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青い冠

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第二章


第二章

「何だい、今度は」
「覚えてるかしら」
「!?」
 彼女の言葉に目をしばたかせる。
「何を?」
「何をって春なのよ」
 そばかすの女の子はくすりと笑って言ってきた。
「春って言えば」
「マリーネの誕生日じゃないか、もうすぐ」
 羽帽子の若者がここで付け加える。
「思い出したか?」
「あっ、そうだったね」
 言われてようやく思い出した。迂闊なことに。
「御免、忘れてた」
「いえ、いいわ」
 マリーネはくすりと笑ってそれに応える。そして仲間達がかわりのように言う。
「それでな」
「誕生日に」
「うん」
 フリッツは彼等の話を聞いていた。彼等は話しはじめた。
「皆で贈り物をしようと思ってるんだがな」
「贈り物!?」
「そう、皆でな」
 羽帽子の若者だけでなく彼と一緒にいた鼻の高い若者も言う。
「どうだ、悪い考えじゃないだろ?」
「マリーネの為にな」
「マリーネの為に」
 フリッツはその言葉を聞いて自分も呟いた。彼等はそんな彼に対してさらに語り掛けるのであった。
「銘々でプレゼントをあげる」
「誰のが一番いいのか競争も兼ねてな」
「勝負なのよ」
 そばかすの少女も言ってきた。
「マリーネが一番喜んでくれるのはどの贈り物なのかね」
「けれどさ」
 青い目の少女がここでにこりと笑って述べる。
「マリーネは優しいから皆いいって言うかもよ」
「それならそれでいいわ」
 そばかすの少女はそれでも動じはしない。
「だってマリーネが喜んでもらう為のものだから。そうでしょ?」
「そうね。それならそれでいいわね」
「そういうことよ」
「フリッツ、聞いたな」
 羽帽子の若者は面白そうに笑ってフリッツにまた言う。
「御前も何か贈り物しろよ」
「俺達に負けないようにな。いいな」
 鼻の高い若者が最後に声をかける。フリッツはそれをただ聞いているだけであった。今は話を聞いて呆気に取られるだけであった。
 だが話が終わって彼はあらためて思った。何かしなくてはと。
 しかし彼の家は貧しい。贈り物をしようにも何もないのだ。彼は家に帰ってその何もない我が家を見てふう、と溜息をついたのであった。
「本当に何もないや」
 皿もその他の家具も木製の使い古された今にも壊れそうなものであった。こんなものはとても贈れそうにない。
 夕食の時に両親に相談してみる。父も母も働きづめで疲れた顔をしている。
「お母さん、いいかな」
「どうしたんだい?」
 母は黒パンをビールに浸して食べながら彼に声をかけてきた。この時代はこうしてパンを食べるのが普通だったのだ。ビールは飲むパンと言われていたのはこの頃からである。
「うん、うちにさ。何か立派なものってあるかな」
 暗にそう尋ねてきた。
「立派なもの!?残念だけれど」
 母はその言葉に空しく首を振ってきた。
「ないね。わかってるだろ?」
「うん」
 この言葉に頷くしかなかった。わかってはいた。
「何もないよ」
「食べるだけで精一杯だからな」
 父も言ってきた。彼はスープを飲んでいる。殆ど具の入っていないスープを。その僅かな具は古いしなびた野菜であった。本当に粗末なものであった。
「何もないな」
「そうだよね」 
 フリッツはそれを聞いて悲しい顔で俯いた。
「わかったよ。じゃあいいよ」
 彼は言った。
「御免ね、変なこと聞いて」
「それはいいけれど」
 母は言う。
「何か今日はおかしいね」
「そうかな」
 その言葉にはとぼけてみせた。あまり上手くはない演技ではあったが。
「そうだよ。まあいいさ」
 母はそれ以上は聞こうとしなかった。フリッツにとっては幸いなことに。
「早く食べなさい。そして寝るよ」
「うん」
 彼は頷いて食べるのを急がせた。それが終わると本当に寝るしかない。この時代は灯りになるものはどれも非常に高価であり貧しいフリッツの家にとっては高嶺の花だったのである。彼としてはどうすることもできないことであった。だがもう一つのことはどうにかしないといけないと思っていた。贈りもののことである。
 皆同じベッドに寝ている。両親と同じベッドだ。フリッツはその中で考えていた。贈り物は何がいいか。あれこれ考えていたのである。
「何がいいかな」
 考えても結論は出ない。出そうとしても出ない。結局何にするのか決められないまま時間はず義テイク。気付いたら朝になっていた。何にするのか決められなかった。
 朝になって小さなチーズとやはり黒く堅いパンを食べて朝食を済ませた。それが終わってから畑仕事に取り掛かっても贈り物のことを考えていた。しかしそれでも何にするかは決められないでいたのであった。
 そのまま働き続けていると父親が声をかけてきた。
「休憩にするか」
「そうだね」
 母親がそれに頷く。フリッツも頷く。そして今度はパンは同じだがソーセージや魚もある幾分ボリュームのある昼食を採った。酸っぱいものだがワインもあった。それでエネルギーを補給するのである。
 一家で食事を採る。野原に座り楽しい食事となった。しかしまだフリッツの顔は晴れないでいたのであった。それは変わりはしない。
 しかし。野原にふと目をやっていると。彼の目に青い花が入って来た。ヤグルマギクの花であった。
「青い花か」
 それを見て呟く。何気なく咲く花だった。しかしそれを見ていると。彼の心にあることが思い浮かんできたのであった。
「青い花はマリーネの赤い髪に合うかな」
 それであった。それについて考えだした。朴訥な顔に思案の色を浮かばせながら。
 考えだすと止まりはしない。どうなのかと頭の中であれこれ思い浮かべる。そして遂に決めたのであった。
「これにしようかな」
 決めた。しかしただ花だけを贈ったのでは駄目だと思った。ヤグルマギクはそれ程大きな花ではない。一つでは弱かった。それで彼は花を集めることにした。そうしてより青を大きくするつもりであったのだ。
「よし」
 それでいくことにした。青い花を集めて束ねていく。そうして一つの大きな花の集まりを作り上げたのであった。
 マリーネの誕生日。皆彼女の家の前に集まっている。やはり質素な家であったがそれでもマリーネは気にはしていないようであった。集まっている皆は次々と彼女に贈り物をあげていた。

 
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