| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

IF物語 ベルセルク編 銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第七話 二パーセント

~エインヘリャルは北欧神話でいう戦死した勇者の魂。日本語表記では他にエインヘルヤル、アインヘリヤルもみられる。「死せる戦士たち」とも呼ばれる彼らは、ヴァルキューレによってヴァルハラの館に集められる。ラグナロクの際に、オーディンら神々と共に巨人たちと戦うために、彼らは毎日朝から互いに殺し合い、戦士としての腕を磨いている。ヴァイキングの間では、死後ヴァルハラに迎えられることこそ、戦士としての最高の栄誉とされていた。そのため、エインへリャルとしての復活を信じて戦場においても死を恐れることなく、キリスト教徒より勇敢に戦うことが出来たと考えられている~



帝国暦 488年  5月 20日  シャンタウ星域  ヴァレンシュタイン艦隊旗艦 スクルド  アントン・フェルナー



「敵艦隊、追ってきます!」
「全艦に再度命令、急速後退! 急げ!」
エーリッヒが命令を出すとオペレータ達が弾かれた様に動き出した。まあ仕方ないよな、エーリッヒはちょっと御機嫌斜めだ。もう俺もリューネブルク中将もオフレッサーも笑うのは止めたんだから機嫌を直して欲しいよ。仕事は楽しくやらないと。

「敵艦隊、速度を上げています!」
オペレータが声を張り上げるとエーリッヒが“喰い付いた”と言って小さく笑った。背筋が寒いわ、これが出た時は相手に大量戦死者が出るのが確定した時だ。アルテナ星域の時も同じだった。リューネブルク中将を見ると中将も肩を竦めている。オフレッサーは気付いていないようだ、真後ろだし初めてだから分からないのだろう。

「敵、砲撃してきました!」
「応戦せよ! アントン、艦隊をU字型に再編する。本隊は中央、アーベントロート、シュムーデは右翼、アイゼナッハ、クルーゼンシュテルンは左翼、ルーディッゲ少将は予備として本隊の後方に配置。但し、後退速度は現状を維持。追い付かれるな!」
「はっ」

後退速度は現状を維持か、陣形再編のために速度を落とすなという事だな。となると本隊と予備は少し速度を上げる必要がある。紡錘陣形からU字型、さらにこの状態から速度を上げるか、結構きつい命令だな。だが敵が迫っている以上悠長な事は出来ん。

オペレータ達に指示を出すと彼らも慌てて各分艦隊の位置を確認しながら指示を出し始めた。敵は少し出遅れた、今は未だ損害らしい損害は出ていない。しかし向こうは速度を上げてきている。このままではいずれは追い付かれるだろう。そうなればこちらにも損害は出る。急がなければ……。

「なんと言うか、簡単に喰い付いたな。罠だとは思わんのかな」
オフレッサーが小首を傾げている。
「思いませんね。敵は艦隊速度を上げています、ケンプ提督は逸っているんです。こちらに増援が無い、戦闘状態になるのを恐れている、そう思っています」
エーリッヒが他人事のように答えるとオフレッサーが“フム”と頷いた。実際敵が速度を落とす気配は無い、少しずつ距離は縮まっている。

「こちらは陣形を変えている、包囲されるがそれでもか?」
「虚仮脅しぐらいにしか思いませんよ。何と言ってもこちらは全速で逃げています。罠なら速度を緩めて誘い込むだろうと思うはずです。そして積極的に追えば自分の後ろに増援が迫っているとこちらが判断すると思っている」

オフレッサーがまた“フム”と頷いた。不思議だな、この二人。互いに正面を見ながら話している。オフレッサーは腕組み、エーリッヒは頬杖。両者とも相手の顔を見て話そうという気は無いらしい。それでも会話が成り立っている。相性良いのか? リューネブルク中将も不思議そうに見ている。

「追い付かれるぞ」
「陣形が整うまで追い付かれなければ問題ありません。その後は誘い込んで半包囲します。最終的にはクレメンツ、ファーレンハイト艦隊が蓋をしてくれます。後はぐつぐつ煮込んで終わりです」
「なるほど、手順だけ聞くと美味そうだな」
オフレッサーが頷いた。この男なら本当に食いそうだ。

「敵の増援が迫っているという可能性は?」
「その可能性は有ります、ですが小さいでしょう。それならもっと早く仕掛けた筈です。……ところでオフレッサー閣下、私の頭の上から話しかけるのは止めて頂けませんか。見下ろされているようで不愉快です」
あ、また仏頂面になっている。なるほど、相性が良いわけでは無かったか。

「フム、俺は気にせんが卿が不愉快と言うなら考えなければならんな。……耳元で囁くというのはどうだ?」
溜息が聞こえた。
「……そのままで結構です、動かないで下さい」
思わず吹き出した。髭面のオフレッサーがエーリッヒの耳元で囁く? リューネブルク中将も吹き出している。それを見てオフレッサーが大声で笑い出した。

オペレータ達が驚いて俺達を見ている。戦闘中に笑い出したのだから無理もない。エーリッヒが顔を顰めるのが見えた。
「何を見ている! 各員職務を遂行せよ!」
エーリッヒの命令にオペレータ達が動き出した。相性は……、考えるのは止めよう……。



帝国暦 488年  5月 20日  シャンタウ星域  ファーレンハイト艦隊旗艦 ヴェルザンディ  アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト



「間もなく戦闘予定宙域です」
「参謀長、戦闘の推移によっては多少ズレが有るかもしれん。索敵部隊には予定宙域だけに留まらずその周辺も索敵対象であることを徹底させてくれ」
「はっ」
参謀長のブクステフーデ准将がオペレータに指示を出していく。その姿を見ながら俺はヴァレンシュタインとミュラーの事、そしてコルネリアス・ルッツの事を思った。

ヴァレンシュタインはミュラーと戦う事を出来るだけ避けようとしている。親友だからではない、その方が戦局を有利に進められる、そう思っているようだ。場合によっては寝返らせるか、或いはローエングラム侯の手で粛清させるか、そこまで考えている。非情としか言いようがない。ヴァレンシュタインが持つ情の厚さを思えばその苦衷は胸を掻き毟らんばかりだろう。だがそれでも彼はそれに耐え勝つ事を模索している。

コルネリアス・ルッツ、彼は辺境星域でキルヒアイス提督、ワーレン提督と共に戦っている。当分俺が彼と戦う事は無いだろう。だが辺境星域の平定が終わればルッツは本隊に合流する筈だ。そうなれば戦力を増強したローエングラム侯は攻勢を強めてくる。ルッツとも戦場で戦う事になるのは間違いない。

「二パーセントか……」
「閣下?」
副官のザンデルス大尉が訝しそうな表情をしている。いかんな、思わず口に出たか。
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」
「はい」

先日、皆で飲んだ時改めて勝つ可能性をヴァレンシュタインに訊いたがやはり答えは二パーセントだった。理由は最終的には戦場でローエングラム侯を殺さねばならない、しかしどう見ても殺せそうにない、どうすれば彼を斃せるのか、そこが見えてこない、そう言っていた。そして貴族連合は弱点が多すぎるとも……。

“ローエングラム侯を相手に中途半端な勝利は有り得ません。どちらかが滅ばざるを得ない。その辺りを貴族達がどの程度理解しているか……、不安が有ります。このままで行けば戦線が膠着し長期戦になる可能性も有りますが長期戦は明らかに貴族連合に不利です。そうなれば結束の弱い貴族連合は常に分裂、離散の危険が有ります”

“貴族達に我々は勝てるのだという希望を与え続けねばなりません。希望が有る限り貴族連合は一つで有り続けるでしょう。しかし希望が無くなれば、その時から貴族連合の終焉が始まります。裏切り、逃亡者が続出するでしょう。悲惨な結末が待っていますね”

希望を与える、つまり俺達が戦場で勝ち続ける事だ。勝ち続ける限り貴族達は俺達が居れば何とかなる、ローエングラム侯に勝てると思うだろう。そして俺達に縋り付く筈だ。だが貴族を餌にするのも今回が最後、となれば徐々に徐々にだが勝つための条件は厳しくなっていく。これから先どうやって貴族達に希望を与えるのか……。

「索敵部隊から報告! ヴァレンシュタイン艦隊、ケンプ艦隊を確認! 予定宙域です!」
「状況は! どちらが勝っている!」
ブクステフーデ参謀長が怒鳴るようにオペレータに状況の確認をした。
「ヴァレンシュタイン艦隊はケンプ艦隊を半包囲下においています!」
オペレータの答えに爆発するような歓声が艦橋に上がった。良し、今回は貰った。後はクレメンツ提督が来れば包囲は完成だ。
「艦隊の速度を上げろ! 急げ!」



帝国暦 488年  5月 22日    シャンタウ星域 ミュラー艦隊旗艦 リューベック ドレウェンツ



先行する索敵部隊から連絡が入ったのは二十二日に入ってすぐの事だった。“こちらに向かってくる艦艇群を確認。その数、およそ二万隻”。その報告がリューベックに伝えられると艦橋は凍り付く様な沈黙に陥った。身動ぎ一つ許されない、そんな沈黙だ。

ミュラー提督はその報告を聞くと指揮官席で身体を強張らせた。そして眼を閉じると深く息を吐いた。恐れていた事が起きた。多分ケンプ提督は敗北したのだろう。しかし妙だ、敗走してくる艦隊には会わなかった。それにケンプ艦隊からの連絡も無い。どういう事だ?

戦っている最中、こちらの艦隊を秘匿するために通信を封鎖したという事は有り得る。だが敗北したなら味方を捲き込まない為、或いは救援を求める為に通信してもおかしくは無い筈だ。通信妨害をされた? そして全滅? 嫌な想定ばかりが頭をよぎった。

オルラウ参謀長が“閣下”と提督に声をかけた。
「索敵部隊が接触したという事は三時間もすれば我々とも接触するでしょう。如何されますか?」
「……このまま前進してくれ、周囲を警戒しながらだ」
ゆっくりとした、噛み締めるような口調だった。

戦うのだろうか、向こうは二万隻近い兵力を維持している。という事は殆ど一方的にケンプ提督は敗れたのだろう。ヴァレンシュタイン提督の艦隊は間違いなく貴族連合軍最強の艦隊だ、兵力もこちらより多い。このまま進めばその艦隊と戦う事になる。旗艦リューベックの艦橋は重苦しい空気に包まれた。オペレータ達が時折ミュラー提督に視線を向ける。強敵と戦う昂揚感は無い、明らかに怯えている。

三十分程経った時、敵艦隊から通信が入ってきた。スクリーンに黒髪の若い男性が映った。間違いない、ヴァレンシュタイン大将だ。……オフレッサー? ヴァレンシュタイン大将の後ろにオフレッサー上級大将も映っている! 生きていたのか……。艦橋の彼方此方からざわめきが起こった。

『やあ、ナイトハルト、久し振りだ』
「……エーリッヒ」
屈託なくにこやかに話しかけてきた。皆がますます驚いている。
『ちょっと卿に頼みたい事が有るんだ』
「それを聞く前にケンプ提督の事を教えて欲しい。ケンプ提督はどうなった? 艦隊は?」
ヴァレンシュタイン提督がちょっと困ったような表情を見せた。

『ケンプ提督の艦隊は全滅した』
“全滅”という言葉が大きく響いた。皆震え上がっている。オルラウ参謀長が“馬鹿な”と小さく呟くのが聞こえた。
『だがケンプ提督は無事だ、降伏して捕虜になった。彼だけじゃない、百万人以上の部下も一緒に降伏した』
「……」
百万人以上が捕虜? 単純計算で一万隻以上が降伏したという事か。どういう事だ?

「そうか、クレメンツ提督、ファーレンハイト提督も一緒だったのか……。私を攻撃しないのか?」
ヴァレンシュタイン提督が肩を竦めた。
『しないよ、そんな事は。一個艦隊潰したからね、お腹が一杯なんだ。私が小食なのは知っているだろう』
三個艦隊を動かした……。危なかった、一つ間違えばこの艦隊も殲滅されていたかもしれない。或いはヴァレンシュタイン提督はミュラー提督と知って見逃したのか?

「……クレメンツ提督、ファーレンハイト提督は?」
『二人はガイエスブルク要塞に戻った。私は卿に頼みたい事が有ってね、ここで待っていたんだ。良いかな、話しても』
「ああ、構わない」
ミュラー提督の言葉にヴァレンシュタイン提督が頷いた。本当に戦争をしてるんだろうか、そんな長閑さを二人から感じた。

『捕虜を預かって欲しいんだ』
「預かる?」
『ああ、ガイエスブルク要塞には百万もの捕虜を収容する場所は無い。それに貴族連合軍は軍規が緩いからね、捕虜に対して非人道的な暴力事件が起きかねないんだ。分かるだろう? ミッターマイヤー提督の事を考えれば』
「確かにそうだな」

『ケンプ提督もその事が不安だったようだ。という事でね、二人で話し合った。それで内乱の期間中は捕虜としてオーディンで過ごすという事で同意した。つまり軍務には戻らないという事だ』
「なるほど」
なるほど、と思った。ようするに場所を貸せという事か。

『如何思う?』
「良い考えだと思う」
『ならばローエングラム侯の了承を取ってくれないか。そしてケンプ提督達をオーディンに運んで欲しい。如何かな?』
ミュラー提督が少しの間俯いて考えた、顔を上げた。

「もしこちらがケンプ提督を戦場に出したら?」
『……次からは捕虜は取らない』
「皆殺しか」
『そういう事になるね。望むところではないが容赦はしない』
艦橋が凍り付いた。ヴァレンシュタイン提督の声には先程までの和やかさは無かった。ヒヤリとするものを感じる程冷たかった。

「分かった、ローエングラム侯の許可を取ろう」
『捕虜の引き渡し、そして私の艦隊が撤退するまでに二十四時間が必要だ。その二十四時間の間、帝国軍の軍事行動の停止、それをローエングラム侯に宣言して貰いたい』
「……」

『私はローエングラム侯は信じるがオーベルシュタイン総参謀長は信じていない。陰で小細工されるのは御免だ』
ミュラー提督が大きく息を吐いた。
「分かった、ローエングラム侯を説得しよう」
『宣言は一時間以内に頼む。それを過ぎれば時間稼ぎをしていると判断して撤退する』
提督が眉を寄せた。

「捕虜は如何なる?」
『貴族達の玩具になるな』
「エーリッヒ!」
ミュラー提督が声を荒げたがスクリーンに映るヴァレンシュタイン提督は眉一つ動かさなかった。
『小細工はするなと言っている。卿は親友だがそれを信じて私の部下を危険に曝す事は出来ない。我々は敵対関係に有るんだ』

一時間では我々の艦隊はヴァレンシュタイン提督の艦隊には追い付けない。ヴァレンシュタイン提督は無理なく撤退できる。或いはクレメンツ提督、ファーレンハイト提督はヴァレンシュタイン提督の直ぐ傍に居るのかもしれない。それならば撤退を阻む艦隊が現れても排除は難しくない。ヴァレンシュタイン提督はこちらをかなり警戒している。

ミュラー提督がヴァレンシュタイン提督の要求を全て受け入れた。ヴァレンシュタイン提督は軍事行動の停止が宣言されたらまた連絡すると言って通信を切った。一時間、一時間以内にローエングラム侯を説得し軍事行動の停止を宣言して貰わなくてはならない。


 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧