万華鏡の連鎖
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銀河動乱
暗黒星雲の罠
「中央銀河帝国第2皇太子ザース・アーン、フォマロート女王リアンナ。
両名の婚約を発表する!」
暗黒星雲同盟に対抗する為、政略結婚が計画されていた。
君は、古代守を選んだのではなかったのか?
スターシャ、もとい、婚約者の美女が高貴な物腰で賛辞に応える。
「ザース、どうしたのですか?
貴方は今、ぞっとする様な顔色をされていますよ。
見せかけの政略結婚、単なるお芝居だと納得した筈ですのに。
私と婚約の御芝居は、お気に召しませんか?」
笑顔を絶やさず、列席者には聞こえぬ声量で囁く婚約者。
讃辞に会釈を装い瀟洒な首を傾け、一瞬のみ眉を顰め私を睨む瞳の鋭さ。
女は、魔物だ。
当事者にしか理解し得ぬ精神的重圧、試練に耐え時を待つ。
数時間後、漸く解放された。
「ザース・アーン殿下、同行願います」
私室に無断で押し入り、私に銃を向ける警備兵達。
情報を得る為、無駄な議論は省く。
期待に反し尋問、事情聴取は無かった。
「ザース、一刻も早く逃げなくては!
貴方が暗黒星雲同盟と組み、大帝を暗殺した証拠の品が提出されているの!!
ジャル・アーンは激怒していて、このままでは事態が悪化する一方だわ!
一刻も早く脱出しなくては、銃殺されてしまう危険もあるのよ!
フォマロート領に脱出して、濡れ衣が晴れるまで滞在なさい。
国境を越えるまで、コルビュロの部下が護衛してくれます。
私も同行するから、心配は要らないわ。
時間が無いの、一緒に来て!」
息継ぎの間も惜しみ、一気に捲し立てる星の女王。
連合艦隊司令長官チャン・コルビュロ、中央銀河帝国宇宙軍の筆頭《トップ》は無言。
逆鱗に触れぬ様、慎重に言葉を選ぶ。
「逃げるのは、自殺だ。
兄と対面して、腹を割って話をするよ。
安心したまえ、ジャル・アーンは優秀な男だ。
激怒し偽情報に惑わされていても、必ず冷静に判断を下す。
間違い無く、状況の不自然さに気付く筈だよ。
現実逃避は確実に、状況を悪化させる。
自分が悪い、と認めるも同然ではないか?
有難い申し出だが、軽挙妄動は慎む方が良い」
星の女王は驚き、私を凝視。
鋭い舌打ちの音が響き、麻痺銃≪パラライザー≫の発射音も重なる。
微かに女性の悲鳴が聞こえ、意識が遠のいた。
気が付くと、宇宙船の内部に居た(重力で分かる)。
意識の回復を悟られぬ様、全神経を聴覚に集中。
人の気配は有るが警戒心、敵意は感じられぬ。
薄く眼を開けると、見覚えのある長い髪が見えた。
慎重に、身体を起こす。
苦痛は、無い。
僅かに音が生じたと見え、女性が振り返る。
スターシャ、もとい、リアンナ姫の顔が輝いた。
「ザース、気が付いたのね!
コルビュロが貴方を麻痺させた後、私達は潜宙艦に連れ込まれたの。
帝国艦隊の監視パトロール、哨戒網の盲点を突いて暗黒星雲に向かっているみたいよ。
地球の時みたいに想定外の巡航艦が現れても、闇≪ダーク≫航行に入れば見つからないわ!!」
「前回の失敗に懲りて、学習した訳か。
孤立無援の様だが、沖田艦長に倣うしかあるまい。
諦めない限り、途は拓ける。
使い古された格言だが、全宇宙に共通の真理だ。
折角の招待だ、有効に活用させて貰おう。
敵の本拠を見学するのも、一興ではないか?
暗黒星雲の内部には、足を踏み入れた事が無いからね」
星の女王が驚き、瞳を丸くした。
潜宙艦は無事、暗黒星雲同盟の首都ティラン宇宙港に着いた。
銀河系統一の為、情報を収集する絶好の機会を逃す訳には行かぬ。
サーベラーの腰巾着ラーゼラー、もとい、サーン・エルドレット艦長が先導。
怯える女王を励まし、敵の本拠へ足を踏み入れる。
「入れ」
妙に聞き覚えの有る声が響き、頑丈な扉が開く。
正面の男と視線を合わせた途端、心臓が跳ねた。
髪の色こそ違うが青い顔、冷酷な鋭い瞳が私を射抜く。
やっと、分かった。
何故、私が選ばれたのか。
私でなければならぬ、重大な理由が存在したのだ。
眼の前に、私が立っている。
「予定外の邪魔が入ったので、一気に事を運んでしまったよ。
暗黒星雲同盟の首都、ティラン到着を歓迎する。
人類の統合を成し遂げ、玉座を君に提供しよう。
初代皇帝ザース・アーン陛下、永遠に我が忠誠を捧げる」
私に瓜二つの青色人《ブルー・マン》、敵の首魁が拝謁の仕草を真似る。
ふざけた態度の男は頭を上げ、私を見て笑った。
「冗談は、止めて貰おう。
大帝を暗殺した真犯人は、誰だ?」
「失礼した、君が立腹するのも当然だな。
不快な思いをさせてしまった事は、謝る」
フォマロート王国の最高君主、リアンナ姫が柳眉を逆立てた。
「謝って済む問題じゃないわ、なんて図々しい男なの!
無礼にも程があるわ、この、狼藉者≪ならずもの≫!!」
「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや、だな。
君達に銀河系の統一、人類の統合が出来ないのも無理はない。
私は己の腕と才覚のみで、数年の内に銀河系を統一してみせる。
恒星王国《スター・キングダム》は互いに裏切り、競争相手を脱落させる隙を窺っている。
敵の敵は味方の鉄則《ルール》に基き、私に与した野心家も多い。
高貴な血統を誇る帝王家は澱み、潰え去る運命《さだめ》さ。
秩序の破壊者と謗られても、一向に構わん。
話が逸れた、物事は建設的に進めたい」
星の女王が眦を決し、火の付いた様に喋り出す前に片手を挙げて制止。
暗黒星雲同盟を率いる青色人《ブルー・マン》、最高評議会第一発言者が私を見た。
「物事は建設的に進めたい、と言ったな。
私も賛成だ、疑問点を確認させて貰おう。
大帝暗殺の濡れ衣を着た私に、玉座を提供する?
真面目に話を続ける気なら、然るべき説明があって当然と思うね」
「無意味な演説を聞かされずに済んで、助かるな!
簡単な事だよ、ザース・アーン。
私が銀河系統一政府を組織すれば、どうなると思う?
血統を重んじる連中は現実を認めず、反乱の嵐だろうね。
統一政権の最高指導者が君なら、話は別だ。
中央銀河帝国王家への忠誠は、骨の髄まで染み込んでいるからな。
玉座に君を据え、私は宰相として軍事組織や統治機構の実権を握る。
合理的に適材適所、役割分担を提案する次第さ。
無用の反乱を鎮める御守り、抑止力として私は君を必要とするのだよ。
虚栄に興味は無いが、マゼラン星雲征服の準備を整えたい。
どうだね、論理的だろう?」
身体を乗り出し、熱弁を揮う私の似姿には感銘を受けた。
内容も内容だが、妙に説得力がある。
私は自由惑星同盟《フリー・プラネッツ》の議長と異なり、自己陶酔者《ナルシスト》ではないが。
予想外に強烈な讃嘆の念を覚え、自分に呆れた事は告白せねばなるまい。
「私は、ザース・アーン本人ではないよ。
馬鹿馬鹿しい戯言と思われるだろうが、御静聴をお願いする。
中央銀河帝国の第二皇太子が地球、ソラー星系の第三惑星に籠っていた理由は何か?
彼は皇帝家の重責を厭い、出奔した事になっているがね。
フォマロート王国、ポラリス王国、ヘラクレス男爵領を円滑に統合する秘訣を得る為。
地球統一の過程、シリウス星区一帯の反地球感情を観察する為であったのさ。
人類は銀河系全域に拡がり、20万年に及ぶ闘争が展開された。
恒星王国群の興亡、盛衰には一定の法則《パターン》が幾度も現れる。
何故、歴史は繰り返されるのだろうか?
地球で発掘された遺跡に残る書物、古文書に解明の鍵が記されていた。
20数万年前の歴史研究家達も既に、同じ疑問の解決を試みていたのだ。
彼等は数学的な演繹で解を導き出す為、大衆心理学を応用した。
心理歴史学《サイコ・ヒストリアル》の実験、研究成果は残念な事に継承されていない。
時を越えて物資を転送する事は難しいが、精神は時を超える。
第二皇太子の協力者達は精神感応増幅装置、時間転送機を創った。
過去界に赴き様々な情報の解析、法則《パターン》の特定を試みる為だ。
別人の身体に精神を転送、情報収集後に帰還の実験が繰り返された。
ザース・アーン本人、精神体《アストラル・ボディ》は此処におらぬ。
私は精神交換に応じ、第2皇太子の身体に転送された過去界の男さ」
暗黒星雲同盟を統べる青色人、私と瓜二つの男が笑った。
「我々は情報伝達構造≪シナプス≫の解読装置、脳透視機≪スキャナー≫を創ったよ。
脳内情報伝達細胞の電気的抵抗値を減らす事で、天才的頭脳に進化を図った研究の副産物さ。
微弱な電気信号の解析、被験者の脳内記憶を読み取る事も出来る。
使用が長時間に及んだ場合、情報伝達細胞は短絡≪ショート≫するがね。
脳髄を喰い荒らす黒魔術、催眠暗示波放射水晶《ヒュプノ・クリスタル》の同類だな。
悪い事は言わん、理性を働かせた方が良いぞ」
「機械≪マシン≫が真偽を判定するのであれば、私も助かる。
人間を説得するのは面倒だが、機械は正直だからな。
1番表層の記憶を解析すれば、証明される筈だ」
青色人が、眉を顰めた。
「本気か?
脅迫や虚偽≪ハッタリ≫ではない、冗談では済まないのだぞ!」
「無論、理解している。
私は、自分自身と同じ位、君を信頼しているよ」
途方も無い冗談だが、真実でもある。
短時間で機械を停め、脳細胞の短絡《ショート》を避けるに違いあるまい。
「此の部屋だ」
透明な管、銀色の電極と異なり、機械本体は艶消しの黒。
脳髄を喰う黒い宝石、暗黒帝国黒科学者の暗喩か?
「忠告する。
ザース・アーン本人か否か、最も表層の記憶から確認しろ。
ディスラプター関連の情報を得たければ、私の言葉を受け容れる事だ。
忘れるな。
情報伝達細胞を壊す前に、決断するのだぞ」
他に、何も言う必要は無かろう。
放射線の照射に備え、瞳を閉じる。
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