IS インフィニット・ストラトス~普通と平和を目指した果てに…………~
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number-24
「いつまで続けるんだ、こんなこと。何度も言っているように俺の口から話せることは一つもない。諦めて束にでも聞け」
「お前も強情だな……。まあ、いい。束がお前と一緒であるなら聞かれたことに答えると言っているからな、連れて来るぞ」
「好きにしろ。そんなことを俺に聞かれても困るだけだ」
亡国機業襲撃から数日。蓮はいまだに取り調べを受けていた。理由としては、蓮が取り調べに非協力的なだけである。黙秘権を行使して一向に何も喋ろうとしなかった。
もう何日か経っているため、今日は平日なのだがこうして取り調べを受けていた。千冬も決して暇ではない人だが、何度もくることから空き時間はこうして蓮から何かを聞き出そうとしているのだろう。昨日までは徒労に終わっていたが、今日は束が話してくれるとのことでようやく知りたいことを知ることが出来るといったところだろうか。
蓮は千冬が束を連れてくる間、改めて自分がいる部屋を見渡した。
六畳ほどの部屋に窓とドアが一つ。部屋の真ん中には大き目の机が置かれて、その周りには椅子も何脚か置かれている。蓮は入口から一番遠い椅子に座らされている。机を挟んで向かいの椅子に先程まで千冬が座っていた。そして入り口のすぐそばにはもう一つ小さめの机と椅子のワンセットが置かれていて、そこには真耶が何かを書き続けていた。おそらくこの取り調べで話したことだろう。その机の上にはボイスレコーダーも置いてある。さらに教師があと二人壁に寄りかかりながら取り調べを聞いていた。
まるで刑事ドラマでよく見る取調室にそっくりだった。こんなのでいいのだろうか? 別に構わないからこんなにもそっくりに似せているのかもしれない。
―――――違和感を感じる。
いつも身に着けていた新星黒天の待機形態。それがないため、違和感しか感じない。さらには持ち物検査もされた。何も持っていないと言ったのに、調べつくされた。
完全な非武装状態に加えておそらくいつでも展開できるように訓練用であるが、ISを持っているのだろう。寄りかかっている教師二人がいる。こんな完全な監視体制。どこの凶悪犯罪者なのだろうか。
◯
「あっ! れんくーん!!」
取調室に入ってきた束が蓮を見つけると真っ先に駆け寄る。たった数日会えないだけでこれである。いやこれが束と思えば納得できる。束は蓮さえいればいいのだ。逆に言えば、蓮がいなくては何もできないのだ。
「早速だがいろいろ聞いてもいいか?」
「……分かったよ。何よりも私自身がそういったんだからね。約束は守るよ。それで? 何が聞きたいのかな?」
決して自分から言おうとしない。これが束のせめてでもの抵抗なのだろうか。いや、それなら話すことを拒否すればいいだけである。何を考えているのかさっぱりわからないのは千冬。蓮は何も話さないと態度で示した。頬杖をつき横の壁をなんとなく見ている。
千冬としては自分から話してほしかったが、どちらにせよ結果的には話してくれるのだから問題はなかった。
「聞きたいことはたくさんあるのだが……一つずつ聞いていくとしようか。どうして亡国機業なんかにいたんだ? 特に束の性格なら誰かの下につくのは嫌がるだろうに」
「そんなのは知らないよ。ただわたしはれんくんがいたから入っただけであって、そんな組織には明確には自分から入ったとは言えないよ。……でも、しいて言うなら私の目的とほとんど変わらなかったからと言っておくよ」
釈然としない。できれば蓮からも聞きたいのだが、相変わらず蓮はどこかを見ている。束もこれ以上はこの話題については何も言わないと言わんばかりに口を瞑んでいた。
今一どころかかなり納得できないのだが、それでも無理やりその少ない言葉で理解するしかない。いつものことだが束の相手は疲れる。その上蓮と来ている。いつものストレスを軽く超えてストレスが襲ってくる。……胃に穴が開きそうだ。
「次に行こう。……そもそも、束と蓮はいつから会っていたんだ? 最初からそんなに仲が良かったのか?」
「いつから、はさして問題じゃないよ。……私はね、今でこそこんなにれんくんにくっ付いているけど、最初はれんくんのことが大嫌いだったんだ。小さいころから天才だったれんくんを殺したいと感じてしまうほど嫌いだった。でも、ふとしたことがきっかけで私はれんくんのことが大好きになった。私のすべてをあげたよ。そうまでしても私はまだ足りない、そう思っちゃうんだ」
同族嫌悪。
天才であった束が天才を認めるとは思わなかったが、直観的に頭の中を過ぎった。
天才であるがゆえに孤独だった二人。そんな二人が惹かれあうのは当然のことなのかもしれない。束は明らかに蓮に依存している。千冬はこんな束を見るのは初めてだった。
自分の知らない彼女の姿に千冬は何とも言えなくなった。少し変わる表情の中に感じる妖艶な雰囲気。本当に束は蓮にすべてを捧げたのだろうか。ずっとさっきからそればかり気になってしまう。
「……恐らく最後の質問だ。束、お前は亡国機業にいて何をしようとしていた? 何が目的だった?」
「…………。ハアッ…………やれやれずいぶんと今更な質問をするんだね、ちーちゃん。本当に私の幼馴染なの? もしそうならやっぱり正解だったよ」
「何っ……? 何のことだ、束。一体何のことを言っている」
「べぇつにぃ~? なんでもないよぉ~。……話を戻すけど、私の目的は今も昔も変わらない。ずっとずっとずぅっと変わらないんだ」
彼女は目的は話さなかった。けれども、昔からずっと変わらないと言った。千冬にとって束はISで宇宙に行きたかっただけ。そんなただの少女だった。ちょっと特殊な女の子だったはずなのに、いつの間にかこんなにも変わってしまっていた。過去にばかり囚われて今を見ていなかった。未来を見ていなかった。痛いほど感じさせられた。痛感させられた。
取り敢えず、今はこの場所から逃げ出したかった。みんな変わっているのに、自分だけが変わっていない事実から逃げるために。現実逃避。
「御袰衣。お前は基本学園から出ることを禁ずる。勿論例外も存在する。束も学園内にいてくれ。今聞いた話もそうだが、お前たちが亡国機業にいたという事実を公言はできない。そんなことになったら、お前たちの人権なんてものはあってないようなものに成り果ててしまうからな。そうだな……御袰衣はこれまで通り学生として、束は学園のメカニックとしていてくれないか?」
「ふん、分かって言ってるのか。どうせ俺たちに拒否権はないんだ。いいよ、従ってやるよ。大人しく学園の中で繋がれて……いや、何なら学園の狗として働いてもいい」
「えぇー。れんくん専属のメカニックが良かったな。今までもそうだったし。……でも、しょうがないかな。ただし、条件をつけさせてもらうよ」
「……叶えられる範囲なら」
「れんくんと同じ部屋にしてよ。今はたっちゃんと一緒なんでしょ? 別に三人部屋でも構わないかられんくんと同じ部屋にして」
千冬は束の条件を呑んだ。むしろそれぐらいならと見返りが少なくて助かると言わんばかりに声が弾んでいた。まったく現金な女だ。だから男が出来ないんだよぉーと束は内心思う。でも絶対に口にはしない。
私はれんくんとだけいられればいい。あとはいらない。れんくんが好きになっちゃった人とはその幸せを分かち合うだけ。……でも、私だけを見ていてもらいたい。
確約を取り交わすと取調室に二人だけ残されて千冬をはじめとする教師たちは出て行ってしまった。それを待っていたかのように束は蓮に近づく。
先程から一切話していなかった蓮であるが、その表情はどこか陰りのあるものだった。まるで何か思いつめているときにする顔。というよりそのものだった。
そしてそんな彼のちょっとした表情の変化に気付かないわけがない束。彼達は幼いころから一緒にいるのだ。――――そしてこれからも一緒にいるのだろうか。
……失礼、あまりにも当たり前のことを訪ねてしまった。
彼女は彼にあやす様に話しかける。その瞳に愛おしさだけを詰め込んで。
「どうしてそんな顔をしているの?」
「……ん? ああ、いやどうして俺はこんなことしているのだろうか、とな思っちゃってな」
「この世界を根本的に叩き直すため。それが目的だよ。二人で住みやすい所を作るためにこの世の中を変えてしまう、それがこの行動の大元なの」
「む、そうか、そうだよな」
「むう、納得してないね? んーっと……それじゃあこんなのはどうかな?」
なんとなく形だけの目的にも聞こえなくない大袈裟な目的に納得できない蓮に束は縛るために目的を与える。
「私のために生きてよ。私のためだけに生きて。私のために尽くして、あなたのすべてを私に尽くして。私のそばにいて。私のことを守って。私と一緒に歩こう?」
「…………! た、束……。冗談だろ、それ。冗談で言ってるんだろ?」
今まで目を合わせようとしなかった蓮が初めて束と目を合わせた。不安げに揺れる瞳に束は訴えるように蓮の右手を取って自分の左胸に押し付けた。
「なっ……!」
「これが冗談を言う時の鼓動? こんなにドクンドクンなってるんだよ。こんなにドキドキしているんだよ。それなのに、今更あしらうつもり?」
蓮の右手には柔らかい感触と一緒に束の心の音が伝わってくる。感触に顔を若干赤くしたものの、鼓動を聞くとすぐに顔の赤みが引いていった。
ああ、こんなにも自分のことを思ってくれているんだ。こんなにも自分のことを大切だと思ってくれているんだ。こんなにも自分のことを必要としてくれているんだ。そう思うと熱いものが込み上げてくる。……何だか不思議な気分である。
束は蓮の手を胸から話すと正面から蓮に抱きついた。首に手をまわして二人の距離が急速に近づく。容赦なく彼女の胸が押しつけられる。けれども蓮にはそれを楽しもうとする余裕はない。心臓の鼓動がバクバクと張り裂けそうなくらい高鳴っているのが分かる。でも彼女の鼓動も伝わってくる。蓮と同じぐらい強く、大きく、高く鳴っている。
不意に束が目を閉じた。そしてゆっくりと顔を蓮の顔に近づけていく。蓮は動けなかった。
二人の距離が近い。お互いの吐息がお互いの顔にかかるぐらい近くなっている。束は閉じていた目を開くと、恥ずかしそうにはにかむ。その瞬間――――。
「んっ」
――――いったいどれくらいの間そうしていたのだろう。たとえあの時間が僅かでも一瞬でも二人には一分にも十分にも感じられた。
ゆっくりと二人は離れる。依然、抱きついたままであるが。視線を合わせると彼女は顔をほんのりと桜色に染めながら、笑った。
後書き
こんな女性にこんなにも大切に思われていたら、あなたはどうしますか?
私はその優しさにすべてを委ねてしまいそうですね。
――――最も、そんな人が、いれば、の話ですけどね?
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