蒼き夢の果てに
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第6章 流されて異界
第107話 チアガール……ですか?
前書き
第107話を更新します。
次回更新は、
1月21日。 『蒼き夢の果てに』第108話。
タイトルは、 『蒼の意味』です。
食欲をそそるカツオと昆布の出汁の香りが漂う室内。冬の短い昼が終わり、夜の帳が降りて久しいこの部屋と外界を隔てるサッシのガラス窓が、温度差により白く曇る。
家具、調度の類の少ない、やや殺風景な……。しかし、かなり広いリビングの中心に据えられたコタツがふたつ。それぞれの真ん中に置かれたカセットコンロの上には……。
「ほら、万結」
白菜やキノコの類。それに豆腐などを取り分けた小皿を彼女の前へと差し出す俺。尚、別に彼女の学ぶ洞が生臭物を食す事を禁止している……と言う訳では有りません。何故なら、彼女の妹弟子に当たる有希は、生臭物だろうが、精進物だろうが関係なく、美味い物ならば何でも口にすると言うタイプの人間。同じ相手に師事した姉妹弟子が違う戒律に支配される事は……なくはないけど、少ないと思うので……。
それに、そもそも彼女らの学ぶ洞が食物に関する戒律が厳しい洞ならば、最初から寄せ鍋などと言う鍋は用意しません。それなりの精進料理――例えば、出汁の段階から精進だしを使用した料理を考えて居ます。まして巫蠱と言う仙術は料理に関係する術である以上、肉だろうが魚だろうが、そのすべてを食材として使用し、食す系統ですから。
生命を奪うのは己が生命を保つ為。故に、食に対する感謝を忘れなければ肉であろうが、魚であろうが食しても良かったはずです。
室温により溶けかけたグラスの中の氷が、コトリっと言う微かな音を立てる時のような、何故か無機的な雰囲気を漂わせて万結が小さく首肯く。どうにも返事を貰ったと言う感じはしないけど、それでも、これすらも彼女……神代万結に取っては珍しい行為らしい。
尚、当然のようにこれは拒否を示している訳などではなく肯定。
もっとも、事前に肉や魚は食べたくない、と言うリクエストに応えて取り分けた物ですから、それを拒否される可能性は非常に低いので、肯定されて当たり前と言えば、当たり前なのですが。
「あんた、可愛い女の子には誰にでも親切なんだ」
少し冷たい視線で、鍋から発する湯気の向こう側から俺を見つめるカチューシャの少女。当然のように、その言葉の中にもかなりの棘を感じた。
普段通りの黄色のカチューシャにリボン。全体は淡いグレー。しかし、襟の部分のみ濃いグレーを使用したオフタートル……ゆったりとした首回りのタートルネックに、膝丈よりは少し短い目のプリーツスカート。色はセーターと合わせたグレー。今宵のハルヒの私服と言うのは、かなりシックな感じにまとめている模様。
尚、真冬の服装故か、普段のきっちりとした服装と言う感じなどではなく、割とルーズな……と言うかゆったりとした柔らかな雰囲気を感じるのも事実。多分、セーターが、彼女が着るには少し大きい目のサイズで袖が長く手が少し隠れる程度。それに、オフタートルで有るが故に、首の辺りにもかなりの余裕があるように見えて居る状態。更に、プリーツスカートも普段の制服のスカートと違い、ひだが多いのもその印象を強くしているように思えるのでしょう。
動きがはつらつとしていて、更に何と言うかメリハリの利いた普段の彼女は彼女で良いのですが、こう言う柔らかでシックな雰囲気も意外と言えば意外な魅力が有るのかも知れません。
何にしても美人でスタイルが良ければどんな格好をして居ても様になる、と言う事なのでしょうが。
もっとも、口調から感じるほどの不機嫌と言う訳でもなければ、冷たい雰囲気でもない。何と表現すべきか判りませんが、何かひとつ口を挟まなければ気が済まない、と言う感じ。
関西風で言うトコロの、いっちょかみ、と言うヤツでしょうか。
但し、
「可愛い女の子だけに親切なんじゃなくて、万結の場合は、なんとなく手を掛けてやらなけりゃならないような気がする、そう言う相手と言う事」
取り敢えず、そう答えて置く俺。ただ、万結の場合はもっと切実な問題。何となく……なのですが、このまま放置して置くと、ここ……。俺の隣に腰を下ろしたまま鍋に手を出す事もなく、ただ黙って時を過ごして仕舞う。そんな気がしたから、こうして世話を焼いているだけ。まして、可愛い女の子に対して親切にすると言うのなら、こちらの世界にやって来てからほぼ放置状態の朝比奈さん、朝倉さん、弓月さんの三人は可愛くないと言う事に成る。
どう考えてもそれは有り得ないでしょう。
それに、
「そもそも、俺が別に手を出さなくても、何でも出来る人間は一人で勝手にやって行って仕舞うし、其処に他人が手を出して来る事をウザイと考える人間も多い」
ハルヒやって、そのタイプの人間やろうが。
イラチで他人の言う事を聞かない。……と言うか、意図して正反対の事をやろうとするへそ曲がりが、他人が自分のする事に対して一々口を出して来られて気分が良い訳がない。
「そりゃ、まぁ、そうなんだけどね」
一応、俺の言葉に肯定の答えを返しながらも、何か未だ不満が残る雰囲気のハルヒ。もっとも、何もかもに満足したブタに成るよりは、不満足なソクラテスに成った方がマシなので、ここは素直に無視。まして彼女は、ソクラテスだろうが、プラトンだろうが好きな者に成ってくれて構わないのですから。
少なくとも、ニーチェを忘れさえしてくれなければ。
しかし、
「涼宮さんが言いたいのはそう言う事ではない、と思う――のだけど」
ハルヒの隣に腰を下ろす朝倉さんの溜め息にも似た独り言。その中には少しの呆れと、そしてそれ以上の諦めに似た色を着けていた。
但し、直ぐに続けて、
「でも武神さんは鈍感と言う感じじゃないから、判って居てはぐらかしている感じか」
……などと、明らかに、俺に対して聞かせる為の独り言をつぶやく。
成るほど。判って居るのにはぐらかすか。但し、朝倉さんは少し踏み込んで考え過ぎ。ハルヒが俺に向けて居る感情は愛や恋に近い感情などではなく、もっと幼い独占欲のような物だと思う。確かに、その辺りの微妙なさじ加減が判るほど俺も世慣れて居る訳ではないから、確実にそうだと断定出来る訳では有りません。……が、しかし、有希が俺を前にして発して居る雰囲気と比べるとその違いは判る――心算。
この辺りの差異について、言葉にして表現するのは難しいのですが……。
有希が発しているのは明るさ。確かに、少し暗い部分を感じる事は有るけど、これはおそらく俺を呼び寄せて仕舞った事に対する引っ掛かり。……だと思う。
対してハルヒが発して居るのはもやもや感。これの明確な理由が判らないから、常に不満が有って、不機嫌になって居る。
こんなの、他人から指摘するのは逆効果。意固地になって返って状況を悪化させるだけ。さっさと自分でそのもやもや感の原因に気付かなければ、この状態はずっと続くだけ。
ハルヒに取って俺は貴重な……口では文句を言いながらも、何やかやと話の相手に成ってくれる異性の友人で、更に子分扱いにしても愛想を尽かされない相手。いくら我が儘な彼女でも、俺が本気で迷惑だと思って居たら、ここまで傍若無人に振る舞う訳はありません。
……と言うか、こちらの世界に来てから判った事は、基本的に彼女が直接傍若無人に振る舞う相手と言うのは俺だけ。その他の人間に関しては、多少、顔色を窺いながらと言う微妙な気遣いを見せているように思います。
ただ、そうかと言って、俺の側に恋愛感情があるとも思えない、基本的に安全牌と言っても良い相手。その俺の周りに自分以外の女の子が近寄って来たら、何となく嫌、と感じたとしても不思議では有りません。
ここを出発点として進めばこれが恋愛感情へと進む可能性があるのでしょうが、残念ながら俺の方が其処まで長い間、この世界に留まる事はないでしょうから……。
「何よ、それじゃあまるであたしが子供で、こいつが大人みたいじゃない」
そんな訳ないじゃないの。こいつは所詮、あたしの子分なんだから。
文句は言いながらも、この会話が始まった当初よりそれ程、不機嫌と言う雰囲気ではないハルヒ。
ただ、この俺の対応が朝倉さんから見ると大人……に近い余裕を感じさせるのは、ただ単に俺がハルヒの気を読んで居るから。言葉や表情。態度などに加えて、一番情報量の多い相手の発して居る雰囲気を読む事に因って、ハルヒの考えている事を想像してから対応を決めているから。その事を知らない人間から見ると、俺が余裕を持った対応を取っているように見える。そう言う事だと思いますが。
まぁ、そんな事はどうだって良いか。……と、これまでのやり取りを全否定する独り言を発するハルヒ。こいつに直接関わるようになってからそれなりの日数が過ぎたからもうそれなりには慣れたけど……。
それでもこの前振りのない急転直下の話題転換はどうにかして貰いたいような気も……。
……などと考えながらも、一応、会話が終了したのは事実。ならば、と言う感じで御預け状態となって居た鍋に箸を伸ばす俺。
良い具合に出来上がった海老や鶏肉。味の染みた豆腐につくね。キノコに白菜、当然、ネギも忘れずに。
一度に多くを取る訳にも行かず、さりとて、迷い箸と言うのは非常に不作法となるので即断即決。何、一度目で取り損ねた鍋の具材も二度目で押さえたら良い。今夜は直径三十センチ程の極一般的な土鍋をふたつ用意した事により、何時ぞやの菓子パンの時のように、食いっぱぐれる可能性は低い。
毎度毎度、有希に取り置きして貰う訳には行きませんからね。
こんな感じで、既に食う気満々の俺。しかし……。
「それじゃあ、次のSOS団の活動目的を発表するわね」
何故か、そんな俺に対して待ったを掛けるかのようなハルヒの声。……と言うか、SOS団――世界を大いに盛り上げる涼宮ハルヒの団の活動目的など俺にはまったく興味がないのですが。
少なくとも、目の前で良い具合に出来上がっている寄せ鍋よりは。
但し、何故か、その訳の分からない集団の一員に数えられているので、巻き込まれるのは仕方がない、と言えば、仕方がないのですが……。
食事の前に非常に不景気な表情をしているのは間違いない俺の事は完全無視のハルヒ。この辺りに関しても平常運転。
そうして、
「月曜から始まる球技大会での優勝よ!」
天井に右腕を突き上げ、力強く宣言をするハルヒ。その姿はまるで勝利の女神の如し、……と表現したとしても言い過ぎではなかったかも知れない。
ただ……。
「根本的な疑問があるんやけどな、ハルヒ」
先ほどまでの不景気な表情から鹿爪らしい……と表現すべき表情へと変化させて、そう問い掛ける俺。同時にカセットコンロの火の調節を行い、鍋が煮詰まり過ぎるのを防ぐ。
「何よ?」
一応、素直に返事をするハルヒ。しかし、
「くだらない事だったら、ただじゃ置かないんだからね」
……と、直ぐにそう釘を刺して来る。
もっとも、この時の俺の表情は、普段なら間違いなく彼女がくだらない、と表現する内容を口にする時の表情。
「確かに、そのSOS団とやらの大半は一年六組のメンツで構成されているから問題ない」
釘を刺された事に対して心の中でのみ舌打ちをひとつ。どうやら、俺が彼女の事が判って来たのと同じように、彼女の方も俺の対応と言うヤツが判って来たのでしょう。これからは少し変化球を交えて次の展開を予想させないようにせねばならないか。
表面上は真面目腐ったもっともらしい表情を崩す事もなく、そう続ける俺。
しかし、ハルケギニアに召喚されてからコッチ、嘘を吐く事だけが上手に成って行くな。これが大人に成ると言う事か。
……等と、やや自嘲的に考えて見るが、それも一瞬の事。
「せやけど、この場にたった一人、一年六組の人間やない御方が居る」
その女性に対しても同じ目標を掲げさせたら問題があるでしょうが。
俺の右隣に座る有希の正面。丁度、ハルヒの左隣に座るメイド服の上級生に視線を移しながら、そう言葉を締め括る俺。
尚、急に話を振られた朝比奈さんは、ほえ? ……と可愛い声を発しただけで、俺の顔をただ見つめるのみ。この反応は間違いなく、自らに話が振られる、などとは考えていない状態。
……この人、何時でも自分は騒動の外側で傍観者を決め込む事が出来る。そう考えているんじゃないのか?
小首を傾げて疑問符を浮かべた、非常に可愛らしい先輩に対して、少し批判的な意見を思い浮かべる俺。ただ、彼女のような一般人が好んでハルヒ系のトラブルメーカーが巻き起こす騒動に巻き込まれたいと思う可能性は低いので……。
自らを傍観者の位置に置きたい、と考えるのは不自然ではないか。
尚、この北高校の球技大会とはクラス対抗。一学期と二学期の期末試験の後に、試験の採点と、ついでに学期の成績を付ける為に授業は休み。その間に、生徒たちは球技大会を行うと言う事になって居るらしい。
俺は季節外れの転校生で有った為に、本来なら員数外だったはずなのですが、其処はそれ。ハルヒをあまり野放しにしたくない綾乃さんと、俺を巻き込みたいハルヒの利害が一致。その球技大会にも強引に参加させられる事が既に確定して居ました。
俺の全く知らないトコロでね。
俺の問い掛けに対して、本当に使えないわね。……と前置きをした上で、
「みくるちゃんにも、当然、あたしのチームの一員として頑張って貰うわよ」
……と、本当にくだらない。答えるのも面倒と言わんばかりの答えを返して来るハルヒ。
……と言うか、前言撤回。ハルヒが傍若無人に振る舞う相手が俺以外にもう一人だけ存在していました。
ただ、おそらくハルヒ的には、これでも朝比奈さんに対しては多少の遠慮と言う物が有ると信じたいのですが……。
「え、え~! そんな、涼宮さん?」
当然、事前に根回しのような事をハルヒが行って居る訳もなく、寝耳に水の内容に流石に大きな声を上げる朝比奈さん。
確か、有希に聞いた話では、この学校の球技大会は一、二年生合同。幾つかの競技に各クラスから何チームかを出して――。
う~む、かなり判り難いな。
この辺りはかなりアバウト。そもそも二年生からは理系、文系に別れた上、成績上位者のみのクラスも編成される為に、クラスの男女比が一定ではない。故に、一クラスから一チームだけ、と規定して仕舞うとかなりの不公平な選手配分と成る為、その辺りはかなりアバウトにして、ルールはたったひとつ。全員が何処かの競技に参加する事だけ、と言う非常に平等な球技大会となって居るらしい。
但し、ここには性差別さえ存在しない、……と言うある意味、悪平等じゃないのか、と思わせる部分も存在して居るのですが。
何よ、そんな事も判らないって言うの。本当に使えないわね。
非常に失礼な、彼女に相応しい上から目線の言葉で前置きをした後、
「大丈夫よ、みくるちゃんには高校野球に付き物の衣装で頑張って貰う予定だから」
……と続けるハルヒ。どうでも良いが、彼女の中で俺は、ずっとダメダメな子分扱いと言う事でファイナルアンサーと言う事ですか。
しかし、高校野球――。
尚、このハルヒの言葉からも判るように、俺たちが参加するのは野球。この冬のクソ寒い中、硬式のボールを追い掛けて野球をする、と言う事。
もっとも、サッカーやバスケットなどの荒っぽいスポーツと比べると野球の方が未だマシだとは思うのですが。
有希や万結が参加する球技と考えるならば。
「もしかしてチアガール?」
身体の小さな彼女らが、図体のデカい男どもに囲まれる可能性のある球技への参加にならなくて本当に良かった。などと考えている俺を無視するかのように会話は進む。
但し、本気になって彼女らが動けば、例えプロのサッカー選手でも彼女らの動きを捉える事は出来ないのですが。
「そうよ。流石に涼子ね。一々説明する手間が省けて助かるわ」
暗に俺のオツムの出来が悪いと言わんばかりの口調でそう答えるハルヒ。ただ、別にそんな事。……朝比奈さんが一年六組の野球チームに加わろうが、そのチーム専属のチアガールになろうが、基本的に俺には関係ないので……。
ただ……。
「おいおいハルヒ。真冬の寒空の下で、朝比奈さんにチアガールのコスプレなんぞさせたら風邪をひくやろうが」
一応、ひとつぐらいは文句を言って置いた方が俺らしいか。そう考えて、深い考えもなくそう口にしてみる俺。
但し、その言葉を発するのと並行して深く考えて見ると、真冬の花園や、国立には女子高生のチアガールが居る可能性が非常に高いので、真冬の北高校のグラウンドにチアガールが居てはいけない、と言う道理がない事にも気付いたのですが……。
まぁ、流石のハルヒでもこんな部分にツッコミを入れて来る事はないか。
「そんな物は根性さえあればどうとでもなるわ」
拳を握りしめ、ダメなスポーツ関係の指導者に付き物の精神論を口にするハルヒ。もっとも、本当にそんな物でどうにかなるのなら、真冬の高緯度地域……オーロラの輝く下を薄着で過ごしたとしても、誰も凍死などしなくなるでしょうが。
そんなツッコミを心の中でのみ入れる俺。しかし、
「それに、そんなにみくるちゃんの事が気に成るんなら、あんたが何とかしなさいよ。其のぐらいの事は簡単に出来るでしょう」
……と、先ほどに比べるとかなり小さな声。おそらく、俺にだけ聞こえたら良い、と考えての事だとは思いますが、そう言う小さな声で呟くハルヒ。
ただ、位置関係から言って、俺に聞こえたと言う事は、彼女の左右に座る朝比奈さんや、朝倉さんには聞こえたと思うのですが。
「あ、あの、大丈夫ですよ、武神くん。実際に試合に出る訳じゃなくて応援だけなら、何の問題も有りませんし……」
半ば諦めた者の表情及び口調で、そう答える朝比奈さん。その言葉の後ろに御丁寧にも小さなため息をひとつ吐き出す。
しかし、そんなに嫌がって居ると言う訳でもなさそうなのは……彼女自身がチアガールのコスプレ姿が楽しみ、だと考えている訳ではなく、無理矢理に試合に引っ張り出されない事への安堵のように感じる。
……と言うか、そんな事に安堵するって、朝比奈さん、ここに至るまでにどんな目に有って来たんだ?
そう考えながら、メイド服姿の先輩を見つめる俺。その瞬間に浮かぶ疑問。そう言えば、彼女は何故、当たり前のようにメイド服姿で――
「ほら見なさい。みくるちゃん自身が喜んでいるんだから、外野がウダウダと細かい事を言わないの」
――過ごしているんだ? ……と言う至極真っ当な疑問に到達した俺に対して、まるで鬼の首を取ったかのようにひとつ大きく首肯いた後に、そう続けるハルヒ。腕は当然のように胸の前で組み、普段通り、非常に偉そうな仕草で。
ただ、彼女自身の見た目が良いのと、今日の場合は服装がシックで、更に柔らかく感じさせるので……。
「それじゃあ、今夜はこのまま有希の部屋に泊まって、明日は朝から野球の特訓よ!」
普段ほどは腹が立たない。……などと呑気に考えて居た俺の耳に、聞き捨てならない一言が聞こえて来る。
但し、普段の彼女に対して腹を立てて居る訳はないのですが。いや、彼女の場合はむしろ呆れて居ると言う方が正しいのですから。
ただ……。
「ちょいまて、ハルヒ。俺はそんな事、一言も聞いてないぞ?」
聞き捨てならない一言――このまま、この部屋に泊まると言う内容。確かに、この状態から、それぞれが、それぞれの家に帰って就寝、明日の朝に再び集まるよりは時間のロスは少なくなるから理に適うとは思います。
但し、それは全員が女性である、と仮定した場合。少なくとも俺が男だと言う事は誰の目から見ても事実で有り……。そもそも、そんな事になったのなら、俺は何処で寝たら良いのです?
少し声が裏返ったのは止むを得ないでしょう。頭の中には、寝袋を渡されてベランダに放り出される俺の姿が浮かんでいたのですから。しかし、そんな俺をしてやったりの表情で見つめるハルヒ。
そうして、
「当たり前じゃないの。あんたには話していないんだから」
そもそもあんたに許された答えは、はいとイエス……このふたつだけよ。
どう聞いても答えが一種類しかない二択を口にするハルヒ。この際、俺の基本的人権などをハルヒに問い掛けても無意味なので無視するとして、
「長門さんは良いのか?」
ハルヒに対して何を言ったとしても埒が明かない。こいつは俺の言葉など右から左へと聞き流すのは間違い有りませんから。そう考えて、この部屋の所有者に対して問い掛ける俺。少なくとも、ここで彼女がハルヒの言葉を打ち消せば、この提案は流れる可能性もゼロでは有りません。
ただ……。
ただ、これは無意味だとは思いながらの問い掛けだったのも事実。何故ならば、俺が相手ならば有無を言わさず従えようとするハルヒですが、少なくとも有希に対しては先に全員で泊まっても良いか、……の確認ぐらいは行って居ると思いますから。
そして、この場でハルヒがこんな事を言い出したとするならば……。
「問題ない」
予想通りの答えを返して来る有希。尚、皆の居る前ではしばらくの間、有希ではなく長門さんと呼ぶ事にして有ります。
流石にそれまではやや他人行儀に『さん』付けで呼んで居た相手を、行き成り名前の方で呼び始めるのは違和感が発生して仕舞います。それに、こう言う部分も秘密の共有のようで、彼女との距離を縮めてくれる役に立つと思いますから、後に危険な場面に遭遇した時に二人の呼吸を合し易くなるはずです。
実際、俺に取っての彼女は、ハルケギニアの湖の乙女などではなく、
彼女に取っても俺は、以前に縁を結んだ異世界同位体の俺ではない。
この両者の関係がギリギリの局面で齟齬をきたす可能性も高くなり、そうなった場合は、余計なピンチを背負う可能性が更に高く成る。
ハルケギニア世界の相棒でも危険な場面は幾らでも有りましたから。そして、この世界も、完全に安全な世界だと言い切る事が出来ないのは間違いないですし。
矢張り、最悪の事態に対する備えは必要でしょう。
「あなたは普段使っていない和室に泊まってくれたら良い。他の人は私の寝室と、もうひとつの使っていない客室を提供する」
流石に先ほどの短い答えだけでは情報不足だと考えたのか、普段よりは説明の言葉を増やした有希。尚、使っていない和室と言うのは、この世界にやって来てから俺がずっと使い続けている俺の部屋で、其処をそのまま使ってくれと言うのは、日常通りに過ごして良いと言う事の表れだと思います。
そら見た事か。そう言う、勝ち誇った者の視線で俺を見るハルヒ。一応、目線の高さは同じはずなのですが、何故かこの時、彼女の方がより高い位置に居るような気がした。
但し、何故、俺が彼女に上から目線で見下されなければならないのか、……に関しては謎。おそらく、何年考え続けてもコレの答えは出て来ないでしょう。
「判ったら、さっさと夕食を終わらせましょう」
最後にハルヒがそう宣言した事により、朝比奈みくるのチアガールへのコスプレが確定したのでした。
……べ、別に、それが楽しみ何かじゃないんだからね!
後書き
これで更にひとつ、イベントの消化。
それでは次回タイトルは『蒼の意味』です。
ページ上へ戻る