魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~
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空白期 第19話 「ユーリとお出かけ その1」
本格的に夏を迎えた頃、俺はトレーニングの一環であるランニングを行っていた。今日は雲が多いこともあって、日差しもあまり強くない。風も吹いていることもあって、ここ最近では過ごしやすい日だと言えるだろう。
――今日はユーリが来るって言ってたし、あの子は体が強くないらしいからな。多少なりとも涼しくなってくれて助かった。……あと1時間もすれば来るはずだし、そろそろ戻って準備しないとな。
走るペースを速めて家へと戻る。ユーリが来ると言っていた時間までに、あと1時間ほど余裕があるわけだが、最低でも汗を流して着替えを済ませておかないといけない。まあ女性のように化粧などはしないし、何を着ていくか迷うこともないのだが。
「……え?」
家の前まで来ると、玄関に誰かが立っているのが見えた。小柄でウェーブのかかった長い金色の髪。この特徴と俺の家を訪ねてくる少女はどう考えてもひとりしかいない。
「ユーリ?」
「あっ、ショウさんおかえりなさい」
笑顔でそう言ってくるユーリに無意識の内に「ただいま」と返していたが、時間が気になった俺は腕時計で確認した。
――……ユーリはいったいいつからここに居たんだ。いくら今日は夏にしては過ごしやすい天気だとはいえ、体が強くないこの子が何十分も水分を取らずに外に居たのなら気分が悪くなってても不思議じゃない。顔色を見る限りは大丈夫そうに見えるけど……。
「ユーリ、いつからここに居た?」
「えっと……ショウさんが戻ってくる3分くらい前ですかね。……その、すみません。楽しみだったとはいえ、こんなに早く来てしまって」
「あぁいや、謝らなくていいよ。外に出てた俺も悪いし、ユーリが来るってのは分かってたんだから」
普段よりも内容を軽めにしていたわけだが、こんなことなら今日ぐらいトレーニングは休んでもよかったかもしれないな。もしくはユーリに合鍵を渡しておくべきだった。
「とりあえず中に入ろうか」
首を縦に振ったユーリを見て、俺は鍵を開けて中に入る。彼女をリビングに案内しソファーに座るように促して飲み物を出した。
「えっと、ちょっと待っててくれる?」
「あっはい、わたしのことは気にせずゆっくりどうぞ」
ユーリをひとりにするのも気が引けたのだが、汗を掻いたままの状態……それにシャツにジャージで出かけるわけにもいかないだろう。ユーリはオシャレな格好で来ているのだから。
早足で移動して着替えを準備。次に浴室に向かって汗を流した。もちろん、できるだけ早さと丁寧さを両立させたのは言うまでもない。タオルで髪を乾かしながらリビングへ戻ると、写真を見ているユーリの姿が視界に映る。
「……あ、おかえりなさい」
「あぁうん、ただいま」
外出していたわけではないのでそう答えるのはおかしい気もしたが、不思議がられているわけでもないので気にしないでおこう。
「別に珍しいものは飾ってなかったと思うけど?」
「え、あの……前に来たときに撮った写真も飾ってくれてるんだなって思って」
確かに両親やはやて、レーネさんとの写真以外にシュテル達を含めた全員で撮った写真も飾っている。
背中からレヴィに抱きつかれ、それを見たシュテルが悪ふざけで腕に抱きつき、ディアーチェが怒っている。ユーリは笑顔を浮かべ、レーネさんは普段どおりに見えるけど少しばかり笑っている。
シュテルとレヴィのせいで知り合いに見られると何か言われそうな写真ではあるが、大切な思い出を形にしたものだ。別にやましいことはないのだから堂々としていれば大丈夫だろう。
「まあせっかく撮ったわけだからね。それに……こうしておかないとシュテルあたりが何か言ってきそうだし」
「ふふ、確かにそうですね。シュテルはショウさんのことが大好きですから」
……この子は笑いながら何を言っているのだろう。確かに闇の書事件では心の支えになってくれたし、背中を押してくれたわけだが、事件が終わってからというもの日頃の言動は俺を困らせることばかりなわけで。
そもそも、あいつは俺よりも恋愛ってものに疎いんじゃないのか。いや、こう考えるのが間違いなのかもしれない。ユーリの年代の好きなんてものはLikeだろうし……でもこの子って恋愛とかに興味津々だったよな。いったいどういう意味で言っているんだ?
「大好きね……レヴィだったらそう言われてもあっさり信じられるけど」
「レヴィは言動が正直ですからね。シュテルはあまり本心を口にしないほうですし、ショウさんの前では特にそうですから」
「……あれは本心からふざけてるようにしか見えないんだけど」
「それは……ショウさんと一緒に居るのが楽しいからですよ」
ふざける→俺の反応が鈍い→文句を言う、なんてのが普段のやりとりだった気がする。あのやりとりが楽しく思うものなのだろうか。楽しそうな顔をしていた記憶はほぼない気がするのだが……
「楽しいか……あれに付き合うよりは君と話すほうが俺は楽しいんだけどな」
「え……」
「あ、いや変な意味とかはないから」
「そ、それは分かってます。大丈夫です……わたしもショウさんと話すのは楽しいですよ」
少しばかり頬を赤らめた状態で笑うユーリの姿は実に可愛らしく見える。
――この笑顔には最近癒されている感じがする。何というか、ユーリってシュテルとは対照的な存在だよな。シュテルを月とするならユーリは太陽って感じか。
まあ対照的でもある分野になると噛み合って凄まじい力を発揮するわけだけど。しかも、それが向けられる相手は俺やディアーチェっていう……今日はシュテルはいないんだから考えるのはやめよう。
「……予定より早いけどもう行く?」
「え、いいんですか?」
「うん」
「じゃあ、お願い……」
丁寧に頭を下げようとしたユーリだったが、不意に俺の顔を見ながら固まってしまった。シャワーを浴びてから何も食べたりしていないので顔に何かついている可能性はないだろう。俺ではなく、俺の背後に何かあるのだろうか。
――……まさかシュテルあたりがいるのか? あいつやレヴィならどこからともなく現れても納得できてしまう部分があるだけに可能性はあるぞ。
などと思い振り返ろうとすると、ユーリが近づいてきて首に掛けていたタオルを手に取った。何をするつもりなんだ、と考えようとした矢先、彼女は少し頬を膨らませて俺の髪を拭き始める。
「え、ちょっ……ユーリ?」
「ダメですよ」
「ダ、ダメ?」
「そうです。温かくても油断すると風邪引くんですから。きちんと拭いておかないと」
あぁなるほど……本当に良い子だな。
これからきちんと乾かして最終準備をしようかなって思ってたけど、これは口にしないでおこう。それにしても、ユーリの顔が近い。自分で拭きたいところだけど……今の顔を見る限り、言っても聞いてくれないだろうな。まあ誰にも見られてないし、このまま好きにさせておこう。
「はい、いいですよ……って、すみません。自分で出来ましたよね」
「まあそうだけど……少し嬉しかったかな。距離が縮まってる感じもしたし、あまり今みたいなことされた覚えがないから……」
言ってから思ったが、後半はいらなかったよな。ユーリは俺の両親のことは知っているわけだけど、余計な気を遣わせるだけだし、俺が今みたいなことをしてもらいたいと思ってるって誤解されかねないわけだから。
「ショウさん……困ったこととかしてもらいたいことがあったら何でも言ってください。わたしにできることなら何でもします!」
「あ、ありがとう……でも気持ちだけ受け取っておくよ」
「そんなこと言わずに。ショウさんが笑ってくれたらわたしも嬉しいですし……あっでも、こういうことはディアーチェとかに譲るべきですかね」
分かってたことだけど、何でもかんでもストレートに言う子だな。それに俺とディアーチェを何かしらくっつけようとする。俺と彼女は友人であって、それ以上でもそれ以下でもないんだけどな。
「いや……寝込んだりすれば別だろうけど、基本的にあいつはそういうことしないよ」
「ディアーチェのこと分かってるんですね」
会って少しすれば、あいつが言動の割りに普通の女の子だってのは誰だって分かると思うけど。というか、目を輝かせてこっちを見ないでほしい。あいつとはそういうんじゃないんだから……話が終わるのを待つよりは切り替えた方が早いか。
「そんなことより出発しない? 歩きながらでも話はできるんだから」
「それもそうですね。今日はたっぷりショウさんの知らないディアーチェ達を教えちゃいます!」
両手を握り締めながら力強く宣言するユーリに俺は内心で呆れた。今日この街に来た目的とそれは張り切る方向が違うのではないか、と。
とはいえ、感情がストレートな子なので街を回っていれば別のことを考えそうだと思った俺は、まずタオルを片付けに行った。そのあとユーリの格好に合うように上着を取りに行き、財布やケータイといった必要最低限のものだけ持って彼女の元へと戻る。
「お待たせ。それじゃあ行こう……どうかした?」
「あっ、いえ……今日は白い服なんだなぁと思いまして」
なるほど。確かに持ってる衣類は黒いし、ファラやセイバー関連で出向く際も黒を着ていくことが多かった。別の色を着ていたらユーリのような反応が出てもおかしくない。
「オシャレなほうだとは思ってないけど、黒以外もちゃんと持ってるよ。……もしかして変だったりする?」
「いえ、とっても似合ってますよ。カッコいいです」
「あ、うん……ありがとう」
自分で聞いといてなんだが……話し方をもうちょっと考えないとな。思ってることよりも一段階上の返しが来るみたいだし、嘘とかお世辞で言ってるように見えないから恥ずかしくなるし。
内心ではあれこれと考えてしまい顔が熱くなっていたが、悟られると面倒なことになるのでできるだけユーリと顔を合わせずに外に出た。玄関の鍵を閉めながら、その間に心を落ち着かせる。
――……よし、大分落ち着いてきた。さて、今日1日一緒に居るわけだからあまり真に受けないというか意識しないようにしないとな。そうしないとシュテルを相手にしたときよりも疲れるかもしれないし。
「……よし、行こうか」
「はい。……あのショウさん」
「ん、何か忘れ物でもした?」
「い、いえそういうのじゃないんですけど……手繋いでもらっていいですか?」
恥ずかしそうに俯きながら上目遣いで言ってくるユーリ。あれだけストレートに何でも言う性格なのに、自分のことになるとこうなるのはある意味不思議だ。
――にしても手か……レヴィみたいに勝手に動き回ったりしなさそうだから繋がなくても大丈夫そうではあるけど、ユーリからすればここは慣れない街だし不安なのかもな。それに……もしもユーリを迷子にでもしたら、あとで叔母やシュテル達に何を言われるか分かったもんじゃない。
「いいよ」
「ありがとうございます」
「別に礼を言われるようなことじゃないよ。俺は立場上ユーリを守らないといけないわけだし」
「ま、守るだなんて大げさですよ」
「それはまあそうかもしれないけど……気持ち的にね。せっかく遊びに来てくれたんだから怪我とかさせたくないし」
別に特別な感情を込めて言っているわけではないが、言い慣れていないこともあって口にしていて恥ずかしくなってしまった。どんな返事が来るかと不安になっていると、ユーリは何度か瞬きした後、にこりと笑った。
「お気遣いありがとうございます。じゃあ今日1日、わたしの騎士(ナイト)をお願いしますね」
笑ってくれたことに安堵したが、一方で予想以上の期待までされてしまっている気がした。騎士という言葉に特別な意味はないとは思うが……いや、ごちゃごちゃ考えずにユーリを楽しませることだけを考えよう。そう思った俺は、ユーリに手を差し出しながら返事をする。
「精一杯努力するよ」
「はい。……あっ、流れ的に今の場面は『姫、お手をどうぞ』とかじゃないんですか?」
「あのさ……そこまで求めないでもらえると助かるかな」
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