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FOOLのアルカニスト

作者:刹那
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半端者と異端者

 
前書き
卜部については完全に捏造です。彼が歴史ある有力な悪魔召喚師一族なのは確かですが、それ以上の詳細は不明です。それでその苗字から、頼光四天王の『卜部 季武』を考え付き、酒呑童子退治にも参加していることから、創り上げた設定です。公式の設定ではないことを断っておきます。
師匠もせっかくなのでその繋がりでと思い、同じく四天王の『渡辺 綱』縁の人物とさせて頂きました。
※本作における悪魔のレベルやスキルは基本的にデビルサマナー準拠ですが、デビサバの種族スキルや伝承や性格からあるんじゃないかというものを追加したり、熟練者の仲魔は普通より強くしてあったりします。あくまでも本作独自の設定です。  

 
 「ほらほら、どうした餓鬼。よけるかどうかしないと死んじまうぞ!」

 地霊プッツ、オーストリアに伝わる気まぐれな森の精。幸運を与えるとも不幸を与えるとも言われている悪魔だ。が、今透真が与えられているのは、間違いなく不幸だろう。なにせ、射撃の的にされているのだから……。

 「ソラソラソラ!ちんたらしてると蜂の巣にしちまうぞ!」

 <ガン・ビーム>で的状態にし、<ガン・フォーン>で撃ち抜く。卜部の仲魔であるプッツが得意とする単体での連携攻撃である。それが卜部所有のセーフハウスの地下にある鍛錬室で、縦横無尽に放たれる。的になるのは10にも満たない少年、透真だ。

 常人では反応すらできぬであろうそれを、透真は地面を転がったり、わざと転んだりしながら、無様ではあるが、それをかわしてみせる。反撃が許されていないわけではない。というか一撃を入れることが、この戦闘訓練の合格条件なのだが、ペルソナを顕現させる余裕はない。多少なりとも、精神集中がいるからだ。ましてや、手に入れたばかりの異能である。その速度はけして速いとはいえない。
 だが、そんな悠長なことをしていれば、蜂の巣である。専用ペルソナ『トウヤ』ならば、飛び道具に分類される<ガン・フォーン>を無効化できるが、そんなことをすれば隠している『トウヤ』の存在がばれるし、余計な警戒を招きかねない悪手だろう。それに、ペルソナチェンジも瞬時にはできない。習熟すればできるかもしれないが、少なくとも今の透真には不可能であった。

 「どうした、どうした。そんな様じゃ、連中に復讐することなんざ、夢のまた夢だぞ!」

 卜部に自分の面倒をみるといわれた透真は、それに感謝するとともにある宣言をした。それが即ちこの戦闘訓練につながったのだ。透真は自身の生きる目的として『桐条への復讐』をしたいといったのだ。それを聞いた卜部は当初渋ったものの、無駄飯ぐらいになるよりはましかと考え直し、了承した。
 なぜなら、ペルソナという異能をもち、すでに戸籍すら抹消された死人同然の透真は、すでに裏の世界にどっぷりつかっており、そこで生きていく他なかったからだ。まあ、新しく戸籍を得る、戸籍を偽造ということも考えられたが、金も手間も半端じゃなくかかるものであるし、流石に卜部にそこまでしてやる義理はない。無駄飯ぐらいよりは少しでも戦力となるならと考えた結果が、この訓練というわけである。

 客観的にみるとLV5にLV20をぶつけるとか鬼畜の所業だったが、卜部からすればそれは必要不可欠な当然の行為であった。即ち、今現在における透真の戦力分析&能力解析である。サマナーである卜部は『ペルソナ』という異能について知識とは知っていても、その詳細は知らないし、実態も把握していないのだから。鍛えるにしても、現状の力量把握は必要だし、万が一を考え対抗策を見出しておく為にも必要だったからだ。

 「やはり、ある程度の精神集中が必要らしいな。慣れれば話は別なのかもしれんが、現状では脅威とはいえんな」

 訓練風景を冷めた目で見つめる卜部。その戦力・能力分析に余念がない。

 「そうですね…、驚異的な異能だとは思いますが、現状ではウラベ様の敵ではないでしょう」

 同意するのは、卜部の隣に侍る鬼女リャナンシーだ。

 「ふむ、確かにのう。しかし、よくかわすものじゃ。知能が高いとはいえ、5歳の小僧とは思えんわい」

 感心するように言うのは、幻魔べス。子供を守護し、多産をもたらすとされるエジプト地方の家事の神たる悪魔だが、その言葉には感心こそこもっていても、慈悲や哀れみは含まれていない。今の彼は卜部の仲魔であるからだ。

 「そうだな……。実際、俺もここまで保つとは思わなかったぜ」

 死なないように最大限手加減させているが、悪魔の攻撃である。その速度や威力は、人間の銃撃など比べくもないものである。ましてや成人どころか10にも満たない5歳児である。直撃すれば、死んでもおかしくはない。
 だが、迫りくる死の雨を少年は巧みに避ける。傍からみると無様この上ないが、その実悪魔の攻撃全てを回避しているのだから、実に巧妙であるといえよう。

 「しかし、これ程まで危険な訓練にする必要があったのですか?」

 わずかに憂いを帯びた表情をして、リャナンシーは卜部に問う。

 「少し確かめたいことがあってな。できれば、間違いであって欲しかったんだが……」

 卜部は苦々しく呟いた。確かめたかったこと、それは透真の異常なアナライズ結果だ。LVはまだいい。前世の記憶というブーストがあるから、けしてありえないことではない。だが、能力値は別だ。GUMPについているアナライズ機能は万能とは言い難いが、サマナーや異能者、そして技術者達の血と歴史の研鑽によって作られた結晶だ。悪魔ならともかく人間の能力を測り損ねることなどまずありえない。だというのに、示されたのはLV5にしては高すぎる能力値だ。普通なら、LV10、いやLV15でもおかしくない数値である。それもただの5歳児がだ。

 何かの間違いであることを祈り、戦闘訓練でそれを確かめようとしたら、悪い方向に大当たりだったというわけである。ここまで、見事に回避しつづけることもそうだが、何よりもプッツの初撃をかわしたことで、それは誤魔化しようのない事実となった。すなわち、LV5でありながら、10~15相当の能力を持っているということの……。

 漫画などでよく銃弾を見て避けるなどと表現されることがあるが、あれは大きな間違いである。正しくは、銃口の方向から、銃弾の弾道を予測し、撃たれる前に避けているといえる。そもそも、銃が撃たれてから避けるなど、人間の能力の限界を超えているからだ。ゆえに、銃弾を避けるには、撃たれる前に避けるほかないのだ。これと同じことが悪魔の攻撃にも言える。なぜなら、低級の屍鬼であるゾンビなどの例外を除いて、常人に悪魔の攻撃を避けるなど不可能であるからだ。悪魔の身体能力は、人間など比べくもないし、魔法やその特殊能力などはそも対抗手段すら持ち合わせていない。それ以前に、愚者ですらない者は、悪魔のもつ特殊な力場により、本能的恐怖によって身動きすらできない。愚者なら、逆にこの力場で覚醒したりするのだが、ここでは詳細は割愛する。

 そして、たとえ運良く覚醒できたとしても、それで悪魔と戦える程の能力を手に入れられる者は少ない。大半の者は、覚醒した能力+装備や道具などの入念な準備をもって、初めて悪魔と戦えるのだ。そこまでしても同LVの悪魔に1対1で勝つのは難しい。格下ならいざ知らず、格上など論外である。人間と悪魔にはそれ程までに差があるのが現実なのだ。

 だというのに、目の前の現実はどうだろう。LV5の少年がLV20の悪魔と曲がりなりにも渡り合っている。しかも、手加減しているとはいえ、あの単独連携を使っている以上、許される範囲で本気を出しているということにほかならない。最早、常人なら百発百中であり、あれを避けるということは、すでに常人の限界を超越しているということに他ならない。つまり、間違いで欲しかったアナライズ結果は、どこまでも正しかったということだ。

 「ペルソナは本体の身体にも影響を与えるとしか思えんな。ありゃあ、一種の神降ろしなのか?」


 「ふむ、その可能性は高そうじゃのう。わしはペルソナという異能はよく知らぬが、あの小僧が人を超越しておることくらいは分かる」


 「私も同意見です。あの子の能力は明らかにLV以上のものです。何らかの手段で能力を底上げしているのだと思われます」

 「『ペルソナ』か、成人以降遅かれ早かれ失う不完全な異能だと思っていたが、大した能力じゃねえか。まさか、本体の能力の底上げ機能まであるとはな……」

 卜部の評価は正しいものであったが、それは透真の『ペルソナ』能力に対してだけである。この世界における『ペルソナ』は本体の能力を底上げしたりしないし、己のLV以上のペルソナを降魔できるわけでもないからだ。この誤解は、この世界における『ペルソナ』能力者が希少であるが故だ。

 この世界において、『ペルソナ』という異能が希少なのは、いくつか理由がある。 まず、第一に基本的に後天的に手に入れるものではなく、先天的なものであるという点である。覚醒する可能性がある人間『愚者』の数はけして少なくない(一学年1つのクラスに数人程度はいる)が、その中でも異能者として覚醒する者は多くない。特に魔法を使用可能とする異能に目覚めることができるのは、極少数である。ほとんどの者は単純に常人の限界を超えた身体能力だったり、サマナー(COMP+悪魔召喚プログラムの登場によって、敷居が大幅に下がった)になれる程度の霊的素質を手に入れるに過ぎない。(とはいえ、このレベルに達しない者も少なくないので、十分凄いことである。また、こういった者達も厳密に言えば異能者なのだが、能力的に大きな差異がある為、ここでは区別している。)つまり、ある程度限られる『愚者』の中でも、先天的ペルソナ能力者は限定されるわけである。
 第二に、たとえ先天的ペルソナ能力者であっても、卜部のような裏の世界に関わるような家に生まれたわけでもない限り、覚醒するような出来事に遭遇することはまずありえないからだ。どれくらいありえないかというと、一般人が普通に町を歩いていて、交通事故に遭う可能性より低い程だ。つまり、一般的な生活を送る常人が覚醒する可能性は限りなくゼロに近いのである。
 第三にこの世界特有の『ペルソナ』の欠点がある。この世界のペルソナ能力には、原則として年齢制限があるという点である。この世界におけるペルソナ能力は、思春期にかけて発現し易く、早ければ成人遅くとも20代前半で使用が不可能になる。しかも、透真のような本体の能力を底上げする能力もなく、制御には相応の資質が必要というおまけつきだ。つまり、裏の人間から見れば、苦労して鍛え上げてもいつか使えなくなる欠陥能力というわけである。
 以上のことから、裏に関わる人間の中に必然的にペルソナ能力者は少ないし、それを主力とする者など皆無に等しかったのである。

 「しかし、あれだな。こいつは俺の手には負えんな……」

 使えれば一応の戦力として扱おうと考えていた卜部は、早々に透真に見切りをつけた。

 「そうですね。残念ながら、ウラベ様とは合わなさそうです」

 「そうじゃのう。在り方が生憎とサマナーとはかけ離れすぎとるのう」

 卜部広一朗は、超人でも魔人でもない。どこまでも、人間である。人を超える、いや人を逸脱する勇気は彼にはなかった。そのせいか、まだ肉体的成長限界が来るような年でもないのに、アナライズレベル25で頭打ちだ。己の力量を超えるような悪魔を使役しようともせず、悪魔で己の力量の範囲で対応してきた。その結果、戦略・戦術の幅が広がり、仲魔との絆は強固なものとなったが。卜部の純粋な意味での戦闘能力は近年全く変化していない。もっとも、LV25は十分一流といえるし、裏の世界における強さなど上を見れば際限がないのだから、悪いことではないかもしれないが。

 「あのガキは躊躇わないだろうからな」

 だが、視線の先にある少年は違う。復讐を目的とする少年にとって、強い力を得るためなら、人から外れることを厭わないだろう。というか、すでに人を完全に逸脱しているといっていいだろう。年齢にそぐわぬ高い知能、常人を遥かに超えた身体能力、悪魔と同様の魔法を操る『ペルソナ』という異能、常人とはかけ離れた魂。最早、少年は純粋な人間とは言い難い。

 「そうじゃろうなあ。というかあの強大な魂……何者じゃ?生体マグネタイトの量も異常じゃし、ただの人間とはとても言えんのう」

 「あの施設ではすでに90人もの死者が出ています。覚醒時にそれが何らかの作用を引き起こしたとしても、不思議はありません」

 「なるほど、ありそうな話だ。まあ、何にせよ、あのガキは爆弾みたいなもんだ。それもいつ爆発するかもわからない最悪の危険物だ。ここに缶詰にしときゃいいと思ったが、あの様子じゃそれは無理なようだしな。追っ手やあのガキ自身の能力のことを考えれば、普通の生活は不可能だし、組織にばれる可能性を考えると、迂闊に放り出すわけにもいかねえ。
 さて、どうしたもんかね?」

 自分が選んだこととはいえ、とんだ厄介をしょいこんだもんだとと嘆息する卜部。

 「力を求める傾向はいささか心配ではありますが、適当な師をつければよいのではないしょうか?」

 「ふむ、悪くない案じゃと思うわい。良き師は良き弟子を育てる。本人のやる気も十分のようじゃし、なんぞ心あたりはないのか?サマナー」

 「師ねー……。口が堅くてあんな厄介なガキを育ててくれる、そんな都合のいい奴いたかね?……うん、いや、待てよ」

 「心あたりがあるのか、サマナー」

 「ああ、一人いたわ。とてもじゃないが良い師とは言えないだろうが、口が堅いというかばれにくいのは間違いない。それでいて、あのガキみたいな外れた奴が大好きな性格破綻者が……」

 凄まじく嫌な顔をして、卜部は答えた。

 「それはどのような方なんですか?」

 「……頑固者の糞爺さ。あまりにも頑固すぎて人から外れちまうような偏屈なな」

 透真のあずかり知らぬところで、彼の今後は決められていたのだった。





 「どうした?立て、立たんと殺すぞ。お前は、まだ今日のノルマをこなしていないのだからな。できん以上殺すぞ?」

 何の躊躇もなく倒れている少年の顔を踏みに行く翁。

 「この糞爺が!」

 それを転がることで、すんでのところでかわして、起き上がる徹。とはいえ、どうにか立ち上がったものの、その身はすでに満身創痍であった。

 卜部から、師を紹介してやると言われて、この翁と引き合わされたのは、一週間前のことだ。
 卜部からすれば、透真の存在を誤魔化しただけでも十分すぎるリスクを負っているのだ。流石にその後の面倒までみてやる義理はないし、それ以上のリスクを負うつもりもないのだから。ゆえに適当な人物に押し付けてさっさと自分は縁を切った卜部の判断は賢明であり、当然の処置といえよう。透真もそれに文句をつけるつもりはない。ただ、紹介された師となる人物の選考についてだけは、大いに物申したいところだが……。

 「ようやく立ちおったか。ほれほれ、どうしたどうした?逃げているばかりでは、どうにもならんぞ!」

 立ち上がった透真に対して、指弾による石の弾丸の 雨を嬉々として降らせる翁。

 この翁、卜部と同じく歴史ある有力な悪魔召喚師一族に生まれた男であり、名を『渡辺 雷鋼』、祖先である頼光四天王筆頭『渡辺 綱』の家系最強たる『鋼』の名を頂き、かつ字こそ違えど、主たる『源 頼光』の読みを与えられた天才である。しかし、純粋に個の強さを求め、強くなる為なら手段を選ばなかった為に、最終的に一族と道を違え、放逐された異端であるそうである。
 卜部とは、同じく頼光四天王『卜部 季武』の末裔であるがゆえに、家族ぐるみの付き合いがあり、幼少の卜部の面倒をみた事がある人物であった。放逐された後も、卜部が一族を飛び出した後に様々な援助をしたりするなど、卜部にとっては恩人と呼べる人物であるそうだ。

 しかし、透真にとっては、雷鋼は最恐最悪な人物であった。

 出会いからして、最悪だった。なにせ、自己紹介以前に初っ端から殺されかけたのだから……。

 卜部に連れられ、雷鋼の隠棲する家へとやって来た透真を迎えたのは、鋼の如き雷鋼の剛拳であった。不意を突かれた出会い頭の攻撃をド素人の透真に避けれるはずもなく、透真は無様に吹き飛ばされることになった。その結果、肋骨を数本砕かれ、内臓の一部にダメージすら負い、強烈な痛みと衝撃で立ち上がることすらできない透真だったが、どうにかこうにか生きてはいた。

 「よし、生きておるな。反応できなかったのはマイナスじゃが、儂が殺す気で撃った拳を生きて耐え切ったんじゃから、一応合格じゃ。これで用は済んじゃろ?広坊、その餓鬼置いて、さっさと帰るんじゃな。儂はお前みてえな半端者には用はないのでな」

 その様子を睥睨しながら、雷鋼は満足げに頷き、一方で卜部に吐き捨てるように毒を吐く。

 「坊はいい加減やめて欲しいんだがな……。それに半端ってはどういう意味だ?」

 「喝!ファントムなんぞに所属しながら、一般人の妻子持ってるお前が半端者じゃなく何だと言うんじゃ!大体、お前自身が一番理解しているはずじゃ。己が悪党になりきれない偽善者で、人であることを捨て切れない臆病者であることをな」

 「…」

 雷鋼の大喝と共に、強烈な指摘を受ける。卜部自身、考えないようにしていただけであって、自覚はあったために返す言葉がでない。それは、裏世界、その中でももっぱら恨みを買う側であり、多くの敵対組織をもち悪とされるファントムソサエティに属しながらも、表の温かみを求めて一般人の妻子を持ち、非情に徹し悪党にもなりきれず、一方で、力を求めながら、人であることを捨てきれない為に自身の成長を止めている卜部の抱える矛盾であった。

 「ふん、返す言葉もないか……とっとと失せぬか。この半端者が!お前の頼み通り、この餓鬼は儂が引き取ってやろう。だが、勘違いするでないぞ。この餓鬼を引き取るのは、儂自身の目的の為じゃ。ゆえに、この餓鬼が目的を達せない器と悟った時は、躊躇なく殺す。間違っても幸福な人生を送れるなんてことはないということを心しておくがいい!」

 「…最初から期待しちゃいねえよ。いくぞ、リャナンシー」

 呻くように卜部は吐き捨て、倒れ伏した透真に背を向ける。最早、彼のすべきことはなく、後は透真がどうなろうと知ったことではないからだ。リャナンシーも僅かな逡巡の後に主人の後を負う。

 「広坊、1つだけこれが最後の忠告じゃ。現状のようなことを続けるなら、お前はいつか必ずその報いを受けることになるじゃろう。悪いことは言わん。妻子との縁を切れ。さもなくば、ファントムを抜け一族に戻れ。悪魔召喚プログラムがばらまかれて、悪魔召喚術が秘儀でもなんでもなくなった今なら、異端の儂と違い、お前が頭を下げれば、一族もお前の復帰を認めるじゃろう」

 「そんなこと出来るわけねえだろ。それに、娘が生まれた以上、一族に戻るの絶対にありえねえ!連中に娘をいいように使われてたまるか!」

 源頼光とその四天王の末裔によって構成される、歴史ある有力な悪魔召喚師一族といえば聞こえはいいが、その内実はけして褒められたものではない。異能力とは血脈に宿るがゆえに、結婚は異能者同士に限られ、その能力を保つために近親婚すら平然と行われていたのだから。そして、一族の秘伝を守るために徹底した秘密主義を貫き、自由を縛ってきたのだから。

 だが、何者かが作成した悪魔召喚プログラムが流出し、COMPが一般化した今現在において、一族が秘伝としてきた悪魔召喚術は最早秘儀とは呼べないものになってしまっている。それどころか、COMPを用いないそれは、古臭く劣るものでしかないのだ。利点が零というわけではないが、余程の力ある召喚士にしか関係のないことである以上、それは一族の者にとっても変わらない。出奔した当時なら、帰参は認められなかった(それどころか抹殺される可能性すらあった)だろうが、今や一族の秘伝を守る意味は失われ、卜部の罪を問う理由もなくなってしまったのだ。

 ゆえに、卜部が望めば帰参は可能だろう。確かに、妻子の安全を考えるなら、ファントムにいるよりは戻った方がいいのだ。ファントムの闇は深く、一族のそれとは比べものにならないのだから。ただ、そこで問題となるのが、卜部の妻子である。より正確に言うなら、娘が問題であった。すでに結婚して子を成してしまっている以上、妻と別れさせられるようなことはないだろう。しかし、娘は話が異なってくる。一族の縛りに耐え切れずに一族を出奔した卜部だが、彼は卜部氏の直系であり、優秀な悪魔召喚師である。その血脈の価値は高い。当然、その娘もである。一族の者達がそれを見逃すはずがない。卜部が帰参すれば、間違いなく娘を差出せと要求されるだろう。いや、下手をすれば帰参の条件にすらされうる可能性すらあるのだ。己の保身の為に娘を差し出すなど、卜部は死んでも御免であった。

 「そうじゃな。だが、それでも妻子の安全を考えるなら、戻るべきじゃろう。半端者のお前には、悪党にもなりきることも、妻子を守り通すことも、手に余るじゃろう。お前は必ず後悔することになるぞ」

 だが、卜部の危惧は雷鋼も百も承知である。10年前まで、彼もまた一族に属していたのだから。それでもなお言わざるをえなかったのは、一重に卜部を心配しているからである。雷鋼なりに卜部を思いやってのことだ。

 「俺がどうなろうと妻と娘だけは守りきってやるさ!」

 しかし、そんな雷鋼の思いは卜部には届かない。卜部は一瞬足を止め、背を向けたまま叫ぶように言い放つと、最早反すことはないと言わんばかりに、足早に去っていく。その背中には断固たる拒絶の意思が見て取れた。

 「ふん、大馬鹿者めが……」

 その背中を見送りながら、雷鋼は寂しそうに呟いたのだった。 
 

 
後書き
[スキル解説]
ガン・ビーム :敵単体を「的」にする
ガン・フォーン:敵単体を中心に拡散する機関銃の如き攻撃「高揚」付与 
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