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Muv-Luv Alternative 士魂の征く道

作者:司遼
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13話 修羅の矜持

 1998年1月28日


 異形が跋扈する地獄と化した朝鮮半島、中腹部。
 其処を疾駆する重厚なフォルムを持つF-4をベースにされ開発された闇色の機体―――瑞鶴C型が疾駆する。

 自分にとって二度目となる大陸派兵――初陣だったあの時に比べ自分の技量は大きく上がり自分のセンスに適合した戦闘スタイルの構築が既に完了していた。

 右手に87式突撃砲、左腕に87式支援突撃砲。
 右背に74式長刀、左背に87式突撃砲を背負った変則突撃前衛装備―――向かう先には無数の幼虫の肉で形作られたかのような異形のサソリの群れ。

 異星起源生命体、BETAの中でも二番目に多い個体数を誇る種である要撃級だ。
 それが無数―――まるで津波の如く迫ってくる。
 そしてそれを飛び越そうにも空には無数の光条が奔り、空を焼いて砲弾の雨を蒸発させてしまう……其処に飛び込むというのは文字通り飛んで火に入る羽虫である。

 如何に蒸散塗膜を施されていようと、あの光条の前ではものの数秒しか持たず、重装甲を誇る第一世代戦術機の装甲であろうと紙屑同然だ。
 ――戦術機と比べ圧倒的な装甲を持つ戦艦とて、あの禍々しい光条を発す光線級の前では(ふすま)も同然。


「邪魔だどけぇッ!!」


 跳躍ユニットのロケットモーターが点火、スラスターノズルが爆裂して瑞鶴の闇色の機体の大質量を加速させた。
 瑞鶴の闇色の機体が自らを刃として敵陣に切り込む。―――そしてそれに他の同じく闇色の瑞鶴が続く。

 その数六騎
 元は大隊規模、三六機で在った瑞鶴たちはその数の六分の五を既に喪失していた。

「うぉおおおおおおッ!!!」

 両手の二種の異なる性質の突撃砲、合計三種の兵装を巧み扱い闇色の機体が武術の型にも似た挙動で銃撃を放ち、異形の波を掘削して往く。

(ちぃ!!反応が鈍い!!)

 その刹那で分岐する可能性、その大部分を自らの死が満たす未来の中から全感覚情報と経験を統合し五感に反映して直感とするこで自らが生存する未来を引き寄せる。
 半ば未来予知の域に達した先読み―――武術の一つの極み、卓越した戦略眼と観察眼によって紡がれる心眼がこの鈍重な第一世代機に過ぎない瑞鶴での密集格闘戦を可能とさせていた。

 しかし、機体の反応性の鈍さは往かんともし難い。
 生身では余裕の反応もコンマ00以下でわずかに遅れる―――その刹那、生死を分かつには十分すぎる時間だ。

(機体が重いだけじゃない、ナイフシースも邪魔だ!!)

 こんな密集格闘戦では巡航や中距離戦闘では有利に働くカナード翼と同様の効果を発揮させるスタビライザーを兼ねるナイフシースも邪魔でしかない。
 より自由自在な振り回しを要求される密集格闘戦では逆に空気抵抗が増し、機体挙動の障害となっているのだ。

『うぁああああ!!あ、足が足がぁあああ!!!』

 通信機から仲間の悲鳴―――レーダーとデータリンクによる機体情報の共有…最後尾の一機が脚部に要撃級の超硬靭性を誇る一撃を足に受け、地面に倒れ堕ちた。
 要撃級の足元に有象無象に這っていた戦車級に集られ、その漆黒の機体は赤に埋もれつつあった。

『ちぃっ!!―――各員、通信回線を切れ、助ける余力は無い。』

 自分たちの隊長機であった山吹の瑞鶴はとっくの昔に奴らの腹の中だ。
 彼の断末魔は初陣間もない上に、隊長を失ったばかりの部下の心に―――深く突き刺さる。

『た、助け―――』
『慈悲だ―――!!』

 助けを求める同僚の瑞鶴へと左腕の支援突撃砲の照準を合わせ、その跳躍ユニットを狙い撃った――――。

 弾痕が穿たれそして、爆発………瑞鶴に圧し掛かり、コックピットを叩き潰そうとしていた要撃級と無数の戦車級が引火したロケット・ジェット燃料の大爆発に巻き込まれ粉みじんに吹き飛ぶ。

(赦せとも恨めとも言わん―――ただ、己の無力を恨め。)

 恐らく、苦しいと感じる間もなく吹き飛んだであろう戦友に心の中で呟く。BETAに生きたまま引き千切られながら、咀嚼されながら死ぬよりは遥かにマシだろう。

(それに中韓連合に斯衛軍の機密が漏れるのも看過できんしな―――)

 瑞鶴は如何に旧式とは言え、斯衛軍の主力機だ。
 その残骸がBETA支配下に成ることが確定しているとはいえ、他国の戦場に置き去りというのは捨て置けるものではない事態だ。
 特に、アップグレードされた電子装備やOSのリバースエンジニアリングがされればその弱点も露見し、零戦が空の覇者の座を奪われたのと同じことが起きる。

『これは介錯――味方殺しではない!』

 血を絞るように自らに言い訳にしか聞こえない呪詛を吐く。

 弱肉強食―――それが古今東西、あらゆる場所、あらゆる生命が履行してきた真理だ。
 それを超えるあらゆる倫理など、真理を誤魔化しているだけ……真実を目を背け、見えなくなっただけで安堵の息を突いている痴愚のなせる業だ。

 どんな綺麗ごとを飾ろうが、結局は力が全てなのだ。
 暴力・知力・財力・魅力―――全部力だ。力の性質は兎も角、この世界はすべからず力のみによって結果が決まる。

 彼が死んだのも、結局彼の実力が生き残るに足りなかっただけ―――それ以上でも、それ以下でもない。
 だが、その死は絶対に無碍であってはならないのだ。


『くっ―――帝国軍が馬鹿をやらなければこんな事には……!!』

 僚機が悪態を突く、本来であればこの地区は国連軍部隊が請け負っていた筈の地区だ。
 しかし、帝国軍と大東亜連合軍が上位指揮者である国連軍の命令を無視し、避難を拒む現地住民の避難を優先した結果、国連軍前線指揮部がBETAの奇襲を受けた際にその避難に要した分の戦力不足で壊滅した。

 結果、戦線は瓦解し多くの国連軍・難民が孤立しBETAの真っただ中で孤軍奮闘を強いられているのだ。
 それは、『同じ日本人が招いた失態』だ。―――日本人の失態は同じ日本人が拭わねばならない。

 故に、即座に96作戦に参加していた斯衛軍の生き残りを中核に編成された一個連隊が各地に分散展開し救出と対馬のバックアップにより戦線が立て直すまでの時間稼ぎを並行して行っているのだ。


『各員、恨み辛みは分かるが今は為すべきことを為せ。――仲間の死を無碍にするなよ!』
『『『『了解っ!!!』』』』

 仲間への激励と共に弾が尽きた突撃砲を投げ捨て、兵装担架から長刀を抜き放つ。


『ふぅぅ……はぁぁ――――!』

 呼吸を整え、体内で剣気を練り上げる。
 ―――己は刃だ、一振りの兇刃。
 思考が冷たい鋼の如く冷え、冴えわたる。どうやって敵を切り裂くか、その為に機体(からだ)をどう動かせばいいか、その障害となる敵の動き、可能な剣劇の軌跡………全てが見える。

 電磁伸縮帯の緩衝張力?人間以上の可動域?
 そんなどうでもいい物に意識を割く必要はない――――必要なのはどうすれば、最速で最大の斬撃を放てるか、其れだけだ。


『いぃッやあああああ―――――ッ!!!』

 闇風が駆ける、漆黒の機体が地面を蹴ると同時に跳躍ユニットを噴射。砂塵の尾を引きながら長刀を携えて、一匹の修羅の如く、鬼神の如く。

 その胸裏に一抹の、されど無限大数量の憤怒の熱量を秘めて。






「斯衛からは抗議しないと―――どういう事ですかッ!?」

 大規模展開していた国連軍の戦力を温存しつつの防衛線の大幅引き下げ、光州作戦。
 綾峰中将の命令無視に始まる国連軍司令部の壊滅、戦線崩壊と部隊の孤立と難民への被害―――結果として大損害を出したモノの、斯衛軍が急速展開しどうにか時間を稼いだことで大局的には作戦は成功した。

 しかし、国連軍は無視できぬ被害に綾峰中将の身柄引き渡しを求め、帝国軍上層部はそれに反対しているのだという。
 ―――その元凶である綾峰中将の行動の結果、どれ程斯衛に流血があったのかがまるで無視されている、腹立たしい事この上ない。

「あの作戦で尻拭いをしたのは俺たちだ!!一体何人が―――死ななくても良いはずの衛士が何人死んだと思っているんですッ!?」

 漆黒の軍装に身を筒んだ俺は山吹を纏う上官に詰め寄った。帝国軍との衝突を恐れた斯衛上層部は抗議すらしなかったのだ―――これでは丸で使い捨ての道具ではないかッ!!

「俺たち黒や白が何人死のうがどうだっていい、摂家の連中はそう思ってるという事ですかっ!!」
「落ち着け柾、之は高度に政治的な問題だ。―――此処で国連軍のいう事を聞けば軍部の反発は必至、それに斯衛が同調したとなれば如何な反応が起きるか皆目見当がつかない。
 BETAの日本上陸が目前に迫った今、国内情勢に無用の混乱を招くべきではない。」

「其れは只の事なかれ主義でしょうがッ!!子供が夏休みの宿題を全くやらず、最終日に慌ててやるのと変わらない痴愚に他ならないッ!!」
「言葉を慎め柾中尉、お前も斯衛に志願した身。それ以上の暴言は看過出来んぞ。」

 上官の言葉に歯噛みする。これ以上は反逆と取られかねないと釘を刺されたのだ。


「……日本は一体いつまで続ける心算なんでしょうね。他国の顔色を伺い、その心象に引きずられ早100年余り。
 他国から認められる?他人の顔を窺うだけの卑屈な国になって、世界への奉仕なんて耳触りの良い文句に傾倒し、己を売り渡す愚かさ。それは奴隷の生き方だ、人間の生き方じゃあない。
 ああ、全く吐き気がする!俺が斯衛に入ったのは日本人らしさと武の頂を目指したからだ、それが『人間』の生き方だからと信じたからだ。」

 山吹の上官もまた、渋い表情のまま黙って聞いていた。
 何かしら思うところは矢張りあったからだろうか、それとも単なる己のガス抜きに過ぎないからか。

 その疑問に答えは無い、意味もない。

「―――時代錯誤、唯我独尊、上等。他人に頭下げて回るだけが能のテメェの身もテメェで守れない、他人の賞賛だけが目当てのような見下げ果てた屑に成り下がって堪るかよ。
 肝心なのは、他人がどうじゃない。自分が如何で、何を為すかに他ならないッ!!!他人の目を気にしている時点でど三流だ……それは国で在ろうと、人であろうと何ら変わるものではない。」


 自分の叫びにも似た訴えを痛ましい物を見るかのように彼は告げた。

「お前の言いたい事もわかる―――だが、闇雲に戦い続けてどうなる。それでは真に守るべき物は守れんぞ。
 そしてお前のその信念で守れるのはお前だけだ―――極論を言えば、お前のそれはお前が負けていいと一分でも思えば簡単に折れてしまうモノであり、捨身の強さだ。
 その強さは武士の物ではない、戦いの鬼……修羅の物だぞ。」








 結局、綾峰中将は国内法にて敵前逃亡の罪で銃殺刑となった。
 それは、国連と帝国軍の間での妥協策であると同時に、斯衛と帝国軍の間においても妥協という両者の折り合いを取る策であった。

 そして、その裏で智将と名高い綾峰中将の行動の真意を知るもの、彼に救われたと証言する者たちも居たが、それは何時しか歴史の闇へと葬りさられることとなった。
 それは同時に、彼の行動の結果を自らの流血によって(そそ)いだ斯衛衛士の戦いもまた無かった事にされることであった。


『隊長、艦隊は琵琶湖に集結し京都へ支援砲撃を行うため此処(香川県竜王山)には回らないとのことです!!!』
『各機、戦闘出力へ移行!――此処を貫かされれば如何に海を挟んでいるとはいえ京都は目前、我らの闘い、帝と衆人の胸裏に決して消えぬ閃光として焼き付けるぞッ!!!』

 そして、斯衛に所属する衛士たちの戦いは戦場が日本本土に移ってからは意図的に『報道しない自由』の元、黙殺され続けた。

 何人の者が家族の死に涙しただろう、幾人の衛士が戦友(とも)の死を背負い今血を流しているのだろうか―――きっとそれだけ、其れだけは帝国軍も国連軍も米軍も同じ筈だ。

 だけども、ただ一点の違い。如何な魂胆かは知らないが、俺たちの戦いは黙殺され続けている―――そう、戦いで死に、その事すら殺され続けているのだ。
 それは、死者に鞭打つが如き蛮行。人の道はずれし外道の所業。だが、安全な区域内を悠々と謳歌する連中はそれを嬉々として行うのだ、同じ日本人だというのに。

 …………良いだろう、俺たちの流血と屍に胡坐を掻く外道共が彼らの闘いを無かった物として扱おう物なら、消せないほどに熾烈で鮮烈で激烈な死闘を刻み付けてやろう。
 そして、人々の記憶に残らずとも戦い続けよう。何時の日か、積み重ねた死に意義を持たせるために――それが彼らにできる独りよがりの手向けだ。

 今しばらく、闘争と死を糧に闘い続けよう――それは恐らく、鉄風雷火の路。修羅の路だ。

 凡そ真っ当な人の歩む道とは成らないだろう。それでもこの歩みは止めない、止められる訳がない。
 俺の心が止まることを許せないのだ。犠牲は既に払われたのだ、なら止まれるわけが無いのだ。

 ならば――――せめて、


『全機、己が血路を拓く!!―――続けぇいッ!!!!』


 この修羅道の先に武士道があることを信じ、突き進むのみ。
 その為になら俺は――――(おれ)は修羅の矜持にて武を饕餮どもを引き裂く爪牙とし、一匹の獣となりてこの修羅の世を戦い抜こう。
 
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