日向の兎
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1部
日向 ネジ2
「ふむ、別段君に不満がある訳でも下心があるという訳でもなく、事実仕事なのだから仕方ないとはいえ…………君から私と同室にしてくれと頼むのは不審の眼差しを向けられたとしても擁護できんぞ?」
「じゃあ、せめてもう少し早く事情を説明をしてください!!」
部屋割りをするにあたり、カカシ班は大部屋一つ、俺達の班は男女に分けるようにラビットカンパニーが気を利かせて旅行券の内容は中部屋を二つだったので当初は男子は全員大部屋へ、教師と女子は中部屋になりかけていた。
しかし、俺はヒジリ様を監視することが仕事なのでできれば一緒の部屋にしてもらえないかと頼んだ結果、ヒジリ様以外の女子からはゴミを見るような視線を、男子からは憐れむような視線を向けられる羽目になった。
確かに事情を詳しく知らないであろうカカシ班からはまぁ仕方ないと言えるが、リーとテンテンは知っているだろうにあまりの事で忘れていたなどと言っていた。
…………ヒジリ様からの説明が無かったら一体どうなっていた事やら。
「いや、私とて意外だったのだ。精々隣の部屋にしてくれと頼む程度だろうと考えていたのだが、まさか同じ部屋を頼むとは思いもよらなかったものでな」
「俺には貴女程に白眼を効率良く使えないんです。一晩中白眼を使うなんてとてもじゃないですが、チャクラの量的に考えて無理ですよ」
そもそもヒジリ様が白眼を解いている所を俺は見たことが一度しかない。それもごく僅かな間、たった一度だけ俺の前で涙を見せたあの時だけだ。
……確か、ヒジリ様の白眼を解いた時の瞳の色は薄い青だったな。そうだ、普段の彼女の紅い瞳とは真逆の色だった。
「どうしたのだ?そう視線を合わせられるとこちらとしても困るのだが?」
「も、申し訳ありません」
「別段怒っている訳ではないよ。だが、いつまで君は私に従い続けるつもりなのだ?
今年の中忍試験を私が受かればその時点であの家からも私は出るのだぞ?」
「何度も言わせないで下さい。俺は貴女以外に従うつもりはありませんし、今更この生き方を変えるつもりもありません。
それにこれは俺自身が決めた事なんですよ」
「ほう?君自身がね……」
そうだ。俺はあの日から運命という言葉すら信じられなくなった。
その桁外れの才と強靭な精神を兼ね備え、宗家の長女として産まれてきた彼女を運命という言葉に当て嵌めるのならば何故彼女はその座を失った?
才も素質も資格も兼ね備えた彼女の運命は何故幸福に満ちたもので無いのだ?
たった一つの不運で運命が変わるというのならば、そんな柔な物に信じる価値など有る筈がない。
もしも彼女の不幸そのものが運命だと言うのならば、それこそ俺はそんなものを死んでも認めるつもりはない。
だから俺はあの日から運命という言葉を捨て、俺は自身の意思だけで行動するようになった。
結局のところ宗家はあらゆる不幸を運命だったと断じ、不条理に抗う事を捨てた存在でしかないのだ。
運命など所詮は後出しの予言でしかない。何かが起こった後、全て運命だったと切り捨てるだけの逃げの言葉だ。
俺はそんな言葉に二度と踊らされはしない。俺はそんな運命などという言葉に従って彼女に仕えるのではない。俺は他の誰でもない分家の誰かではなく日向ネジとして日向ヒジリに仕えるのだ。
「君にそこまでの意思があるというのなら止めることはしないが、最後の警告として一つだけ言わせれもらうぞ」
ヒジリ様はそう言って面を外し、その紅い白眼を解除した青い眼で俺に射抜くような視線を向けた。たった一度しか見たことのない彼女の目の色にいつもの彼女とは違う雰囲気を感じ、比較的見慣れた彼女の素顔に少し戸惑ってしまう。
「私といるとロクな事にならんぞ」
「そんな事は知っていますよ。一体何年貴女と一緒にいると思っているんですか?」
「いいだろう、その言葉をよく覚えておくといい」
彼女はそう返事をすると再び面を被り直し、その眼も元の紅に戻した。
次の日、旅館を出た俺達はガイ先生から中忍試験を受験するかどうか聞かれた。答えは言うまでもなく全員が受験すると答えた。
「それはいいんだが、ネジ……その荷物はなんだ?そういうトレーニングならばお前の為の根性重りを……」
「ヒジリ様の土産です……トレーニングでもなければ重りを付ける気もありませんから」
「ああ、ヒナタちゃんとハナビちゃんのね。ヒジリなら分からないでもないけど……正直、これはないわ」
……温泉旅館の土産など大した量にはないだろうと高を括り、荷物持ちなどを引き受けた一時間前の俺を殴りたい。
そして、何故温泉旅館に等身大の木彫りの熊が売っているんだ!!
「いやはや助かったよ。片方だけなら兎も角、二つを持って帰るのは中々に厳しいと思っていたからな」
ええ、ただの木彫りの熊二匹ならこんな苦労はしませんよ。
単純な腕力はリーに次ぐヒジリ様が悩んでいた段階で悟るべきだった。昨晩あんな事を言った事もあり、途中で投げ出す訳にもいかない。
「せ、先生、僕もネジに負けていられません!!僕にも追加の重りを!!」
「おお、俺も負けんぞ。よし、お前達。木の葉の里まで競争だ!!」
「あはは……先生とリーだけでやって下さい。熊背負ってるネジなら兎も角、この班で競争なんて勝てる気がしないしないんですけど」
テンテンがため息混じりにそう言っている間に、例の根性重りを倍の量に増やした先生とリーは既に走り去っていた。
「で、ヒジリはさっきから狂ったようにページを捲ってるけど……それ、何の本?というか、それで読めてるの?」
ヒジリ様は旅館を出てから延々と本のページを捲り、次々と裾にしまっているのだ。正直、大道芸人のよくやる鳩の手品か何かのように、読んでいる量と裾の膨らみがまるで釣り合っていない。
「当然だ。日向の蔵書を読み切るにはこれ位の速度でなければ不可能だったこともあり、この手の速読は慣れているのだよ。
本の内容に関しては大雑把に言うと経営学だ」
「経営学?会社でも作るの?」
「いや、ラビットカンパニーから働かないかという打診があってな。今のところ予定はないが、忍以外の生き方というものに興味が湧いたのだ」
「ふーん……まぁ、ヒジリなら何でもやりそうな気がするからそんなおかしな話でもないか。
けど、そうなったらネジはどうするの?」
言うまでもないだろう?
「縛り上げてでも私が連れて行く」
「……意外。ヒジリからネジにそういう強引な態度って初めて見るかも」
「ふん、ネジは私のものだからな」
ヒジリ様が不機嫌そうにそう言うとテンテンは一瞬きょとんとした表情を浮かべた後、突然腹を抱えれ笑い出した。俺は全く意味が理解できず首を傾げるばかりだが、ヒジリ様の機嫌が目に見えて悪くなった事だけは分かった。
「ヒジリ、それを私の前で言うんだ?いや、嬉しいけどその言い方は私じゃなきゃ絶対分からないよ?」
テンテンはひとしきり笑った後、俺に近寄って耳打ちした。
「ヒジリの道具を今度見てみるといいよ、ネジ」
「テンテン!!余計な事をいうな」
……ヒジリ様の道具?異常なまでに物持ちがいいということしか知らないが、何かあるんだろうか?
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