Shangri-La...
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第一部 学園都市篇
第3章 禁書目録
七月二十七日:『狂信者』
年代物のドアベルが鳴り、客の退店を知らせる。『ありがとうございました』と師父が厳かな声で六人を見送り、看板を裏返して『Close』とした。
店の灯りが消えるのを尻目に『アイテム』の面々は、月と星の光よりも尚、綺羅びやかな学園都市の夜景に歩み出る。
「それにしても、中々良い雰囲気の店だったわね。食事も美味しかったし立地も良かったし、何よりマスターが良い男だったし……これからはあそこを集会場所にしようかしら?」
「それ、いい! 結局、賛成な訳よ!」
「そうですね、超異論ありません」
「うん、わたしも良いと思う」
少女達は口々に、きゃいきゃいと。どうやら、店より食事より雰囲気より、何よりも店主がお気に召したようで。
「……俺以外の男なんて滅べば良いのに……」
『ココハ、公道デス。綺麗ニ使イマショウ』
等と、物騒な事を呟きながら。最後尾を歩く黒猫男、路面に唾を吐く。直ぐに、近くに居た清掃ロボットが駆け付けて清掃、警告してきた。
しかし、華麗にスルーして歩き去る。『運悪く、待機モードが誤作動した』……勿論、嚆矢に触れられて『確率使い』の餌食となった、警備ロボットの脇を。
「呵呵、つまり人類滅亡じゃな」
「どー言う意味か、詳しく話し合おうか……そして」
背後から、熱い吐息と共に嘲りの言葉。冷たい指先と共に、愚弄の一撫で。
それを甘んじて受けながら、振り返る。背後で笑う沸き立つ影、燃え盛るような三つの瞳に向けて。
「──何でお前は、俺の背中で寛いでんだ?」
「む?」
背中に抱えた和装の娘。垂れ掛かる黒髪、ほとんど重さを感じない小駆。その、燠火のような紅の瞳が不思議そうに此方を見遣る。
だが、やはり元々は同じ日ノ本出身。直ぐに言葉の意味を理解したらしく、不機嫌そうに眉を顰めて。
「何を言っとるのだ、貴様は。歩いたら────疲れるであろう」
「こんなにも当たり前の事言われて、ここまでの衝撃を受けたのなんて生まれて初めてだぜ……!」
流石の唯我独尊に、嚆矢も戦慄を禁じ得ない。寧ろ、まだ体力が回復しきっていない此方の方が辛いに決まっているのだが、この様子では聞く耳などなかろう。
尚、長谷部等の武器類は全て“悪心影”……今は織田 市媛か……が、『挟箱』とやらに仕舞っている。『何処にそんな物があるのか』と聞きはしたが、『呵呵呵呵』と笑ってはぐらかされた。
《まぁ、そんな事はどうでもよかろう。しかし、面白い異能を持つのう? 『確率使い』、じゃったか?》
(別に……この学園都市の学生なら誰でも、初歩の初歩でやってる事だよ)
そもそも、学園都市の誇る『超能力開発』とは、先ずそこに先立つ。あらゆる能力は、先ずは『確率を支配する』ところから始まる。所謂『シュレーディンガーの猫』……『観測されるまで状態不明』を突き詰めて、『不可能を可能にする』という事。つまり、嚆矢がやっている事は────実は、無能力者も含めた『誰もがやっている事』である。
異能力者と言う『強度が有るだけ』で、何も珍しくはない。寧ろ、“ありふれ過ぎている能力”だ。
だから能力研究協力などの仕事や要請は皆無であり、アルバイトで糊口を凌ぐような真似をしているのだから。
「だからこそ、であろう? 当たり前を当たり前としない、天理こそ疑うべきもの。それこそが────革新に至る第一歩よ」
「…………意味が解らん」
「今はそれで佳い。千里の道も一歩から、じゃて。呵呵呵呵!」
鷹揚に笑われた。何の衒いもなく、ただ明け透けに。実のところ、密かに劣等感に感じているその事実を。
だが、そこまで徹底して開けっ広げである為か。不思議と反感は感じない。却って、何か────笑い飛ばされて、逆にスッキリしたような。
──これが、戦国の群雄の一人。最も覇者に近かった者。『魔王』と呼ばれ、それを自認した武士のカリスマ……なのかねぇ。
『成る程、確かにこれは付いていきたくなるかもな』等と考えながら。端正な横顔に刹那、見惚れて。
「ところで……置いていかれておるぞ?」
『あっ……ちょ、皆待って欲しいニャアゴ!』
面と向かってにやり、と嘲笑われてしまう。見れば、確かに『アイテム』の四人は横断歩道の先。
慌てて、疲労困憊の上に負傷から痛む全身に鞭打って走り出す。思い出したのは、少し前の事。というか、昨日今日の話。
ステイルを倒した後、見つけたあの少年。確か、名前は。
──上条 当麻……だったっけか、あの超羨ましい奴。禁書目録と月詠教諭に甲斐甲斐しく世話焼かれてた、あのリア充野郎。
完全に逆怨みだが……あの夜、散々見せ付けてくれたウニ頭の少年。その余りの違いに、またもや鬱になって。
《それはまた。御主とは大違いじゃのう……》
『てけり・り。てけり・り……』
(放っとけ! そして精神の自由の侵害で訴えんぞ化け物コンビ!)
ギリギリで赤に変わった横断歩道を、『大鹿』のルーンの刻まれたカードを発動して駆け抜ける。次々と走り来る車の隙間をショゴスの目を介して捉え、授業で習っただけのバスケットのフットワークで縫いながら。
「呵呵、この緊張感がたまらんのう! よし、嚆矢よ! 今の、鉄の駕籠躱しをもう一度所望するのじゃ!」
『もうやらんニャア、疲れてるって言ってるナ~ゴ!』
「何じゃ、つまらんのう。はっは~ん……さては貴様、ゴネ得を狙っておろう? 長谷部だけでなく、『鎧』もあわよくば、と」
『ち、違うもんニャア──ゴッ?!』
若干の図星を突かれて焦った、対面の歩道への着地のその瞬間。ずるっ、と足が滑る。見れば路面には、何か液体の零れたような黒い染みがあった。
両腕でバランスを取ろうとするも、背中には何時もはない過重量。堪えきれずに背中から、車道に向けて傾く。更に泣きっ面に蜂、大型のトラックが直ぐ間近に迫り────
『んニ゛ャ?!』
「──ったく、超世話の焼ける」
「結局、詰めが甘いわけよ」
その両腕を、最愛とフレンダに引かれて事なきを得る。走り去るトラックから『気を付けろ』とお決まりの野次が飛ぶが、馬耳東風だ。
「まぁ、詰まらない事で折角の戦力を削られるのは超ゴメンですし」
「そう言う事なのよね~、あんたの『正体非在』、結局理屈は分かんないけど役に立つわけだし」
最愛は面倒そうに、フレンダは茶化すようにそう口にして手を離す。そして、まるで……こちらに歩幅を合わせてくれているように、ゆっくりと先を歩いている。
──まさか、これは……二人纏めて好感度+1?! くっ……苦節十八年、漸く俺にも春の足音が!
「ヒュッ────ザシュッ! ブシャアッ!」
「……何で今、そこで斬殺音入ったし」
「えっ……丁度四人だし、相殺?」
「殺すんならお前からだっ!」
「なんと……儂も罪作りよのう。美しすぎる第六天魔王とは、また」
「今すぐ降・り・ろ!」
からから笑う背後の悪神を揺り落とそうと、ヘビメタのように激しく体を揺する嚆矢。それを裸馬を乗り熟す要領で制している市媛。
そんな、端から見ると痴話喧嘩でもしているような二人組を、最愛とフレンダは溜め息混じりに。
「本当、結局あんたら兄妹って仲良すぎなわけよ」
そっぽを向いたままの最愛の代弁も兼ねて、苦笑いしながらフレンダがその一言を発する。明らかな、齟齬を。
それに、嚆矢は動きを止める。真面目な顔は、ショゴスの猫覆面に隠れて見えはしまいが。
──『兄妹』。何故か、こいつは最初から四人にそう認識されていた。俺と一緒に『アイテム』に入った妹、大能力者の『均衡崩壊』なる能力者……という事になっているらしい。
まあ、十中八九魔術だろうが。つーか当たり前に溶け込むとか滑瓢か、お前は。
寒々しい感覚に、平静を取り戻す。そして思い出す、己にはまだやるべき事があったと。
『さてさて、それじゃあオイラはそろそろ御暇するニャア。猫の集会でコレがコレなもんでナ~ゴ』
「あらそう、じゃあコレ。今回の働き分だ、端金だけどにゃ~?」
改まって戯けた仕草で沈利に断りを入れれば、渡されたマネーカード。どこぞで換金すれば、足はつかない。
有り難く頂戴し、懐に。因みに、発信器等が仕込まれていればこの時点で不具合を起こしていよう。
「じゃあね、じゃーびす」
『うい、それじゃあまたニャアゴ、理后ちゃん、フレンダちゃん、最愛ちゃん、頭目』
ひらひらと手を振りながら、曲がり角を曲がって消える黒猫男とその背中の悪姫。
最後に、振り向いていた背中の存在が──燃え盛るような三つの瞳と嘲笑をもって此方を見詰めていたような気がして、四人は一瞬、背骨の髄までの震えを感じて。
「ところでさぁ……」
「何よ、麦野?」
そんな二人を見送った後で、『アイテム』の頭目は首を傾げる。まるで、何か重大な事を思い出したように。
「あのさぁ、今回の仕事なんだけど……私、『三人』って言わなかったっけ?」
直ぐに忘れてしまう、そんなことを口にした…………。
………………
…………
……
腐臭漂う下水の中、『死体蘇生者』は手術台より頭を上げる。
対するは、女。麗しきメイドドレスの、両の目を抑えて泣くかのような……妖艶な長女であった。
「可哀想。可哀想ね、『死体蘇生者』。貴方は失敗した、そして『あのお方』は失敗者を赦さない。何故なら、あの方は『寛容ならざる神』だから」
涙を堪えるかのような仕草で、くすり、くすりと娘が嘲笑う。『可哀想』等とは御題目、真実、あの存在は喜悦以外に感じてはいまい。
『黙れ』と『棘』を振るう。串刺しに貫かれ、しかし、平然と長女は此方を嘲笑って。
「さぁ───機械のように冷静に、チク・タク。チク・タク。機械のように冷厳に、チク・タク。チク・タク。機械のように冷酷に、チク・タク。チク・タク! 飢える、飢える────喚ぶの!」
「───────!?!」
熱を籠めて『知る筈もない何か』を喚ぶその女に、『死体蘇生者』は生まれて初めての恐怖を得る。今、漸く思い至ったのだ、『自らの愚かさ』に。
だが、最早引き返しようもない。後は、最早……滅びに至る、宿命のみ。
──まだ……まだだ! まだ、負けてはいない!
撃ち込まれた無数の棘に、既に死骸は形すらなく。しかし、死んでなどいない。あれは、死なない現象だと理解しているから。
──手に入れろ、あの少女……佐天 涙子を。殺せ……何としても! あの男を、対馬 嚆矢を!
だから、命じる。可能性を殺す事を。手下である、彼らに向けて────
………………
…………
……
無窮の魂が、漸く辿り着く。某かの影響下に在るのか、揺らめきながら、漸く。
ホテル・リッツ。学園都市の最高峰宿泊施設。与えられた情報から辿り着いた、この場所。
「失礼致します。どなた様に、御用でしょう?」
ボーイが、侮るように声を掛けてくる。然もありなん、大袈裟に見た所で、己などその程度だ。
だから、精一杯。その、矜持を張り詰める。嘗められぬよう、格好のつくように────!
「“牡牛座第四星の教授”……レイヴァン=シュリュズヴェリィに会いに来た」
悪意と嘲笑を込め、更には害意を籠めて……嚆矢は、『頼れ』と言われた住所を訪ねた。全ては────
「『グラーキ』とか言うクソッタレの神を討つ。力を貸せ」
対馬嚆矢は、ただ、それだけの為に!
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