不死の兵隊
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第四章
第四章
「そこに大きな違いがある。卿は軍人として彼等を惜しいと思うな」
「はい」
ロシュフォールは素直にそれを認めた。その証拠に頭を垂れた。
「その通りでございます」
「武人として認めたうえでだな」
「確かに対立する立場にありますが立派な者達です」
それが彼の三銃士に対する評価であった。
「彼等がいなくては張り合いも何もあったものではありませんし」
「卿はその考えであるべきだ」
「有り難うございます」
「だが私は」
リシュリューは自分の言葉に移った。
「フランスの宰相だ。その立場から見れば」
「才が惜しいのですか」
「彼等の力はまだまだ必要だ」
それがリシュリューの考えであった。
「これからもな。だから生きてもらわなければ困るのだ」
「そういうことですか」
「それにだ」
彼はさらに言うのであった。
「フランスはこの戦争に勝たなくてはならない」
「この戦争に」
「ハプスブルク家を抑える格好の場面だ。ここで勝てれば」
「後の我が国の栄光は」
「思いのままだ。イングランドも今は足元がぐらつきだしている」
フランスは常に神聖ローマ帝国、イングランドと対立してきた。その両者を抑えて欧州の覇権を握ることが彼等の望みなのだが二つの敵を同時に抱えてきた為にそれは容易ではなかった。しかし今はそれが果たせる絶好の機会であったのだ。あくまでフランスにとっては、だが。
「今ここでやっておきたい」
「それだからこそ」
「彼等の力が必要なのだ。いいな」
「はっ」
ロシュフォールはその言葉に対して一礼する。それからまた述べる。
「それでは準備が整い次第」
「うむ、輸送させよう」
こうしてリシュリューはフランスの為にアトス達を救うことにしたのであった。その間アトス達は為す術もなく逃げ回っていた。しそうして遂にこれ以上の撤退は戦略的に支障が出る状況にまで追い込まれたのであった。
「ハプスブルク家の奴等の高笑いが聞こえてくるぞ」
野営地において。ポルトスはアトスとアラミスに対して言った。彼等はテントの中で粗末な酒と干し肉を食べている。それが彼等の夕食であった。兵士達と同じものを口にしているのであった。
「何もせずとも敵が逃げていくとな」
「だが仕方がない」
アラミスの言葉は諦めのものであった。うなだれて首を横に振るのが何よりの証であった。
「死ぬことのない者達と戦ってもな。何にもならない」
「その通りだ」
アトスもまたアラミスと同じ顔でポルトスに述べた。
「だがこれ以上の撤退は戦略的に支障が出る。これ以上はな」
「しかしだ」
ポルトスがここでまた言う。
「どうすればいいんだ?戦ってもこちらが損害を出すだけだ。大砲で吹き飛ばしても身体が向かって来てそれで結局は奴等に捕まって」
殺される。そういうことだったのだ。
「俺達は何もすることができない。何もな」
「それについてだが」
アラミスがここで言った。
「補給物資が本国から来るぞ」
「明日な」
アトスも言う。
「それで何とかできるそうだ」
「そう言って何度同じ言葉を聞いたか」
ポルトスは不満を露わにしてこう述べた。
「けれど全部駄目だったな。斬ろうが撃とうが」
「次もそうだと言いたいんだな」
「あの枢機卿殿だ」
当然ながら彼もリシュリューが嫌いだ。そもそも国王直属の彼等が彼と仲のいい筈がない。
「俺達がここで死んでくれればいいと思っているのかもな」
「そうでないことはわかっていると思うが」
しかしここでアトスが言う。
「確かにいけ好かない御仁だがそうしたことをするような方でもない」
「そうだな」
アラミスもアトスのその言葉に頷いた。
「だとしたらとっくの昔に見捨てられているぞ。補給もなしにな」
「それはわかっているが」
それでもだ。やはりリシュリューが好きでないのだ。ポルトスはそれがわかっていて複雑な顔になった。
「だとしたらここは枢機卿殿を信じよう」
アトスは話を纏めてこう述べた。
「三日後その受け取った武器で戦いを挑む。それで無理だったならば」
「フランス本国へ撤退か」
「そうだ。それでいいな」
「うむ」
「それで行こう」
こうしておおよその方針は決まった。しかし自信がないのは変わらない。三銃士もこれで話が終わるとは思っていなかった。だがそれでもそうするしかなかったのであった。
補給物資を受け取った。三銃士はその物資を見てまずは顔を顰めさせた。
「何だ、これは」
「これは一体」
武器を見てそれぞれ言う。その武器は普通ではなかったのだ。
「これは聖書の文字だな」
「しかも十字架まで描かれている」
そうなのだった。武器や弾薬にそれぞれ聖書の言葉や十字架が刻み込まれていたのだ。彼等はそれを見て目を顰めさせたのである。
「何のつもりなんだ」
「こんなことをして」
「アラミス」
アトスは三銃士の参謀格であるアラミスに問うた。
「どういうことかわかるか」
「いや」
だが彼は残念そうに首を横に振るだけであった。その手にその武器や弾薬を持ちながら。
「私にもわからない。これは一体」
「とにかくこれを使って奴等の相手をすればいいんだよな」
「それは間違いない」
アトスはポルトスにこう答えた。
「それだけはな」
「わかった。じゃあそれでいい」
ポルトスはそれで納得した。
「駄目で元々だ。それならな」
「そうだな。どちらにしろこのままでは何にもならない」
アラミスもポルトスの言葉に頷いた。
「やられる前にだ」
「そういうことだ」
「よし、では全員にこれを配るぞ」
アトスの決断は早かった。何はともあれこれで戦うしかない。だとすればああだこうだと文句を言っても仕方がないことがわかっているからである。
「そうしてあの兵達を倒す」
「よし、じゃあやるか」
「この文字や十字架を信じてな」
ポルトスとアラミスはそれぞれ応える。アラミスはその間に自分が持っている剣に刻まれている文字を見た。そこには悪を倒せといったような言葉が書かれていた。
二日後アトス達が率いるフランス軍は不死の兵達と対峙していた。まずはフランス軍が攻撃を仕掛けたのであった。
「いいか」
その直前にアトスは部下達に対して声をかけた。
「陛下からお受けした武器や弾丸で向かうぞ」
「はい」
「わかっております」
兵達はそうアトスに対して答える。その言葉も度重なる敗戦で疲弊した感じである。アトスはそれをすぐに見抜きまずいものを感じていた。
(いかんな、このままでは)
「おい、アトス」
だがここで誰かが声をかけてきたのだった。
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