空の騎士達
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第二章
第二章
「何かの話がな」
「そうか。それじゃあ」
「ああ。それまで待てばいいさ」
「他の面子にも話しておくか?」
「いや、それには及ばんさ」
それは止めてきた。
「どうせな。すぐだ」
「すぐか」
「どっしりとしてればいいさ。それで最後の出撃に向かえばいいさ」
今の戦況では本当に最後になるかも知れない。その危惧の中で話をしていた。実際にそのジェット機の燃料もあと一回出撃できるかどうかといった有様であったからだ。ドイツはそこまで追い詰められていたのだ。
「じゃあ飲みに行くか」
「飲むのか」
「ああ。嫌なのか?」
「いや」
その言葉に首を横に振る。
「何かな。気分を晴らしたくなった」
彼は述べた。
「きつい酒がいいな。すぐに酔えるのがいい」
「ビールじゃなくてか」
「もうビールはあまりないだろ」
敗戦が続き物資が不足してきたのだ。それがわかっているからこその言葉だった。まずなくなっていくのはそうした嗜好品からだ。当然の成り行きであった。
「あるのでいい」
「さもしいね、何か」
「飲めるだけまだましだろ」
今度はアルトマンが冷めた目になっていた。
「今の状況じゃ」
「それは俺の言葉だぜ」
「ああ、そうか」
応えても何処か虚ろであった。
「まあいいじゃないか。それじゃあ行こう」
「そうだな。あるのを適当にな」
「ああ」
二人は席を立った。そしてその足で基地にあるバーに向かうのであった。
バーにいる人間はまばらであった。敗北間近の御時世のせいか飲んでいる者もかなり酷い飲み方をしていた。見ればその飲んでいる連中は彼等の同僚であった。
「よお」
「よおって御前」
アルトマンはその赤い鼻の男に顔を向けてすぐに苦い表情になった。そこにいるのはこの基地のパイロットの一人エクゼル=ハイトゥングであったのだ。彼も階級は同じでやはり歴戦のエースである。歴戦のエースがバーで飲んだくれていたのだ。
「何だ、そんなに酔って」
「酔ってちゃ悪いのか?俺が」
彼は真っ赤な顔を向けて彼にそう言ってきた。
「たまには俺だって飲みたくはなるさ」
「そうか」
「ああ」
普段彼は殆ど飲まない。その彼が泥酔している。やはりそれだけ今が酷い有様ということなのである。
「で、何飲んでるんだよ」
「適当にな」
ブラウベルグに答えた。
「飲んでるさ」
「そうか」
「ああ、クルーデンやホルゼナッハも一緒だぜ」
「あいつ等は何処だ?」
「ん!?ああ」
見れば床に二人転がっていた。赤毛の男と小柄な男がである。
「そこに」
「何なんだよ、この有り様は」
「何かな。話してるうちに飲みたくなってな」
ハイトゥングは語る。
「それでだよ」
「滅茶苦茶だな、何か」
「別にいいだろ。今日は何もなかったしな」
「まあな」
ブラウベルグがそれに答える。
「今日はな」
「けれどよ」
アルトマンがここで言った。
「もうすぐそこに来てるぜ。わかってるよな」
「イワンがだろ」
「ああ、そうだ」
ハイトゥングに深刻な顔と共に答えた。
「その通りだ。ここにも遂にな」
「難儀なものだな。数年前はこっちがモスクワまで来ていたってのにな」
何か色々なものを入れたジョッキの中のものを口に含んでから言う。
「それがどうだ。今じゃベルリンだってやばいぜ」
「やばいってものじゃないだろ」
ブラウベルグはあのシニカルな笑みをまた浮かべて述べてきた。
「もう終わりさ」
「終わりか」
ハイトゥングはその言葉を聞いて手を止めてしまった。ジョッキの中の酒が空しく波を作ったがそれはすぐに収まった。まるで彼等の話を聞くかのように。
「ベルリンに聞こえてるらしいぜ。パイプオルガンの音が」
「スターリンのあれだな」
「そうさ、まるでレクイエムみたいにな」
ロシア軍のロケット掃射の音である。そのあまりの攻撃の激しさにドイツ軍の将兵達はその攻撃をスターリンのパイプオルガンと呼んでいたのである。
「派手にやってるらしいぜ」
「神様は信じないんだろ、奴等は」
ハイトゥングは言う。それでどうしてレクイエムなのだと。
「それはそれ、これはこれらしいな」
ブラウベルグはそう言い返す。
「俺達を地獄に送る為に奏でてくれてるんだろうさ」
「いらねえな、そんなお節介は」
「まあな」
誰もそんなものは欲しくもない。答えは決まっていた。
「しかしベルリンもそうだとな」
「今あそこは修羅場だろうな」
「じきにここもこうなるぜ」
ブラウベルグはまたシニカルな言葉を口にした。
「イワン共がもうすぐ側だぜ」
「それで陸軍が必死に戦ってるんだな」
ハイトゥングは述べた。
「国民を一人でも多く後ろに逃がす為に」
「そういうことだ。あいつ等の方がましだろ」
ブラウベルグはここであいつ等と誰かのことを口にした。
「まだな」
「程度の問題だろうがな」
アルトマンの声は実に苦いものだった。
「ヤンキー共も大概なものだぜ」
「それでもポリシェヴィキのイワン共よりましさ」
ブラウベルグはそう言う。
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