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101番目の哿物語

作者:コバトン
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第十六話。遅咲きの桜

事象の上書き(オーバーライド)?」

「うーんとね、簡単に言うと作家さんになった気分で物語を描くんだよ。
編集とか、添削とか言った方が解るかな?
もし、モンジ君が『物語』を変えるとしたら?
変えたい物語が『メリーさんの人形』というタイトルだったら、どんな物語に変える?
モンジ君はそう言った強いイメージ力を持って物語に干渉する事で物語を改変できる、そう言った能力を秘めているんだよ」

「強いイメージ力を持って?」

「うん。強いイメージ力は人をハーフロアに変えるように、ロアを、あるいは世界をも変える力を持つからね」

強いイメージ力は世界を変える?

「今はまだ解らないと思うけどモンジ君がもしこの先、生き残れたら、私を倒せたら君はハーフロアとして完全に目覚めるかもしれない。
ハーフロアとして完全に目覚める方法があるの。
その方法はまだ教えてあげないけど、もし私を倒せたら……いつか、その方法で君が目覚めたらきっと私が言ったイメージ力については解ると思うよ」

「そうか……」

キリカは笑顔のまま、淡々と話続けた。
話せば話すほど自分が不利になるかもしれないのに……俺が知りたい事を話してくれる。
キリカにとって、『不可能を可能にする男(エネイブル)』の能力は驚異じゃないのか?
それとも何かしら対抗策を持っているのか?
キリカの心意は解らない。
ただ、解る事が一つだけある。
ハーフロアとして完全に目覚める方法があるという事。
キリカはその方法を知っているが俺に教える気はないという事。
ただし……。
まだ(・・)って事は君を倒してその時が来れば教えてくれるんだね。

「モンジ君が知ってる通り、私達ロアはこの世界に存在性をアピールしないと消えてしまう存在だから。
そして、私達ロアはそれぞれの独自性に則ったルール、『物語』的な力に縛られて存在しているの。
その『物語』的な力に強いイメージ力を持って『干渉』して『改変』できる力を持つのが、モンジ君が持つ『不可能を可能にする男(エネイブル)』の力なんだよ」

「そんな事を教えていいのか?」

「うん。さっきも言ったけど8番目のセカイにこの情報は載っているからね。
だから大丈夫だよ!
それに……」

「それに?」

「もうすぐ消えちゃう君に知られても問題ない情報だからね!」

キリカが人差し指を虫に向けると虫達がキリカの隣に集まり、その虫達が一つに集まると巨大な物体へと変化した。
その外見はRPGなどでお馴染みのゴーレムや巨人兵みたいな姿をした化け物だ。

「それにしても、モンジ君は本当に美味しそうだね」

「性的な意味で言ってるのかな?
なら可愛がってあげるよ?」

「ふふっ。そう言う魂も美味しそうだし、いろんな感情も美味しそうだもんね。モンジ君は一人グルメの塊だっ」

「おや?キリカの食事って、精神的なモノなのかな?」

てっきり、キリカが虫達を操って俺の肉体を食べるとばかり思っていたが……精神だけなのか?
なら、命までは奪われない?
そう心の中で安心してキリカを見つめると______

「うん、私が食べるのは精神、魂の方」

「そうか、それなら……」

やはり命までは取られないようだ。
よかった。
そうだよな。いくら魔女でも命は取らないよなー、と思ったが……

「ただ、それで発狂しちゃったり意識をなくしちゃったりした子は、私の可愛いこの子達(赤い虫達)が物理的にムシャムシャーっと食べちゃうんだよ」

その発言でキリカは全く安心出来ない存在という事がよく解った。

「そうか……」

しかし、発狂や意識をなくす、か……。
キリカに精神やら魂を食べられるという行為は、それだけデンジャラスさを含んでいるという事なんだろうか。
精神が耐え切れなくほどの食事。
具体的には解らないが、尋問科(ダキュラス)の問題教師、(つづり)と同じくらい卑劣な事をされるのかもな。
まあ、命を奪わないだけキリカより綴の方がまだマシかもな。

「『人を食べる虫』の都市伝説だったかな?」

「発生は逆だけどね?」

「ん?」

「『魔女ニトゥレスト』が操る蟲は、人を、ロアを、物語を、記憶を食べる。つまり、『人を食べる蟲』っていう都市伝説は、私のサブエピソードみたいなものなんだよ」

人差し指を立てて、もっともらしく語ってくるキリカ。
その様子がいつも色々教えてくれるキリカの教室での姿と重なって見えた。

「なんか、将来の俺は都市伝説マスターになれそうだね。キリカといれば」

「その暁には、都市伝説を全て語り継ぐ者『友達の友達』こと、『FOAF』の称号が手に入るかもね」

「友達の友達……ああ、自分の事だね?」

「そ。千以上の都市伝説を体験したモノに送られる『どんな伝説でも消せない者』の称号。
さて、今のモンジ君は私で何人目なのかな?」

「まだ2人だよ。『8番目のセカイ』のヤシロちゃんも入れれば3人目だけどね」

「あれはプロローグみたいなものだからね。そのDフォンを手に入れてからの、1人目はやっぱり……?」

「黙秘権を行使したいね」

キリカが確認しているのは一之江の事だろう。
多分キリカは、一之江がなんらかのロアかそれに関わる人だという事は掴んでいる。
だが、それがどんなロアなのかは解ってない。

……やはりロアとの戦いは情報戦になるんだな。
より相手の事を知っていれば知っているほど、その抜け道や対抗策が見つかる。
有名であれば有名であるほど、そういう不利も生まれるわけだ。
そういう意味では、『魔女』という存在は不利なのかもな。
様々な物語、童話、神話などで大量に倒されているからな。
だから多くの弱点も存在していたりするのだろう。
多くの弱点を持つから正体を一之江に掴まれる前に、キリカの方から仕掛けたい。
だから利用できそうな俺をすぐには食べずに、情報を吐かせたい。
……そういう事なのだろう。

「なんだか色々考えたー。みたいな顔をしているね?」

「キリカは本当に人の顔色や空気を読むのが上手いね?」

「うんうん。モンジ君が、あの子の事を語らないようにしようと決意したのも理解出来ちゃったよ」

「女の子の秘密は守るのが紳士の鉄則だからね」

「ふふっ……そのご馳走の情報は、どうやったら紳士さんから引き出せるかな?」

ニマニマと微笑みながら、キリカはベンチからゆっくりと下りた。
そして俺と顔を合わせないようにするかのように着地し背を向けた。
下りた場所にいた虫ゴーレムや赤い虫達は、一瞬でキリカから等距離に離れる。
その足元には赤い円が出来上がっていた。
……赤い円がある限り虫達はキリカには触れない、という事だろうか?
そんな事を考えながらも俺はキリカから距離をとって少しずつ後ろへ後退していく。

「モンジ君、この状況で自分が何か出来ると思ってる?」

「ああ、もちろん出来ると思っているよ!」

「そっか……失敗しちゃったなあー。
君にはもう『主人公』になる覚悟があるんだね」

キリカは俺を振り返らないまま、そう呟くと、ゆっくりと噴水の方に歩いていき、そこで一度足を止めた。
赤い虫達はキリカの後を追いかけるようにして群がっていく。
自分の周囲には決して虫を寄せ付けないままに。
だけど、彼女はその虫達を意のままに操る事が出来る。
蟲使い、という存在でもあるのか。蟲を操る『魔術』を使えるのか、は解らないが……。
『魔女』という存在からして後者だとは思うけどな。

「なあ、キリカ」

「うん?」

「……どうして、かなり勿体ぶっているんだい?」

「あ、うーん、やっぱり、そうだよね」

「ああ、この場合。時間稼ぎをするのは襲われる俺の方で、襲うキリカにとっては時間稼ぎなんて事はむしろされたくない事だからね」

そう。キリカはいつでも俺を襲えた。
そして襲ってしまえばキリカはすぐに俺の精神を食べれたはずだ。
大量の虫に襲われればいくらヒステリアモードの俺でも不利だからな。
数の暴力には、ヒステリアモードであろうと、まともな装備もない俺ではひとたまりもないからな。

「うん。どっちかと言うと、他のロアがこの霧に気づく前になんとかしたいんだよね」

この霧もキリカの力のようだ。
魔女だから、『霧の魔術』とかも使えるのかもしれないな。

「それじゃあ、何で俺に色々考える余地とか余裕とか、俺のロアに関する情報とかくれたんだ?」

「あー、うーん、多分……」

「多分?」

「多分、本気でちょっぴり、モンジ君との生活が名残惜しいんだと思う」

……そっか。
なら仕方ないな、と思うし、同時に嬉しいとも思う。
こんないかにも『悪い事も笑顔でいくらでもします!』みたいなキリカに、そう思って貰えるというのが、とても嬉しい。
嬉し過ぎたからこそ……やっぱり悲しくなった。
名残惜しいという事は、それでもここで終わらせるつもりだからだ。キリカは。

「でも、うん、そうだね。モンジ君、君の事は結構好きだったよ」

名残惜しいと言ったキリカも心の中で切り替えたのか、真っ直ぐに俺の目を見つめると、そこにはもう迷いはなくなっていた。
……こういう、名残惜しいものを、名残惜しい気持ちのまま、何度も食べたのだろうか。
だとしたら、あまりに可哀想過ぎる結末で可哀想な生き方ではないだろうか。

「それじゃ、いくよ」

キリカが決意して言い放った言葉に負けずと俺もお決まりのセリフを言う。
今はもう、五月。
その花びらはすでに散っているけど……。

「______この桜吹雪______」

「バイバイ、モンジ君。君の事は、やっぱり好きだったよ」

「散らせるものなら、散らしてごらん」

これが最後になるかもしれないこの決めゼリフも、言うのは前世を含めると何度目になるのだろうか。

キリカが手を俺に向ける。
瞬間、大量の虫達が俺に向かってドバーッと遅いかかってきた。
もう、何匹いるのかも解らない。どんな種類の虫達がいるのかも解らない。
おぞましい塊が、俺のいる場所に大量に群がってくる。
中でも虫ゴーレムはその姿とは裏腹にかなり速い速度で向かってきた。
赤い巨人が向かって来る姿はかなり不気味だ。
それでも俺は怯む事なく、自ら、自分から虫達に向かって駆け出した。
もう、がむしゃらに。
俺には一つも武器はない。
何もない。
だが、一撃入れる。絶対に。
それだけ考えて……拳を振るう。

(この距離なら______出来る……!)

「ちょっとだけ季節外れになってしまう花だけどね。
それでも咲かせてみせよう……遅咲きの桜を」

俺の得意技で、自損技でもある超音速の打撃技。
『桜花(おうか)』。
全身の骨格・筋肉を同時に動かし連動させる事で時速1236㎞の速さで放つ、散った桜の花が二度と元の枝に戻れないように、一度使うと二度目はない______相打ち狙いの超音速技。
もっとも、何度も使ううちに改良ができて半自損どころか、逆ベクトルに『桜花』放つ第2の『桜花』の『橘花(きつか)』や亜音速に留める事で自損しない『桜花』が放てるようになったんだけどな。
その『桜花』を自損しないように亜音速で放ち、さらに遠山家に伝わる奥義も放つ。

「______桜花ッ______!」

俺の拳の先から、桜吹雪のような円錐水蒸気(ヴェイパー・コーン)が放たれる。
拳が虫ゴーレムに直撃したのと同時にインパクトの瞬間に『秋水(しゅうすい)』を放ち、体重を乗せて全ての力を虫ゴーレムに伝えた。

______ドシャァァァ。

大量の虫達のおよそ3分の1にあたる虫ゴーレムは俺が放った一撃により吹き飛んだ。
地面に倒れた虫ゴーレムは赤い光となって消えていく。

「うわぁー、凄い、凄い!」

キリカは興奮気味に目を丸くしながらもはしゃいでいる。
喜んでいるのなら何よりだ。
だが……。

「チッ……数が多いな」

虫ゴーレムを倒しても、それでもまだ大量にいる虫達に襲われ、俺は身動きが取れなくなっていく。

『桜花』気味に蹴りを放ち、牽制しながら後退していくがこのままだと喰われるのは時間の問題だ。
数の暴力には、装備品もない俺ではさすがに辛い。

「もう諦めたら?
諦めれば楽になるよ?」

絶対絶命な状況。
確かに俺の不利な状況だ。
だが、諦めるという選択肢はない。

武偵憲章10条。『武偵は決して諦めるな!』

パートナー(アリア)から禁止された言葉。
『『ムリ』『疲れた』『面倒くさい』。
この3つは、人間の持つ無限の可能性を自ら押し留める良くない言葉。
二度と言わないこと』

ヒステリアモードの俺の頭の中でそれらの言葉が浮かんだ。
そしてその言葉と共に俺の頭の中であるイメージが浮かんだ。
そして俺が思い描くそのイメージは具現化されていく______
俺にとってのロアとは何かを。

「もう、諦めなよ。
この状況をひっくり返すなんて不可能なんだから」

キリカの呟きが聞こえた。

「不可能?
キリカは本当にそう思っているのかな?」

そして______大量の虫達が一斉に俺に迫ってきて俺の視界は真っ赤に染まった。
大量の虫達が俺の全身を覆い被さるかのように、俺を包み込むかのように喰らいついてきた。
ザワザワと獲物に群がる大量の虫達。
だが、その気持ち悪さもまた、俺に闘志を起こさせてくれている。
そして顔を虫に覆われる中で、俺は口を塞がれる直前に、その言葉を言い放っていた。


「______なら、この不可能を可能にしてみせよう」 
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