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クルスニク・オーケストラ

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第十二楽章 赤い橋
  12-4小節

 ――しばらくGHSを胸に当てて祈った。
 さあ。そろそろ刻限ですよ、わたくし。

 まずはエルちゃんに自分のGHSを差し出す。

「差し上げます。有事の際に連絡手段は必要でしょうから。どうせわたくしはもう使いません」
「……あり、がと」

 エルちゃんはゆるゆるとGHSを受け取って、ジャケットのポケットに入れた。あらあら。重くてジャケットが片方だけよれるのが気になるみたい。改めて取り出してリュックのサイドポケットに入れ直した。

「それと、贈り物といったら語弊がありますが、一つだけ」

 特別大サービスですわ。さあ、どうぞご自由にお使いくださいな。そして最期に存分に語らってください。




 贈り物、と言われてエルは訳も分からずジゼルを見上げた。
 すると、ジゼルは目を閉じ、開いて、しゃがんで両手を広げた。

「《おいで、エル》」

 そのしぐさはもちろん、声のトーン、慈しみに溢れたまなざし。全てが最愛の父のものと同じだった。

「…っパパぁ!!」

 エルはジゼルの胸に飛び込んだ。
 感触はやはり女の体だ。ヴィクトルではない。分かっている。なのに、勝手に感じてしまう。ここにいるのはエルの父だ、と。

「《辛いものばかり見せた。すまない、エル》」
「ううん、ううん…! エルは、パパと約束したから…だから…!」
「《エル……パパを怒らないのか? パパはエルを消そうとしたんだぞ?》」
「おこってないよ……でも、でもね…! エル、いっぱいむねが痛くて…!」
「《……悲しませてしまったんだな。本当に、すまなかった》」

 《ヴィクトル》はエルを一度離し、指でエルの涙を拭った。そして、もう一度エルを抱き締め、囁いた。

「《『俺』が必ず助けに行く。だからそれまで、どうか耐えてくれ。これで最後にするから――許してくれ、エル》」

 え、と顔を上げる。《ヴィクトル》は悲しげに微笑んでそれ以上を語らなかった。

「別れはすんだか」
「はい。滞りなく」

 立ち上がる。ああ、ジゼルだ。もうヴィクトルではない。

「エルちゃん。ここからは目を閉じて耳を塞いでおいでなさい。貴女のパパはこれ以上、貴女に怖いものを見せたくないとおっしゃってるわ」

 エルは首を振った。

「わたくしは『貴女のミラ』を死に追いやりましたのよ? 何故そんなにもまっすぐわたくしを見つめられるの?」
「エルも…これからジゼルに、同じこと、する。エルのせいで、ジゼル、死んじゃうんだもん。エル、にげないよ。ちゃんと見てる」

 ルドガーが消えないようにして。
 ミラも父も亡き今、エルの願いはそれだけだ。
 いや、もしミラと父が生きていても、エルは同じ願いを懐いて同じ行動に出たと断言する。他でもないルドガーだから。ルドガーを生かすためだから。

 そのために代わりに死なねばならない人がいるなら、エルの望みの果ての責任だ。決して目を逸らしてはならない。

「……強い子ね」

 ジゼルは憫笑し、そしてその表情を厳しいものへ変えてビズリーに向き直った。

「お願いいたします」

 ビズリーが歩み寄ってきて、まるで大きな背中でジゼルを隠すように立った。エルからはジゼルの姿がほんの少ししか見えなくなった。

 ビズリーの両腕が上がる。掌がジゼルの首に向かい――


 ボギッ!


 折れる音、だった。かくん、とジゼルの首が不自然に後ろに傾いだ。
 ビズリーが手を離すと、ジゼルはあえなく地面に落ちた。長い黒髪がバラバラに散らばった。

 エルはぺたんとその場に膝を突いた。
 目は逸らさなかった。耳は塞がなかった。しかし、体は耐えきれなかった。足が萎えて立てない。

「見るな」
「――っ!」
「見てほしくはなかろう。歪んだ死に顔ならなおさらだ。ジゼルを哀れと思うなら、後はせめて美しかった記憶だけを刻んでおけ」
「……わかった」

 幼いエルにも、ビズリーの言葉は全き正論に聞こえた。

 すると、大きな手が伸び、エルの背中に回った。やっ、と条件反射的に逃げ出そうとしたが、ビズリーに通じるわけもなく、ビズリーは片腕でエルを抱き上げた。
 本意ではなかったが、落ちないようにビズリーの肩にしがみついた。

 ビズリーの足が、鮮やかな赤の《橋》を踏んだ。 
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