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IF物語 ベルセルク編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第十一話 罪を負う者

帝国暦 488年  7月 20日  オーディン ヴァレンシュタイン艦隊旗艦 スクルド  アントン・フェルナー



艦橋に入ると子供の騒ぐ声が聞こえた。視線を送ると幼児が肥った中年の女性を相手に駄々を捏ねている。あれがエルウィン・ヨーゼフ二世か、傍にリューネブルク中将とオフレッサー上級大将が居るが二人とも諦め顔だ。その近くに痩身の老人と若い男が居る、二人とも後手に拘束され兵士に付き添われている。宰相リヒテンラーデ公とワイツ政務補佐官か。

後ろを見ると蒼白い顔をした若い女性が居た。彼女も二人の兵士に付き添われている。兵士に頷くと彼らはヒルデガルド・フォン・マリーンドルフをリヒテンラーデ公の傍に連れて行った。それを確認してからリューネブルク中将とオフレッサー上級大将に近付いた。

「上首尾のようだな、フェルナー少将」
オフレッサーが唸るような口調で俺を労ってくれた。
「ちょっと手古摺りました。父親のマリーンドルフ伯が自分が人質になると言い出して、説得するのが……。お二人とも上手く行ったようですね。後はエーリッヒだけですか」
二人が頷いた。

「それにしても驚いたぞ、新無憂宮を砲撃するとは。止めなかったのか?」
オフレッサーがリューネブルク中将に咎める様な視線を向けた。それを見て中将が肩を竦めた。
「平然としたものですよ、そろそろ建替えの時期だと言っていました。解体業者が困らないように念入りに壊してしまおうと。冗談かと思いましたが本気だったようですな。西苑と北苑は消し炭です」
思わず溜息が出た、俺だけじゃない、オフレッサーも溜息を吐いている。

「無茶をするな。俺が言うのもなんだが死に急いでいる、いや生き急いでいるように見える」
オフレッサーが呟く。同感だ、俺も気になっていた。何処かで普通じゃない、生き急いでいる様な気がしていた。オフレッサーも感じたという事は俺の思い過ごしじゃないという事だ。気を付けなければ……。

「一応西苑から北苑へと砲撃しています。どちらも陛下が居る可能性が低い場所です。そういう意味では無謀とは言えない。きちんと計算をしていますよ、ギリギリですがね。実際相手は艦砲射撃を受けて戦意を喪失して降伏した。陛下も無事保護しました」
オフレッサーが唸り声を上げた。この二人、仲が悪いのかと思ったが結構会話が出来ている。俺が来る前にも話していたのかな?

「ヴァレンシュタインはアレを知っていたのか? それで吹き飛ばしても良いと思ったとか」
オフレッサーが顎でエルウィン・ヨーゼフ二世を指し示した。皇帝は相変わらず中年女を相手に癇癪を起している。
「如何でしょう。しかし小官はアレを陛下と呼ぶくらいなら反逆者の方がマシですな」
リューネブルク中将が嘲笑を浮かべた。オフレッサーは顔を顰めたが何も言わなかった。内心では同じ思いなのかもしれない。

「リューネブルク中将、あの太った女性は?」
「乳母だ、面倒なので一緒に連れてきた」
余程に嫌な思いをしたのだろう。リューネブルク中将の声にはウンザリという響きが有った。オフレッサーが同情するかのような視線で中将を見ている。彼も嫌な思いをしたのかもしれない。

「ヴァレンシュタイン提督が御戻りになられました! グリューネワルト伯爵夫人も一緒です」
オペレータが声を上げると艦橋の彼方此方から歓声が上がった。三人で顔を見合わせた。オフレッサーもリューネブルク中将も満足そうな顔をしている。
「五人揃ったようですな」
「うむ、どんな役が出来るのか……。ストレートか、フラッシュか」
「ワンペアでブラフという事も有る、楽しみですな」

顔面蒼白な伯爵夫人とエーリッヒが艦橋に戻ったのは十分ほどしてからだった。他の四人が揃っているのを見ると俺達を見て満足そうに頷いた。そして直ぐに幼児の躾けを始めた。騒ぐな、走るな、言う通りにしろ。喉を締め上げ額にブラスターを押し付けながらの教育だ。幼児はたちまち大人しくなった。上手い物だ、一般向けではないが覚えておいて損は無いだろう。代わりに騒いだのは乳母だったが“三日間食事抜き、強制ダイエット”と冷笑するとこちらも大人しくなった。女子供の扱いが意外に上手い、正直感心した。

その次に行ったのは指揮官席の周りに椅子を用意させた事だった。遮音力場の中に席を五つ。五人の囚われ人が椅子に座った。そしてオフレッサー上級大将とリューネブルク中将が指揮官席の両脇に立つ。俺は遮音力場の外で待機する事になった。他にも囚われ人が逃げないように兵が取り囲んでいる。一体何を話すのか、遮音力場を使うという事は余程の話の筈だが……。



帝国暦 488年  7月 20日  オーディン ヴァレンシュタイン艦隊旗艦 スクルド  ヘルマン・フォン・リューネブルク



五人の客が席に着いた。幼児は乳母が居ない所為かおどおど、フロイライン・マリーンドルフは蒼白になりつつも気丈に、グリューネワルト伯爵夫人は俯いて座っている。ワイツはキョロキョロと落ち着きが無くリヒテンラーデ公は傲岸な表情でヴァレンシュタインを睨みつけていた。どうやら陛下への扱いが気に入らないらしい。

「エルウィン・ヨーゼフ、六歳では難しいかもしれないが……」
「ヴァレンシュタイン! 陛下に対し無礼であろう! 立場をわきまえぬか! 」
ヴァレンシュタインが無表情に叱責をしたリヒテンラーデ公を見た。
「立場? 私の立場は反逆者だ。貴方達が私を反逆者にした」
「……」

「反逆者は皇帝の臣下ではない、対等の立場だ。公こそ立場をわきまえた方が良いだろう、貴方は捕虜だ」
リヒテンラーデ公が忌々しげに口元を歪めた。ヴァレンシュタインが視線を皇帝に戻す、皇帝は明らかに怯えた表情を見せた。反逆者か、悪くないな、皇帝と対等の立場だ。それにしてもいつもとは口調が違う、オフレッサーも訝しげにしている。

「エルウィン・ヨーゼフ、これから私達が話す事を良く聞きなさい。どれだけ理解出来るかでお前の人生が変わるだろう。運が良ければ良い皇帝になれるかもしれない。だが何も理解出来なければ暗君として惨めな人生を送る事になる。多分、早死にするだろうな」
更に皇帝が怯えた様な表情を見せた。彼にはヴァレンシュタインが死を告げる死神に見えているかもしれない。

「ヴァレンシュタイン提督、いささか酷くは有りませんか? 陛下は未だ六歳なのです、もう少し労わって差し上げても……、人質として利用するならこの場に居なくても良い筈です」
フロイライン・マリーンドルフか、小娘と言って良い年齢の筈だがそれなりに胆は据わっているらしい。ヴァレンシュタインがここに連れてきた以上それなりの物が有る筈だ、何を持っている? 見せて貰おうか。

ヴァレンシュタインがフロイラインに視線を向けた。彼女が明らかに怯みを見せた。睨んでいるのか? 横目で確認するとヴァレンシュタインが彼女を無表情に見ていた。
「六歳だろうと六十歳だろうと皇帝である以上責任は生じる。失政が起きれば場合によっては殺される事も有る。違うかな?」
「……それは」
絶句するフロイラインにヴァレンシュタインが冷笑を浴びせた。

「彼を皇帝にしたのは私ではない。そこに居るリヒテンラーデ公とローエングラム侯だ。六歳の幼児に皇帝は無理だと思うなら彼らが擁立する時に反対すれば良かったのだ。六歳の幼児には無理だと言ってな。だがフロイラインはそれをしなかった……」
「……」

「即位を認めた以上エルウィン・ヨーゼフは皇帝だ。ならば彼を皇帝として扱うのが臣下の務めだろう。その時々に応じて皇帝と幼児を使い分ける等不忠の極みだな」
「……」
フロイライン・マリーンドルフの顔が強張った。
「フロイライン、マリーンドルフ伯爵家は神聖なる銀河帝国皇帝を愚弄しているのか?」
「そんな事は……」
「ならば黙っていろ、不愉快だ」

彼女が口籠って顔を伏せた。ヴァレンシュタインが冷笑を浮かべながら他の四人に視線を向けた。皆、視線を逸らした。
「貴方達をここに呼んだのは気紛れではない、意味が有っての事だ。その事を良く理解して貰おう、発言には当然だが責任が生じるという事も」
「……」
「私を甘く見るな」

声に気負いは無かったが恐ろしい程に威圧感が有った。皆、顔を引き攣らせている。リヒテンラーデ公でさえ例外ではなかった。遮音力場を使ったのは周囲に会話を聞かれるのを避けたのではなくこの威圧感を外に漏らさないためではないかと思った。漏れれば艦橋の人間全てが押し潰されてしまうだろう。

「リヒテンラーデ公、貴方はフロイライン・マリーンドルフを御存じか?」
「顔と名前ぐらいは知っておる」
公の立場ではそれが精一杯だろうな。むしろ知っているのが不思議なほどだ。マリーンドルフ伯爵家は決して大貴族というわけでは無い。まして二十歳前後の小娘など……。

ヴァレンシュタインの口元に冷ややかな笑みが浮かんだ。
「その程度か、やはり貴方はローエングラム侯に勝てない」
「……」
リヒテンラーデ公の口元に力が入った。不満のようだ。
「彼女はオーディンにおけるローエングラム侯の目であり耳なのだ。いわば貴方の監視役だ、それを知らないとは……」

今度は声にも嘲笑が有った。リヒテンラーデ公が厳しい眼で彼女を見た。そしてワイツとオフレッサー、グリューネワルト伯爵夫人は驚いている。自分も驚いている、彼女がローエングラム侯の目と耳? 彼女も驚いていた、信じられないというようにヴァレンシュタインを見ている。だが否定はしなかった、では目と耳というのは事実か……。

リヒテンラーデ公が口元を歪めた。嘲笑だな、この小娘に何が出来る、そんなところか。低い笑い声がした、リヒテンラーデ公ではなかった、笑っていたのはヴァレンシュタインだった。リヒテンラーデ公を見ながら嘲笑っている。ギョッとするほど悪意に満ちた笑いだった。どういう事だ、何が有る? オフレッサーと顔を見合わせた。彼も驚いている。

「この小娘に何が出来る、公はそう御思いの様だ。フロイライン・マリーンドルフ、教えてあげては如何かな? 貴女に出来る事、してきた事を」
「……」
フロイラインは答えない。蒼白な顔をして押し黙っている。

「恥ずかしがる事は無いのに……。良いだろう、私が話す」
フロイラインの身体が一瞬だが強張った。それを見てヴァレンシュタインがまた嗤った。おかしい、何故こんなにも感情を露わにするのだ。言い様のない不安を感じた。オフレッサーが居心地悪げに身動ぎした。

「彼女はローエングラム侯に味方すると申し出た折、家門と領地を安堵するという公文書を貰っている」
「……」
「その後、彼女は知人縁者を説得してローエングラム侯に味方させた。しかしその大部分が公文書を貰っていない」
エルウィン・ヨーゼフを除く皆がフロイラインに視線を向けた。フロイラインはブルブルと震えている。

「リヒテンラーデ公、お分かりかな、その意味するところが」
「味方を売ったという事か」
公の声は嫌悪に満ちていた。ヴァレンシュタインがまた嗤った。
「味方? 最初から彼女にはそんなものは居ない。彼女はマリーンドルフ伯爵家を大きくするために肥料を求めただけだ。馬鹿な貴族がそれに気付かず肥料になった」
フロイラインの震えがさらに大きくなった。

「いずれローエングラム侯が帝国の覇権を握れば公文書の無い貴族は取り潰されても文句は言えない。その時ローエングラム侯は思うだろう。フロイライン・マリーンドルフの御蔭で戦う事無く邪魔な貴族を潰す事が出来た、彼女は役に立つとね。……マリーンドルフ伯爵家は権力者の信頼を得て勢力を伸ばす。貴族達の血肉を肥料にして大きくなる。……おぞましい事だ」

皆が視線に嫌悪を込めて彼女を見た。否定しないという事は事実なのだろう。しかし二十歳そこそこの女性がそこまでやるのか? 信じられないが事実ならば目の前に居る伯爵令嬢は化け物に違いない。オフレッサーも嫌悪の表情を浮かべている。

「お分かりかな、リヒテンラーデ公。彼女を甘く見ない事だ、死にたくなければね」
「……」
リヒテンラーデ公は答えなかった。だが誰よりもヴァレンシュタインの言った事を実感している筈だ。フロイラインを見る公の視線には嫌悪以上に冷酷な光が有った。危険で油断出来ない敵と認識した、そういう事だ。

「フロイライン、皆の視線が痛いかな」
「……」
「気にしない事だ、貴方達の中には他人を非難出来る様な立派な人間は居ない」
皆の視線がヴァレンシュタインに集中した。そしてそれぞれを見回した。不安、怯え、疑心……。この男は、この女は、何を隠しているのか……。

「そこに居るローエングラム侯の姉君は先帝陛下、フリードリヒ四世を暗殺した」
皆の視線がグリューネワルト伯爵夫人に集まった。伯爵夫人が顔面を蒼白にして“何を言うのです”と抗議したがヴァレンシュタインは“無駄ですよ”と笑いながら遮った。
「既にリヒテンラーデ公はその事実を御存じだ」

今度はリヒテンラーデ公に視線が集中した。グリューネワルト伯爵夫人はまるで幽霊でも見たかのような表情で公を見ている。そして公は苦虫を潰したような表情をしていた。オフレッサーが頻りに首を振っている。信じられないのだろう。

「反乱軍が大軍で帝国領に押し寄せた時の事だ。ローエングラム侯は辺境星域で焦土作戦を執る事で反乱軍の補給を破綻させた。そして大勝利を収めた。しかし当然だが辺境では侯に対して怨嗟の声が上がった。政府、大貴族が協力してそれを口実にローエングラム侯を排除しようとした。それを知ったローエングラム侯、おそらくはオーベルシュタイン総参謀長の独断だとは思うが貴女に皇帝を殺すようにと頼んだ」
伯爵夫人の顔が強張った。

~もう少しだった、もう少しで排除出来る筈だった。だが伯爵夫人が皇帝を殺害した。その瞬間から後継者争いが勃発、ローエングラム侯排除は吹き飛んだ。何よりもリヒテンラーデ公がローエングラム侯と手を組んでブラウンシュバイク、リッテンハイム両家を反逆に追い込んだ~。ヴァレンシュタインの話が続く。

「リヒテンラーデ公は全てを知っている。知っていてローエングラム侯と手を組んだ。不問にしたのではない、ブラウンシュバイク、リッテンハイム両家を潰した後ローエングラム侯に皇帝弑逆の罪に問うつもりだ。侯は失脚するだろう。帝国は一つ、覇者も一人、当然の事だな」
ヴァレンシュタインが話し終わると異様な沈黙が落ちた。皆が無言で視線を交わす中、怯えた様な幼い声が聞こえた。エルウィン・ヨーゼフ……。

「宰相」
「陛下」
「その女は御爺様を殺したのか」
幼児は恐ろしい物を見るかのようにグリューネワルト伯爵夫人を見ていた。その姿に伯爵夫人が縋る様な視線で公を見た。リヒテンラーデ公が口籠る、ヴァレンシュタインが笑い声を上げた。そして皇帝に視線を向けた。冷え切った視線だ。

「エルウィン・ヨーゼフ、お前にここに居ろとは言ったが喋って良いとは言っていない。黙れ、口を開くな、死にたくなかったらな」
「無礼だろう! ヴァレンシュタイン!」
リヒテンラーデ公が立ち上がって怒鳴った。それを見てヴァレンシュタインがまた笑った。

「ならば答えられよ。真実か偽りか、どちらを選ぶ。真実を告げれば伯爵夫人が死ぬ。伯爵夫人が死ねばローエングラム、リヒテンラーデ連合は終わりだ。偽れば皇帝に対し先帝暗殺の真実を欺いたとして公が罪を背負う事になる。さあ、どちらを選ぶ?」
「……」
「それともエルウィン・ヨーゼフを殺すか? 傀儡が余計な事に気付いたと。それならば連合の継続は可能だ。仲良く皇帝殺しの罪を背負うと良い」
リヒテンラーデ公の身体が小刻みに震えた。

「分かったか、エルウィン・ヨーゼフ。皇帝という地位がいかに危険か。お前の不用意な一言で人が死ぬ。場合によってはお前が死ぬ事になる。分かったら黙って聞いている事だ」
皇帝が震えながら頷いた。冷徹、そう思った。ヴァレンシュタインは徹頭徹尾、エルウィン・ヨーゼフを皇帝として扱っている。幼児としても傀儡としても扱っていない。この中でもっともエルウィン・ヨーゼフに誠実なのはヴァレンシュタインだと思った。何を考えている?

「伯爵夫人、自殺したいとお考えかな? だがその時は私はローエングラム侯に全てを話す、私が貴女を殺したなどと思われては心外だからな。自分のために貴女が人殺しをしたと知ったら侯は、キルヒアイス提督は如何思うか。精神を保てるかな?」
「……」

伯爵夫人は首が折れそうなくらい俯いている、震えている。それにしてもヴァレンシュタインは容赦が無い、まるで包囲して殲滅する様な話し方だ。いや、これは戦いか、戦いなのか。オフレッサーに視線を向けた、オフレッサーも厳しい表情で皆を見ている。

リヒテンラーデ公が力無く椅子に座った。それを見てヴァレンシュタインが冷たい笑みを浮かべた。
「先帝陛下暗殺にはリヒテンラーデ公にも責任が有る」
「どういう意味だ。私は無関係だぞ」
憤然とするリヒテンラーデ公に対してヴァレンシュタインが冷笑を浴びせた。

「ローエングラム侯排斥、その情報はリヒテンラーデ公の所から漏れた」
「馬鹿な、そんな事は……」
「未だ分からないのか、彼が何故ここに居るのか?」
ヴァレンシュタインがワイツを指差した。ワイツの顔が蒼褪めリヒテンラーデ公が顔を強張らせて“馬鹿な”と呟いた。

「人間には目と耳が二つある。ローエングラム侯にとってフロイライン・マリーンドルフが目と耳の一つならもう一つはワイツ補佐官だ」
「……」
「カストロプの動乱、あの時討伐隊の指揮官にローエングラム侯はジークフリード・キルヒアイスを推薦した。だが公は年若く実績の無いキルヒアイス提督を危ぶんだ筈だ。もっともらしい理屈で公を説得したのは誰だ?」

リヒテンラーデ公がワイツ補佐官を睨んだ。
「そうなのか、卿なのか」
「違う、私じゃない、違います!」
「無駄だ。ローエングラム侯からは彼に金品が贈られている。調べればすぐ分かる事だ。先帝陛下暗殺に関わった罪は重いぞ」
ワイツが呻いた。絶望している。リヒテンラーデ公の顔が屈辱に歪んだ。

「……何故だ、あれほど眼をかけてやったのに」
「年寄りだからだ」
ヴァレンシュタインが冷淡に告げた。
「……」
「先の短い老人よりも先の長いローエングラム侯にかけた、それだけだ。不思議ではない」
今度はリヒテンラーデ公が呻いた。

「分かったか、先帝暗殺の責任の一端はリヒテンラーデ公に有る、にも拘らずよくも掌を返してくれた。御蔭で我らは反逆者になった」
「……」
「自分が何をやったか、分かっているのか? 公を国務尚書にまで引き上げたのは先帝陛下であった。その先帝陛下を暗殺した者共と手を組んで先帝陛下の御息女、その令嬢を反逆者にした。そして唯一の男子を傀儡として利用した。全て保身と野心のためだ、恥を知らぬにも程が有る! クラウス・フォン・リヒテンラーデ! 先帝陛下の御恩情を忘れたか! この不忠者が!」
リヒテンラーデ公が呻きながら顔を両手で覆った。そんな公をヴァレンシュタインが冷酷な眼で見下ろしていた。



 
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