イリス ~罪火に朽ちる花と虹~
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Interview1 End meets Start Ⅰ
「残念ながら時間切れだ」
次に目を覚ました時、ルドガーがいたのは病院のベッドだった。
(夢、だったのか?)
ちがう。夢ならばこの全身の傷は、治療の痕は何だ。何かが起きたのだ。あそこで。
ルドガーは急いでベッドを降り、窓ガラスから外を見下ろした。
――何もない。人が普通に動いて、笑顔で、目も口もある。あの白いマナを噴いていない。
ひとまずは安堵してベッドに座り直した。
考えようとしたタイミングで病室のドアが開かれ、考えは霧散した。
「ユリウス……」
「起きてたのか、ルドガー。よかった」
ユリウスが入って来て、座ったルドガーの両肩を掴んだ。微かに震えている。
「俺はへーき。何ともないからさ」
「何ともないわけあるか! お前が眠ってから丸15時間だ。外傷もひどかった。何があった。誰にやられたんだ?」
「えーと」
精霊に、と素直に答えられない。夢でも見たんだろうと一蹴されるのが世間一般の反応だ。そもそもどうして自分は怪我などするはめになったのか――
――地下にいたイリス、精霊軍団、手も足も出なかった自分。芋づる式に思い出した。自分はクランスピア社のエージェント試験の真っ最中だったのだと。
「そうだ、ユリウス! 試験! 俺の入社試験の結果」
するとユリウスは目をぱちくりさせたが、次いで苦笑いを浮かべた。表情こそ取っつきやすいものだが、その貌はクランスピア社のクラウンエージェントのもので。
「あの試験はタイムトライアル形式だった。迅速に任務を遂行する適性があるかを審査するために。お前は全ての想定敵を倒した。が、残念ながら時間切れだ。よって――ルドガー・ウィル・クルスニク。不合格だ」
廊下に出たユリウスのGHSに着信があった。ユリウスは院内通話可のゾーンまで移動してから電話に出た。
『ヴェルです。該当接触者の容態確認は済みましたでしょうか』
「ああ。特筆すべき異変は見られなかった。医者の話でもこれといった異常はないとのことだ。対象Iの証言通り、該当受験者との皮膚接触はなかったと目算が濃くなった」
『畏まりました。リドウ副室長にはそのように報告いたします。状況を終了し、帰社してください』
「了解した」
『それと室長。受験者の試験結果報告書も別個に提出願います』
「ああ。すまないな。対象Iの件でゴタゴタしていて提出が遅れた。また作って出しておくよ」
『いいえ。差し出がましいことを申し上げました。失礼します』
通話を切って、GHSをポケットに突っ込む。
ユリウスは忌々しさを隠さず舌打ちした。これからの時間は会社でどんな隙も覗かせることはできなくなった。
ユリウスは「兄」の仮面を被り直し、ルドガーの病室に戻った。
ドアを開くと、俯いていたルドガーはひどく驚いて顔を上げた。よほど思考に没頭していたのだろう。
「あ、ユリウス…何だったんだ?」
「会社から呼び出し。例の地震であちこちの部署が混乱しててな。せっかく一仕事終えたのにまた仕事だ」
「地震……ああ、そうか。ん、了解。行ってらっしゃい」
「すまん。清算はすませといたから。後は一人で平気か?」
「コドモじゃないんだから、そのくらい平気だって。そろそろブラコンやめないと、嫁さん貰えなくなるぞ」
「生意気」
ユリウスはルドガーの頭を小突く真似をした。ルドガーは明るい笑い声を上げた。
(大丈夫。お前さえいるなら、俺はいくらでも汚くなれる)
その決意は、今からクランスピア社で並み居る曲者と相対しても揺るぎはしないだろう。
数分前までささくれていたユリウスの心は、すっかり治っていた。
世界を隔てる殻が割れてから、ほんの少ししか経っていない頃のお話。
後書き
性懲りもなくまた始めてしまいました。TOX2二次オリ主もの長編。
前回までは「綺麗な物語」を心掛けていましたが、今回は作者の欲望全開で行きたいと思います。
ズバリ、目指せバッドエンド。
そうです。実は作者、バッドエンドが大好物なのです。
もっともあまりにえぐすぎるのは勘弁して、という、にわかバッドラバーですが。
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