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魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~

作者:月神
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空白期 第22話 「レーネの相談」

 久々の休日に私――リンディ・ハラオウンは翠屋を訪れていた。理由は私以上に休みを取っていないであろう知人に相談があると言われたからだ。これまでに近況報告などは定期的に行っていたけど、相談したいなどと言ったことはなかった。
 ――いったい何の相談なのかしらね?
 私に相談してきた人物の名前はレイネル・ナイトルナ。私の知っている人間の中でも群を抜いた天才で、現在の最新技術の大半に彼女は関わっている。それだけに仕事量・時間ともに他の技術者と比べ物にならないと耳にしている。彼女の目の隈を見れば一発で分かることだけれど。
 聞いた話じゃ桃子さんにも時間を作ってもらってるらしいし、仕事の話じゃないでしょうね。まあ彼女ほどの天才なら仕事で相談するのはあっても金銭面だけ。十中八九、相談の内容はショウくんに関することでしょうね。

「リンディさん、こっちよ」

 店内に入って周囲を見渡していると覚えのある声が耳に届いた。視線を向ければ、女性が3人座っているのが見えた。
 仕事着の桃子さんに……シャマルさんもいるみたいね。シャマルさんははやてちゃんの保護者みたいな立場でしょうし、今日の相談がはやてちゃんに関係してるなら呼ばれても不思議じゃない。……というか、あの人変わりすぎでしょ。

「ごめんなさいね。レーネ、今日はずいぶんときちんとした格好してるのね」

 聞いていなかったシャマルさんよりも私の視線を釘付けにしているのは、清楚な服を着こなしている銀髪の女性。目の隈は多少見えるが、普段と違って身なりをきちんとした彼女はもはや別人ではないかと思ってしまう。

「リンディ、私に対して失礼だと思わないのかい?」
「普段のあなたを振り返ってみれば妥当だと思うわ」
「まあそうではあるが……やれやれ、こんなことならいつもどおりの格好で来ればよかったよ」

 いつもどおりの格好で来られたら、失礼だけどあまり一緒に居たくないのだけれど。目の隈はひどいし、髪の毛はむぞうさに結んでて清潔感とか華やかさがないから。
 まったく、何でこの人はこう自分に興味がないのかしら。顔立ちは整ってるし、スタイルだって良い。目の隈に関しては立場的に強く言えないから置いておくとしても、化粧をすれば「昨日あまり寝ていないのかしら?」くらいのレベルにはなる。きちんとすれば良い人くらい……。
 ……いえ、冷静に考えてみると無理ね。レーネの仕事時間からすればすれ違いなんて日常茶飯事でしょうし、長く続きそうにないわ。それにショウくんの気持ちだってあるでしょうし……でも何より、彼女が自分の恋愛に微塵の興味もないってのが致命的ね。

「あのね……職場でなら何とも思われないでしょうけど、こっちで出歩く際はきちんとしなさい。もうイイ大人なんだから」
「……ふむ、まるで母親から言われているような気分だ」

 そんなことを言うレーネに私は呆れてしまった。
 母親って……あなた、私とほとんど年齢変わらないでしょう。ぼんやりしてるというか、マイペースというか本当昔から変わらないわね。何だかショウくんが年齢以上にしっかりしてる理由が分かる気がするわ。

「おふたりは仲がよろしいのですね」
「そう? こうして話すのも久しぶりなのだけれど……そういえばレーネ、あなた桃子さんと知り合いだったのね」
「ん、あぁそれは義姉さんが桃子くんの友人だったんだ。ここに暮らし始めてからはたまに会って話をしていてね。ショウが桃子くんにお菓子作りを習っていることもあって、桃子くんからはあの子の話をたくさん聞けて私も助かっているよ」

 レーネ……普通はあなたが桃子さんにショウくんのことを話すところでしょ。それじゃあ、まるで桃子さんがショウくんの母親みたいで立場が逆転してるじゃない。
 私の内心を察したのか、桃子さんやシャマルさんは苦笑いをしている。だけどレーネは私達の反応に首を傾げた。天才というのはどこか普通の人とは違うものなんでしょうけど、これくらいは分かってほしいと思う私はおかしくないはず。


「はぁ……あなたって人は。まあいいわ。相談したいって言ってたけど、ショウくんとケンカでもしたの?」
「リンディ、何でそういう話が真っ先に出てくるんだ。他にも色々とあるだろう?」
「そんなの――」

 あなたが人のことをおちょくる言動や家事力の低さからショウくんの堪忍袋が切れたと思ったから……、なんてのはさすがに言えないわよね。

「――悩みそうなのがあの子のことくらいしか思い浮かばないからよ。それで違うの?」
「もちろん違うさ。生憎私はあの子とケンカなんかしたことがないよ……まあ最近はケンカが起きるほど顔を合わせていないのだがね」

 な……なんで自信満々に言った後にすれ違いをアピールするのかしら。返答に困るじゃない。少しは相手の気持ちも考えて言葉を発してほしいわ。

「それに私がいないほうが楽だとも言われたことがあるよ」
「レ、レーネさん……さらりと言うことじゃないと思うんですが?」
「シャマルさん、いちいち気にしてたらきりがないわよ。レーネ、さっさと本題に入りなさい」
「そう急かさないでくれ。こちらにも心の準備が……」
「入りなさい」

 レーネは少しの間の後、首をすくめてみせた。「やれやれ、せっかちだな……」とでも言いたげに。
 ――この人……本当ナチュラルに人のことを苛立たせてくるわね。というか、相談したいって言ってから大分日数が経ってるでしょ。何で心の準備が終わってないのよ。
 これを言うのはダメだとは思うけど、ある意味ではショウくんの傍に常に彼女がいなくて良かったかもしれないわ。あんな子がこんなダメな大人に育ってほしくないのも。

「その、今日相談したいことというのは……まあショウに関することではあるのだが……」

 話し始めたと思ったら、ずいぶんと歯切れが悪いわね。いつもは淡々と挨拶からセクハラ発言までするのに。
 それに何で顔を赤くしてるのかしら? ……慣れない化粧をしたから熱でもあるとか。普通の人ならあれだけど、この人だったらそれでも納得する私がいるわね。

「そのだね……」
「レーネさん、別に無理して言う必要はないと思いますよ」
「いや、言うよ。私から持ちかけた話だからね……そのだね……実は」
「うん、ゆっくりでいいからね。レーネさんのペースで話して」

 ……シャマルさんも桃子さんも優しいわね。昔からの知り合いとしては、さっさと言いなさいって気分なのだけれど。でももう私も良い大人、ここで感情を爆発させて場の空気を壊したりしない。

「実は……あの子に母親になってほしいと言われたんだ」

 レーネの発言に、彼女の普段と違った態度や相談したいと思った気持ちが理解できた。それと同時に、ショウくんに対して並々ならぬ想いが湧き上がる。
 ――あの小さくて泣きじゃくってた子が……再会したときには歳不相応なほど落ち着いてて。でも時折子供らしい顔もして。大人の言うことは素直に従う子に見えて……大切な子のためになら全てを投げ出すところもある。立場上注意するしかなかったけれど、男の子らしくて喜んでる自分も居たわね。
 私は生まれたばかりの彼。両親を亡くした頃の彼、そしてジュエルシードを巡る事件から今までという断片的にしか知らない。でも彼が傷つき、悩みながらも強く成長してくれたことは分かる。そうでなければ、自分から養子になりたいなんて言えない。
 思わず涙ぐみそうになってしまったが、今日すべきことはレーネの相談に乗って今後の彼女達をより良いほうに導くことだ。話の腰を折るわけにはいかない。

「そうなんですか。確かに今後に関わる重大なことですし、相談したくなるのも分かりますね」
「そうね……でもショウくんから言ってきたのよね? レーネがショウくんのことを嫌ってるようには見えない……ううん、自分の子供のように大切に思っているのは言わなくても何となく伝わってくるわ。もう答えは出ているんじゃないの?」

 私の問いかけにレーネは視線を逸らし、ぼそっと「それは……」と呟いた。この反応からして、少なからず母親になるかならないかの選択は済んでいるようだ。

「確かに……私はあの子のことが好きだ。最初は兄さん達の子供だから、ということで引き取りはしたが……今ではあの子がいない日常なんて考えられない。あの子がいないと私は死んでしまうのではないか、とさえ思う」

 珍しく惚けずに素直に感情を出しているんでしょうけど、最後の部分がある意味ボケのようにも感じられるから困るわね。
 家のことの大半はショウくんがしているはずだから、実質彼がいなくなればレーネの生活習慣は今よりも格段にひどいものになる。そうなれば栄養失調で倒れる……最悪過労死なんてことだって可能性としては充分にありえる。

「ただ……これはただの私としての感情だ。保護者として見た場合、私は桃子くんやリンディに比べれば……いや、比べてしまってはいけないほど失格だろう。正直……親代わりになったのに、何かしてあげられた記憶なんてものが私にはない」

 初めて見る自分を責めるレーネの姿に、彼女がどれだけショウくんのことを考えているのか。また仕事ばかりで何もしてあげられていない悔しさや罪悪感のようなものがひしひしと伝わってきた。
 ――確かにレーネは、はたからみれば子供を放り出して仕事に夢中になっている保護者なのかもしれない。
 でも私には……彼女に偉そうに言える言葉どころか資格さえないわ。私だってクロノにあまり構ってあげられなかった。それに管理局に身を置いている以上、彼女の仕事ぶりとそれがもたらしてきた恩恵を知っている。もう少し休んだら、くらいは言えても……説教と呼べるものはできない。

「あの子の母親になりたい……そう思う一方で、こんな私が母親になっていいものかと思ってしまうんだ」

 レーネのように仕事優先で過ごしてしてきた私はもちろん、シャマルさんも彼女に何か言ってあげたい気持ちはあっても言葉は出てこないようだ。彼女が言い終わるのと同時に流れる静寂……それを様々な思いを包み込んでしまうかのような優しい声が破った。

「……そうね。私もレーネさんと同じ立場だったらそんな風に思って悩みそうだわ。だけど……レーネさんからじゃなくて、ショウくんから母親になってほしいって言ってきたのよね?」
「あ、あぁ」
「なら……母親になればいい、と私は思うわ」

 にこりと笑いながら言う桃子さんの言葉には、温もりにも似た安心感が感じられた。レーネだけでなく、私やシャマルさんも黙って彼女の言葉に耳を傾ける。

「あのショウくんが自分から母親になってほしいって言ったんだもの。レーネさんが何もできていなかったなんてことはないはずよ。もし何もできていないのなら母親になってほしいなんて言わないだろうし」
「そう……だろうか」
「自分にとっては何でもないようなことが、人によっては大切なことだったりするのが世の常だもの。ここだけの話だけど……ショウくん、レーネさんには感謝してる。レーネさんのことが好きだって言ったことがあるのよ」

 確かにふたりっきりで話したときに恥ずかしそうに口にしていた記憶がある。そのときの姿は、普段本心を口に出そうとしないレーネの姿に被らなくもない。よく思い出してふたりを重ねると、似ている部分は多そうだ。

「だから……私はレーネさんが母親になるのが、レーネさんにとってもショウくんにとっても幸せな道だと思うわ」
「桃子くん……」
「そうね。どんなにしっかりしててもあの子はまだ子供。誰かがきちんと見守ってあげないといけないわ。それに……母親になればあなたも変わるかもしれないし、なったほうがいいんじゃないかしら? 困ったことがあれば、いつだって相談に乗るし」
「リンディ……別にここで棘を入れる必要はなかったのではと思うんだがね」
「残念だけど、私は桃子さんみたいに甘くはないのよ」
「まあまあおふたりとも……私も母親になったほうがいいと思いますよ。保護者と母親では、繋がりの強さに違いが出てきますし」

 確かにそれはある。フェイトの保護責任者だった頃の私と、母親になった今の私では彼女に対する想いが格段に違う。
 ―――保護責任者の頃は、どうしても遠慮が入ってしまっていたのよね。でも今は好きなだけ愛情を注ぐことができる。煩わしく思ってないか不安だったけど……感謝の気持ちだってプレゼントをくれたんだからそんなこと思ってないわよね。

「……そうだね。ありがとう、みんなのおかげで決心が着いたよ。ゆっくり話す時間を作って、あの子と話すことにする」
「はい、頑張ってください。もしもそのとき体調が悪かったとしても、私がどうにかしてみせますから。……そういえば、ショウくんが養子になるということは名前が変わるんですよね」
「ん? あぁ確かに……でも私は自分の名前にあまり興味がないからね。本名よりも愛称で呼ばれることのほうが多いし。名前に関しても、あの子の意思を尊重するだろうね。ただ私がまず変えることになったときは……桃子くん、悪いが手伝ってほしい。あまり漢字とかには慣れていないから」
「ふふ、そのときが来たらいくらでも付き合いますよ。それに定期的にこうして集まりたいですね。子供達の成長とか話したいですし」


 
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