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101番目の哿物語

作者:コバトン
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第八話。蜘蛛タンク

 
前書き
メリーズ、クリスマス!
あ、メリークリスマスだった。(笑)
今年も残り僅かですがいい年越しにしましょう。 

 
放課後になり、従来は閉鎖されている為人が入れない屋上に俺と一之江は来ていた。
高い網のフェンスに囲まれた屋上は現在、手入れする人がいないとの理由から閉鎖されている場所だ。
もっとも、出入り口の鍵は壊れているから、誰でも入れるのだが……。
高いフェンスの他にはコンクリートの床がそのまま広がっているだけの、無機質な屋上。
目立つ物と言えば、貯水タンクが入り口の上に設置してあるだけの場所だ。
そんな人がいない場所に二人っきりでやって来たのには訳がある。
『ロア』や『ハーフロア』についてもっと詳しく話しを聞く為だ。

「こんな所に呼び出して、どうするつもりですか?」

屋上に着くや否や、目の前の少女。一之江瑞江は開口一番にそう切り出した。

「心配いらないよ。ちょっと君と二人でお話しをしたかっただけだからね」

ヒステリアモードの俺の口から普段の俺からは考えられないくらい甘い声でそんな言葉を口にしていた。

「ちょっと言ってみただけです」

一之江は悪びれた様子もなくさらりと告げて。

「さて……結局貴方の疑いが晴れたのは確かですが、貴方は危険なので私がしばらくの間監視する事にしました」

「俺が、危険?」

まだ俺に疑いを持っているのか?

「狼的な意味ではありませんよ。あ、そちらの方も心配といえば心配ですが」

「大丈夫だよ。女性が嫌がる事はしないからね」

「……やっぱり心配ですね。
貴方は真性の馬鹿(女たらし)ですから」

「いやいや、それは誤解だよ、一之江」

「呼び捨てになりましたね」

「瑞江、って呼ぶには早いだろう?」

「別に呼ばれてもなんとも思いませんけどね、どうせ偽名ですから」

「そうなのか?」

「何処ぞの駅名から取りました」

「安直だね」

「駅名を作った人に失礼かもしれませんよ」

そうかもしれない、と思っていると一之江は風に吹かれて乱れた制服や髪を整えながら「さて話を戻しますが」と前置きをしてから本題を切り出した。

「モンジはなんせ『主人公』ですからね。どんな能力を持っているのか解らないっていうのもあります。
ですが、いろんなロアに狙われ易いという方が強い理由ですね」

『主人公』という存在がどれほどの力を持った存在なのかは解らないが、どうやら他のロアから狙われ易いという事は先ほど一之江から説明された為理解できる。

「そうなのか?自分だと実感がないのだけど」

「成長すれば色々出来るようになるでしょう。今は私を切り抜けただけですが」

一之江は『私を切り抜けただけ』と言っているがはっきり言って一之江を切り抜けられたのは偶然が重なっただけだ。
一つでも偶然が起きなかったら俺は此処にはいなかった。
一之江の電話に出る前にアランからDVDを渡されていなければ、そもそも俺が一文字疾風に憑依していなければ、ヒステリアモードになる事はできなかったし、ヒスらなければ対処法なんかも浮かばなかっただろう。

「ああ……なんとか切り抜けたってのが今でも信じられないな」

「私もあんな方法でなんとかされたっていうのが信じられませんので、やり直しを要求したいところです。今度は殺されてみませんか?是非」

冷ややかな視線を向けながらまるで食事に誘うように気楽に言ってくる一之江。

「女性の頼みだからね、是非……と言いたいところだけど君の本心ではないようだからね。
ご遠慮しとくよ」

やり直したいというのは彼女の本心だろうが人を殺したい、というのは本心ではない。
なんとなくだが彼女の考えが解る。
彼女は好き好んで人を殺したいわけではない。
殺さなければならない理由や使命がある。
それと、あんな解決方法(抱きつき行為)は認めたくない。
と言ったところかな。
……最後に関しては本当に悪いと思っているが。

「まあ、見張る一番の理由は囮ですけどね。貴方は狙われ易いですから」

「……ストレートな理由だね」

囮と堂々と言われるとなんとも言い難い気持ちになる。
もっと他に言い方あるんじゃないか?

「では、そうですね……色々とお話しを……おや?」

「ん?」

一之江が目を丸くして視線を向けた先には一匹の蜘蛛がいた。
とても小さいサイズでよく見なければ赤い単なる点にしか見えない。
だが、一之江はその蜘蛛をじっと見つめている。

「一之江、この蜘蛛が……」

どうかしたのか、と続けたかった言葉を口から出せなかった。
一之江が瞬きをするかしないかという一瞬の間に、音もなく俺の目の前まで距離を詰めると、俺の頭をジャンプして片手で鷲掴み、着地と同時にぐいっと強く引っ張ったからだ。

「……ッ⁉︎」

頭から激痛を感じながら、俺はされるがままに奇妙な前屈姿勢になった。
直後。
俺の頭があった位置を、何かが掠めて飛んでいった。

「今のは?」

「虫ですね」

一之江は呟くと、俺にそのまま軽やかな足払いをかけて転ばせ、自分の後ろに倒れ込ませた。

(ッ⁉︎
ヒステリアモードなのに、彼女の素早い動きに反応できない⁉︎)

何から何まで俺の動きを完全に制御した動きにより俺は反応することもできずに、頭から床に叩きつけられた。

「ぐっ、何を……⁉︎」

やっぱり言葉は最後まで出なかった。
頭と足がやたらと痛いが、その痛みが吹き飛ぶくらいの物を俺は一之江の上履き越しに見てしまったからだ。

(何だ、あれは……?)

俺がさっきまで立っていた場所。
……そこには、赤い点が無数に存在しており、ざわざわと蠢いていた。さっきの小さな赤い蜘蛛が、大量に湧き出し、ぴょんぴょんと跳ねていたのだ。
俺の頭があった位置を掠めた物の正体はこの蜘蛛の一匹だったようで、その跳躍距離は人の頭を軽く超えるものだった。
蜘蛛というよりノミみたいな物だな、あれは。

(……一之江が引っ張ってくれなかったら俺はこの蜘蛛達に襲われていたな)

「助けてくれたんだね、ありがとう。
ところでこれは何だ?」

「不明です。ですが、この世のモノではないでしょう。
後、上を見たら殺します」

(上?)

一之江の言葉を無視して俺はついつい視線を上に向けてしまった。
視線の先には______

(ちょっ、な、なんで見えそうなスカートの中(絶対領域)がすぐ側にあるんだよ⁉︎)

上を見たらスカートが下から覗けてしまうくらい彼女との距離は近かった。

「見たら殺しますからね」

遠山金次(一文字疾風)
絶体絶命……って、ちょっと待て!
これは事故だ。
故意じゃない。
だから落ち着け。
止まれ、俺の血流)

だが、俺の思いとは裏腹に、血流の流れは加速し、それと同時にヒステリアモードが強化されていく。

「この世のモノじゃない、っていう事は、あの世のモノかもしくは……」

「ええ。もしくは『ロアの世界』のものです。いずれは貴方も作れますよ」

彼女(一之江)に言われて思い出したのは、あの誰もいなくなった街だった。
耳を澄ませば確かに、先ほどまで聞こえていた学校の喧騒がすっかり聞こえなくなっていた。

「それで、モンジ。この学園で、虫にまつわる何かの噂はありますか?」

「虫か……あったかな?」

一之江の質問に、俺はヒステリアモードの論理的に強化された思考力を使って記憶を呼び起こしていく。
虫にまつわる噂話。
それも場所的に屋上に関するものだろう。
一文字疾風の記憶の中を探っていると痺れを切らしたのか、一之江が呟いた。

「仕方ありません」

一之江は一度俺の方を振り向くと、そのまま予備動作なしでジャンプした。
バシャン!と、彼女が足を揃えて蜘蛛の上に着地すると、蜘蛛達は水飛沫のように飛び散って四方八方に跳ねた。
蜘蛛達は周囲に飛び散って……いや、よくよく見れば赤い水飛沫に変化していた。
さっきまでは小さいまでも8本の脚が確認出来たのに、今はごく普通の丸い雫になって床に飛び散っていた。
まるで蜘蛛が液状化、あるいは溶けたかのように……。

「どういう事だ?」

蜘蛛の水溜りがあった場所に立った一之江は、悠然とくるりと回転した。
その姿は鮮やかなダンスを踊っているようでもあり、思わず見とれるところだった。

「私のロアの方が強いから、噂が本来の姿を取り戻しただけです。
……で、『蜘蛛』、『水飛沫』辺りで何か思い出したりしませんかね?」

「ちょっと待ってほしい。
……あっ!」

『蜘蛛』や『虫』ではなかったが、『赤い水』というものなら記憶にあった。

「蛇口から赤い水が流れたかと思うと、そこから蜘蛛が出てきたって噂があったよ。
『蜘蛛タンク』と呼ばれてたものだね。
去年に噂されたものだよ」

「なるほど。去年の噂で……なおかつ解決しているもの、と」

(解決しているもの?)

疑問に思い、一之江の視線の先に目を向けると______
屋上の上にはまだ新しい貯水タンクが設置されていた。
記憶によれば例の騒ぎの後に完全に古くなった貯水タンクを新品の貯水タンクに取り替えたらしい。
取り替えてからすぐにその噂は消えたようだ。
だからもう終わった噂だ!
そう告げようとした俺に一之江の呟きが聞こえてきた。

「解決し、消えた噂を再び利用する……正に『ロア喰い』の『魔術』ですね」

「え?」

一之江は呟いた瞬間、再び高く跳躍した。
その跳躍力は、普通の人間が跳べる距離の軽く三倍から四倍はある。
『ロア』の力を使っていない今でも、彼女にはこれくらい朝飯前な能力が備わっている、という事なんだろうか。
貯水タンクの上に片膝をついて着地した一之江は、そのままタンクに手を当てた。

「モンジ、一応見ておきなさい。これが……私のように『人間からロア』になったモノ、『ハーフロア』が使える力です」

「ハーフロアが使える力……」

一之江は触れた手を大きく振り上げ______

「えい」

チョップした。

______ブシャアアアアア‼︎

一之江がチョップした箇所から真下に向けて、パックリと縦に裂けたタンクから大量の水が流れだした。

(新品の貯水タンクを手刀で一刀両断しただって⁉︎)

あまりの衝撃的な光景に呆然としていると______
タンクから流れた水が俺に降りかかってきた。

「ちょっ……ごぼごぼ」

俺と赤い水滴を流すかのように、水は屋上をあっという間に満たすと、そのまま階下に流れていった。
俺の体はフェンスにぶつかった事で止まったが、赤い雫は綺麗に流れていった。

「ごぼごぼ……ごほっ、げほっ、ごほっ!」

水を飲んでしまった俺は咳き込みながらも立ち上がり一之江の方に視線を向けた。

「長い間ロアとして過ごした人間は、このように他人の『ロアの世界』であろうと、一瞬だけなら力を発揮する事が出来るようになります」

「……これが、『ハーフロア』が持つ力なんだね」

「ええ。一部ですけど。
そして、『蜘蛛タンク』の噂は、よりちゃんとした水と入れ替える事によって消えました。
今回も『より大量の水』によって洗い流し、同じ末路を辿らせた形になります」

ここで彼女が言いたい事が解った。

「噂と似た結末なら、それは解決になる、って事だね」

「その通りです。故に、『ロア』との戦いは情報戦になるのです」

情報戦というのも理解出来た。
一之江は僅かな情報だけで今回の事件を理解し、そして解決の為に動いたんだ。

「凄かったよ、流石は一之江……へっ、へっくしゅん!」

「うわっ、水に濡れたからって解りやすくくしゃみする人なんているんですね」

「……俺は主人公のロアだからね」

「ああ、納得しました」

漫画ならお約束。つまり『主人公ならお約束』という意味での照れ隠し、悔し紛れの言葉に上手く納得されてしまった。

気づけば元の屋上に俺達は立っていた。
周りには音が戻っている。
どうやら、何者かの『ロアの世界』から無事に脱出できたようだ。
ホッとしたのも束の間、一之江の呟きにより俺は自身に迫る危険を認識させられた。

「しかし『魔女』には私達の事がバレているようですね」

……今の『蜘蛛タンク』のロアを仕掛けたとされる『魔女』。
どうやらそいつが俺達を狙っているのは、明らかなようだ。 
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