横浜事変-the mixing black&white-
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結末は、黒幕なしでは語れない
ビル 屋上
ミル・アクスタートは柵に上半身を預け、眼下で繰り広げられる殺し合いを眺めていた。彼女のように状況を見守っている者はほとんどおらず、大体は屋上に寝そべって次の指示を待っている。中にはトランプを持ち出して大富豪を楽しむ連中もいるほどだ。それはヘヴンヴォイス然り裂綿隊然りで、命取りの仕事だと分かっているのか聞いてみたくなる。
彼女とて命の重みはちゃんと理解している。生きていなければ自分は変われない。このまま何も掴めぬまま屍になるなんて結末は嫌だ。
校舎を背景にした一本道での戦闘は、真上から見ると本当に間抜けなものだった。お互い視認出来るギリギリの位置にいて、警戒しながら排除行動を取っている。それを見ているだけで自然と笑いが込み上げてくる。自分がここから銃弾を撃ち込んでいけば、彼らは原因を知る事さえ叶わずに命を奪われるだけなのだから。哀れなことこの上なかった。
前にライブを見に来た学生のいる殺し屋達は手に銃を握り、敵がいる側をじっと見据えている。しかし彼らは敵を確実には捉えていないだろう。あの道を下見したが、尋常ではないほど暗かった。
いくら偽装工作とはいえ、あれではマトモな戦闘が出来ない筈だ。
――仮に私が彼らの立場にいたとしても、勘と聴覚で敵を発見できるが。
「おーいミル。指示はまだか?」
そこで後ろからルースに声を掛けられて身体を向ける。そこにはヘヴンヴォイスメンバーが装備品の手入れや整理を行っていた。拳銃やライフル銃の備品を風呂敷の上に並べて埃を拭き取っている。ルースは拳銃の薬室を優しい手つきで磨いていた。
「まだ。けれど下の奴らの状況からしてもうじき」
「そうか。こっちは準備できているんだがな」
「相手の数は少しでも減らしておくべきだと思うけど」
「それもそうだな。せいぜい同士討ちで互いに殺り合ってもらうしかない」
ルースはそう言ってまた磨きの作業に戻る。ミルも元の態勢に戻ろうとしたのだが、隣に人がいた事に気付いて少したじろぐ。下の戦いに意識を集中しすぎたせいで頭の中から抜けていたのだ。そして先程少し会話した学生の少年だったと思い出す。
――悩んでいるのか?
ミルは彼の表情からそんな思いを打ち立てた。両腕を柵に置き、上半身を寄り掛からせたポーズを取る彼の姿は様になっているが、その表情はどこか浮かない色を含ませていた。
「……何か用ですか?」
そのとき件の少年が口を開いた。どうやら顔を見過ぎたらしい。ミルは「なんでもない」と言って前を向き、それからゆっくりと言葉を漏らした。
「何をそんなに悩んでいる?」
「……ああ、俺やっぱそんな顔してたか」
「人殺しはやっぱりいけないことだ、とでも考えていたわけじゃないんだろう」
「そんなこと考えてる余裕があるなら、そもそもここにはいないさ」
ミルの冗談に乾いた笑みを浮かべた少年――要は地上から吹き上げる僅かな硝煙の臭いに安堵の顔を作りながら呟いた。
「ただ、俺の掲げた思想が壊れそうになっててさ」
「掲げた思想?」
「そう。俺は軽い人間関係が嫌いだ。だから俺は、死ぬ限り別れの訪れない世界で生きているわけだし、ヤーさん連中と安定した関係性も得ている。でも下にいる奴を見て思ったんだ。偶然は固い信念をいとも簡単に緩めちまうんだってな。友達なんていらないって決意したのに、良い奴が接してきたらあっさり転がっちゃうような感じだよ」
彼は一本道の一点を見つめてそう言った。その視線の先に誰かいるのかとミルも目を追うと、そこには複数の殺し屋達が壁に張り付いて銃を敵の方にかざしていた。あの学生がいる集団だ。もしかしたら、と思いながらミルは彼に問うた。
「誰か知っている人でも?」
「一人だけな。ああ、なんか笑えてくる」
要は大きく息を吸ってからそれを勢いよく吐き出した。まるで鬱屈した感情を力任せに放り出すように。
「俺もあいつもバカだよ。他の奴らが一歩後ろに下がって接していた理由。それは俺らが元から周りと外れてたからなんだよ。感覚が違ってたんだ。それなのに俺は負け惜しみみたいな言い訳して……最初から諦めたお前がやっぱり正解だったんだな」
独り言のように呟いた彼は、さっきとは打って変わり清々しい顔つきをしていた。そんな彼を睥睨したミルは後押しするように言葉を紡ぎ出した。
「自分の素顔は素直に扱った方がいい。じゃないと人にも街にも弄ばれる」
そう言った彼女は、自分がどうしてか晴れやかな気持ちになっていくのに気付いた。まるで心を覆っていた霧が取れていくようなすっきりした感覚。
それはもしかしたら、ミルがこの国で掴んだ経験値だったからかもしれない。『殺す』以外に導き出した進化を促すヒント。彼女はそれを真に受けとり、無表情の裏側で微笑した。
――……どうやら、私はこの国に慰められたようだ。
――正直、あまり嬉しくはないな。
一方で学生服の殺し屋はその言葉を噛み締めるように口を動かした。何を感じたのか、ミルには分からない。だが彼が前向きな意志を持っていたのは確かな事実だった。
「素顔、ね。分かった。なら俺はあいつに答えを教えるよ。できれば殺し合いたくないけど」
*****
大河内の冷静且つ大胆な考えに、黄緑パーカーの青年は苦い顔をして黙り、元々無口な当本人達はいつもの無表情に戻った。そして一斉に道に出て銃を構え――
パパパン、パパンという乾いた音と共に彼らは頭部のあちこちに散弾の雨を食らい、膝を崩して地面に落ちていった。せっかく組織が支給してきた防弾チョッキの意味がない。呆気なさすぎる仲間の死に、その光景を横目で見ていた法城は口をポカンと開け、次に大河内の方を見やった。
「お前の判断、どうやら間違っ……え?」
今度は理解出来ないといった顔を作る法城。実際問題、彼は分かっていなかった。
大河内が身体を直立させ、空に浮かぶ月を眺めながら嗤っている。真後ろに敵がいるのにも関わらず、青白い光を放つそれを見て喜色満面を浮かべていた。
「大河内?」
「……ずっと思っていた」
「は?」
チームCのリーダーは相方の疑問には答えず、優しく吹きつける風に服を漂わせていた。まるで何かから解き放たれて自由になったとでも言うかのように。
「僕は主役になれるのかって。物語の始まりになれるのかって。けれど運命は僕の素朴な疑問を一蹴した。これまでも、この先も、僕はずっと脇役のままで名前が知れることなんて絶対にない……筈だった」
「……何言ってんの?」
「そう、僕はまだ舞台の上に立てるんだ……!この横浜という街の裏側で本当の自分をさらけ出すことが出来る!なら、そのきっかけを自分自身で潰してしまうわけにはいかない。君達だってそう思うだろ?」
心の底から生み出したように清々しい声で、大河内は後ろに振り返って呼びかけた。法城は銃を向けながら煉瓦の陰から顔を出したのだが、相変わらずに暗い一本道で人を識別するのは難しかった。
と、そのとき周囲がパッと明るくなる。何事かと目を見開いた法城だが、その異変は単純なものだった。
――街灯が灯ってる?突然?
これまで全くと言っていいほど灯る気配のなかった街灯がいきなり身を光らせたのだ。このときを待っていたとでも言いたげに煌々と地面と自分を照らしている。ついでに隣の仲間の骸がはっきり映って良い気分ではなかったが。
――それよりも前にいる奴らを……。
法城は敵の姿を見ようと視線を大河内と同じ方に向ける。そして、その先に広がる異様な光景に唖然とした。
「……赤島、さん」
法城らがいるゴミ置き場の窪み。先程まで周囲は街灯の光を浴びない漆黒世界で、その中で敵に狙いを付けるのは相当困難な技だった。事実、前転しながらの発砲は適当だ。相手への牽制になれば良いという軽い気持ちだけで撃ったのだから。
それなのに、自分がその牽制を仕向けていた敵の正体が『仲間』だったというのは、どんな皮肉だろうか。
チームBは一人が左腕に銃弾をもらっている。防弾チョッキは重量的問題で胴体のみ守る。そのため腕や足への被弾はそれなりの痛みを伴ってしまう。
その他に負傷している様子は見えないが、赤島は元々右手を怪我しているし、宮条も完全な状態ではない。自分を合わせ、生存しているのは5、6人程度だった。同士討ちの蓋然性について、赤島は少しでも懸念していただろうか。少なくともチームCにそういった話題は生まれていなかった。
そのとき法城は、自分の足がガクガク震えている事に気付いた。手で押さえても震えは止まらない。それどころか歯の根が合わなくなっている。
――ああ……俺は今まで人をちゃんと殺してなかったんだ。だから『本番』でこんなに震えてるんだ。
それでも彼は目を下に落とさなかった。まだこの殺し合いは終わらない。
少し先にいる赤島らチームBのさらに後方。街灯の光がギリギリ入らないというところに一つの集団がうっすらと浮かび上がっていた。彼らはこちらに歩いてきて、やがてその姿が露わになる。
一つは黒を基調にした服装で整えた男性グループ。もう一方は白一色と黒一色の特攻服に身を包んだ男女混合グループ。
「ヘヴンヴォイス……裂綿隊……」
法城は寒さに耐えながら言葉を出しているようにか細い声で固有名詞を呟いた。するとそれを聞いた大河内が快活でどろどろした声で言った。
「その通り。彼らは俺の計画のアシスタントさ。殺し屋統括情報局?笑わせるなよ。そんな古臭い組織なんて横浜にはいらない。この街の裏は新たな黒い光を求めてるんだよ、法城君」
「大河内……お前」
「お前らが滅びるのはもう必然的なんだ。大人しく消えろよ、殺し屋統括情報局」
後書き
今日は某アニメの劇場版が公開される日でした。
ちなみに自分は一か月前にわざわざ東京まで出向いてチケット買いました。東京は人が多くて神経すり減りますね。
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