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横浜事変-the mixing black&white-

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物語は一人の人物が思い描く色に染まっていく

 
前書き
終盤です。展開をいろいろと濃くしたつもりですので、最後までお付き合いいただければと思います。 

 
 「社長、どうしてここに」

 閃光手榴弾の威力は、くねり曲がった道の一部のみで放たれた。その場にいた裂綿隊、殺し屋統括情報局の殺し屋達は反応に遅れ、目や耳を押さえてうずくまっている。

そんな中で、ヘヴンヴォイスのメンバーと鈴奈は新たな人物の登場に各々の驚愕を顔に浮かべていた。

 「こっちの人間は死んでないようだね。よし、なら帰るとしようか」

 社長の緊張感のない言葉を聞いたミルは焦った表情で食い下がった。

 「しかし、まだ横浜に関する情報が……」

 「ああ、そっちは気にするな。私が入手した」

 「……っ。そんな」

 「ああ、別にお前達を当てにしていなかったわけじゃない。私達は『彼』に呼ばれてやって来ただけなのだから」

 第三者を感じさせる意味深な言葉に、ミルを始めとしたヘヴンヴォイス、空気に着いていけていない鈴奈まで頭に疑問を浮かべた。そしてミルが改めて真意を問おうと口を開きかけたのだが――

 「それはいったいどういうことか、説明してもらえますか?」

 「……オオコウチ」

 半身になって後ろにいる男の名を呟いたミル。だが男はそちらを見向きもせずに社長の方を見据えた。

*****

 ざらつきのない男の声が静まった戦場に響き、社長はミルや鈴奈のさらに後ろに目を動かした。

そこにいたのはモデル雑誌から飛び出してきたような風貌の美青年だった。だがその表情は困惑と焦り、そして苛立ちが混じり合った険しい色を滲ませていた。

 一方でその心情を掴み取った社長はふと顎に手を当て、それから「ああ」と合点がいったとでも言いたげに言葉を紡ぎ出した。

 とはいえ、その言葉は大河内にとって聞き捨てならない内容だったが。

 「お前が全ての元凶で、噛ませ犬の大河内降矢か」

 「……は?」

 「いや、そのままの意味だよ。お前が裏で『誰か』からの支援を得ながら、今回の騒動を引き起こした。そして最後に敗北するのもまたお前なのだよ」

 社長は涼しい顔をしながら、眼前で呆けた顔をする年上の青年に言葉という重圧を掛けていく。

 「そもそもお前は私達が誰だか分かっているか?いや、今は分かっているだろうが最初は知らなかった筈だ。何故ならお前は情報を交換したり委託するだけの分厚い人間関係を持っていないからさ。だからお前は『誰か』の力を借りた。そうだろ?」

 「……逆に貴女はどこまで知っている?それ以前に、どうしてここにいる?」

 大河内が表情を変えぬままそう聞いた。すると社長は一度目を丸くして、それから腹を抱えて笑い出した。それがあまりに珍しいのか、ミル達も隣にいる大男も驚いた様子で彼女を見ている。

 だが大河内の気分は晴れない。誰にも聞こえないボリュームで舌打ちをすると低い声で先を促した。

 「質問に答えて下さい」

 「え?ああ、質問な。ハハッ!いやぁ、人間というのは面白いものだ。そうかそうか。なら教えてやろう。私達がどうしてここにいるのかを」

 そう言うと目尻に溜まった涙を手の甲で拭い、尚もニヤニヤしながらこう言った。

 「そんなの簡単だ。お前らの『頭』に呼ばれたからに決まってるだろう」

 その瞬間、空気が凍り付いた。しかしそれは特定の人間――大河内の周りだけだったが。

 そのとき今まで一切口を挟まなかった鈴奈が、「あー」と大げさに首を縦に振りながら、嘲りの言葉を大河内に浴びせかけた。

 「あーあ、残念だったねオーコーチ。あたし頭良いから真相分かっちゃったんだけどさ……結局のところ、アンタは最初から『局長』に踊らされてたってわけね。あのジジイはアンタを利用して、何か別の目的を果たそうとしてるのよ。だからスクランブル出撃のチームDがジジイ直接の指示で動かされた。この先の展開は読めないけど、そこの美女ちゃんの言う通り、アンタはどっかしらで負ける運命にあるってことよザーンネーン!」

 大河内は顔を俯けて沈黙している。前髪で表情の知れない彼を眺め、社長はつまらなそうな口調で語り出した。

 「お前らの頭はまず今回の騒動で私達を巻き込んだことについて詫びたよ。奴はヘヴンヴォイスが横浜に潜伏したその日から我々について調べ上げたらしく、私の目的――横浜に潜む殺し屋についての情報収集も認識していた。そこで自分の計画にヘヴンヴォイスを組み入れ、『ネット上で知り合った設定』の大河内降矢をミル・アクスタートに接触させた。計画が完璧に進むのは当たり前で、こうして私達が日本に渡ることになるのも計算済みってわけだ」

 ここまでキレる人間もいるものだな、と社長は感慨深げに呟き、それから再び言葉を紡ぎ出していく。

 「そもそも奴は組織の人間にすら素性を明かしていないそうじゃないか。オオコウチ、お前はネットで接触してきた心優しいお助けマンに疑問を持たなかったのか?ヘヴンヴォイスの情報を独自に掴める奴なんてそうそういないぞ」

 「……」

 「しかもアイツは、計算通りに私が横浜に来たっていうのに、お詫びの印とか言ってお前らの情報を提供してきた。これで私の目的は完遂したことになるが、正直『してやられた』気分だよ。こんなに悔しいと感じたのは久しぶりだ」

 「ちょ、あたしらの情報って何よ。まさかアンタらいつか暗殺しにくる気なんじゃ……」

 「いやいや、そんな物騒なことするわけないだろう。ただ、持つに足らないというのは今回学んだよ」

 「……それ、あたしらに喧嘩売ってない?」

 「さて、我々は引き上げるとしよう。もうここに用はないんでね」

 「あの女、あたしを無視しやがった……!」

 鈴奈の怨嗟に燃える視線を、やはり涼しい顔で受け流す社長。彼女は元来た道を歩き出し、その後ろを大男とヘヴンヴォイスが着いて行く。

やがて彼らの姿は視界から消え、そこに残ったのは殺し合いに身を委ねていた横浜の殺し屋達だけだった。

*****

 「で、アンタはこれからどうすんの?こんな下らない遊び、誰も興味ないわよ?」

 依然と嘲笑を浮かべている鈴奈が大河内に話しかける。だが大河内は何も発さず、じっと地面を見つめていた。

 「アンタといい白人の女といい、無視すりゃ解決するってわけじゃないのよ?刑務所の前に放り投げられてもいいの?」

 苛立たしげに言いながら彼女はブレザーから携帯を取り出す。そこでちょうど着信が入り、彼女はディスプレイに表示された番号を見た。

 「誰?迷惑電話もいい加減にして、よ、ね……?」

 少しずつ言葉に強みがなくなっていく鈴奈。彼女は気付いた。

 この周囲から様々な着信音が鳴り響いてるという事に。

 携帯の初期設定において既定されている単調な電子音、ドラマの主題歌、芸人のネタを連続的に発するものなど、今の自分達からしてみればとても滑稽に思える音の群が、一帯を占拠しているのだ。

 すぐ近くにいた大河内を見てみると、彼も右手に持った携帯から着信がきていた。虚ろな目をぼんやり灯る画面に向けて直立している。

 とはいえ、わざわざ『携帯に出ろ』と促す事はせず、彼女は恐る恐る受話口に耳を当てた。そして通話越しに繋がっている相手の声を聞いて驚嘆の顔を作った。

 『やあやあ殺し屋統括情報局の殺し屋諸君。今日まで生き残れたのはまさに奇跡の連続と言えよう』

 「……局長?」

 その声は鈴奈のものではなく大河内だった。受話口と肉声どちらからも聞こえてくる彼の声に、鈴奈は驚きの表情を疑問に変えた。

 『ふむ、どうやら多地点通話は出来ているようだ。これで殺し屋統括情報局の殺し屋だけに話をすることができる』

 「多地点通話?何よそれ」

 当然の疑問に電波の先にいる初老の声はすぐに反応した。

 『その声は玉木君だね。私の指示通り動いてくれて助かったよ。閑話休題。多地点通話についてだが、これは電話を掛けた私を軸に複数の人間と繋がり合うのを可能にしたシステムだ。まさに外部を封じた珠玉の手法だと言えるだろう』

『それよりも局長、今まで何をしていた?』

 そこで耳に赤島の声が流れてきた事で、鈴奈は本人を前にしたわけでもないのに喜色満面になった。

 「赤島さん!久しぶりです玉木鈴奈です!」

 すると電話越しに赤島の押され気味な声が耳に刷り込まれていった。

 『あ、ああ。久しぶりだな。で、局長。理由を聞かせてください』

 そんな赤島に続いて、局長の声が鼓膜を打つ。

 『それについては悪かった。だが安心してくれ。本部は復活させたし、ヘヴンヴォイスとも手を打った』

 「……局長」

 『ん、その声は大河内君か。ああ、そうだね。君には申し訳ないことをしたと思っているよ』

 その言葉はどこか素っ気なく、実際の声色も謝っているにしては明朗なものだった。きっとそう感じてるのはあたしだけじゃないな、と鈴奈は心中で呟いた。

 『初めに接触したときの君の食い付きが予想以上でね、そんなに組織を拒んでいたのかと驚いたよ。でもそのおかげで私は自分の計画をここまで持ってくることができた』

 『え、それってどういうことすか?』

 法城の上ずった声が電話越しに聞こえてくる。それについては鈴奈も詳しく聞きたかった。彼女はチームA~Cの仕事から外れた役割を担っているので、全てにおいて蚊帳の外だった。一体この組織に何があったのかはともかく、組織の長が何を考えているのかは把握しておきたかった。

 局長がわざとらしい困り声で語り出す。

 『ううむ、どういったものか。私の真意は話せないが、これまでの全ては私の思惑通りで、それを表で動かしていたのが大河内君だったというわけだ。そして今、私は彼を裏切り、君達とも手を打ちたいと考えている』

 『は?』

 誰かが間抜けな声を出した。その次に耳に流れ込んできたのは宮条の声だった。

 『つまり局長は、私達を潰す気ですか?』

 「!」

 ――それってあたしも含まれるの?

 咄嗟にそんな考えが浮かび上がり、無意識でかぶりを振った鈴奈。それでも会話は彼女の心情など知らずに進行していく。

 『大まかに言ってしまえば、そうかもしれない』

 「ちょ、ちょっと!それはおかしくない!?」

 と、そのとき彼女の視界がどんどん白い閃光に包まれていった。街灯以上に膨れ上がる光源に腕をかざす。まるで怪盗が警察に見つかってライトを浴びせかけられたかのような――

 「え?」

 徐々に収まりを見せる無数の光に腕をどかした鈴奈。だが次に広がっていた光景は痛いぐらいに突飛なものだった。

 自分と大河内の前に一台の車が停まっていたのだ。中に乗っている人物は光の反射で窺えず、エンジン音が犬の威嚇さながらの勢いで彼女の腹部を轟かせる。

 そして頭上からも激しいライトの束を当てられた。急いで顔を上に向けて、彼女は久しぶりに背筋を震わせる感覚を味わった。

 「なんでヘリコプターがいるのよ……?」

 自分達を見下ろすようにして同じ場所を行ったり来たり旋回しているのは、よくテレビで見られる数機のヘリコプターだった。ドアは半開きで、そこから誰かがマイクを持ってこちらを見ている。

 「……いや、見てるんじゃない。あたし達をリポートしてる?」

 「バカな……」

 大河内の魂が抜けたような声が僅かに聞き取れた。そちらを向くと、彼は携帯を持った腕をブラリとしながら項垂れていた。初めの狂気さはどこにも感じられない。

 『茶番は終わりだよ、殺し屋諸君。ああ、裂綿隊の面々も含まれるよ。君達の姿は世界に筒抜けだ』

 そこで多地点通話は終了した。

 今、局長は何を思っているのだろうか。白い筒状の光を浴びながら鈴奈はふと考えた。

 哀れな自分達を嗤っている?実は申し訳なく感じている?全ては冗談で、ここから真実を暴こうとニヤけている?

 どれでもないな、と彼女は結論付けた。電話越しでしか接触した事のない人物だが、彼女には分かった。局長と呼ばれる男は自分の欲する物に一図な人間で、目的を完遂させる事だけしか考えていないという事を。だからこそ人を殺すだけの組織を作れたし、こうして仲間を裏切れる。

 結局のところ、自分には取るに足らない存在だから。

 「……笑わせてくれるな」

 そう呟いたのは彼女ではなく、今まで茫然と立ち尽くしていた大河内だった。その表情はどこか俯瞰的で、一見すると平静を保っているようにも感じ取れる。

 しかし彼が壊れている事を鈴奈は知っていた。

 「茶番は終わり?だからなんだ。だったらどうしてアンタは俺が無実の一般市民を殺し続けたのを止めなかった?殺し屋としてではなく、人殺しとしての俺を止めなかった?」

 「そんなの、今ジジイが言ったじゃん」

 「……何?」

 こちらに振り返った大河内に、鈴奈はさもつまらなそうに言葉を紡ぎ出した。

 「アイツは自分に利益のあることにしか興味がないの。だからアンタは好きなだけ人を殺せたし、今こうして裏切られた。そんな簡単なことにも気付けないなんて、アンタ殺し屋失格ね」

 ――ま、殺し屋の定義が何なのかは知らないけど。

 心中でそう付け足し、彼女は一息吐いた。今の状況が現実なら、この時点で鈴奈達は投降せざるを得ない。これ以上殺し合いを続ければ罪は重くなる一方だ。いくら自分に自信があるからといって自分の首を絞める行為をするほど、鈴奈は馬鹿ではない。しかし――

 「っ!?」

 突然増幅した殺気を掴み取り、彼女は咄嗟の判断で横に転がった。その直後、自分がいた位置をナイフの刃が通過していった。

 「……ちょっと、アンタ」

 態勢を立て直した鈴奈が低い声でそう言った。ナイフを突き出したポーズで止まっていた大河内がゆっくりとこちらに顔を向けて、酷薄な笑みを浮かべた。

 「いやぁ、本当に参った。この展開はさすがの俺も予想していなかったよ。でもさ、ここまで来たら戻れないってことぐらい分かっていた方がいい。まあ、それを判断する脳がこれから壊れるんだけどね」

 「オーコーチ……」

 「俺はまだ終われないんだよ。だからさ……死ね」

 バネ仕掛けのように足を折り曲げ、その爆発力でこちらに飛んでくる大河内。ナイフという身近な脅威が一直線に迫りくる事実に、鈴奈は―― 
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