口裂け女
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第一章
第一章
口裂け女
今更だがこの街では話題になっていた。
「何で今頃出て来たんだ?」
「さあ」
「映画のせいじゃないのか?」
「いや、それも結構前だよ」
少し年配の人達はこう話していた。
街に出て来たのは何かというと。ネットでも話題になっておりマスコミでも取り上げられていたが誰もが何故今頃出て来たのかといぶかしんでいた。
「口裂け女なんてな」
「今更出て来るなんて」
「どうしてなんだ?」
誰もが首を傾げさせる。若い年代や子供達はそれでその口裂け女について知った程である。
「あれだろ?口が裂けていて」
「包丁で切ったんだっけ」
「整形の失敗じゃないのか?」
かつて大いに話されたその話がまた為される。
「確かな」
「そうだったっけ。生まれついての妖怪じゃなかったか?」
「幽霊じゃなかったか?悪霊で」
その正体について議論されるだけではなかった。
「二人連れか?」
「いや、男女ペアだろ」
「三人組じゃなかったかな」
このことも話される。街だけではなくネットの掲示板でもだ。
だが確かなことは何もわからなかった。少なくとも街に出て来るだけである。それで皆あれやこれやと騒いでいるのだが見たという人間は何故かいつも夜だった。
夜と聞いて。皆はここでも言うのだった。
「幽霊じゃないのか?」
「あの映画みたいにか」
「それじゃあ不死身か?」
「それで子供殺すのか?」
こんな風にも話が動いていた。
「そんなのいたらやばいな」
「どうすればいいんだよ」
見ていない人間から騒ぎ出す。もっとも実際に見たという人間がおらず又聞きばかりなのはこうした話の常であった。
そんなことを話しているのは大人達もだが子供達もであった。学校に入ればもうクラスの仲でも廊下でも校庭でも体育館でも。そんな話ばかりだった。
「昔と同じだな」
「あっ、そうなんですか」
学年主任の藤熊先生の苦い言葉に能天気に応えたのは六年二組の担任である和久井悟志であった。尖った黒い髪に細く長い眉の下の目がやけに鋭く強い。面長の顔の頬はこけており唇はしっかりしている。鼻がやや高めで形もいい。そんな風貌であった。
外見からはまるでそちらの筋である。声も低くそうしたものだが今の言葉は随分と間抜けに聞こえるものであった。その彼が藤熊先生の言葉に声をあげたのだ。
「昔もこんなので」
「そうだよって。これずっと話してるじゃないか」
「そういえばそうですね」
こんないい加減な調子でまた藤熊先生に応える。先生のその皺のある顔がいささか歪んだ。
「あのね、和久井先生」
「はい、すいません」
悟志は先生の咎める言葉にまず頭を軽く下げた。
「つい」
「そう、話はしっかりと聞いてくれないと」
藤熊先生はこのことを咎めた。
「頼むよ」
「はい。それでですけれど」
「また出て来るなんてな」
先生はまた言った。
「あの時みたいに騒ぎにならないといいけれどね」
「何か物凄い騒ぎだったんですね」
「凄いなんてものじゃなかったよ」
それどころではなかったというのである。
「もうね。日本中が口裂け女の話題で一杯でね」
「凄い状況だったんですね」
「どうしたものかな」
彼等は言い合う。
「本当に」
「いるってわかったら退治していないのならいないってはっきりさせたらいいんじゃないでしょうか」
悟志は少し軽く言うのだった。
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