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豹頭王異伝

作者:fw187
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邂逅
  怪異の襲撃

 パロ解放軍は前述の経緯で、北西部の中心都市エルファに移動。
 ワルスタット選帝侯ディモス、ケイロニア軍の別働隊1万4千と合流。
 グインの指示で進軍を再開の際、人々は総出で見送り戦勝と無事の帰還を祈った。
 見送る群衆の中には戦火に故郷を追われた避難民、ダーナムの人々も加わっていた。

 エルファの市長は住民を代表して感謝の意を伝え、ケイロニア軍に再訪を懇願。
 ディモスも申し出を受け帰国前に必ず立寄る、と語り固い約束が交わされている。
 ワルスタット選帝侯領の主都、パロ北西部の中心的な街は友好関係の樹立を宣言。
 パロ内乱の終結後も、永遠に友誼の絆を結び続けるであろうと演説を行ったが。

 ダーナム奪還の翌日、ヴァレリウスを再び想定外の遠隔心話が貫いた。
 ゴーラ軍を操縦する黒幕と掌を合わせ、遠隔感応波を転換。
 立体的な脳内映像、臨場感の溢れる音響効果を体感。
 竜の歯部隊を襲った怪異が、ナリスの脳裏に再現された。
 イーラ湖に巨大な波が立ち水面から出現した怪魔、水竜の群れが勇者達を襲う。

 護衛の魔道師達は星形魔法陣で魔力を増幅させ、攻撃の念を投射するが。
 竜の怪物は軽々と集団攻撃の念を弾き返し、成す術が無い。
 白くどろりと濁った濃い霧に視界が閉ざされ、北の勇者達は数タール先も見えず行軍を停止。
 警戒態勢に入った竜の歯部隊を、グインの数倍もある竜が襲う。
 湾曲した象牙を思わせる獰猛な鋭い牙が幾重にも植わった凶悪な顎が、不運な兵を噛み砕く。
 竜の歯部隊を率いる隊長、ガウス准将から悲痛な叫び声が響いた。

「トム!」
 謎の咬竜は死体を咥えたまま後方、濃密な液体を思わせる濃霧の中に姿を消す。
「スナフキンの剣よ、出て来い!」
 グインの声に応じ右腕から青白い光が噴出、1タール程の剣と化した。
 豹頭の戦士が剣を掲げ突進すると嘘の様に、乳白色の濃霧は跳び退き一瞬で消失。
 鮮やかな緑色の森林が四周に広がり、入道雲が立ち昇り咬竜の姿は何処にも無い。

 周囲に視界を遮る物は何も無いが、後方には別の濃霧がわだかまっている。
 上級魔道師ギールは遠隔心話、状況確認を試みるが応答は無い。
 ワルスタット侯ディモス、カラヴィア公アドロン、聖騎士侯ルナン、ワリス、ダルカン。
 後方の黒竜将軍トール、金犬将軍ゼノン同行の魔道師達は沈黙。
 上空を飛翔し遠見の術を試みるが、厚い霧の壁に覆い隠され様子を伺う事も出来ぬ。

 グインは部下達を救う為、愛馬に乗り全速力で急行。
 頭上を飛ぶ魔道師を通じ、心話を送った。
(ナリス殿、グインだ。
 急で済まぬが再び、ケイロニア軍が魔道の奇襲を受けた。
 妙な濃霧に視界を塞がれ、巨大な竜の首が兵士達を襲い相当な被害が出ている模様だ。
 スナフキンの剣を試すと同時に怪し気な霧は消え失せたが、ゴーラ軍は襲われておらぬか?

 そちらは無事と魔道師から聞いたが、ゴーラ軍を霧と竜が襲う可能性もある。
 心話の伝達よりも直接、五感で体験して貰った方が良いと思ったのでな。
 身体に障るかもしれぬが、感覚的に憶えておいた方が今後に役立つだろう。
 先刻の竜は実体を備える本物か、幻術か俺には解らぬ。
 掠われ行方不明の兵も気掛かりだ、解析の結果を知りたい)

(解析の結果とは?
 今、初めて連絡を受けましたが)
(ギール殿を通じ、白い霧の出現した時点で依頼した筈だが。
 キタイ独自の術か否か、魔道師の塔に照合すると聞いた)

(何故、私に知らせなかった?
 冗談では済まされぬぞ、ヴァレリウス!)
(私は何も聞いておりません、ヤヌス十二神に誓って初耳です!
 数タルザン毎の定時連絡も怠っていませんが、そんな報告は無かった!!)
 魔道師軍団の暫定指揮官ヴァレリウス、ナリスの顔から音を立てて血の気が引いた。
 当直のロルカ、休憩中のディランも慌てて掌を合わせ互いの記憶を確認する。

(半ザン程前グイン王の依頼を受けると同時に、報告を送信しております。
 採取した念波紋《サイコ・パターン》も送付し、指示を仰ぎましたが。
 『解析結果の判明まで待機し、ケイロニア軍の安全確保を優先せよ』と命令を受領。
 下級魔道師の念を集束し結界を再編、強化した状態で維持しておりました)
 ギールの心話を受け、ヴァレリウスの背中を冷たい戦慄が疾り抜けた。

(どうやら、念波を盗まれたか。
 お前の報告した相手は、誰だ?)
 ナリスは冷静に確認を求め、思考停止状態に陥った指揮官が自動的に中継。
(ヴァレリウス様です、報告した際の《サイコ・パターン》を送信します!)
 パロ最強の魔道師は気を取り直し、ギールの思考を走査する。

(確かに符牒は一致しているが、俺は遠隔心話を受信していない!
 ロルカや部下達も総て気付かず、記憶を操作された痕跡も無い!!)
 ナリスと魔道師達の裡に言い知れぬ恐怖の影、不気味な悪寒が拡がる。
 パロ指導部の思考を建設的な方向に誘導する為、グインが割り込んだ。

(どうやら昨夜、俺の夢に現れた魔王子アモンの仕業だな。
 直感に過ぎぬが奴は恐ろしく狡知に長けた黒魔道師、超絶の催眠術師と思われる。
 巧妙に念波紋《サイコ・パターン》を偽装し、心話を遮蔽する事も可能ではないか。
 下手をすると、竜王より遥かに厄介な相手かも知れぬ。
 改めて確認するが、ゴーラ軍の周辺に白い霧や巨大な竜は来襲しておらぬのだな?)

(大丈夫です、改めて念波を統合し精査しましたが異状はありません。
 魔道師が不足であれば即刻、増援します!)
(スナフキンの剣で黒魔道の術が退いた故、こちらは何とかなりそうだ。
 俺は部下達を救助せねばならんが、そちらに何か異変が生じた場合は直ぐに連絡を頼む)

 グインは後続の黒竜騎士団を覆い隠す濃霧に到達、スナフキンの剣を一閃させるが。
 魔界の存在を斬る青白い剣が触れる寸前、白く濁った濃霧は跳び退く様に下がった。
 トール達を救う為に豹頭王が突き進み、スナフキンの剣を揮い続けると漸く濃霧は消失。
 黒竜騎士団は味方の剣、矢を受け多数の負傷者を出していた。

(陛下、私共が御運び致します!
 馬より早く到着します故、《気》を抑えていただけませぬか!?)
(礼を言うぞ、ギール!
 一刻も早く、ゼノンの所へ送ってくれ!!)

 心話に従い極力《気》を鎮め、トパーズ色の瞳を閉じる豹頭の戦士。
 逞しい肩に魔道師の掌が触れ、閉じた空間の術を起動する。
 金犬騎士団の周囲を取り巻く濃霧の脇に、闇が渦巻いた。
 黄金色に黒い斑点を鏤めた頭部が現れ、長身の偉丈夫が実体化する。

「スナフキンの剣よ、お前の力が必要だ!」
 主の召喚に応え、一旦は腕の中に引っ込んだ魔剣が再び青白い光と化して噴出。
 白濁する濃霧は切っ先が触れる寸前で退き、殺到する豹頭の戦士から逃れた。
 ゼノン達も黒竜騎士団の様に同士討ちを演じ、大勢の負傷者が出ている。

「ギール、ディモス達は無事か!?」
(部下の応答がありません、心話が遮断されています!)
「今すぐ、俺を連れて飛べ!」
(心得ました!)

 グインの獅子吼を受け、上級魔道師達が閉じた空間の術を起動。
 数タール後方で濃霧に襲われ、混乱する別動隊の脇に馬より数倍速く到達。
 ディモス、アドロン、ルナン、ワリス、ダルカン指揮の軍勢を魔術から救出するが。
 指揮系統が乱れ負傷者多数の為、数時間に渡り前進停止を余儀無くされた。

 グインの指示で各部隊は合流、魔道師軍団5班が周囲に結界を展開。
 上級魔道師エルム指揮の班を別動隊の護衛から外し、ゴーラ軍の天幕に急行させる。
 ナリスの側には黒曜宮、イシュタールから戻った下級魔道師2名も控えているが。
 ベック公ファーン護衛中の遊撃班、6名を呼び戻す余裕は無い。

 睡眠中の班を叩き起こし、見習い魔道師も含め全員が気と念を合わせ結界を展開。
 ナリスは立て板に奔流の如く捲し立て、イシュトヴァーンに状況を説明する。

「ケイロニア軍が不自然な濃霧に視界を塞がれ、巨大な竜の首に見える怪物に襲われた。
 世界最強の十二神将騎士団も痛手を被り、敵の手掛かりを全く把握できなかった。
 スナフキンの剣が無ければ、ケイロニア軍は壊滅したかもしれない。
 こちらに来る気配は感じられないが、暫く様子を見た方が良い。

 今後も魔道の奇襲が繰り返される、と考えて行動しなければ酷い目に遭う。
 考えたくも無い嫌な事は必ず起こる、そなたは既に理解していると思うが鉄則だ。
 霧が出て来たら矢を射ってはいけない、必ず味方に当たり同士討ちが発生するからね。
 1ザン待って何も起こらなければ、ケイロニア軍と合流しよう」

 ナリスの言葉が《災いを運ぶ男》、予知能力者の耳に響いた直後。
 突如として濃密な乳状の霧が視界を閉ざし、巨大な竜の顎が現れた。 
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