クルスニク・オーケストラ
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第十二楽章 赤い橋
12-2小節
俺はマクスバード/リーゼ港で、ルドガーたちが……いや、この言い方は正しくないな。ルドガーを除いたあの連中が来るのを待っていた。
まだ《魂の橋》は架かっていない。リドウもジゼルも無事だという証だ。
なら俺が一番に《橋》になれば、二人の生存率はもっと上がる。
――来たか。
それにしても、隣国の王と宰相に、気鋭の源霊匣開発者に、元大貴族の嫡男に、果ては精霊の主と。よくまあこれだけネームバリューがある人間ばかり、ルドガーのそばに集まったもんだ。人望かな。
「ルドガーは来ないんだな?」
「ユリウスさんの命は奪えない、って」
まったく。あいつはいつまで経っても子供だなあ。いや、こんなことを平気な顔でできる大人になるくらいなら、子供でいるほうが百倍マシか。
「――ビズリーはずっと、俺とリドウとジゼルを《魂の橋》の材料と見なしていた」
奴は――俺の父親はそういう男なんだ。利用できるものは何でも利用する。それが妻でも息子でも。
「自分でできるのか」
「ああ」
左手。まだ、動く。両腕の自由が利く内に。右側の刀を抜いて、刀身を左手で首に押しつける。
「迷惑はかけない。ただ、全てが終わったらルドガーに伝えてくれ。勝手な兄貴で悪かった、と」
後は左手に力を入れて刀を引き抜くだけ。それで終いだ。俺のろくでもない人生も、命も。
サヨナラだ、ルドガー。俺の弟に産まれてきてくれて、ありが――
「――うわああああ!!」
ルドガー!? 何でここに。来ないはずじゃなかったのか。
ルドガーが剣を握った手を下ろさせる。泣き出す前とも怒り出す前ともつかない顔。
そんな顔をさせたくなくてこの選択をしたのに。
「何で……いつもこんな悪趣味な方法なんだよ! ミラの時も、ヴィクトルの時も! どうしてだよ…っ! 俺たちが何したっていうんだよ!」
クルスニクに、骸殻能力者に産まれれば、誰もが一度は持つ疑問。俺も室長だった頃はさんざ新米エージェントに相談されてその叫びを聞いた。
そして、どいつにもこいつにも「諦めろ」「受け容れろ」と答えた。
それをこいつにまで説く日が来るなんて。つくづく世界というものは俺たちクルスニクが憎いらしい。
「それでも、これしかないんだ。《カナンの地》に入るには、俺たちの中の誰かの魂が要る。それともお前は、俺以外なら殺していいと思うか?」
「…っ、…っ」
ルドガーは思いきり頭を横に振った。
そうだよ、お前はそれでいい。甘いと世界が罵ったって、俺はお前のそんな所に救われて今日まで生きてきたんだから。
「けど…! それじゃ兄さんは…っ!」
俺だって不思議だよ。前の俺ならここまで率先して犠牲になろうとなんてしなかった。ビズリーがリドウを殺そうがジゼルを殺そうがどうでもよかった。どちらかが死んで、ヴェルが悲しむと知っていても気にしなかった。一体何が俺をここまで博愛主義にしてしまったんだか。
“ユリウスせんぱい!”
何が? 決まりきってる。あの底抜けに明るくてポジティブな部下だ。
あいつがきっかけで、あんな暖かい時間を、場所を、ルドガー以外に知ってしまったんだ。
今更、弟だけでよかった俺には戻れない。
ああ、認める。癪だが認めてやるさ。
リドウ。ヴェル。そしてジゼル。4人でいられた時間はまぎれもなく俺の宝物だった。だからこの命、お前たちのために捨ててやる。
ルドガーを何とか引き剥がして、剣を構えようとした時だった。俺のGHSが振動したのは。
こんなタイミングで電話? 誰から? ――いや、誰からであれ、もう出る必要はないか。今から死のうって俺には答える言葉なんてない。
呼び出し音が収まって、留守電に切り替わる。
『室長。ジゼルです。今すぐその剣から手を離してください。さもないとそちらの埠頭に配置した部下にルドガーを狙撃させます』
なっ…! あいつ、何で俺がしようとしたことを知って。そもそも一体どこから。
「兄さん、今の電話……」
分かってる。出て直接問い詰めないことには始まらない。ジゼルはやると言ったら本気でやる女だ。
「ジゼル! どういうつもりだ。ビズリーに付いたのか」
『わたくしがそうしないのは室長がご承知でしょう? ――よかった。出て下さって。今、マクスバードのエレン港におりますの。社長と、エルちゃんも一緒です』
「どうしてビズリーのそばにいるんだ! そっちにいたら、お前」
『《橋》にされてしまうのに?』
くす、と。電話の向こうでジゼルが笑った。笑ったんだ、こんな時なのに。
『おっしゃる通りですわ。室長が犠牲になる必要はございません。《橋》にはわたくしがなります』
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