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IF物語 ベルセルク編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第九話 反逆者の特権



帝国暦 488年  6月 10日    ガイエスブルク要塞  アントン・フェルナー



ガイエスブルク要塞はまたもお祭り騒ぎだった。敵の一個艦隊を降伏させた。それにケンプ提督は元撃墜王だ。その撃墜王を降伏させたとなれば貴族達が盛り上がるのも無理は無い。捕虜が居ないのが不満そうだったが収容する場所は無いし食料も食い潰す、それを説明すると渋々では有ったが納得した。本当はお前らが玩具扱いして暴力を振るうからなんだが……。

ケンプ提督に良い様に叩かれたラートブルフ男爵は、自分が上手く負けて相手を引き付けたのだと自慢していた。まあ結果としてそうなったのは事実だから間違いではない。でも自慢する事でも無いだろう。一緒に出撃したホージンガー男爵だがこいつは何処かに隠れていたようだ。出撃はしたが本心では怖かったのだろう。敵のいない所を選んで移動していたらしい。ローエングラム侯が二十四時間の軍事行動の停止を宣言するとさっさと戻ってきた。

メルカッツ総司令官の執務室に行くと既にブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯、クレメンツ提督、ファーレンハイト提督が揃っていた。エーリッヒが皆を集めて欲しいとメルカッツ総司令官に頼んでいたのだ。何か話が有るらしい。スクルドで訊いたのだが教えてくれなかった。かなり拙い話の様だ、出来れば聞きたくない。でも俺は参謀長なんだよな……。

「御苦労だった、ヴァレンシュタイン提督。戦果の程はクレメンツ、ファーレンハイト両提督から聞いている。良くやってくれた」
「はっ」
メルカッツ総司令官の讃辞にブラウンシュバイク公が嬉しそうにウムウムと頷いている。

「それで、皆を集めて欲しいとの事だが」
「はい、今後の方針について確認をしたいと思ったのです。総司令官閣下、閣下は今後ローエングラム侯がどのように動くと思われますか?」
執務室の空気が変わった。先程まで有った賑やかな空気は無い、シンとしている。皆の表情からも笑顔が消えた。メルカッツ総司令官が“フム”と頷いた。

「単独で動いているところを二個艦隊やられた。しかも一度は三個艦隊に囲まれての敗北となれば……、嫌でも慎重にならざるを得まい。敵はこれ以上の敗北は避けたい筈だ。おそらくは単独での行動を止め数個艦隊で作戦行動を起こす事になるのではないかと私はみている」
皆が頷いた。

「となりますとこれまでのように敵艦隊の撃破を行う事は難しくなります」
「うむ、そうなるな」
「敵の侵攻速度は遅くなりますからじりじりと押し込まれるでしょう」
エーリッヒの言葉に皆が頷いた。ブラウンシュバイク公、リッテンハイム侯の顔は苦虫を潰したようなものになっている。

「卿の言う通りだ、これからは徐々に戦局は苦しくなるだろう。要塞まで引き寄せ一気に決戦、そう考えているが戦局が厳しくなった時、味方が何処まで耐えられるか……。正直不安が有る」
総司令官の声は苦渋に満ちていた。今は勝っているから良い、しかし味方が負け始めたら……、混乱して決戦など無理という可能性は有る。

「何処かで打開しなければならないだろうと考えているが……」
「何か良い手が有りますか?」
クレメンツ提督が問い掛けたがメルカッツ総司令官は首を横に振った。
「或いはと思う考えも有るが何とも言えない。敵が動けば何か見えてくるかもしれんが時間が無い、おそらく二カ月もすればこちらはかなり押し込まれているはずだ」
勝機を探るには時間がかかる、問題は味方がそれに耐えられるかという事か。

「その頃になれば辺境星域も平定は間近です。そこからは状況は悪化する一方でしょう。平定が終れば三個艦隊が本隊に合流します、ローエングラム侯は一気に押し寄せて来る」
ファーレンハイト提督の言葉に皆が頷いた。なるほど、エーリッヒが勝てる可能性は二パーセントと言う筈だ。思った以上に状況は良くない。

「私の艦隊を動かすというのは如何かな、それならば兵力で圧倒出来ると思うが」
リッテンハイム侯が皆の顔を見回した。リッテンハイム侯は旗下の三個艦隊をブラウンシュバイク公との仲の悪さを偽装するためにここまでは動かしていない。
「小官もそれを考えていました。ここぞというところで侯の艦隊を動かす。それによって戦局を変える……」
メルカッツ総司令官の言葉に皆が頷いた。

「問題は何処で使うかですな」
「それについては小官に考えが有ります」
クレメンツ提督の言葉にエーリッヒが答えると皆の視線がエーリッヒに集まった。エーリッヒの表情は厳しい、かなり危険な策のようだ。

「ただ、その前に或る作戦を実行させて下さい。その方がより効果が大きくなる筈です」
皆が顔を見合わせた。或る作戦? 違うな、危険はこちらか。嫌な予感がしてきた。地雷原の上で飛び跳ねている様な感じだ。

「その作戦とは?」
「敵の後方に出て攪乱を行いたいと考えています」
「攪乱か」
「はい、それが出来れば敵を苛立たせ、その侵攻を遅くする事が出来るでしょう。その分だけ味方の動揺も少なくなる筈です」
「……」

皆が訝しげな表情をしている。そこまで効果が有るのか、そんな表情だ。エーリッヒが微かに笑みを浮かべた。寒い、背中をヒヤリとしたものが走った。
「具体的にはオーディンを狙います」
“オーディン!”という声が彼方此方から上がった。予感が当たった、嬉しくない……。
「詳しく話を聞こうか」
メルカッツ総司令官の声が重々しく響いた。



帝国暦 488年  6月 10日    ガイエスブルク要塞  アルベルト・クレメンツ



メルカッツ総司令官の元を辞すると俺、ファーレンハイト中将、ヴァレンシュタイン大将、フェルナー少将の四人は自然と俺の部屋に向かった。紅茶を四つ用意するとオフレッサー上級大将とリューネブルク中将が訪ねて来た。どうやら見計らって来たらしい。紅茶を二つ追加だ。皆でテーブルを囲んだ。

「次の出撃は何時だ?」
オフレッサー上級大将が唸るような口調で問い掛けてきた。
「会議を要請していたほどだ、早いのだろう?」
オフレッサー上級大将が皆の顔を見回した。フェルナーが呆れたように苦笑を浮かべた。
「十日後には出撃です。但し我々の艦隊だけです」

オフレッサー上級大将が満足そうに頷いてリューネブルク中将を見た。そして“当たったな”と言った。
「当たったとは?」
「早いだろうと予測したのはリューネブルクだ、クレメンツ提督。こいつが予測したのはもう一つある。デカい戦いになる、そうだな」
最後はヴァレンシュタインの顔を覗き込むようにして問い掛けた。ヴァレンシュタインが声を上げて笑った。珍しい事だ。

「大きくなるかどうかは分かりません。しかし退屈はしないでしょうね。今回は閣下とリューネブルク中将にも働いて貰います」
オフレッサー上級大将とリューネブルク中将が顔を見合わせている、二人とも嬉しそうだ。まるで獲物を見つけた肉食獣だな、どちらが先に獲物を獲るか、そんな表情だ。

「但し、死に場所を用意したわけでは有りませんから生きて戻って貰います」
「なるほど、まだまだ先に楽しみが有るという事だな」
オフレッサー上級大将が二度、三度と頷いた。そして“おい、リューネブルク”と中将に声をかけた。
「何でしょう?」
「卿が何故この男と共にいるのか、俺にも分かって来たぞ。中々楽しい男ではないか、ワクワクしてきた」
部屋に笑い声が満ちた。ヴァレンシュタインも苦笑している。

「我々を使うという事は地上戦が発生するという事ですが場所は何処でしょう? まさかとは思いますがレンテンベルク要塞、ですか?」
「いいえ、違います。オーディンです」
リューネブルク中将が目を瞠って“オーディン”と呟いた。オフレッサー上級大将は唸り声を上げている。それを見てヴァレンシュタインが笑みを浮かべた。そして“但し直ぐに撤退します”と言った。

「貴族連合軍は圧倒的に不利な状況にあります。しかしローエングラム侯にも弱点が無いわけでは無い。今回はその弱点を突こうと思います」
「その弱点がオーディンか」
「正確には守るべき拠点が多過ぎるという事だね、アントン。リューネブルク中将が言ったようにレンテンベルク要塞も守るべき拠点の一つだ」

なるほど、貴族連合軍はガイエスブルク要塞に固まっている。ローエングラム侯が攻め寄せれば後方に有る侯の重要拠点は比較的手薄だろう。特に現状ではミッターマイヤー、ケンプの二個艦隊を失っているのだ、後方に回す兵力は極端に不足している筈だ。そこを突く……、大胆では有るが理には適っている。

「他にもローエングラム侯には色々と守るべきものが有る、拠点とは限らない、例えば人とかね」
「……皇帝陛下」
「……グリューネワルト伯爵夫人も居るな」
ファーレンハイト中将と俺が言うとヴァレンシュタインが微かに笑みを浮かべた。ヒヤリとする冷たい笑みだ。
「リヒテンラーデ公を忘れて貰っては困ります」

皆が顔を見合わせた。オフレッサー上級大将がまた唸っている。
「リヒテンラーデ公が居なくなればどうなるか? 新たな政権首班はこちらに関係改善を呼びかけるかもしれない。そうなれば今度はローエングラム侯が反逆者になる」
「それは……」
リューネブルク中将が声を上げた。そしてヴァレンシュタインが低く笑う。

「ええ、シュターデン大将の作戦案とほとんど同じです。オーディンを占拠し皇帝を擁しローエングラム侯を反逆者とする」
「……」
ヴァレンシュタインの笑いは止まらない。
「そんな必要は無いんです。こちらはちょっと力を示せば良い、そして働きかければ……。寝返ってくれる人間が出るでしょう、リヒテンラーデ公を排除してね。その心配が有る限りローエングラム侯は常に後ろを気にしなければならない。こちらが烏合の衆なら向こうもそうしてしまえば良い」

暫くの間沈黙が落ちた。皆が顔を見合わせ沈黙している。士官候補生時代から変わった所が有るとは思っていた。共に戦うようになってからは戦場で戦うだけの単純な男ではない、戦略家として帝国屈指の男だと感嘆した。ブラウンシュバイク公爵家の内政を変えた男だ、政治家の素質も有ると認めた。だが謀略家としての才能も有ったか……。

笑い声が聞こえた。リューネブルク中将が笑っている。
「提督、勝てる可能性は二パーセントでしたな。その二パーセントが微かに見えてきたような気がします、そうでは有りませんか」
ヴァレンシュタインが柔らかく笑った。

「……さあ、どうでしょう」
「最初から狙っていたのでしょう? 敵を引き寄せて叩く、そして手薄になったオーディンを突く」
そうだ、今なら分かる、ヴァレンシュタインは狙っていたのだろう。リューネブルク中将が皆を意味有り気に見回した。

「楽しくなってきましたな」
「同感だ、期待出来そうだ」
「魔術ですよ、これは」
「魔術師ヴァレンシュタインか、良いネーミングじゃないか」
「死に場所を忘れんでくれ」

リューネブルク中将、ファーレンハイト中将、フェルナー少将、俺、オフレッサー上級大将が口々に言うとヴァレンシュタインは最初呆れていたがやがて笑い出した。
「魔術の代償は高いですよ」
代償は命、かな。已むを得んだろう、ヴァレンシュタインが使うのはどう見ても白魔術とは思えない。間違い無く黒魔術なのだから……。



帝国暦 488年  6月 30日  ヴァレンシュタイン艦隊旗艦 スクルド  アントン・フェルナー



ヴァレンシュタイン艦隊二万六千隻はガイエスブルク要塞を発ちオーディンを目指して航行している。と言っても敵の目を潜り抜けなければならない。当然だが航路からはかなり外れた、言ってみればかなりの悪路を航行している。そして今、旗艦スクルドの会議室では作戦会議が開かれようとしていた。

司令官ヴァレンシュタイン大将、副司令官シュムーデ中将、分艦隊司令官アーベントロート中将、分艦隊司令官アイゼナッハ中将、分艦隊司令官クルーゼンシュテルン少将、分艦隊司令官ルーディッゲ少将、分艦隊司令官シュターデン大将、そして参謀長である俺、フェルナー少将。それに陸戦部隊を率いるリューネブルク中将、オフレッサー上級大将。エーリッヒを上座にして席に着いた。シュターデンは一番下位に控えている、かなり腹を括っている。

とうとうシュターデンもこの艦隊に来た。アルテナ星域の会戦で敗れた事で貴族達は誰もシュターデンを相手にしなくなったらしい。露骨に避けられたようだ。ローエングラム侯に雪辱したいとは思っても六千隻では出来る事も限られている。という事で出撃の四日前、エーリッヒに旗下に加えてくれと頼みに来た。

“このままでは一生下を向いて生きる事になるだろう、そのような惨めな一生を送るのには耐えられぬ。それくらいなら死んだ方がましだ”
“……”
“オフレッサー閣下に聞いた、卿が死に場所を与えてくれると。私にも死に場所を与えてくれぬだろうか”
エーリッヒはちょっと迷惑そうだった。まあ気持ちはとっても良く分かる。俺だって内心では御免だった。レンテンベルク要塞に置いて来るべきだったと後悔したほどだ。人助けをして後悔するとは、……前代未聞だ。

“私はシュターデン提督を利用、いえ見殺しにしたのですよ”
“分かっている。非情としか言い様は無い。しかし卿は私を利用してミッターマイヤー提督を完膚なきまでに打ち破った。私には出来なかった、いや思いつかなかった事だ、違うかな”
“……”

“軍人である以上、どれほど非情であろうと勝たなければならない。その点で私は卿に及ばない事が分かった。卿の下で一分艦隊司令官として使ってくれ。どんな任務でも否とは言わぬ。この通りだ”
シュターデンが頭を下げた。正直驚いた。プライドの高いこの男がエーリッヒに頭を下げる? 本気なのだと思った。
“……分かりました。出撃は四日後です、準備を整えてください”
シュターデンは何度も礼を言って部屋を出て行った。そして出撃して十日、艦隊はシュターデン分艦隊との連携を確認しつつオーディンに向かっている。

「短期間の休息で作戦行動が続きます。将兵達は不満に思っていませんか?」
「少なくとも小官の艦隊ではそのような事は有りません。連戦連勝、将兵は勇み立っております」
エーリッヒの問いにルーディッゲ少将が答えた。他の司令官達もシュターデンを除いて頷いている。エーリッヒが俺を見た、本当か? そんな感じの視線だ。大丈夫だ、間違いない、将兵達は出撃を喜んでいる。自分達は宇宙最強の艦隊なのだと信じている。士気は高い。

「今回出撃の目的ですが敵艦隊の撃破では有りません」
分艦隊司令官達が顔を見合わせた。声は出さない、視線をエーリッヒに戻した。
「オーディンを攻略します」
今度はシュターデンを見た。シュターデンが以前唱えたオーディン攻略作戦を思い出したのだろう。シュターデンは視線にたじろぐ事無くエーリッヒを見ている。分艦隊司令官達が視線をエーリッヒに戻した。

「オーディンでは二つの事をします。先ず一つ、物資を奪います。オーディンに有る補給物資を全て強奪しガイエスブルク要塞に運びます」
「全てですか、かなりの量になります。運ぶと言っても輸送船が……」
「問題は有りません、アーベントロート中将。輸送船も全て奪うのです」
「……」
「運べない分は使えないようにして廃棄します」

分艦隊司令官達が顔を見合わせた。
「物資と輸送船を奪う、ローエングラム侯の補給線を破壊しようという事か」
ルーディッゲ少将が呟くとエーリッヒが“その通り”と言って頷いた。
「オーディンで行う事の二番目は人攫いです」
今度は皆が頷いた。対象者が誰か想像がついたのだろう。

「先ず、エルウィン・ヨーゼフ」
会議室に声にならない驚きが起きた。予想外だったとは思わない、エーリッヒは皇帝に対していかなる敬意も示さなかった、その事への驚きの筈だ。
「次に帝国宰相リヒテンラーデ公爵、彼の政務補佐官ワイツ」
驚きに気付かぬようにエーリッヒが言葉を続ける。空気が痛いほどに張り詰めた。

「それからグリューネワルト伯爵夫人、マリーンドルフ伯爵家のヒルデガルド・フォン・マリーンドルフ」
「……」
「以上の五人、一人も欠ける事無く攫って貰います」
否を言わせぬ何かが有った。身動ぎもせずに皆が聞いている。

「アントン、例の物を配ってくれ」
役割分担表を皆に配った。オフレッサーはリヒテンラーデ公とワイツ補佐官。リューネブルク中将は皇帝エルウィン・ヨーゼフ二世。マリーンドルフ伯爵家には俺が、そしてグリューネワルト伯爵夫人の元にはエーリッヒが自ら赴く。シュターデン大将はオーディン周辺の哨戒任務、他の司令官達はシュムーデ中将の指揮の下、補給物資の収奪、輸送の手配を行う。

「オーディンではモルト中将が三万の将兵を擁していると聞きます。制圧に手間取ると逃げられる可能性が有りますが……」
アーベントロート中将が恐る恐ると言った風情で疑問を呈した。
「艦船、およびワルキューレを使って上空から攻撃します。簡単に粉砕出来るでしょう」
皆が眼を剥いた。新無憂宮の上空は飛行禁止地域だ。それを無視しようとしている。

「宜しいのですか、閣下」
不安げにアーベントロート中将が問うとエーリッヒが微かに笑みを浮かべた。
「構いません。我々は反逆者です。反逆者は反逆者らしく行動する。皇帝の権威も禁忌も関係無い、全てを踏み躙り目的を果たす。それが反逆者だけに許された特権です……」

皆が震え上がった。胆力に優れたオフレッサー、リューネブルクでさえ顔を強張らせている。戦慄する諸将にエーリッヒが柔らかく微笑みかけた。楽しんでいる、間違いなくエーリッヒは反逆を楽しんでいる……。
「我々は反逆者なのです」
詠う様な声だった。


 
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