101番目の哿物語
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第九話。世界の歪み、人の認識?
時は少し戻り、一之江の車で月隠市内を走っている時。
俺は一之江の「人間からロアになった」発言に膠着していた。
「人間も、『ロア』になるのか……」
その事実に戸惑ってしまう。
(何の冗談だ⁉︎
人間も都市伝説のお化けみたいになるだと⁉︎
そんな事……)
あまりに突飛過ぎる発言に内心戸惑ってしまい、無言になってしまった俺。
そんな俺を気遣ってか、一之江は「どうぞ。お熱いので気をつけてください」と言ってコーヒーを淹れ直してくれた。
「あ、悪いな……」
「いいえ。ちゃっちゃと飲んでちゃっちゃと落ち着いてください」
「……いただきます」
コーヒーを一口、口に含むと豆の薫りが漂い、ほどよい苦さで淹れられたコーヒーの味を楽しんだ。
「美味いな」
「そうですか。
お代わりはまだありますからいくらでも飲んでくださいね」
「ああ」
「……」
「……」
(か、会話が続かねえ……。
一之江に聞きたい事、尋ねたい事はもっとあるんだが話すタイミングが合わない。
『ロア』という存在の事、『ハーフロア』の事。そして『俺という存在』の事を色々話を聞いた上で彼女が信用できるのなら相談したいんだがどうやって聞けばいいんだ?)
俺がそんな事を思っていると一之江がコーヒーカップを置いて話しかけてきた。
「そうですね。貴方も狙われやすい立場である以上は、もっとロアの事を知っておいた方がいいですね」
「狙われやすい?」
「ええ。貴方は私と違って『主人公』のロアですからね」
「主人公だと何で狙われやすいんだ?」
「それを語るには『ハーフロア』について知らないとわかりにくいかと思います。
なので先に『ハーフロア』について語ってもいいですか。いいですよね、では語ります」
「俺に選択肢はないのか?」
「貴方にはおとなしく殺られるか、殺らせるしかありません」
「何だ、その選択肢⁉︎どっちにしても俺の身は危険だろ⁉︎」
一之江は真顔になり、「キリッ」とした表情でこう口にした。
「貴重な時間を貴方に費やすんです。
授業料は貴方の首でいいのでお安いですよ?」
「安くねえよ⁉︎」
俺の命はそんなに安くねえ。安くない……よな?
「ふぅ。ハゲが騒ぐせいで会話は続きませんね。
脱線させないでください」
「だからハゲてねえし。会話を脱線させてるのもお前だろ!」
「だから誰がお前ですか。クラスメイトの前で『あなた』って呼びますよ?」
「絶対やめろ!
誤解されるだろう⁉︎」
冗談だとは思うが一之江が言うと冗談に聞こえない。
もし、そんな発言されてみろ。先輩をお姫様抱っこしただけで男子から睨まれてるのに一之江とそんな噂が立てば俺は学校どころか、街中すら歩けなくなるぞ。
「さて。ハゲをからかうのはこれくらいにしてサクサク話しを進めますので質問は後回しにしてください」
「……」
(ハゲてねえよ!
と突っ込み入れたいが後にしてやろう。
話が進まないからな)
一之江は俺に向かい合うように座席に座ったまま、無表情の口で語り始めた。
「まず、『ハーフロア』についてです。
そうですね、例えば……『口裂け女』という都市伝説をご存知ですか?」
「ああ、それなら知ってる。べっこう飴とか、ポマードとか嫌いなヤツだろ」
「ええ。大きなマスクをした女性が、子供に『私綺麗?』と尋ね、『綺麗だよ』と答えると『これでも綺麗かしら?』と、マスクを取る。そこには、耳まで裂けた口があった。
というようなお話です」
「ええっと、なんだっけ、ニュースにまでなったから、色々配慮されて都市伝説としても、語られなくなった、みたいなヤツだよな?」
そうやって消えていく都市伝説もある、って事だよな。
ああ、という事は都市伝説が実体化した『ロア』も消えていくのか、と考えていたら、一之江は表情を曇らせて、静かに語り始める。
「ええ。ただ、我々ハーフロアの恐ろしい所はここからです。我々は『世界』の認識が歪んだ所から発生します」
「……認識の、歪み?」
「綺麗な女性、ここではAさん、と名付けましょうか」
「ああ」
「Aさんが、たまたま大きなマスクをして歩いていたとします。そして、それを見た心ない子供が、その女性を見て、『あ、口裂け女だ!』と言ったと仮定します」
「それは失礼な話だが、子供なら……まあ、言いかねないな」
何を言うのかわからないのが子供達だからな。相手に対して失礼な事も平気で言っちゃったりするだろう。
「はい。それが子供達の間だけで広がるならば、大した問題ではありません。ですが……その噂を聞いた学生や大人が『この街には本物の口裂け女がいる』と噂し、そして広め始めたとした場合」
一之江の口調はほとんど変わらない。ずっと淡々と、感情を込めずに語る。
それが妙な恐怖心を煽っているんだが、一之江は解ってるのか?
「やがて、Aさんを見て『口裂け女』だと言う人が増えていきます。多くの人々から、Aさんはもう『口裂け女』の体現として認識されたわけです。そしてその結果……Aさんは『口裂け女のロア』になってしまいます」
「ちょ、ちょと待て!」
「待ちましょう」
一之江は淡々と語ったが今の話には致命的に怖い部分が含まれている。
Aさんは元々普通の綺麗な女性だ。それが、たまたま悪ガキの一人に『口裂け女』と呼ばれてしまう。きっとAさんは「全く失礼な子ね」と思っただけだろう。
だが、その子供が噂を広め、その噂が子供達だけではなく学生や大人達に広がり、やがて周囲の人々からAさんは『あ、噂の口裂け女の人だ』と思われるようになった。彼らに悪意があろうとなかろうと。
______それが当たり前の事実として定着してしまうと、Aさんは『口裂け女のロア』になってしまい、一之江のように人間ではなく『ハーフロア』になってしまう。
なんというか恐ろしい話だ。
「人の噂が、人間を『ロア』に変える……のか?」
「この世界は大いに『歪んだ認識』によって存在しています。人の心は常に不安定である以上、その歪みが正される事はありません。
……そういった歪みが世界をより不安定にし、『世界からの認識のズレ』を発生させるのです」
『世界からの認識のズレ』、それが都市伝説や噂として語られると発生するのが……ロアでその噂の対象が人間に向かった場合に発生するのが……。
「つまり、……この『世界』がAさんや一之江を、『そういう都市伝説的な存在である』って認識してしまった存在が……」
「はい。我々は人間でも『ロア』でもない、『ハーフロア』という存在になりました」
きっぱりと語る一之江の表情は読めない。Aさんという人物は架空だとしても一之江という『歪んだ世界から発生した存在』は実際にここにいるんだ。
いや、もしかしたらそのモデルとなった『口裂け女』はいるのかもしれない。
……なんというか、おっかないけど可哀想な話だよな。
「『ロア』の持つ独自のルールがあるため、ある意味私達は人間として、おいそれと死ぬ事はありません。
ですが『噂』が消滅すると自分も消滅してしまうので、定期的になんらかの事件を起こす必要があります。そうやって、恐怖対象であったり、風刺対象であるように、人間達に認識して貰わなければならないのです」
「……事件を起こさないと、どうなるんだ?」
「人々の記憶や文献から消えた瞬間、消滅します」
消滅。
定期的に噂させるような事件を起こさないと消えてしまう存在。
(それが彼女達のような『ロア』が事件を起こす理由だと⁉︎
なんの冗談だ?)
そう思ったがそれより気になるのが……。
「俺も、それになりかけているんだな?」
「ええ。特に『主人公』などの位置に立つ人物はより多くの制約に縛られるはずです。
例えば……昨日、私が学校にいる、と言った時にあっさり振り向いてしまっていた場合」
学校を出た時に、一之江からの電話で振り向きそうになったあの時を思い出す。
(キリカやアランのアドバイスを思い出したあの時か……今思えばかなり危なかったな)
そんな事を思いながら一之江の話に頷く。
「今回の百物語の主人公は、最初の一話目にして可憐なロアに敗れたのでした。めでたしめでたし。チャンチャン。おしまいになったのです」
「めでたくねえし、誰が可憐なロアだ⁉︎」
「……騒がしいですね。
こんな可憐な美少女な私に敗れるなら本望でしょう。次は殺されてみませんか?是非」
「お茶に誘うみたいな感じで殺害に誘うな!
……で、おしまい、になるとどうなるんだ?」
「消えますよ、おそらく」
「マジかよ」
「貴方がヤシロさんからDフォンを受け取った瞬間から、貴方もまたその『ロア』としての運命を受け入れた形となるのです」
(……そんな説明は一切されてないんだがヤシロちゃんよ)
彼女からしてみれば、俺が死のうが死ななくても結果は良かったのかもしれないな。
むしろ、彼女も『ロア』なのだとすれば……『8番目のセカイ』に接続できる端末を渡すという事が彼女の存在を維持する術なのかもしれない。
「そして、私は『あの百物語の主人公を一瞬で倒すほどの強力なロア』として噂され。
しばらく何もしなくても有名なまま過ごせたのですが、……失敗しました」
「なるほど、成功していれば自分の伝説にインパクトが付くんだな」
「ええ。ちなみに私はそんなインパクトがなくても、『月隠のメリーズドールは、既に無数のロアを屠っている』という『噂』がありますので、おいそれと消えませんけどね」
一之江は得意げにそう言った。
「屠る、というのは他のロアを倒しているっていう事だよな?」
「ええ。ハーフロアは元々が人間なのでそこまで大きな悪事や犯罪はしませんが、純粋に発生した『ロア』は生まれた瞬間に事件を引き起こしますからね」
「ああ、さっきの例で言うと、Aさんがいなくても『口裂け女』は生まれるって事だよな?」
「はい。噂が広がり『いる』と信じられた瞬間に『ロア』として発生します。
そして都市伝説をなぞられた行動を行うのです。また、そうして現れる『ロア』は噂に尾ひれが付いた状態なので……大抵は残虐性や危険性が増していたりしますね」
「一之江はそういったのを退治してるのか」
「貴方もいずれしまくりますよ。『主人公』は、事件を解決してナンボです」
「……マジかよ」
うわあ。嫌だな。
せっかく新たな人生を平穏に過ごせると思っていたのに、様々なお化けや伝説との戦いに巻き込まれるなんて、なんていうかついてないな。
いや、一文字に憑いてるんだけどな、俺は。
「ちなみに、解決し続けなければ多分貴方は消えてしまいます」
「忘れられたら、消滅してしまうからか。
人知れず戦っても、か?」
都市伝説VS人間(?)、こんな戦いを一般人の前でやれるのか?
「この場合……『世界』へのアピールが重要ですから問題ありません」
一般人がいない場所で戦っても、それは『世界』へのアピールになる。
関係ない人を巻き込む危険はないのが救いになるな。
しかし……人を『ハーフロア』にしてしまうのも『世界』。そして、『ロア』が生き延びられるか、消えるかを判断するのも『世界』。
……融通が利いているんだか、利いてないんだか解らないが『世界』っていうのはどうにも厄介な相手らしい。
「まあ、悪い事をするロアばかりではないので、退治の見極めは大事ですけどね」
「なるほど、な。
その辺りは臨機応変に対応するんだな」
「これからは貴方にも私の手伝いをしてもらいます。
役に立たなかったら次こそ無理矢理振り向かせますしね」
「役に立たなかったら、ってのは?」
「本来、主人公というものは知恵や勇気、機転などで窮地を脱するものでしょう?」
「ん、ああ」
「ところが昨日の貴方はどうやって切り抜けましたか?」
……昨日の俺……。
『満足しないなら、もっと強く抱きしめるよ?』
「うわあぁぁぁー」
機転でも何でもなかった。
ただ、己の欲望に正直に、お化け少女を抱きしめた男。
側から見たらそう思われるだろう。
「……き、切り抜けられた事は確かだろ?」
「いきなり初対面のホラー少女を抱きしめながら口説いた男に超引いただけです」
「ダ、ダヨナー……イヤイヤ、なんと言うかそう言う機転も利く男という事で……何とかならないよな?」
ここでアピールしておかないと、俺は『脅されたから主人公を辞めたヘタレ』として有名になってしまいかねない。それは流石に勘弁だ。
「なりませんね。
ですが、まあ、いいでしょう。
しばらく夜霞で行動しなければなりませんし。
貴方のヒーロー的な能力も、もしかしたら役立つかもしれませんしね」
「そ、そうか。
そういや、さっきから俺が住む街の『ロア』を警戒してるが夜霞には何かヤバいロアがいるのか?」
「いますね、さっき言いました『ロア喰い』こと『魔女喰いの魔女』です。
その候補者となっているのが、先ほど話した七里詩穂と、仁藤キリカです」
(詩穂先輩とキリカが『魔女』?
一体何の冗談だ?)
と思ったが一之江の目はかなり真剣なままだった。
「候補者ですが『裕福な家庭』で『時代に合った美貌』を持ち『才色兼備』でありながら『社交性も高い女性』というのがメイン条件です。他にも交友関係やら性格などで細々と検証した結果……夜坂学園には2人いたという結果でした」
「……その条件には超ピッタリだな。
2人とも金持ちだし」
「この市内に候補者は10名。たまたま同じ学園に2人いたので私は転校してきました」
「どちらかっていうわけではないんだな?」
「ええ。ですが転校前日に、私の『ロア発動』を回避した男が現れました。
通常ではあり得ない不可能な事です。
ですので、その男を『魔女の手下』か、或いは『利用されている者』と判断しました。
故に仕留めるつもりで貴方を襲ったのですが……どうやら違ったようですね」
「……そういう事、か」
勘違いされて命を狙われた。
怒りも湧くが話を聞いた後だと理由があった、と理解できるから納得してしまう。
「ところでちょっと気になったのですが……」
「なんだよ?」
「貴方は二重人格者なのですか?」
一之江のその発言にどきりとしてしまう。
(コイツ、ヒステリアモードの事に気付いたのか?)
「抱きつく前と抱きついた後で様子が違ったようなので……」
「……あ、あー違うがまあ、うん。似たようなもんだと思っていてくれ」
「?」
首を傾げる一之江だが深くは追求してこなかった。
これはバレるのも時間の問題かもな。
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