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横浜事変-the mixing black&white-

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法城は恥ずかしがる様子もなく、長々と哲学を語った

 パーキングエリアでの戦闘は、いつもと同じく組織と手を結ぶ警察に引き渡し、実行部隊のチームBは次なる目的地へと移動していた。

助手席に座る赤島は頬杖を突いた姿勢で外の景色を眺めていた。一瞬の瞬きのうちに代わり栄えする場景を楽しむ一方で、内心は芳しくない。

 ――やっぱり、俺ら潰しが狙いか。

 一番望んでいなかった事が現実に起こってしまった事に対する憤りが胸に込み上げる。が、それは車に置いていた中身のない缶コーヒーを片手で潰す事で霧散させた。自分がいつもになく焦っているのを感じ、『俺もまだまだこの世界に慣れてねえな』と心中で言葉を溢した。

 今までの街の裏側は殺し屋統括情報局が大半を独占し、次第に勢力を増していった彼らに真正面から対抗しようと考える組織や殺し屋はいなかった。抗うより、手を結ぶ方が楽だからだ。

 ――そんな歪んだ均衡が、崩れちまった。

 この事件に潜む黒幕は一体どんな人物なのだろうか、と赤島は考える。横浜の殺し屋達はともかく、ロシアから強力な助っ人を連れてくるだけの手腕を持った人間など、この街にそうそういるものだろうか。

 ――まさか局長が?

 実際、彼はケンジが初めて報告会議に来たとき以来『(おおやけ)の場』に姿を現していなかった。それに、こんな怪しい仕事を立案したと言うなら、今考えた線はあり得るかもしれない。そこまで模索し、彼は無意識に首を振った。

 ――あの人ならこんな凝った真似はしない。もっと淡々と潰しに来る。

 ――ま、俺らはあの人の正体を知らないんだけどな。

 顔も素性も知らない男を簡潔にまとめ、無精髭を撫でながら呟いた。

 「どっちにしろ、このままだと思う壺だわな……」

 「え?今なんて?」

 その呟きに反応したのは、真後ろに座るケンジだ。赤島は再び窓に視線を飛ばしながら、直前に浮かんだ推測を言葉に乗せて放り投げた。

 「いやぁ、この事件を裏で操ってんのは殺し屋統括情報局の殺し屋なんじゃねぇかな、って思ってさ」

 「それって、仲間割れですか?」

 『あれ、マジで食い付いてきた』と驚き、この話題を続けるか迷う赤島。正直、今の発言について詳しく掘り下げる事はしたくなかったのだが、ここで話を止めるのは逆に自分が怪しまれるのではなかろうか。そう考えた彼は仕方なくといった調子で口を開いた。

 「冗談だと思って聞き流してくれ。俺は一応今の殺し屋チームん中じゃ古参の人間だ。そうした点から言わせてもらうと、殺し屋統括情報局を敵に回した連中は逆に潰される。組織の力と情報量、殺し屋の実力によってな」

 誰もが口を挟まずに聞いているのを感じ、彼はさらに話すのが嫌になった。適当に突っ込み入れてくれないかと宮条に期待したのだが、案の定彼女は何も発さない。モヒカンが最期を遂げた以上、相槌を打ってくれる人間はゼロそのものだった。

 「……それが今までの展開だった。だがそれは、今回の事件をもってあっさり覆されちまった。最初はロックバンドを護るだけだと呑気に構えていたさ。その時点で敵が俺らに喧嘩売ってるなんて想像もしなかったよ。なにせ、この街の裏側に生きる連中は俺らに手出しできなかったんだからさ」

 「……」

 「この事件はもしかしたら未然に防げたものだったかもしれない。それでも起こっちまったのは、一端に俺らの警戒が怠っていた部分もあったんだろうな」


 「まったく、慣れってのは怖いね」

*****

 大河内らチームCがいるのは、右手側に女学院の校舎裏が見える住宅街の小道だ。車一台が通れそうなくねくねした道だった。
直線でないのが敵からの攻撃の判断を鈍らせ、街灯は点滅を繰り返すばかりで役に立たない。彼らの足元は、月明かりでは庇い切れないほどの漆黒の海が流れ、電柱や外壁を頼りに歩くしかなかった。

 ヘヴンヴォイスが逃げた道を走っていたら、いつの間にかこんな謎めいた道に出てきていた。それが彼らの狙い通りなのか、本当に見失ってしまっただけなのかは分からなかった。

 大河内は携帯で本部に連絡を取った。しかし電話に応じた高橋が口にした言葉は非常に違和感を抱えたものだった。

 『敵は近くにいます。今いる場所で待機し、銃声が聞こえ次第戦闘を続行してください』

 それっきり、彼が電話に応答する事はなかった。大河内は自分達がとても危険な何かに巻き込まれているのを悟ったが、時すでに遅く、引き返せる状態ではない。

 大河内は携帯のライトで足元を照らし、近くにゴミ収集所があるのを確認する。後ろから着いて来ている法城達を呼び寄せ、そこに(まと)まる事にした。

 「なんかこれじゃ、俺達が本当に街のゴミって感じじゃん」

 法城が自嘲じみた言葉を吐き出したが、大河内はそれを黙殺した。そして数分前の高橋が放った言葉の意味を解釈しようと試みる。

 まずおかしいのは、待機するという点だ。本部はこちらの状況を把握している。殺し屋チームが明らかに危なげな地帯に足を踏み込んでいる事を知っているのだ。それなのに『動くな』と指示を飛ばすのは、なかなかに狂っているとしか思えない。

 そして誰が聞いても変だと思えるのは、『銃声が聞こえ次第』という部分だった。自分達についてネットを通じ、感覚的にしか読み取っていない彼らが、どうしてそんな詳しい事を予測出来るのか。もしかしたらいきなり襲いかかってくるかもしれないし、火炎放射器で焼かれる可能性だってあるかもしれないのに。

 ――あからさますぎるのが、逆に僕たちに不安を煽がせてるのか?そんなことに一体何の意味があるんだ?

 謎が謎を呼び、脳がその負担から逃れようと別の感情を引きずり出す。無駄な事を考えまいとするが、最後には夜空を見上げ、溜息を吐いていた。

 ところどころに灰色の雲が浮かぶ空には、普段は地上の光のせいで視認出来ない星々がその身を寝かせており、久しぶりに見たせいか、とても幻想的に思えた。

 「法城」

 大河内はやや掠れた声で黄緑パーカーの名を呼ぶ。「なに?」と聞き返す彼に、夜空に向かって言葉を吐き出した。

 「星は死んだ人間の魂が光ってるって聞いたことがあるんだけど、僕らがこれまでで輝いていた瞬間ってあるかな」

 「難しい質問だね」

 法城が隣で唸っているのが分かる。やがて呟いた答えは、とても簡単なものだった。

 「俺ら、輝いてんじゃん。この街で」

 「どうやって?」

 「殺し屋がうじゃうじゃいる横浜で、俺らは生きてる。つまり俺らは黒い光を街の裏側に向かって放ってるのさ」

 胡散臭さと無駄なカッコよさを混ぜたその言葉に、大河内の方が恥ずかしくなってしまう。「黒い光、ね」と嫌味たらしく言ってやると、法城はそれに応えた言葉を出さずに言った。

 「そう。表側の連中は基本的に健全だから、この世から消えても夜空に白く輝いて映るんだ。でも俺達みたいなのはやってることがクソだから、例え死んでも空に浮かび上がりはしない。黒い光は夜になっても誰にも見えないからね」

 暗闇の中で静かに話す法城は、どこか達観した声でやがて言葉を終わらせた。

 「じゃあ、生きてるうちに禍々しい黒を輝かせればいいじゃん。この街の平穏を塗り潰すくらいにさ」

 辺りに再び閑散とした空気が吹き戻り、大河内は吐息を漏らすと、胸の奥底で一言唱えた。

 ――なら、死ぬまで付き合ってもらうよ。この下らない殺し合いに。

 ――黒い光、輝かせようじゃないか。

 大河内は闇の中で顔に微笑を浮かべ、右手に収まる拳銃を強く握りしめた。嵌められているのなら、打ち返せばいい。逆に自分が有利な立場にいるのならば、徹底的に潰せばいい。もう答えは一つしかない。

彼の中で一つの意志が定まった瞬間だった。

*****

 敵を指示された位置に誘導させ、ヘヴンヴォイスは曲線が描く一本道を見渡せる小さなオフィスビルの屋上に立っていた。この辺りは基本的に住宅が密集している地域なのだが、閉じた商店や外装が手入れされていないビルなどの放置された建物があちこちに点在している。彼らがいるのもその一つだった。

 前方にはほとんど漆黒に包まれた大きな校舎が鎮座し、閉業した病院を連想させる。夜の冷たい風を浴びながら、ミルは静かに視線を眼下へと移した。

 街灯が明滅する黒に近い一本道に、窪みのような形で作られたゴミ置き場に殺し屋達が息を潜めて待機している。ゴミが置いていないのはこちらが細工したからだ。彼らをここに収めるために、有象無象の塊たちは勝手に処分した。

 「こっちの準備は整った。あとは裂綿隊とかいう連中が敵をちゃんとこっちに運んでくれりゃ良いだけだな」

 ルースが口に煙草を加えながらそう言った。言葉は慎重性に富んだように聞こえるが、声は非常に張り詰めていない。結局のところ、この程度の争いごとは彼らにとって子供の喧嘩程度に過ぎないのだ。仮に自分達が誰かの思惑によって事件に巻き込まれたのだとしても、それに対処出来るだけの技術は持っている。ホテルの件では一人が怪我を負ったが、珍しい事ではない。
自分と『死』が密着するぐらいに向かい合せになったとき、彼らは初めて焦りを覚えるのだ。

 ――ルースの言う通り、あとはもう一方の敵を待つだけ。あと少しで社長が望んだ情報を知ることができる。

 ――……。

 計画は誰の手に邪魔される事なく進んでいる。『彼』との取引が成功すれば、ミル達はこの国から飛び立ち、再び仕事に戻れる。生温く中毒性のある日本の日常とは違う、殺伐として血の臭いに塗れたあの戦場に。

 しかし、と彼女は心中で訝しんだ。自分はまだ納得出来ていない。元の世界に戻る前に矯正しなくてはならない事がある。

 ――私はここまでの過程でどこか変われたのだろうか。いや、変わっていない。私はまだ、『私』になれていない。

 幾度となく浮かび上がる、本当の殺し屋像。もちろんそれは彼女が作り出した空想上のものであり、実際はルースのような呑気な殺し屋だっている。しかし彼女は諦めていなかった。

 ――ロシアに帰る前に、せめて今の自分だけは消し去りたい。この国に汚染された、汚い私を。

 それは恐らく、誰もが学生時代に一つは生んだだろう『黒歴史』を消してやりたいと思う衝動に似ているかもしれない。彼女にとって、横浜で何度も見た『笑顔を振り撒く自分』は黒歴史そのものだったのだ。

 他人からしてみれば、幼く可愛い話だと苦笑い出来るが、彼女にはショックが大きすぎた。

 一度見失い欠けた自分を取り戻さなくてはならない。そして今ある自分を壊す。敵を殺し、その度に無情という経験値を高めることで。

 ――全てをクリアしたとき、私は立派な『殺し屋』になれる。

 ――表情なんてなければいいのに……。

 彼女はすでに『金森クルミ』ではない。心の根っこにその残りかすが溜まっていたとしても、それは敵が溢す血の奔流に押し流されて削れていくだろう。そうして全てを終えたとき彼女は本当の自分を手に入れる。

 ――……表情なんて、なければいいのに。

 そのとき後ろからビルの非常階段を叩く複数の音が聞こえてきた。振り返ると、そこには全体を黒にまとめた男達が並んでいる。しかしミル達とは真反対で一人一人の統率さに欠けており、ほとんどの面子に緊張感が窺えない。すでに寝転んで上空に浮かぶ満天の星を眺めている者までいる始末だ。

 「もう一つは誘導した。これで準備完了だ」

 集団の中から出てきたグレーコートを羽織った学生と思しき少年がミルにそう告げた。見た目が平均以上の造形をしていて、態度が不釣り合いなぐらいに格式ばっている。彼のような人間も殺し屋なのか。そう感じた彼女だったが、淡々と「了解」という言葉を返すだけだった。

 彼らのやり取りが終わるのを見計らったかのように、眼下の一本道――やや左側に隠れている殺し屋達とは反対側――に一台のワゴン車が到着した。ちょうどミル達が乗って来た車の後ろに駐車し、中から人が出てくる。ここからでは暗くて正確に識別出来ないが、あれが裂綿隊を追ってここまでやって来たもう片方の殺し屋チームだろう。

 遠い薄闇の中に映る彼らの一人が携帯を取り出し、誰かの確認を取っている。それから少しして、ヘヴンヴォイスと最初の殺し屋達が進入していった小道に足を向けた。その先にいるのは仲間の殺し屋だが、果たしてこの夜陰でそれに気付けるかどうか――

 ミルを始め、その様子をじっと見つめるヘヴンヴォイスと裂綿隊のメンバー。誰もが計画進行に固唾を飲んで見守る中、ルースがポツリと言った。

 「この作戦を考えた『アイツ』は、今どんな気持ちなんだろうな?」

 「……さあな」

 その言葉に反応したのは、先程の学生だった。ミルの隣で一本道にいる者達の行末を見下ろしながら、彼は達観した声で呟いた。

 「でも一つだけ言えることがある。それは『アイツ』がここにいる奴らの中で一番楽しんでいるってことだ」

 「楽しむ?どうやって?」

 「どうやってって言われても……。けど『アイツ』はこの街一番のクソ野郎だからな」

 その人物のことを深く知っているような口ぶりで喋る少年に、いつしか誰もが耳を傾けていた。ひんやりとした風が彼らの背を吹きつけ、ルースはそれに合わせて煙草の吸殻を手から放した。それは曖昧に宙を舞って落ちていく。

 そんな大柄な男の所業にミルも少年も頬をひくつかせ、それから自身も言葉を風に乗せて吐き出した。

 「自分の携帯番号を拡散して、掛けてきた奴を流れ作業みたいな気楽さで殺す。そんな殺人鬼野郎の反乱に付き合ってんだぜ、俺らは」



 「せいぜい、殺し屋統括情報局の連中は最後までハッピーエンドのために足掻くんだな」

 最後の言葉は、一本道の端と端にいて徐々に距離が縮まりつつある鼠たちへの忠告でもあり、情を含ませたものだった。 
 

 
後書き
2015年に入りました。今年もよろしくお願いします。
本作品も三が日の休みを挟んでの初投稿となりました(笑) 
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