イリス ~罪火に朽ちる花と虹~
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Interview2 1000年待った語り部 Ⅰ
「向いてないと思ったことはないですか?」
その「取材」の日からルドガーとレイアの付き合いは始まった。
レイアは「とにかくがんばる」がモットーの子で、取材のネタがあると聞けば東西南北、国の隔てなどぽーんと飛び越えて現場に向かうような元気印の女の子だった。
だがその熱意は大体が空振りに終わり、ネタを集めて書いた記事は編集長に酷評されて終わるとか。
「『あんな感想文もどき新聞に載せられるか、バカ。焦点もぼやけてる。何を記事にしたかったんだ? 雇用問題か、環境問題か、事件速報か、それとも文化か? 思ったこと書きゃいいわけじゃない』だってさー」
「一言一句違わず言えるってことは、それ何回も言われてるんだな」
「呑まなきゃやってられっかーっ」
「ノンアルコールだけどな」
口ではそう言うものの、あまりに心配になったルドガーは、付き合い1ヶ月半ほどで、自分にもレイアの取材の手伝いをさせてくれ、と頼み込んだ。
「就職活動はいいの?」
「やりながら手伝う。少しでもレイアの力になりたいんだ。頼む!」
「わたしなら心配ないって。これでもそんじょそこらの魔物より頑丈なんだから」
「ダメだ! ……あ、いや、ごめん。とにかく。レイアが心配なんだ。俺も一緒にやらせてくれ」
「あ……うん。ルドガーがそうしたいなら、わたしは、いいけど」
彼自身、どうしてこうもレイアを放っておけないのか、レイアが気になってしようがないのか分からなかった。
分からないのに、目はレイアの動きを追い、レイアの笑顔を見るとふわふわした気分になって、取材に臨む真剣なまなざしと芯のある声に鼓動が跳ねた。
だが、そんなルドガーの機微を無視して、現実とはどこでも付いて回るもので。
載らない没原稿が増えるたび、さすがのレイアも消沈した。
反省会を二人でやる日もあったが、今度こそレイアもルドガーも持てる全てを注ぎ込んだという出来栄えだっただけに、没を食らったのはルドガーでさえ辛かった。
(あの編集長、一度闇討ちしたろか)
ジンジャーティーを淹れながら剣呑な企みを巡らすルドガー・ウィル・クルスニク(20)。
二人分のジンジャーティーを持ってリビングに戻ると、レイアはテーブルに突っ伏したままだった。
ルドガーはそろ~っとカップをレイアの横に置いた。
「るどがぁ~…わたし、この仕事向いてないのかなあ~…」
出た。社会人1年生が100%口にするという「私、この仕事向いてないんじゃないかしら」発言。
ルドガーが否定してやるのは簡単だが、果たして社会人未満のルドガーの言葉にレイアを元気づけるだけの重みがあるのか。声をかけあぐねる。
その時、タイミングを計ったように玄関のドアがスライドした。
「ユリウス。おかえり」
「ただいま。――レイア君、来てたのか」
「おかえりなさぁい、ユリウスさん。おじゃましてま~す」
レイアは頻繁にこの部屋を訪れるので、ユリウスもすっかりレイアと顔なじみだ。加えて、ルドガーと違いユリウスは歴とした社会人。その点でレイアとユリウスの間で話が通じることも珍しくなく、たまに、ごくたまに、面白くない目を見たこともあった。
だが、今回はそれこそが必要だった。
ルドガーはユリウスの腕を掴むと、有無を言わせずキッチンに引きずり込んだ。
「何だいきなり」
「レイアがまた記事ボツ食らって凹んでんだ。慰めてやってくれよ。ユリウス、得意だろ、そういうの」
自分で自分の友人も慰められないのは情けないが、失敗してレイアがよけいに沈むよりはいい。
「頼むよ兄さん。な?」
「こんな時だけ兄貴扱いか……はあ。分かった。ちょっと待ってろ」
ユリウスがリビングに向かうのを見届け、ルドガーはキッチンに向き直った。自分にできるのは、せめてレイアにおいしい手料理を食わせてやることだけだ。
気合を入れて冷蔵庫を開けた。今日は得意のトマトソースパスタで勝負だ。
トマトはじめとする食材と乾麺を出して調理を始めてしばらく、リビングからバタバタと物音がした。
次いで、レイアがキッチンを覗き込んできた。
「ごめん! 今日はもう帰るね! やりくさしの原稿あるから!」
「え!? ちょ、おい、レイアっ」
「ほんっとごめん! またご飯食べさせて」
言うだけ言って、レイアは部屋を出て行ってしまった。ルドガーはエプロン姿のままぽけっと突っ立っていた。鍋でパスタが噴き零れなければ、ずっとそうしていただろう。
鍋の火を止め、リビングに行った。ユリウスに、レイアに何を吹き込んだか聞くために。
「俺はそう思ったことはないか、と聞かれたよ。『ユリウスさんは今の仕事が自分に向いてないと思ったことはないですか?』ってな」
「何て答えたんだ?」
「もちろん何度もあると答えたさ。それから『そういう時はレイア君も頑張ってるんだろうなと思って気合を入れる』って付け加えた」
「だからあの勢い」
「だな。というわけで、今日の夕飯は」
「分かってる。追加分、トマトのブルスケッタでいいか?」
「よろしく頼むよ、シェフ」
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