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クルスニク・オーケストラ

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第十一楽章 少し早いピリオド
  11-1小節

 初めてクルスニク一族の秘密と「世界の本当のこと」を知ったのは、19歳の年。
 秘書室でベテランの方々を差し置いて秘書長に抜擢された直後だった。

 ビズリー社長直々に説明してくださった。世界の担い手を支えるポジションになるのだからしかたないのですが。

 ぶっちゃけ、ショックでしたよ?

 一民営企業の一セクションが世界の命運握ってたんですよ? しかも、選ばれた一族とか、二千年前からの因習とか、精霊とか。
 とんだイタ社に就職してしまったものだわ、社員総厨二か……ってね。軽く絶望しました。せっかくの昇進なのに誰にも言えませんでした。はずかしくて。

 だから、どんな仕事だって冷静にこなせたわ。手を抜いたわけじゃない。私なりに誠心誠意、全力投球で働いた。男の人は怖かったけど、ユリウスさんとリドウさんが練習台になってくださったおかげで大分マシになりましたし。

 一歩引いた態度でいられたのよ。あんまりファンタジーすぎて。

 でも、今なら分かる。私たちが足を着けてる世界の正体が。本当の絶望がどんなものか。


「ヴェル君」
「ッ、は、はい、」

 いけない。今は職務中、雑念に囚われてはいけない時間。

「追いかけたまえ」
「――は」
「早くしないとジゼルがエレベーターに乗ってしまうぞ」

 ビズリー社長の笑い方は、傍らでずっと見てきた太い笑みじゃなかった。大人が若者に対して向ける、ふとした瞬間の親愛のよう。

「っ――ありがとうございます!! 失礼いたします!」

 入社して一度もこんな大声上げたことないんじゃないかしら。礼の所作だって雑になっちゃった。

 でも、今は、追わなくちゃ。ううん、追いかけたい。ジゼルを独りにしておけない。

 社長室を飛び出した。後ろで勢いのままドアが閉まる音がした。


 ジゼルは……いた!

「ジゼル!!」
「ッ! ヴェル…? 貴女、どうして」

 青紫から赤へのグラデーション・アイが戸惑いで濃く染まってる。

「ジゼル……本当に、その、《橋》の役目を引き受けるの?」
「そのつもりですわ」
「死んでしまう、のよ、ね」
「――そう、なります」

 現実が、突き刺さる。

 死んでしまう。死んじゃう。私の友達が。社会に出て初めて出来た友達が。

 ボロッと。涙が勝手に流れた。

「ヴェル、泣かないで」

 首を横に振る。眼鏡を外して手の甲で目元をこすっても、涙がちっとも止まらない。
 無理よ。泣き止めない。じきに友達が死ぬのにどうやって笑えばいいの。

 本当にファンタジーならよかった。本当にフィクションならよかったのに。
 イタ社でも社員総厨二でもいいから。誰かこの現実を嘘にしてよ。精霊でも分史世界でも今なら心から信じるから。ねえ、ねえ…ッ!

「……嬉しいですわ。貴女みたいに、わたくしのために泣いてくれる友達が一人でもいて。こんな体だから、きっと最期まで独りだと思っていましたのに。嬉しいの。本当に嬉しいのよ、ヴェル。嬉しい、のに」

 ジゼルは笑ってる。笑ってるのに、涙、が。

「ねえ、ヴェル…っ、これは、誰の涙なのかしら…っ? わたくしっ…何で、泣いて…っ」
「っ…! それは! あなたの涙よ! どの《レコード》でもない、あなた自身の悲しみなのよっ、ジゼル!」

 ――ジゼルが泣くとこなんて初めて見た。いつも笑ってて、明るくて、探索エージェントたちに光を振り撒いていたジゼルが。

 ジゼルを抱き寄せる。ジゼルはあっさり私の肩に頭を押しつけ、嗚咽を上げた。ジゼルの両手は縋るみたいに私の両肩を掴んでる。

 何で忘れていたの。ジゼルだって、私よりは年上だけど、骸殻があるだけの、ただの女の子だったのに。

 思いきり抱き締めてあげる。気づくのが遅すぎた私にはこれくらいしかできない。

 私も泣いた。二人して抱き合って泣いた。死にたくない、死なせたくない、そんなことを言った気もする。
 泣き疲れて涙も枯れたところで、ジゼルはゴシックアウターの袖で私の目元を拭った。
 その顔には笑み。いつもそうやって、あなたは笑ってきたのね。


「ヴェル。最後に一つだけ、お願いがありますの」
「何? 何でも言って」
「最後の《カナンの道標》がある分史世界の座標を教えて」 
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