不死の兵隊
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第三章
第三章
「そろそろ敵の射程です」
「まずいな。すぐにここを退くだ」
アトスはそれを聞いてまた指示を出した。
「速やかにだ。いいな」
「はっ」
「それでは」
彼等もそれに頷く。こうして止むを得なく兵を退けさせる。その後ろには蒼白な顔や骨が見えている身体、あちこちが腐敗してさえいる兵士達がいた。彼等は表情こそないが見るからに恐ろしい得体の知れなさでアトス達に迫っていた。アトス達は彼等の方を振り向かず何とか戦場から去ることができた。しかしこれは彼等にとっては苦い話であった。
「そうか、今回も逃げたか」
「それしかないでしょうな」
またロシュフォールがリシュリューに報告している。報告を受ける方は冷静であったが報告する方はそうではなかった。見るからに忌々しげなものであった。
「気に喰わぬ連中とはいえ気持ちはわかります」
「敵に戦わずして背を向けることがか」
「はい、彼等も私も剣を手にする者です」
ロシュフォールはあえてそこを強調する。
「それでしたらやはり」
「言いたいことはわかっておる」
リシュリューはその彼に対して述べた。
「せめて戦ってだな。しかしだ、それは」
「何の意味もないと」
「戦って意味があるのならば思う存分戦うがいい」
リシュリューはこうも述べた。
「しかしだ。それが何の意味もないならば」
「退けと。そういうことですな」
「大砲で吹き飛ばしても身体の切れ端が向かって来るそうだな」
「はい」
ロシュフォールはリシュリューのその問いにも答えた。
「その通りです。だからこそ何の打つ手もないのです」
「そうであろう。そもそも死んだ者がもう一度死ぬ筈がないのだ」
リシュリューの言葉は素っ気無くすらあった。だがその素っ気無い言葉こそが真実でありどうしようもない現実であった。それは言っている本人も非常によくわかっていることであった。
「戦っても意味がない」
「全くは」
「今はな」
ここでふと口調が変わった。
「まだ備えができてはおらんからな」
「備えといいますと」
「おおよそだがやり方がわかった」
彼は確かな声でロシュフォールに告げた。
「何とかな」
「ではいよいよ」
「うむ、これで大丈夫だ」
どうやらリシュリューはそれを調べ終えたようであった。彼の言葉はある程度の自信があるものであった。
「そうでなければそれこそフランス軍は」
「あの道は通れませんな」
「正直あの道が最もいいのだ」
ドイツ本土へ向かっている最中であり今そこを巡って主にスペイン軍と激しい戦いを演じている。戦場は丁度ベルギーの辺りである。そこで今その不死の兵達と遭遇しているのである。
「だからこそ三銃士の部隊を行かせたが」
「まさかあの様な者達が出るとは」
「世の中時として有り得ないことも起こる」
リシュリューの言葉が哲学めいてきた。彼にしろ枢機卿である。だからこそ今の言葉も似合うと共に説得力のあるものであった。
「それが今なだけだ」
「それで閣下」
ロシュフォールはここでリシュリューに問うた。
「その今を打開する為にも」
「整い次第送らせる」
哲学者から政治家に戻って話をした。
「それでよいな」
「はい。ではそのように」
「準備自体は速やかに終わる」
それがリシュリューの言葉であった。
「それは安心していい」
「ではアトス達は助かりますか」
「その前にあの三人を失うわけにはいかぬ」
これはフランスを預かる者としての言葉であった。確かに彼も三銃士は好きではないがそれ以上にフランスにとって優れた軍人である彼等を失うという事態を恐れたのである。そうした合理的で鋭利な頭脳こそがリシュリューをリシュリューたらしめていたのである。
「そういうことだ」
「それは私と同じことですか」
「だが根本が違うな」
それは認めながらもこう告げる。
「違いますか」
「私は政治家だが卿は軍人だ」
彼が言うのはそこであった。
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