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剣の丘に花は咲く 

作者:5朗
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第四章 誓約の水精霊
  幕間 ルピナス

 
前書き
 今回も短いです。
 すみません。 

 
 熱く乾いた風が頬を撫ぜる感触に、眉根を寄せ目を覚ますと

「何処だい……こりゃ」

 目の前に広がる光景に、思わず目が点になる

「これは……また、凄いけ、ど……」

 目に映える赤……

「流石にこりゃ夢だろ」

 広がる荒野……

「ありえないだろ、特にこの……」

 突き立てられる剣……

「……一体……ん?」

 不意に吹いた風の中に、甘い香りが混じっていることに気付き、顔を上げる

「……花の、香り……」










「ふう、一体どこまで続いてんだい? 全く勘弁して欲しいね」

 額に浮いた汗を拭うと、変わらない光景に文句を言う。
 目の前に突き立てられている剣に、手を乗せ、力を込めるが

「っ!……はぁ……抜けない……か。全くこんなお宝を目の前にして、何も出来やしないなんて、夢でも悔しいもんさね」

 抜けるどこらか、剣は微動だにしなかった

「全く……本当に勿体無いねぇ」

 名残惜しそうに剣から手を離すと、再び歩き始める

「しかし、本当にここはどこなんだか? 歩けど歩けど見える景色は、変わらず広がる荒野と、そこに突き刺さる剣だけと……まぁ、手に入れることは出来なくても、見るだけでも十分価値はあるけど……」

 歩きながらぶつぶつと独り言を呟きながら、横目で突き刺さる剣を見つめる
 この赤い荒野に突き刺さっている剣は、そのどれもが、今まで自分が見てきた名だたる名工の手による剣を超えているものであり、中には、見るだけで背筋が凍るほどの力を持った剣もあった

「んん?……何?」

 視界の端に何かの影が見え、視線を上げると、変わらない景色の中に、微かな変化なを見付けた……

「丘?」

  
 目を凝らしてよく見てみると、それは平淡な荒野の中に突き出ている丘であり、その頂上には

「人?」

 小さな人影が立っていた
 
「だ――あ……」

 疑問の声を上げようとした時、甘い香りが混じった風が、丘のある方向か吹き

「あそこから、か?」

 丘に向かい歩き出した 











「……あれは……」

 丘の姿がハッキリと目に映る距離になると、丘の上に立つ人影の姿も見えるようになった

「シ、ロウ」

 丘の上に立つ男は、背中しか見えないが、その灰色の髪の色と浅黒い肌、そして黒い甲冑と外套を身に付けた姿は、間違いなく自分の知る男だと分かった

「なに……してんだい、あの馬鹿は……」

 傍から見れば威風堂々とした後ろ姿に、何故か底知れない悲しみを感じ、思わず男をなじると、男に向かい歩き出した










「は?」

 男の下に向かうため歩き出し、丘の麓までいくと、そこには予想外の光景が広がっていた。それは……

「花……畑」

 剣の突き刺さる赤い荒野の中、不似合いに過ぎる様々な花が咲く美しい花畑が広がっていた

「は……ぁ……」

 その花畑に咲く花は、今まで見たことがないほど美しく、思わずため息が出るほどであった

「これは……一体?」

 誘われるように花畑の中に入ると、咲き誇る花々から香る甘い香りに包まれた

「凄いとしか、言いようがないね」

 まるで幼い少女のような笑みを、知らずの内に浮かべ、時折膝を曲げると、満開に咲く花に顔を近づけその姿と香りを楽しむ

「見たことがない花ばかりだね」

 夢心地で花畑を散策していると、花畑の端に、今にも花開こうとする花を見付けた

「ん?」

 誘われるように、その花の下に向かうと

「不思議な花だね?」

 その花は、不思議な形をした花であった
 まるで細長い山のような形をしたそれは、今まさに花開こうとしていた
 
「ん。こっちもか」

 その奇妙な形の花の近くには、同じく今にも花開こうとする花が二つあった
 
「こっちにも」

 また、別に蕾の状態の花が一つと、まだ芽が出たばかりのものが一つ見付けた

「ふふふ……可愛いね」







 
「……シロウ」

 顔を上げ、丘の上にいる男を見上げる

「何で背中を向けてんだい」

 見上げる男は、こんなにも美しい花畑に背を向け、視界にも入れていなかった

「……少しはこっちを向きな」

 愚痴るように呟く。
 風は常に男の方から吹くため、花の香りさえ、男の下に行くことはなく

「こんなにも綺麗な花畑にも気付いていないのかい?」

 男がこの花畑に気付いていないだろう

「何してんだいあんた」

 丘の上に立つ男は、丘の上……上を見ることはなく、下を見ることもなく……ただ、ただ前だけを見ている

「っ……馬鹿」

 男の立ち姿は一見すると揺るぎなく見えるが

「……何痩せ我慢してんだい」

 どうしても、それが酷く弱々しく映って見えることに、苛立たし気に呟く

「……全く……本当何してんだい」

 肩を落とし、小さく溜息を吐くと、男の下へ向かうため歩き出そうとする

「馬鹿な男」

 周りを見ることなく、只々前だけを見つめ、愚直に進む男
 丘の上に立つ姿は確かに荘厳さを感じるほどだが……

「そんなに辛いなら、助けを呼べばいいのに」

 何故か辛そうに見えた……

「座ればいいのに」

 崩れ落ちそうに見えた……

「……泣けばいいのに」

 今にも泣き崩れそうに見えた……

「……馬鹿な……男だね、本当に……」


 馬鹿だ馬鹿だと言っている口元には、苦笑が浮かんでおり、男に近づくごとに、その笑は強くなる

「全く……私はあんたの母親じゃないんだけどね……」

 苦笑は……いつの間にか、優しい笑顔になっていた

「そんな姿を見たら……」

 それはとても優しく……

「抱いてあげなくちゃならないじゃないか」

 愛に満ちた笑顔 



















 男を想う気持ちが身体に満ちた瞬間 

「あ」

 何かの予感を感じ、思わず振り向くと

「花が……」

 花畑の端にある。今にも咲きそうだった花が開き始めていた

「咲いて……」

 その時、分かった

「ここは」

 周囲を見渡す

「この……世界は」

 丘から見る光景は、とても悲しげなものであった

「シロウの……」

 赤い荒野に刺さる剣は、まるで墓標のようであり……

「……こころ」

 男の姿が墓守のようだった……





























 涙が頬を一つ流れ……





 乾いた地面に落ちると……





 それに合わせたかのように……






 花畑の端、一輪の花が……






 花を咲かせた……






 
 

 
後書き
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