話だった。シグナムとヴィータの撃墜なんてこと、すぐには信じられなかった。だが、「私もそれを伝えたかったんだよ」スカリエッティがそう話を切り出した。第14管理世界ウスティオで行われた2個航空武装隊の演習。シグナムとヴィータが所属している第2212航空隊も参加することは俺たちも聞いていた。
その午前中の演習後、中央区ディレクタスはグレースケレ湖の湖底遺跡のさらに地下からロストロギアと思われる巨人が出現し、2個航空隊、戦技教導隊2班長、その当時湖底遺跡でまた別のロストロギアを発掘していたスクライア一族・機動一課の空戦班が、その巨人によって全滅させられたのだと。
『詳しくは聞かされていないのですけど、ウスティオ地上本部から医務局へ応援要請がありまして、私も参加することになりました! あの、ですから――』
「わたしも付いて行ってええか!? 家族がそんな事になってるんなら、わたしも行かなアカンから!」
『はい、お願いします! シグナムとヴィータちゃんも、はやてちゃんのお声を聴きたいと思いますから!』
そういうわけではやてとリインフォースは、医務局から派遣される応援チームに付いてウスティオへと向かうことになった。残念ながら俺はスケジュール的に本局を空けることが出来ないから居残りだ。
「はやて、リインフォース、すまないな」
「ううん。ルシル君は仕事やもん。・・・行って来る!」
「お前は、お前の務めを果たせばいい」
「トーレ。はやて君たちは急ぎだ。手伝ってあげたまえ」
「はい。では行きましょうか」
リインフォースがはやてを横抱きに抱え上げ、トーレが折り畳んだ車椅子を脇に抱え、ダッシュでトランスポーターホールへ向かって駆けだした。3人の背中を見送った後、「ドクター。ウスティオの一件をどこで?」そう問うた。スカラボは基本的に局の仕事に不干渉だ。ゆえに情報が入ることも無い。入るとすれば、シスターズ経由だが・・・。
「うちのクアットロも教育隊としてウスティオの本部に居たのだよ。あの娘も見ていたようでね。あの娘から送られてきた映像の中に、騎士シグナムと騎士ヴィータの姿を確認してね・・・」
「(それはちょうどいい)見せて頂いても・・・?」
「ああ、構わないよ。ウーノ」
「はい、ドクター。クアットロから送られてきた映像がこちらになります」
ウーノが空間キーボードを操作し、俺の前方にモニターを1枚と展開した。僅かなノイズが走った後、クアットロ視点の映像が始まった。どこかの一室のようで、教育隊の教官として授業を行っている最中らしい。
『あら? あの子たちは確か・・・機動一課の・・・』
クアットロの声でそう聞こえた。クアットロの視線が渦から空へ向く。しかし遠目ゆえに誰かは判別できないが、10数人単位で空戦を広げている様子が見えた。しかしその不都合は解消される。流石は戦闘機人と言うか、小さくて認識できなかった空戦を行っている連中の姿をズームアップさせることで視認。戦っていたのはフィレスら一課員と、ロストロギアを狙ってやって来たのかリンドヴルムの私兵隊だった。
(しかし強いな、フィレス)
フィレスの騎士としての戦闘能力は、ロストロギアを武装しているリンドヴルムの私兵をも圧倒し、次々と撃墜していき、他の隊員がバインドで捕獲していく。とそんな時、『地震!?』突如としてグラグラと映像が揺れ始めた。揺れ具合から震度5~6くらいか。しかしそれでも授業を受けている局員は悲鳴を上げることなく、冷静に椅子から降りてしゃがみ込んだ。
『グレースケレ湖が・・・!』
1人の局員の驚愕の声が教室内に響き、揺れが収まると同時にクアットロや局員たちが窓へと近づき、窓から眺めることの出来るグレースケレ湖を見た。湖面には直径100mほどの大渦が発生していた。そしてそれは起きた。渦の中心より青白い光線が放たれ、リンドヴルム残党狩りを行っていたフィレスら一課員を呑み込んだ。
「なんてことだ・・・!」
機動一課が撃墜されたというのはこういう事か。それを切っ掛けとしたように私兵隊を捕縛していたバインドが消え、撤退することなくその場に留まる。何故逃げないのか。その理由はすぐに判った。渦の中心、砲撃を放った主がその姿を現した。
「っ!!」
目を疑った。渦より姿を現したのはプレートアーマー姿の巨人。知っている。戦ったこともある。
(Automatic operation Magic use Tactics attack Intelligent battle System・・・A.M.T.I.S.。タイプは広域砲撃戦型アーティラリー。あんな物まで残って、しかも動いているのか・・・!)
両手を握り拳にする。まただ。また、俺たちの時代の遺物が現代を荒らすのか。過去が現在を侵す。この世界特有で起きる現象だ。クアットロの目を通してアムティスとシグナムら2212航空隊、1013航空隊、さらに2個戦技教導隊の戦闘を見守る。
「何なのだろうねぇ、この巨人は。あれほどの巨体を支えられるだけの構造。魔力砲に似て非なる砲撃。ストライカーやエースクラスの攻撃を四方八方から浴びても堪えないその防御力。今すぐにでも実物を解体して調べ尽くしたいものだよ」
スカリエッティの話をスルーしながらモニターを眺め続けていると、地上本部内に流される首都航空隊や戦闘可能な局員へのスクランブル要請を伝える放送が流れた。クアットロも自主的に空へ上がるようだ。教室を出、廊下を駆けている最中・・・
――語り継がれし神の審判――
『きゃぁぁぁぁぁーーーーーっ!!』
雷が落ちた時のような轟音と閃光が生まれ、モニターがしばらく闇に包まれた。
(しかし今のは・・・おそらくアレだろうな・・・)
経験したことがあるものだ。広域殲滅砲撃トルエノス・デ・ラ・トラディオシオン。ヨツンヘイム語で、伝承の雷、という意味を持つ、タイプ・アーティラリーの基本兵装の1つだ。その意味の通り、雷撃のような枝分かれする拡散砲撃を放つ。メリットは広範囲に拡がる砲撃ゆえに囲まれた際には役立つ。デメリットは、ロックオン機能が無いため、狙った相手に当てることが出来ないこと。
『今のは・・・?』
モニターが正常に戻る。それはつまりクアットロの視覚機能が元に戻ったことを意味する。彼女は衝撃で倒れ伏していたようで、最初に映ったのは床だった。頭を振っているのかモニターの映像も左右に揺れる。それでもクアットロは立ち上って再び廊下を駆け、エントランスを通り、外へ出た。外ではすでに十数人と空へ上がる準備をしていた。
『お先に失礼しま~す❤』
クアットロは外に出て早々に空へと上がり、巨人の元へ翔け出した。ズームされる映像に撃墜されたと思われたフィレス、そしてセレスが映り込んだ。しかも使っているのはヨツンヘイム式の氷雪系魔術。それにはもちろん驚いたが、今はそれに気を取られていられない。
――轟風暴波――
カローラ姉妹の容赦ない攻撃によって身動きが取れなくなり始めたアムティス。このまま押し切るのか、と思ったところでアムティスの頭上に広がる雲海より湖面へと向けて流れてきた爆風。アムティスと戦っていた隊員たちを吹き飛ばし、そしてクアットロをも呑み込んだ。ここで映像がプツンと途切れた。
「ドクター。クアットロは・・・?」
「無事さ。私の娘たちは頑丈からね。今ドゥーエとチンクに迎えに行ってもらっているよ」
「そう・・・か。ありがとう、ドクター、ウーノ。見せてくれて。俺、少し用事が出来たから、あとから来るなのは達に――」
「構わないよ。私から伝えておこう」
ドクターに頭を下げ、俺はスカラボを後にする。目指すのは、「リアンシェルト・・・!」俺とシェフィの娘、リアンシェルトの居るであろう運用部オフィス。もしくは、最高評議会のところか。虱潰しに捜してくれる。
まずは運用部のオフィスだ。各部署のオフィスが集中している本局セントラルタワーはエレベーターホールに向かい、そこのエレベーターに乗って上層階へ。そして運用部オフィスの在る階で降りる。
「あら? ルシル君・・・? 今日は捜査課の仕事は休みよね」
「こんにちは、ガアプ課長。それでは」
エレベータールホールを出ようとしていたところ、俺たち八神家とシャルが世話になっている特別技能捜査課の課長、クー・ガアプ一等空佐とバッタリ会った。俺は小さく会釈して、ガアプ課長の側を通り抜けようとした。
「待ちなさい」
「何でしょうか?」
制止の声と一緒に俺の左腕を掴んで来たガアプ課長に振り返る。ガアプ課長が「どこへ行く気です?」俺の行き先を訊ねてきたから、「申し訳ないですが教えなければならない理由が解りません」と返す。今は一刻も早くアイツの元へ行きたい。だから邪魔しないでくれ。
「そんなに殺気立っているあなたを素直に行かせるわけにはいかないわ。判っていないようだから教えてあげます。ルシリオン君。今のあなたの顔、酷いわよ。怒りの色いっぱいで、その殺気を向けている相手と会えばそのまま手を掛けそうな程の・・・!」
そう言われた俺は空いている右手で自分の顔に触れる。そして「そこまで酷かったですか?」とぽつりと漏らす。ガアプ課長は「・・・ええ。けど、もう落ち着いた?」俺の左腕を離し、俺の前で身を屈めて俺の目を覗き込んできた。ガアプ課長の済んだ空色の瞳に俺が映っている。少し憔悴しているか。ならさっきまでの俺の顔は、一体どんなものだったんだろう。
「ご迷惑をおかけしました。だけどもう大丈夫です」
暴走しそうだった俺の気を静めてくれたガアプ課長に頭を下げると、彼女は姿勢を直して「ルシリオン君。誰に会いに行こうとしていたの?」不安げな声色で、余り教えたくない事を訊いてきた。言い淀むと「リアンシェルト総部長、かしら・・・?」一発で当てられてしまった。
「・・・・」
「やっぱりそうなのね。・・・初めて出会った時、ルシリオン君、リアンシェルト総部長を前に目を見張っていたでしょう。知り合いなんだってすぐに察せたわ。・・・あの後、総部長にあなたとの関係を訊いてみたけど、知りません、の一点張り。だから勘違いなのかと思っていたけど・・・。ルシリオン君。あなたと総部長は一体どんな――」
「私がなんです?」
「「っ!!?」」
すぐ近くから聞こえた声。気配すらなく、余りにも突然だったために俺とガアプ課長はその場から一足飛びで後退する。先程まで居た場所には局の制服を身に纏ったリアンシェルトが佇んでいた。
「リ、リアンシェルト総部長・・・? 驚かせないでください」
「私の名前が聞こえたからどんな噂話でもしているのかと思って。それで? 私がなんなのです?」
涼しい顔で俺とガアプ課長を見るリアンシェルト。俺はそんなあの娘に「久しぶりです、リアンシェルト准将。個人的にお話ししたいことがあります。お時間を頂きたいのですが」そう告げる。リアンシェルトは「いいですよ。私の執務室に来なさい」そう言って踵を返しエレベーターホールの外へと歩き出したため、「ありがとうございます」俺も続く。
「ルシリオン君!」
「ガアプ課長。失礼します!」
制止の意味を含んだガアプ課長からの呼びかけに俺は一礼で返す。ガアプ課長からリアンシェルトの背中へと視線を戻すその最中、不安に満ちたガアプ課長の表情を横目で見えた。そして俺とリアンシェルトは廊下を進み、運用部オフィスに到着。複数の課を有する部署の為、オフィスもまたとんでもなく大きい。
「お疲れ様です、総部長」
「休憩からもう戻られたんですか?」
オフィス内を通っていると、運用部所属の局員から次々と挨拶を受けるリアンシェルト。尊敬されているのは確かなようだ。父としては嬉しい。娘が慕われている姿を見られたのは本当に。だが、俺とリアンシェルトの現状が素直に喜ぶことを許さない。
「彼と少し個人的な話をするから、部長室には立ち入らないように」
そうして俺は、運用部オフィスの奥にある総部長執務室へと通された。10畳ほどの個室で、執務デスクが上座にあり、椅子の後ろと左右の壁には天井に届く本棚が3架。それだけだ。リアンシェルトはコツコツと靴音を鳴らしながらデスクを回り込み、「それで神器王、話とは?」椅子へ座った。
「第14管理世界ウスティオにてアムティスが発掘された。タイプはアーティラリー」
「そうですか。また随分な骨董品が見つかったものですね。あ、ちなみに私は関与していませんよ」
リアンシェルトは頬杖をついた姿勢を取り、そう言って俺を真っ直ぐ見詰めた。落ち着いていた感情がまた乱れそうになるのを自覚した。グッと握り拳を作り「アムティスが戦闘行動を取り、俺の家族や友人、航空隊員を撃墜した・・・!」続ける。
「そうですか。それはまた運が悪かったですね」
「っ!・・・起動したばかりのおかげか本来の出力が出せなかったようだ、フィレスが無事なのが良い証拠だ」
アムティスの攻撃力はもっと高い。指先から放たれる砲撃、ラージョ・デ・シエロの直撃を受けてすぐに戦場に戻れるわけがない。フィレスがピンピンしているところを見ると、最大出力が出せていないということだ。
「良かったですね。知り合いが亡くならなくて」
「・・・そして! 最後の最後! 家族たちを襲った爆風! アレはシュヴァリエルの轟風暴波だ! 俺に放つならともかく、普通の局員に放ちやがった! 魔力付加していないからただの爆風だったが、一歩間違えば大殺戮だ!! ふざけるなっ! 狙うなら俺だけにしろ、襲うなら俺だけにしろ、殺すなら俺だけにしろっ!!」
バァン!とデスクに両手を叩きつけてリアンシェルトを睨みつける。そして「目的は何なんだ! こんな回りくどい真似をして! サッサと俺を殺しに来ればいいだろう!!」魔力付加した左拳を振り上げ、リアンシェルトの右頬を殴った。しかしリアンシェルトの首はピクリとも動くことはなく、「ぅぐ・・・!」俺の左拳にダメージが返って来た。
「他のエグリゴリの動向など知りません。各々が好きに活動しています。人間に関わるのも単なる気まぐれに過ぎません。現状に飽きて、殺す気になったらあなたを殺しに来るでしょう。それまではどうぞお好きに過ごしてください、神器王。全ては、時が来れば、ですよ」
俺に殴られた、腫れるどころか赤くもなっていない右頬を小さく撫でながらリアンシェルトはそう言い放った。俺の今の生活は、“堕天使エグリゴリ”の気まぐれの中で得られているものなのだ、と。そして話はこれで終わりだと言うようにリアンシェルトが仕事を始めた。
「・・・俺は負けない。お前たちの為にも、俺の為にも、家族や友、仲間の為にも・・・! 失礼します、リアンシェルト准将」
一礼し、踵を返して執務室を後にしようとしたら、「再誕神話に関する資料は全てこちらに移しました。まだ知られたくないでしょう? あなたの正体を」リアンシェルトがそう言った。振り返ると、あの娘は自分の背後にある本棚に指を差していた。アムティスの装甲には型式番号や名前が記されているのは知っている。万が一、それを見た局員が調査すれば、俺やステアの名も記された再誕神話に行き着くだろう。確かにそれはまだ遠慮したい。
「・・・優しいか厳しいか、どちらかにしてくれよ・・・」
「何か言いましたか?」
「いいや。ではな、リアンシェルト。いつか必ずお前も救ってみせる」
「・・・・そうですか」
小さな声で返事をしたリアンシェルトに背を向けて執務室を出、そのまま運用部オフィスを出る。そして近くの休憩所へと入り、誰も居ないことを確認してから壁をガツンと殴った。壁に傷は付かず、痛みだけが俺の左拳に返って来た。
「くそ・・・」
ベンチへと座って両手で顔を覆って俯き、大きく溜息を吐く。と、≪PiPiPi≫通信コールが入った。俺の面前に展開したモニターを操作して通信を繋げる。
『ルシル君? はやてです。今時間ええかな?』
「あ、ああ・・・うん、大丈夫。その安堵の顔からして、シグナムとヴィータは大丈夫そうだな」
通信を入れてきたのははやてだった。少し目が赤いところを見ると泣いてしまったようだが、表情は穏やかだ。だからシグナムとヴィータは無事だと確信した。もし2人の身に何かあればもっと悲痛な表情・・・というよりは、はやてではなくリインフォースかシャマルから通信が入るだろう。
『うん。シグナムもヴィータも無事やよ』
『ルシリオン。シグナムだ。心配を掛けてしまったようだな。すまない。だが私は無事だ』
『おう、ルシル。あたしも問題ねぇよ』
頭やら腕に包帯を巻き、頬に大きな絆創膏を貼ったシグナムとヴィータがはやての両側から顔を覗かせた。血色も良いようだし、本当に無事なんだと判った。
『それとな。フィレスさんとセレスちゃんも居って・・・。けど、2人や他の隊員さん達もみんななんとか無事やって』
「そうか。良かったよ」
死者が出なかった。それだけが救いだ。はやてとリインフォースはこのままシグナムとヴィータに付き添うそうだ。最後に『ルシル君。研修、頑張ってな』はやてからの応援を聴き、通信を切った。
「問題は山積みだが、それでもまだ取り返しの付かない事態には至っていない。・・・大丈夫、大丈夫だ・・・」
そして俺は、遅刻確定となっている内務調査部への研修を受けるために、「行きますか」調査部オフィスへ向かうことにした。
後書き
ブオン・ジョルノ。ブオナ・セラ。
今話でやっと初日を終えたという、あまりにも前進していないエピソードⅢ。次話は一応、日常編の予定です。
週一投稿ということですが、不定期更新へと変更させていただきます。執筆を終えたら即投稿。そうすることで余所見(積みゲーや積み本への意識散漫)が減り、執筆活動に集中できますので。
ですが、次話は遅くなるかもです。22日に「テイルズオブゼスティリア」が発売され、プレイしたいからです。申し訳ないです。
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