Muv-Luv Alternative 士魂の征く道
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第15話 転換点
それはある日の夜中の出来事だった。
灯篭の明かりが揺れる中、屋敷の私室で畳の上に正座し、黙々と本を読みふけっていた時だった。
襖の向こうから聞き覚えた足音が近づき、そして部屋の前で止まった。
「なんだ、婆や。」
「あの、旦那様。お客様でございます。」
「ん?こんな夜更けにか―――珍しい来客だな。誰だ?」
襖の向こうから婆やの声が来客を告げた。
それに縁側へと首を巡らせる、その障子の向こうでは深々と雪が降り積もっているのだ―――ここに来るだけでも一苦労だろう。
「あの、それが青のお武家さまにございます。」
「何?分かった、すぐに行く。婆やは客人にお茶の用意を――そうだな、今日は冷える。梅茶に生姜を摩り下ろして入れておいてくれ。」
おずおずといった様子で来客の位を告げる婆や。
そんな彼女に待たせているだろう客人への茶の指示を送る―――如何な客とてもてなしの心を忘れてはならない。
来客に貴賤はない―――それを忘れての傲慢な対応は聊か風情に欠ける。
「畏まりました。」
襖の向こうで人の気配がやや急ぎ気味に遠のいてゆく、其れを確認して自分も動き出した。
「―――これは驚きました。客人とは恭子様でしたか。」
客間へと向かった自分は予想外の人物の姿に目を大きくさせる事となる。
ウェーブの掛かった黒髪に柔らかさと凛と澄ました雰囲気が混じりあった顔立ちが特徴的な青を纏う一人の女性―――嵩宰の次期党首候補、嵩宰恭子だ。
「夜分遅くに失礼ね。」
「いえ、五摂家の方がわざわざ私の様な武勲公如きを訪ねてくるとは、さぞ火急か口に出せない事案かと胆を冷やしているところですよ。」
「意地悪な言い方ね。―――唯依を任せていいのか不安になるわ。」
「私が担えるモノなど在りはしませんよ。私は守れるのはこの腕に抱えることのできるだけです―――その腕も一本しか残っていない。誰かを抱きしめてやることはもうできません。」
言葉の意味、その通りに受け取る。
彼女の上官として自分の言い回しは彼女の負担になると受け取ったのだろう。可愛い従妹姪をそんな上官の下に置いておきたくはないというのも当然だ。
そんな彼女に対し、自分の本音を偽らず口にする。
彼女に対し自分は守っているのではない、彼女は一人の人間として付いてきてくれているだけだ。
元より、この残った腕では自分を守るための刃を持ったらそれで埋まってしまう。
「ごめんなさい。」
「謝ることはありません、この傷、この体は己が無力でありながら戦いに挑んだ代償です――己の力及ばなかった責を他人が負う必要はありません。
他人は他人に代われないのですから、勝手に罪悪感を持たれても正直、いい迷惑です。」
表情を曇らせた嵩宰恭子に告げる。
すると彼女は苦笑いと共に感想をこぼしてお茶をすする。
「―――不器用ね。」
「よく言われます、が偽りなき本音でもあります―――常在戦場の心構えあれば責任の転嫁など気持ちが悪くて仕方がない。
誰を恨む気持ちも、憤りすらありません。……私が強ければ良かっただけの話です。」
「それでもあの時乗っていたのが武御雷であったのなら、また違った結末だったのではないの?」
「戦場で、敵がそんなのを理由に手加減してくれますか?負けの理由を道具にするのは二流のすることです。」
「厳しいのね―――あなたはある意味、生れながらの武家よりも武士らしい。」
「それは当然でしょう、武家に生まれ者たちの大部分は武士ではなく侍。その在り様は似て非なるものです。」
「成程ね……貴方という人が少し分かった気がしたわ。」
嵩宰恭子はお茶を啜ると目を細める。
しかし、彼女に自分の価値観を説いたところで自分の何が変わるわけでもない。
頓着するだけ無駄だ。
「貴方はある意味、篁の小父様や唯依とは正反対の人間……あの子たちは侍、自らの役割に徹する事を信念とする存在。
対して貴方は武士、自らの定めた道のためになら何を犠牲にしようと構わない求道者という存在―――成程ね、多くの斯衛の衛士が惹かれる筈よ。」
残り少なくなった茶の揺れる水面を見つめながら彼女はポツリポツリと語りだす。
「今の多くの斯衛兵たちは元来、戦場に立つことはないとされていた者たちよ―――当然、名家の当主など体面的問題から元々衛士としての志願を余儀なくされていた者も多い、唯依のようにね。
でも、その精神面は何方にしても徴兵された兵士に鍍金を被せただけに近い。そんな者たちを鼓舞するために将軍所縁の私たち五摂家も戦場に立つけど、その本質は彼女たちと大きな違いはないの。」
「ええ、それは重々に承知しております―――だからこそ、俺たち黒はそんな生まれながらに徴兵が決まりながらも、誇り高くあろうとする気高き者たちを守りたいと斯衛に志願したのです。」
俺が、斯衛に入ったのは剣を極めるのに好都合な環境と、そこに納得できる戦場と戦う理由だったからだ。
人間の心は、行動の理由がどれか一つだと断定できる場合は限りなく少ない。
「そういう事が言える貴方の志もまた、尊ぶべき物。生まれながら、というある意味において受け身の私たちには無い強さ。
貴方は本来、武家が持っていたけど世代を重ねた末に失ってしまった武士の誇りを持つ。きっと―――その強さに多くの者は魅せられるのでしょうね。」
最後に微笑みを伴って言葉を紡ぐ嵩宰恭子―――だが、しかし
「お言葉ですが、私は武士ではありません―――まだ、そうじゃないと云うべきでしょうか。
武士とは、守るために戦う者です。俺には、全身全霊を賭して守りたい者は未だない……斯衛に入るにおいても、どうせ戦うのなら、という副次的な理由です。
私は―――戦いを求める修羅。私は、私が武士となることを望みますが、どうして中々これが上手く行かない……戦う理由は腐るほどあるのに、胸にそれが落ちてこない。
ゆえに、私に矜持があるとしたら、それは『武士の矜持』ではなく『修羅の矜持』です。」
戦い続けよう――先に逝った戦友たちの戦いを意味あるものにする。それは最終目標ではなく途中通過点に過ぎない。
戦い続けよう――この身が朽ちるまで。
修羅道の先に守りたい刹那を見出したのなら、其処から守るべきものを守るための戦いの道、武士道が始まる。
故に、斯の一生は生涯闘争。
戦い続けることを求めし、定めし獣が如き一生。
何よりも強くなりたい、何かを守れる存在になりたい――――戦い続けたい。
亡くしてはいけない刹那があるから。
亡くなったものは還ってこない、亡くしてからでは遅いから。
絶対的な力がいる。戦いに対する嗅覚を極限まで養っておく必要がある。
だからこそ、その刹那が見つからなくても戦い続ける。
それが、今までに流れた血に対する責任であり、力を得たものの責務であり何より―――
その刹那が見つかってから力を養ったのでは遅すぎるから。
―――戦う理由、それが後付で悪い理由が何処にある?
今は未だ、修羅のままでいい。
理由等なく、ただ戦いを求める鬼。修羅でいいのだ……今は未だ。
「成程ね……崇継には惜しいわね。貴方みたいに一つ一つに真剣な人間はそうはいないわ。」
「ふっ、聞かなかった事にしましょう―――そうですね、閣下とは武御雷開発時からの付き合いでした。
当時、少佐だった閣下とは何度も模擬戦闘を繰り返しましたよ。まったく、あの人と遣り合うと神経が疲れる。」
高性能だが、高出力故にピーキー極まるタイプR。
低性能だが、その分若干扱いやすいタイプC
基本設計を同じくしながらも正反対の特性を持つ二種の武御雷。
一進一退で鎬を削りあった。
しかし、動作データの蓄積と細かい改良、OSの習熟に伴い地力で勝るタイプRによって徐々に劣性に追い遣られていったタイプC。
コストカットの影響から、無駄だという部分は容易く削られるのに必要という要望は中々通らない、通っても即座に他のタイプに反映されてと―――中々損な立場の機体だった。
それに加え、衛士の習熟という要因も加わり乗っていたのがあの天才と名高い斑鳩崇継だ。
最後のほうだと自分以外のF/Aの両タイプの武御雷に乗る衛士たちが束にもなっても勝てない状態となっていた。
そんな時だ―――ふと、あの頃に彼と交わした言葉を思い出す。
「そういえば、閣下はこの国には母性の神話が必要だと言っていましたが―――あの時、私は鼻で笑ったものです。」
「―――それはどういうこと?」
「ふっ簡単なことです。日本神話は伊弉諾と伊邪那美の両神の国生みを起源に持ちます―――父性と母性、その二つが揃いてこその神話。
神話が必要とされるのなら、母性だけでは足りない。父性も必要とされて当然――大和猛と乙姫のようにね。」
「ふふふ……!面白い話ね。崇継もさぞ驚いていたんじゃないかしら?」
「ええ、人を食ったような態度は変えていませんでしたが、言い返された瞬間、豆鉄砲を撃たれたハトのような顔をしてましたよ。」
その光景を見てみたいと言わんばかりに笑を押し殺す嵩宰恭子……日本の神話は男女の揃い踏みが多い。
それは日本神話の特徴として神が神同士、あるいは人との間に子を成し、世代を紡いでいくという縦の―――歴史的な物語として作られていることだ。
つまり、神もまた次代を紡ぐという性質が日本神話にはあり、そのため必然的に次代を作るために必要となる組み合わせが男女であるということだ。
「それからでしょうかね、閣下が私との接触を増やすようになったのは……」
「とんでもない男に目をつけられたわね。」
「構いませんよ、既に心の決着はつけました――戦場に戻れるのなら閻魔の目に留まるのも吝かではありません。」
「豪胆なのか無頓着なのか、評価に困るわ。」
「ふっ、良しなにお願いいたします。」
「ふふふ、まったく何様よ―――貴方に一つお願いがあるわ。唯依の事よ。」
もう冷めてしまった茶に彼女の凛とした真剣な表情が写るのだった。
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