チューニング†ソウル
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飯塚家の朝
俺、飯塚総司は永き眠りより覚醒した。
まあ、実際そんなに長くないか、と低血圧な俺はセルフツッコミをして意識を引き上げた。
俺の気分とは裏腹に、爽やかな鳥のさえずりが聞こえる。
徹夜で固まった瞼をなんとか開き窓辺に置いたデジタル時計に目をやると、現在、午前七時三十六分。
一時限目に間に合う電車の時刻はとうに過ぎている。
遅刻ではあるが行かなければ、と起き上がろうとしたが、一時限目の教師が誰だったかを思い出して全身から力が抜けた。
その先生は生徒からの人気はあるのだが、遅刻者の途中参加を嫌うので、彼の授業に遅刻して行くことがとても嫌なのだ。
なにより、遅刻しなければいいだけの話なのだが。
ふと、目覚ましアラームはどうしたのかと思い調べると、時計の上にあるスイッチが押し込まれた状態になっていた。寝ぼけてアラームを止めて二度寝したか、昨夜のうちに押して戻しておかなかったか、そのどちらかだろう。
一、二時限目は諦めるとして、三時限目に間に合う電車まであと二時間弱ある。
アラームを設定し直して布団を被る。ああ、久しぶりの二度寝は中々にいいものだ。
季節は夏。だが室内の温度は十六度。
オンタイマーにて起動済みのクーラーが室内を冷やし、羽毛布団無しでは二度寝できぬほどの涼しさになっている。
寝苦しかった夜に蹴飛ばしたタオルケットを足下から引っ張って、ようやくちょうどいい体感温度になった。
そうやってぬくぬくしていると、控え目なノックの音が羽毛布団越しに響いてきた。
(返事をしなければ諦めるだろう)
再度布団を被り直し、外部からの音をシャットアウトしにかかった。
十秒ほど間を置いて、今度は強めにノックされたため「今日は三時限目から行く……」と唸るようになんとか返答した。
しかし、その後の相手の動きは迅速だった。
部屋の扉の鍵を硬貨でこじ開け、即座に部屋へ侵入してすでにベッドにダイブする体勢になっている。
ストップ、と言いたかったがしかし、寝起きのためうまく声が出せず制止することは叶わなかった。
「お兄、朝だよ!全員しゅー……GO!」
「ぐはぁっ!?」
跳び上がりからの鋭いエルボーが腹部に直撃。
反動で飛び退いた襲撃者に釣られるようにベッドから転げ落ちる俺。
「ゲホッ!何しやがる!?三時限目から行くって言っただろ、春美…!」
俺を見下ろす襲撃者の名は春美(はるみ)。
今は何が不満なのか口をへの字に曲げ、自慢のポニーテールが強めのクーラーの風にたなびいている。
春美は俺の二つ年下の妹であり、現在の飯塚家の最高権力者でもある。
「まだ寝ぼけてんの?今日は月曜だけど振替休日。お兄、一昨日授業公開だったの忘れたの?」
「あれ?あー…そんなんあったな……」
俺の高校は普段は土曜日に授業が無いのだが、稀に土曜日に保護者への授業公開などがあり、本来休日であるはずの土曜日の分が月曜日に移されるのだ。
ちなみに、俺の高校と春美の中学は中高一貫校なので、こういった行事は同日に行われることが多い。今回の授業公開も中高同時に行われたので、春美も俺と同じで今日は振替休日なのである。
「とにかく、朝ごはん冷めちゃうから早く来てよ」
「すぐ行くから先に行っててくれ。しばし待たれよ」
「早くしないと片付けるからね?」
「可及的速やかに行動を開始します…」
春美を部屋から出し、床に落ちた布団をベッドの上に戻す。
あくびで酸素を寝起きの体に吸収して、頭をスッキリさせてから部屋を出て、廊下の熱気に顔をしかめつつ食卓へと向かった。
ダイニングに出てテーブルを見ると、アジの開きと大根の味噌汁、それと白菜の漬物が二人前並べられている。
春美はすでに席に着いていて、腕を組み爪先をパタパタさせて苛立ちをあらわにしていた。
「はーやーくー」
「悪かったって」
気持ち急いで席に着き、二人で向かい合い手を合わせていただきます。
食事が二人分なのは、両親が先週から海外へ仕事に行ってしまったため、家に俺と春美しかいないからだ。
なんでも、歴史的大発見に繋がるかもしれない遺跡が発掘されたらしく、夫婦揃って考古学者である両親は教授とやらに呼び出されて、俺たちを心配しながらも渋々、発掘作業に参加するために出発した。
突然始まった兄妹二人の生活なのだが、春美は戸惑うことなく家事をこなし、学校にも普段通り通っている。素晴らしい。
一方、俺はというと、普段通りの生活から変わることなく春美にお世話になっている状態である。情けない。
そういうわけで、俺は春美に逆らえない。というより、逆らわない。
「夜中までネット小説書いてて寝坊するなんて、お兄はバカなの?」
「ぐっ…痛いところを突きやがって……それくらいしか書く時間が無いんだよ」
俺は小説投稿サイトで小説を書いていて、人気はそれなりにある。小さい小説投稿サイトでは、の話だが。
ランキング上位に食い込み、読者の方々にはいい評価を貰っている。
そのため、待たせるわけにはいかないという変な使命感により早めのペースで書きたいので、寝る間も惜しんで書いていた、というわけである。
「趣味に生活リズム狂わされてどーすんのよ」
「ぐぉぉ…クリティカルヒットぉ…痛恨の一撃……あ、魚の骨取ってくれ」
「子供かっ!」
ツッコミながらも、いつも身を乗り出して丁寧に骨を取ってくれる春美。
もしかして春美はあれなのではないだろうか。
俗に言う、ツンデレというやつなのではあるまいか!?
「そう言いながらも取ってくれる春美が俺は好きだぞ」
「きもっ!?」
春美の攻撃!
目潰し!
「むがぁっ!?」
衝撃の一撃に椅子から滑り落ちて床でのたうち回る俺氏。
妹がツンデレだと思ってしまった俺がバカでした。
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