Shangri-La...
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第一部 学園都市篇
第3章 禁書目録
27.Jury・Night:『Blade Arts』Ⅱ
稲光が閃くかのように、まるで数メートルも伸びたかのように。さながら火打石を打ち鳴らした火花の如く、漆黒の十文字槍が迫る。正確に眉間を狙った、宝蔵院の“稲妻”が。
以前とは比べ物にもならない速度、加えて削岩機を思わせる捻り込み。間違いなく以前の彼よりも身体能力は上であり、駆動鎧では再現できなかったのだろう精密な『技の冴え』を発揮している。そんな只の突きを受けられたのは、僥倖に他ならない。
間を開けず、穂先両端の鎌により刀を弾かれた。旋風を思わせる速さの捻りで敵刃を弾く“虎乱”だ、そして────柄が縮んで見えた程の速さで引き戻された十文字槍の刺突を遮二無二、逆手に持ち変えて突き下ろした長谷部の刃に左手を沿える事で受け止める事に成功した。
だが、その剛力たるや。合気の心得道理に威勢を受け流していなければ、今頃は肩から腕が千切れ飛んでいたかもしれない。無論そうなればその勢いのまま、身体は十文字槍により上半身と下半身が泣き別れている事だろう。
《ハッハ────よくよく芸達者な! 機転の利く男よ!》
「野郎に誉められても、嬉しかねェンだ────よォッ!」
《ぬゥ?!》
仕返しとばかりに、受けたままだった槍を跳ね上げる。一瞬だけ火花を散らし、敵の至近の死角である得物の真下に踏み込みながら────刷り上げるように、新影流“必勝”を振るう。
その刃は精密に、会心の手応えをもって槍騎士の籠手を打ち────
《……今、何かしたか?》
その青白い装甲に弾き返され、火花こそ派手に散らしたが……傷跡一つしか残せない。まるで、ダメージらしいダメージは与えられていない。
それどころか、必死で付けた傷跡すらも既に癒え始めている。傷跡は、蠢く無数の白い座頭虫により塞がれていく。
《ふぅむ、物理的な剛性に加えて魔術的な耐性、治癒能力か……参ったのう、幾ら儂でもこれではな。呵呵呵呵!》
「巫山戯んな、テメェなんて頼りにしてねェ────俺だけで十分だ、黙って長谷部の中にでもすっこンでやがれ!」
《おお、怖や怖や。男の悋気など、見苦しいだけじゃて》
叫び、退けたのは、意思を割いている暇すら隙となるから。事実、僅かに稼いだ距離は……寧ろ、此方の動向に気付いた亡者達に取り囲まれる余地となっている。
体内に蠢く邪悪なる菌類頭の操るままの、十七体の生ける屍。その一体一体が、能力者だ。まさか、そんなに大量の大能力者がいるとは思えないし、思いたくもないが……前回相手にした二体の例もある。油断など、出来る筈もない。
そんな思考の合間にも、様子見など無く生ける屍どもは前後左右から襲い掛かってくる。近いモノは噛み付きや引っ掻き、遠距離のモノは『念動力』や『発火能力』と言った能力で。
「柳川────」
その内、先ずは背後。電撃を纏いながら噛み付こうとしてきた少年の屍の頸を、右回りに振り向き様に撥ねる。黒くどろついた暗赤色がボトボトと滴り、倒れ伏す。
更に、左の青年。組み付こうとした両腕を、右から返す刃の擦り上げで斬り飛ばしつつ袈裟懸けに。
「新影流────兵法」
更に、右下段八相からの擦り上げで前方から投げ付けられた火炎を断つ。その流れで、上段からの一太刀を左の中年男性に叩き込み唐竹割りにしつつ飛ばされてきた岩を砕く。。
そして見もせず、左の老人の鳩尾を貫いて抉り────
「“八重垣”」
『その時々で最も早く動いている敵を斬り、活路を拓く』理念による新影流の剣技の一つにて。
起き上がってきた、頸無しでも蠢く屍の胴体に潜むミ=ゴを銀筒ごと斬り殺した。
《しかし、死体は斬ろうと死にはせぬ》
「ハッ……死なぬなら────」
《火葬してしまえ、ホトトギス!》
更に、斬られても尚蠢いている屍が────『均衡崩壊』による業火に熱された長谷部に斬られた事で燃え尽きる。こうなれば、不死でも何でも関係はあるまい。
まぁ、嚆矢の腕の方も深刻な火傷に見舞われているが。もしもショゴスが居なければ、もう炭化していてもおかしくはない。
《呵呵、それにしてもまだまだ層は厚いし……死体よりも余程面倒なモノも十体、加えて寝ぼけておるとは言え、旧支配者か。これは詰んだの、投了か?》
「………………」
言われるまでもなく、死体はまだ蠢いている。先程と全く変わらず、ゆるりと包囲を狭めてきている。
先は長い。今の技も多用できない。だと言うのに、余り時間は無いし余力も無い。八方塞がりとはこの事か。
《妬けるなぁ、全く。私一人を相手にしてはくれぬのかい?!》
わざとらしく笑いながら、屍を押し退けて槍騎士が歩み出る。押し退けた腕には、もはや痕すら見受けられない。
同時に、四方八方から襲い来た蛇と触手。それを幾つも斬り、何とか距離を稼いで背後に壁を。
「そ~そ~。邪魔しないでよぉ、お兄さん?」
更に、その槍騎士の背後に続く姿。若い娘、『Ⅵ』の表紙の黙示録を携えた……肥満の長身を車椅子に窮屈そうに押し込めた、無数の蛇の髪を備えた女。
「ひひ、妹さん可愛いねぇ……同志に引きずり込んだら、楽しみだぜぇ」
ニタニタ笑う下半身が長大な触手の塊と成り代わっている矮身痩躯の、『Ⅹ』の黙示録を携えた雀斑顔の中年男。その二人が並び立つ。
直ぐに分かる。槍騎士程ではないが、この二人もまた『融合』を果たしている。それ程に、深い狂気と瘴気。他の黙示録の持ち主共は気にしていないのか、或いは手を下すまでもないと多寡を括っているのか。ただ、儀式を注視している。
《“蛇の髪”に“触手塊”か……下級とは言え、面倒な》
「どのくらいの面倒さだ?」
《浅井・朝倉連合軍くらいかのう》
呆れたように思念を送ってきた“悪心影”、そして。
《さて、では最後に聞こうかのう。嚆矢よ────勝利の為に、我が『剱冑』を、望むか?》
「………………」
問いは、最後通牒。答えは、致命的。恐らくはあの鎧だけが。あの“第六元魔王”だけが、この状況を打破できる。あの“悪心影”が、アレを勧めるのだから。
ならばこそ、答えは只一つ。対馬嚆矢の存在目的は、只一つだ。先程も、確認した通りに。
「出来るのか? あの魔王、俺もお前も嫌いみたいだけどよ?」
《無論。あの装甲は元々、儂のモノよ。あのまやかしを封じる為に、被せただけじゃからな》
何でもなさげに、“這い寄る混沌”の一面が嘲笑う。虚空よりの眼差しが、殺意と共に嘲弄する。それは、これより死すべき敵に向けてか。或いは────罠に足を踏み入れた、愚かな獲物に向けてか。
背後から、気付かれる事無く。敵にも、味方にも、誰にも。悪心の影とまやかしの魔王はただ、燃え盛る三つの瞳と凍てつく六つの眼差しで嘲笑して。
「……じゃあ、先に断っとく。悪ィな、思惑通りにならなくて」
《《……なんだと?》》
振り向きもせぬまま、まるで見ていたかのような嚆矢の宣言に嘲りを消す。余りに意外だったのか、どちらも目を円く見開いて。
『逃げるな、迷うな。信じろ、科学も魔法も……所詮は人外。生まれ持つモノでもない、生後に与えられるモノでもない。本当の人間の力は……お前が選び取る、“生き方”だ』
思い返した、義父の言葉。それは、『魔剣伝授』の際の言葉であり……また。
「対馬嚆矢は、対馬嚆矢だ。“第六天魔王”にも“第六元魔王”にも、敗けやしねェ」
《《………………》》
片方は、呆気に。もう片方は明確な怒気に。口を開く事もなく、ただ息を潜めて。
《愚か、だぞ。対馬君────自ら生存の可能性を捨てるとは、ね》
「ハッ、阿呆かよ。莫迦じゃあるまいし……テメェらの神様も含めて、こんな邪神を信じるか」
ペッ、と唾を吐き捨てて長谷部を構え直す。この場に集う全員を嘲笑うかのように口角を吊り上げて笑いながら、再び“合撃”の構えを。
「俺が信じるのは────俺が鍛え上げてきた練武のみだ……!」
「生意気ねぇ、貴方ぁ」
「ムカつくな、ねぇ、蔵人さ──」
蛇髪の女と触手足の男が、嘲笑いながら槍騎士に語り掛けて……凍り付く。
《小僧が……よくぞホザイた! では貴様が生きている内に両手両足を削ぎ落とし、あの小娘が自らグラーキの棘を望むまで犯し尽くしてやろうぞ!!》
激昂し、槍騎士は十文字槍を構えて足場を踏み砕きながら肉薄した。足首を狙い、二度三度と繰り出される槍“芝搦”。
もしも足をヤられれば、数に圧殺される。槍騎士の述べた通りとなろう。全くもってゴメンである。
刹那、槍が上段に抉り込まれる。読み違えたのだ、今までのモノは“芝搦”ではなく“五月雨”。
即ち、躱しようの無い技であり────
『裏柳生新陰流兵法────』
繰り出された槍を躱す事無く。命中の瞬間まで、しっかと見据えて。
「“肋一寸”」
《ガ────》
最早、十文字槍を見慣れてしまったから。脅威ではあれ、恐怖など無く。
『衣服のみ』を斬らせ、繰り出された平刺突。その一撃は、装甲を破る事は能わぬが……槍騎士の兜の覗穴の右側に抉り込まれていた。勿論、そこに在るだろう眼球を潰して。
《───────────グァァァァァァァがァァァァァァ!??!》
「く、蔵人さん!?」
「や、やれ……今すぐにあの餓鬼を殺せ、ゾンビども!」
さしもの槍騎士も、眼球を潰されてはのたうち回る他に無い。その有り様に慌てたか、蛇髪の女と触手足の男は、周りの屍どもに指令を下す。
上位存在からの指令に、元々意思を消されている屍は当たり前ながら応える。一斉に、襲い掛かり────
「“永久は無い。永久は無い。汝ら、刹那の夢に揺蕩う者”」
響いた声、饐えた地底の空気を揺らして。それに、屍どもは一斉に動きを止めて。
「な、何をしているの、貴方達!」
「早く、早く、殺せ────」
狂乱する二体の怪物の金切り声、それすら……空しく聞いて。
「“我が声は安らぎ。我が声は安寧。今、この時、在るべき姿に還れ”」
刹那、崩れ去る。緑色の粉となり、崩れ果てる。苦悶と苦痛に満たされた表情をその時だけ、感謝に染めながら。
「……やれやれ、兄貴に“水神クタアト”を借りといて正解だったよ」
「……どうやって?」
そして、思わず嚆矢は聞いた。目の前に降り立った翠銀色の髪の、黄衣の娘に向けて。
それに、彼女は“水神クタアト”の一頁……“ナイハーゴの葬送歌”の頁を閉じて、うんざりした白金の瞳で。
「“黄衣の王”の『黄衣の印』さ……ボクは、ボクの銃の銃眼に捉えた獲物は絶対に逃さない。ただ、それだけさ」
セラは、溜め息混じりにそれだけ応えたのだった。
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